no.1 

June 29 [Tue], 2004, 18:04
欲望や感情が行き場をなくしてぐるぐるしてる。誰にも云えないことが多すぎて吐き気がする。昔のわたしならそんな想い、溜め込まず、技巧的に飾り付けて、ウェブにあげてしまえた。いまのわたしには内面を吐露できる場所もなければひともいない。というかそんなもの他者に知らせる必要性がないのだ。わたしが何を想って生きているかなんて、いったい誰に伝える意味があるだろう。感情は抑えて笑っていればいい。もともと希薄で、強いそれなど生まれないのだ。

歩くのが好きで、一時間でも二時間でも歩く。毎日歩く。睡眠時間を削って歩いて帰る。多いときは五時間歩く。歩きながら何か思索しているわけでもないのに、気がつくと泣いている。可笑しくて笑う。

いつも誰かの部屋に帰る。
そこにいく意味を欲して無理をする。

no.2 

July 10 [Sat], 2004, 18:12
あたしはみんながあたしを愛してくれたらいいとおもう。みんながあたしを必要としてくれたらいい、鋏とか、まな板みたいに。あたしの意思なんか無視してあたしを利用したらいいと思う、ときに快楽のために、ときにお母さんとして、ときに思想家に意見を仰ぐがごとく、あたしになにかを求めてくれたらいいとおもう。あたしは彼らのために、頭のいいふりや、知恵遅れのふりや、かわいいふりや、淫乱のふりや、トラウマのあるふりや、寂しがり屋のふりや、ヤキモチを妬くふりや、忙しいふりや、自由奔放なふりや、かわいそうなふりをするけれど、そんなことは実になんでもないのだから。

no.3 

July 12 [Mon], 2004, 17:47
あーーーーー。
なんだろこれ。すげバランス悪い。
寝てないせい?
久しぶりにまともな飯を食ったせい? てか食いすぎ?
仕事が忙しかったせい?

どれも、ちげー。

身体の中にコールタール、
コールタールの中に羽蟻。
そう、じたばたしてるのは俺じゃなくて羽蟻だ。

家族が欲しい。
ほんものの家族と暮らしてみたい。
あ、でもそれは望みすぎかもしれない。
嘘でもいいから家族が欲しい。
自分で殺したくせにな。二人も。

みたいな思考回路になってるときは、ヤベエ。
ターンテーブルにウンコ乗せて回したりしないと。

つーかいつから俺、負けてたんだっけ。
思い出せないあたりがマジでヤバイ。
不忍通りをてくてく歩きながら。
俺、住民表どこにもないから選挙権もないのな。
非国民です。イマジン。

暴れたい。
どうせ非国民なんだし良くね? とかおもう。
でも明日も稼がなきゃいけないから無理なの。
あ゛ーーー。
人間はみんな同じ種類ってことで良くね?
なんか、分けられると辛いんですけど。
男か女かとか、男いるいないとか、なあ。
俺とおまえってそんなに違うの? ネエ。

まあ良いか。

あー、すげ痛い。すっげ困る、こうゆうの。
でも昔みたいにハマれないのね。
死にたい死にたいとか叫べないわけ。
大人になったし。叫んでも死なないし。

理性とか、真心とか、認識してっし。

no.4 

July 17 [Sat], 2004, 17:58
ここんとこずっとぐったりしてるような気がする。
体調を崩したり溜息の出るような出来事が続いたりで、
仕事はもちろんとにかくなにもする気が起きない。
とは云え一日一時間以上の散歩は欠かしていないが
それは単に独りの時間が欲しいからに過ぎない。
自分の所為なのは重々承知しているものの、
誰といても疲れるくせに独りになれないのはきつい。
独りの部屋があった頃はちっとも帰らなかったくせにな。
結局わたしは帰れないのだ、「帰るべき場所」に、いつも。
そこにはわたしの求めるものがない。
わたしを求めるものが待つ場所。

わたしはそれを嫌悪し続けている。

ジムキャリーの映画を二本観て充電し、仕事を一本片付けた。
つまり今日は日給九万円ということ。

no.5 

August 17 [Tue], 2004, 18:00
バイト閉めてから社長と居酒屋でだらだら打ち合わせして
作業が残ってたから社長んち来て作業して、一段楽したから
ちょっと頓挫してたら、なんかすげーきついことがありました。

社長が作業してるので泣かねえけどな。
あとかなり酔ってるから平気。
酔いが覚めるのがこわくて今もゴクゴクゴクゴク飲んでる。

傷ついても、ほんとうのことを知るべきなんだろうか。
知らなくていいことって、絶対あって。
わたしは、そういうことを知ってしまったのかもしれない。
でも、不安に明け暮れているよりは、
きちんと知って、きちんと傷ついたほうがいい気がする。
だから、知らなくていいことってきっとあるけれど、
わたしが知ったことは、知るべきことなんだと思う。

だってしょうがないもん。ほんと、しょうがない。

結局じぶんのエゴなんだと知っている。
わたしは、ただ、祈るひとでありたい。
相手にとって必要な人間でありたいとか思いたくない。
すべてに感謝したいし、すべての前で謙虚でありたい。
だから、わたしのいることで、大事なひとでもそうでないひとでも
なにか障害があるというのなら、ただすっと、消えてしまいたい。

わたしと会うの、いやだったら、そう言ってくれていいのに。
わたしと過ごした時間を後悔するなら、もう会わなくていいのに。
それでも会いたいと思う、それでも触れたいと思うのは、
わたしのエゴなのだ。

心からすべてに感謝し、ただ存在するだけの
ちっぽけなわたしでは、わたしが満足できないのだ。

それがとっても悲しくて、生きてゆくのがつらいとおもう。

わたしという個性なんてゴミだ。

誰の役にも立てず、誰にも感謝などされず、
誰の目にも止まらず、生きてても死んでても気にされない、
そういう存在になって、ただ祈っていたい。
苦悩も思考も経験も意義も無視して、静かに祈っていたい。
自我を捨てたい。
こころなんかなくしてしまいたい。
でもできない。好きなひとに触れたいと思ってしまう。
だからこそ人間はうつくしいとも知っている。
どろどろでぐちゃぐちゃで醜いからうつくしいって知っている。

でもそんなこと、知っててもなんの救いにもならない。

no.6 

August 18 [Wed], 2004, 18:01
心配や不安をたくさんさせて、迷惑かけて哀しませて悩ませて、それでも離れることが考えられないような想いがある。夏の太陽の下に曝されると、ある種背徳的ともいえるソレはあっけなく姿をひそめる。じっとりとした日蔭で、丸まって転がるだんご虫。指をのばすことがためらわれるなら踏んで殺してしまうといい。わたしの尊い本能は死んだりしないのだから。愛情以外のなににも左右されないのだから。

no.7 

August 21 [Sat], 2004, 18:14
さよならはいつだって生臭い血の味がする。目覚めなければいいのに。「あなたの触れないわたしなら、ないのと同じ」、それでもそれはただの詩で、誰にも触れられなくともわたしは存在し続ける。道具になりさがり苦痛を享楽の道筋にすらする。

くだらない。すべていつか終わるのだ。
今日であって何の不思議があるのだろう?

no.8 

August 22 [Sun], 2004, 18:19
柔らかな言葉を欲し、躊躇のない行動を欲する。でもいつだって大事なのは気持ちだけで、言葉も行動も本当は意味をなさないと気付いている。なにも伝えなくても、なにもしなくても、皮膚を伝って暖かい感情が流れてくる。どんな行為にも愛情が介在し、傷害は事象でしかない。髪が濡れてて冷たいはずなのに、好きな人はあったかいと云う。子宮が収縮し、背中に汗が伝い、喉がぐるぐる鳴る。言葉にすることができず、その意味も感じず、ただ胸に顔をうずめる。きみの心臓の音を聞く。離れていても聞こえる気がする。いつもきみの近くにいるような気がする。物理的な距離や時間という概念、人間の定めた形式や肩書、すべてがふたりの前で意味を成していないと感じる。きみを見つけ、目を合わせる。手をつなぎ、唇を合わせる。運命も偶然も感じない。そんなもんどうだっていい。滅多に会えなくてもいいし、ほかに好きな女がいるのもいい。理屈じゃない。愛しているんだ。

no.10 

September 09 [Thu], 2004, 18:22
コウちゃんはまるで少し前のあたし。なにもしてなくてなにをしていいかわからなくてなにもできないと思い込んで、他人に依存してそのひとに必要と思われることで自我を保って、でも自信がないからそのひとを失うことばかり考えてこわくて哀しくて焦るけれどやっぱりなにをしていいかわからなくて、好きなひとはいつも輝いてぐんぐん前に進んでゆくから、自分はとてもちっぽけな存在でいよいよ見放されていくような気がして怯えてばかりいる、あの頃のあたしにそっくり。

同情なんかしない。まっすぐきみを見てる。

no.11 

September 11 [Sat], 2004, 18:24
朝八時、K駅に向かいコウちゃんと会う。車で拾われたあたしはいろんな意味でぼろぼろになってて、コウちゃんは心配してあたしをおうちに連れて行ってくれた。コウちゃんのおうち、コウちゃんの部屋、コウちゃんのにおい。お風呂を借りてる間にコウちゃんがごはんを買ってきてくれて、あたしはコウちゃんに見守られながらもそもそとそれを食べた。コウちゃんはあたしが口のまわりにつけたミートソースをいちいち拭って笑った。それはコンビニにあるなんでもないスパゲティで、あたしは気がつくと泣いていた。あったかい部屋の陽だまりの中、こころを固めてた氷がどんどん溶けてゆくようだと思った。涙は次から次に溢れ出し、コウちゃんは心配したけれど、あたしはそのときコウちゃんが生きているこの世界にどうしようもなく肯定されていると感じていた。巡り会ってしまった哀しみ、拭うことのできない恐怖、気がつくといつ死のうか考えている日常。諦められないすべては自分の中に同化してきれいな音を奏でた。苦しむことをやめたあとには哀しみしか残らなかった。誰も見てくれてないと思ったし、誰にも見られたくなかった。自分を嫌うことで自我を保つことをやめたくせに、他人の中に救いを見出だすことも愚かだと知ってしまった。このまま消えてゆくことになんの躊躇もなかった。この二年間、死だけが救いだった。その氷が、あたしを護るものが、コウちゃんのあったかさで、溶けてしまった。あたしはずっと泣いていた。コウちゃんはあたしを撫で続けてくれた。あたしはもしかしたら生まれてはじめて心からしあわせだと思った。だからたくさん泣いた。あたしはしあわせの中でずっと泣いていた。