ストーンズとクロマニヨンズ 

November 03 [Fri], 2006, 19:49
 先日、とあるレコード屋さんにフラッと立ち寄ってみたときのこと。
(まぁ、とある変革はいたるところに転がっているもんだなという話)

 そこのレコード屋は、僕の敬愛するソカベ氏の馴染みの店で、学生時代にはいつも予備校をサボってはレコードをあさっていたという、悪く言うところの『溜り場』である。
 ミーハー先行のカジタニとしては、抑えておかねばならない場所でもあったわけだが、それまで行っていないことには一応、理由があった。とまでもったいぶるほどの理由ではなく、単なる“無知に対する恐怖”に近いものがあった。というのも、そんな、『音楽通の通う場所』には、様々な常識や、通例概念みたいなものが無造作に転がっている。これまたよく出る、立場上のプライドが、「それに躓いていてはいけない!」と、見栄をはるのだ。『〜のあのアルバムの〜曲めみたいにさぁ...」なんていわれた日には、こけてないフリをして、「あぁ、あれね...」などと擦り傷を隠さなくては。

 などと、おどけていたのを、あざ笑うかのような話をしてもらった。そう、その『溜り場』を20年以上切盛りするおじさんに。
 「最近の若い子は、みんなすごく勉強熱心で、音楽のことをよく知っているよ。僕なんかより、よっぽど。自分達の生まれる前の音楽のイロハを、あたかも体験談のように話し合っている。でも、ここに置いてある作品を作った(歌った)人達は、音楽の勉強はおろか、聞くものといったら、愛聴盤か、自分の作品ばかりを聞いてた人ばっかりなんだよなぁ...」
と、皮肉なことをあっさり教えてくれた。

ライブハウスでは、「色んな音楽を聴こう!」みたいなススメをする。でもそれが一周して、「やっぱり自分の好きな事を演ろう!」に戻ってきている。知らずに放てる根元ではない。

 「また来ます!色んなこと教えてください!」とお願いしたあと、沢山音楽を聴いてやろうと思った反面、『知らぬが恥』ではないことも確信できた。大好きであることを追求した結果にあるものの大きさの方が、はるかにデカイのだろう。

カジタニ

P.S 『ケイジャン』ってなに??だれかおせーて!!

クレイジーママ 

November 02 [Thu], 2006, 22:12
よくもまぁ、懲りずにこのページにアクセスしてくれている人に、ちょっとした先取り情報をお伝えするよ!
...というか、ありがとう。
何かしら、情報なり、面白いことができればいいね!頑張ります。


岡山のどっかに、素敵な音楽スペースを構築したいと考えています。
とか、いうと、すげぇ商業的なイメージとか出来上がっちゃうんだけど、そういうんじゃなくて、岡山が、各地から注目されるような『音楽の街』になりゃいいのに!って、真剣におもってる。
ココ、クレイジーママセカンドルームにて毎晩沢山のアーティストが活躍してくれるようになったことだって、偶然じゃないはずだから、もっと、もっと、もっと!って、欲が出てしまう。
またここでこっそり続報流してみます。笑
協力してくれる人を募集しています。

でも、もちろん、セカンドルームがあって、次がある。もちろん、岡山には他にも沢山の音楽を奏でるスペースがあって、次もある。これだけは肝に銘じて次を見ていくつもり。

カジタニ

as clear as day! 

June 26 [Mon], 2006, 18:40
He that has but half an eye may see it

 『ライブハウスって、どうやって出演するの?なんとなく恐いよね?』って足踏みしてる人なんていません?ちなみに僕はそうでしたけど...(苦笑)

 何年前だったか?楽器を持った5人の集団(決してバンドとは呼べない)が、デモテープに、雑音と世間知らずぶり(到底、“曲”が入っていたとは思えない)を、無理やり焼きこんで、岡山モグラさんにぶち込んだのを今でも覚えている。(良い思い出だから、あえて固有名詞だすよ!?)結果は…?というと、当時、ブッキングをしておられた、山田さん(以下、通称:サブさん)に、「〜で、今回は見送らせてください」と、丁寧に断わっていただいた。今思えば、このとき、ちゃんと断わっていただけたのが、今の自分にも繋がっていると確信できる。話はこれで終わりじゃないのだから。多分、サブさんは「音楽になってからまたきてね!」をうまい表現で包んでくださったはずなのに、それに対して、「何でですか?どうすればでれますか??」としつこく聞いた。“分かっていないのは恐い”を思う一番の思い出である。「そこまでの思いがあるなら、前言撤回で出させてあげるから、〜に出演してみて」と、出演交渉に成功した。その時の僕にあったのは、“音楽に対する熱い思い”というよりは、“ただただ出てみたいというだけの願望”であったことは間違いないのだが。でもこれは、サブさんが騙されたわけではなく、“騙されてくれただけ”なのは火を見るより明らかである。

 無理やり出演したバンドのステージはどうだったか?というと、まぁ、ここからは話さなくてもわかるでしょう、その映像が出てきたら、転職を考えなければなりません(笑)。他、対バンの人達との差はそれはそれはすごかった。本気で恥ずかしかった。禁止されていたこともやってしまったのを覚えている。終わって、叱っていただいたのも記憶にある。でも、次がないわけではないことも教えていただいた。そういえば、僕のライブハウス運営スタイルは、ここにも所以するかもしれない、いや、するに違いない。

 このとき初めて、絶対といいきれるくらい自分が持ち合わせていなかった“音楽に対する思い”というものを、あっさり植えつけられてしまったのだから。

出来損ないのバンド募集中。一緒にサブさんのお店に飲みにいきましょう!笑

カジタニ

4点 ・ ・ ・ ・ 

June 15 [Thu], 2006, 2:22
 突然、思い出したかのように書き込む。

 また一つ、
 『音楽は音圧の大小ではない』ことを知っているバンドがなくなった。

 これは、気づけば簡単な事だったり、僕の生活環境でもある“ライブハウス”では非常に重要な事だったりするのだが、なかなかたどり着けない答えなんだよねぇ。

 そのバンドは、
 『技量ゆえに音数が少ない』バンドだった。

 これも“伝えたいものが自覚できていないと難しい”、“前進のためのマイナス記号”なんだよね。聞こえにくい!と思ったら、音を小さくしてきいてみればわかるかもしれないこともあるかもしれないと思う程度のことかもしれないけれど。

 『熱くるしく音楽を続けている奴ら』でもあった。

 鼻で笑うことを知らない、よくむきになっていた。

 人を褒めることも得意だった気がする。褒められると遠慮をする。

『湿っぽいのは苦手なんで…笑』

 最期も気丈に魅せた。そういえばあの時もそうだったな。笑

=明日の朝は、一人で立てる=
Respect
一緒になってやれたことを感謝する、という感情を簡単に押し出せる。

カジタニ

反射神経が普通に働く 

March 02 [Thu], 2006, 20:04
2006.2.26日

ダブルオーテレサがCRAZYMAMA一号店に来た。ここ2ndRoomではなく、一号店に。ご存知の方も多かろうが、一号店は、5、60人も入ればSOLD OUTの、文字通りスタジオである。ここでワンマンをやろうと決めたのは、ちょっとした“ノリ”だった。そのノリが、ものすごいものを生んだのだからただ事ではない“ノリ”だと笑える。
 会場は、もはや宗教的な盛り上がりをみせていた。『9割5分女性のモッシュ』をはじめて見た(汗)。ここまではある程度、想像の範疇だったが、終わった後の客席で、客同士だけでのアフターパーティーが始まったのには躊躇った。ライブがアンコールを含めて1時間半ほど、その後の物販(+アフターパーティ)も1時間半ほど。トータル三時間以上に及ぶ名演技である。その間も、メンバーは来てくれた御客さんを丁寧に相手していた。もちろん、僕自身も、「帰ってくれ」と言う気にはならなかった。さすがにメンバーの疲労も詰まって来ていた頃、「はぃ、そろそろ片付けるで〜!」と言ったところ、客の一人が何故か僕に向かって、「はい、(今日)凄かったですね!!」と言って、自分達で買ってきて宴会をした空き缶を片付けてくれた。

 小さいことに感心できた自分を少々褒めながらも、「最低限の常識が暗黙の了解として成立している以上うまくやれそうだ」って、そこに集まったどうしようもないぐらいダブルオーのことが好きな人々を見送った。ちゃんとゴミ箱に格納された空き缶の山を捨てることくらいはなんてことない。女性が多かったから片付けたのではない、怒られそうだから片付けてくれたわけではない、「ダブルオーがいいライブをした場所、これからもする場所からは空き缶を排除しておいた」のだ。多分、これ。

 確かにいいライブだった。僕の大好きなバンドだ。元はと言えば、僕の音楽の祖、ソカベケイイチ氏のバックバンド、でも今となっては、あの4人が“ダブルオーテレサ”というバンドです。「ガッとくるから、グッとくる」こう表現したら分かる人にはわかるかも。我々のアフターパーティーもくだらない話をがぶ飲みして酔っぱらってしまった。YU(VO/植木遊人)、打ち上げでのアンタの姿を見たら、更にファンが増えそうなので、黙っておくョ!笑
 本人達には伝わらないであろう「Good job!!」を。あと、僕と同じくダブルオーを愛する人達、次回も盛大な挙手を!!

カジタニ

臨床心理 

March 01 [Wed], 2006, 20:05
入場者はたったの39人。全然お客さんの入らない最高に楽しいライブだった。

 最近、悶々と事務作業員化しているカジタニ的に、とても満たされた一日だった。Scotchというバンドの企画、楽しかったというより、よかった。別にライブリポートなどする気は一切ないので、バンドの具体名などは挙げないでおくが、KETCHUP、CNPの新曲には何かを与えられた。
 この日、自分はPAをさせてもらったわけだが、久々に自然とフェーダーを押し上げたくなる感情が沸いてきた。もちろん常に「最善の音」でやるように心がけてはいるのだが、こちらも職業上のプロと言う以前に人間。音響なんて実は感情論で片付くもんだと思っていて、『誰かのために最善処置を施したい気持ち』はいいものを作る。
 KETCHUP、CNPにはいつもそれを教えられる。何年もバンドに取り組んで、いつも納得を聞かせてくれる。立場的愚言を発するなら、もはや、売れようが、人気が出ようが、あまり僕には興味のないことだ。僕は彼らに助けられながら今の音楽的立場を構築してきたわけだから。それに対して、いつもみたいにみんなが手を挙げて盛り上がっていた、それを見てなぜか涙ぐみそうになる自分は、「ココは感動するところじゃないぞ!」って、自分を誤魔化していた。
 前述、Scotch、いいバンドになったな。彼女らとの出会いは、何年前になるか、他人のレコーディングについてきて、「バンドってどんなものか?バンドってどうやるものなのか?」を探しに来ていた。探究心を持つ人間は自ずと疑問符を挟んで口数が多くなるもんなんだろう。僕も専門学校時代には、ウザイほど「〜って、どういう意味ですか??」と、分からなくても大して支障がなかろうことに疑問符をつけていた。彼女らにはそれがあった。あたかもカジタニがそれを知っているかのように聞いてきた。未だに、「これでしょ?」「こうじゃない??」をしつこく同意させられる。始めに抱いた、「う〜ん、大丈夫か。。。」と言う感情はとうの昔に忘れた。いまや、多少褒めたぐらいじゃ満足しない、「それはありがたいですが、まだやることがあるんで。」とのこと。口に出すわけじゃなく、バンドのスタイルがそう言うのだ。いいバンドであることは素晴らしいが、いいバンドになった事はそれ以上に称えられるべき事実である。

都合上、バンドの固有名詞は控えさせていただきます。

カジタニ(答えは知らない人)

ゴーストよかったで!! 

February 15 [Wed], 2006, 0:54
 そうだった、自分はこんな役回りを好む生き物だった。忘れかけていた。

 先日、ghostnoteのインストアライブ(タワーレコードとHMV)のオペをしてきた。
(あぁ、日記くさい書き出しだ!これでいいはず!!)
 ライブハウス以外でPAをするのはとても久々だった。音がどうのこうのは二の次に置いておいて、感想からいくと、とても良かった。ghostnoteの連中が、「こんなに沢山の人が応援してくれているんだ」と新発見している中、カジタニは「あぁ、こんなだった、こういうのだ」と再認識していた。
 そういえば、自分はこういうところから今の人生をスタートした。バックグラウンドに何も無い裸体一つの状態で、上から叱咤されながらこの環境にいることを望んだ。悪くない。何かに行きづまった時、『田舎に帰る』という表現を使うが、まさしくこのことだろう。ん?いったい何が言いたかったのか分からなくなってきたから、今日はこんな生々しい状態で放置しよう。魚で言うなら、釣り上げっぱなし。生。ウロコも未処理で。

 ghostnoteとの出会いはいつだったか忘れた。どういう関係なのかも説明しづらい。ただ、二つだけ言えるのが、ライブハウスの人とバンドという関係ではないことと、こういう関係になれる輩との出会いを求めている、ということ。大平の詠うコトバがどんどん鋭利になって、ユウスケのタイトなリズムが感情的になって、しんちゃんが表と裏のちょうど真ん中で踊るように演る。呆れる位いいバンドになってしまった。『絶対』という言葉がこんなに力をもっているとは。彼らの音楽に、恋愛感情を感じないのは僕だけか?いや、それだけに止まらせない正義と敗北みたいなものを感じる。ロボコンが一番近い。身内に鳥肌を立たされるんだ、こんなに羞恥的な悦楽はないだろ?説得力が痛々しい。奴らを褒めても何も得られないことは分かっている。奴らが通用しなかったら、僕の大きなものまで否定されることになることも分かっている。新しいCD、聴いてみて欲しい。。。

かわいらしい写真が撮れたからのせとくわ。【インストア終了後、CAFEにて】


 先は頼んだ、俺はもう一度戦渦に戻って奴らを連れ出してくる!笑

カジタニ

あれが聴きたくてこれを見る 

February 07 [Tue], 2006, 21:26
とはいえ、だ。
(突然の書き出しに失礼。数日前の書き終わりで、「明日も書こう」とは勢いづいてみたものの書けずでした。)
ライブのやり方なんて、三者三様なわけで、『絶対こうしなければいけない』なんてのがないからこそ新しいムーブメントが生まれてきたわけで、先日の完全に皮肉っただけの僕の文章なんて空に消えればいいわけで。
それこそ、「ふ〜ん」くらいで聞いてくれればいいわけですよ、僕的には「プロアーティストにコンプレックスを持つアマチュアだからこそ抱ける上昇志向」を持ちたい、持ってほしいと思うのです。「こうするのがカッコいい」を沢山持てば持つほど、悪くはならないわけで、拘りという縛りを、個性という必要条件に変換していける気がするのでした。先日書いた「本番前にガタガタぬかすな!」的な暴言も、言わせれば多数の反対意見も考えうる。緊張感の緩和であれ、作り出しうる最高の音場であれ、ジタバタしといて損は無い、という感覚も一考。ただ、これまで音楽性以外のアーティスト魂で、僕を唸らせてきたものがそういう類だったというだけの話なんだが。。。
 自分も趣味でドラムを演ずるので、ことドラムに関しての多少の美学もあるわけだが、限られたセッティングの時間にすること、できることを考えた結果、バシバシ8ビートを刻んでみるより、難しいフィルインを試打してみるより、ボルト関係の確認や、ずれ、すべりの防止策を講じるほうがよっぽど必要だし美しいと感じるわけです。弦楽器に至っては、フロアの客の会話が一切聞こえないほど弾あげたあげく、本番のチューニングがまったく違ったなんてのをよく見るが、これに関しては価値観の違いではすまない自信がある。

 お?なんか、「バンヤロ」みたいになっきたからやめよう(笑)。味気ない話だ。もちろん、否定的な見解とはいえ、対象を特定した発言ではないことは述べておく。でも一ついえるのは、自分のバンドの音やフレーズやリズムを、もったいぶって欲しいとは思う。バンドが準備を終えて、SEで登場した後に初めてなる音には、鳥肌をもって迎え撃ちたい。

カジタニ

無音が魅せる感覚音 

February 01 [Wed], 2006, 18:57
 最近、自分のバイオリズムの悪さをいいことに、とかく青い表現になってしまいがちだ。いかん、数人でも見てくれる人がいる以上、なんなりかの感覚を与えたいものである。それが、あまり陰鬱であることは望まない。久々に、“ライブハウスオレイズム”を書く。誰が見てくれているかは把握できないので、今回は、アーティストバージョンで。

 『本番前にガタガタぬかさぬアーティストの美学』
 この文章、マジでバンドマンにしかわかりません。そうそう、一、二時間前にリハーサルを終えたバンドが、本番直前のセッティング時に楽器の練習をしている風景が、僕にとっては最も恥ずかしいと感じる時間。「物音も立てぬ武士」とまでいうと検討外れになるかもしれないが、そんな小さな部分に、アーティストの格みたいなものが窺われてならないのだ。
 プロのアーティストは、楽器のサウンドチェックまで別の人がするわけだが、アマチュアは、自分で転換、セットをして、楽屋に戻り、SEで登場する仕組みになっていることが多い。少々不細工な仕組みだが、これを芸術的に演じるアーティストを沢山見ている。「楽器を持ってステージに上がって、片付けてステージを降りるところまでがライブだ!」とは、小学校の頃よく先生に教えられたものだ。ひどい奴になれば、修学旅行で行くはずの場所に、行ったことがあるのか、どんな所で、どう面白いかを前もってご丁寧に説明してくださる。自分達の楽曲を音あわせで演奏している風景など、僕に言わせれば“猿回し”である。その間だけ、御客さんには音が聞こえないシステム構築は不可能。
 仕事の都合上、リハーサルが出来ずに本番というバンドもいるので、それに向かって運でうまく出来ろ!とは言わないが、最低限度のチェックの仕方を考えてもらえればそれでいい。
 (ここでは、主にリハーサルを終えたことを条件に話を進めてみる)
 ギターは、ジャーンと歪みが鳴って、チャッとクリーンを確認できればいいはず。今更バレーコードが押さえられるかどうかは確認の必要なし!ベースは、ブッブゥーとサスティンが張っていれば、あとはボリュームを絞って出来上がり。ドラムはセッティングに時間が掛かるのだから、最低限の三点の位置を最重要に、シンバルを定位させればいい。何も、ドンパンドドパン、ドコドコドコドコやらなくていい!(笑)あ、この話、おもろい!明日もこれやる!

理由付けを領収書と一緒に。 

January 30 [Mon], 2006, 21:47
 んなコーナーは左遷だ、左遷!!格下げ!
 (MAMA2トップページからのリンクを解除されたカジタニの日記というか、ブログというか、エセコラムはココに移動させられました。そのうち、プリモのスラムダンクをトップページに移行させときましょう。)
ひと月更新しなかったら、削除だからな!はぃ。。。
 なにもなかったわけではない、何かがありすぎて書く暇すらないというわけでもない。書かない理由があるわけでもないのは当然だが、いかんせん、「書く理由」が見当たらぬのだ。書く理由がないことが一番の問題。

 “七海ちゃん”ってご存知でしょうか?生まれつき腎臓に障害を持ち、余命はわずかだ、とのこと。ただ、その事実を否定できる可能性が医療に見出されたらしい。渡米による移植手術。この子の誕生日は『2005年7月15日』。この数字、どこかで見たことがある。7でもない、15でもない、2005、これがつい最近であることに気付く。まだ生をうけて間もない子に降りかかる悪。ご両親の心中など、測りきれる領域にはない。
 でも、捨てたもんじゃないみたいなんだ。渡米、移植にかかる9000万円もの大金が、ものの一週間で基金として集まったらしい、聞けば3000万以上の余分までうけて。「世の中、金じゃないのに、“金”」が集まったんだ。人の生に何かを持っている人間なら、自然に手が挙がる事実を知らされた。「早く行け!」と、部外者が他人事に口を挟んだ、手をだした。
 「命の尊さ」なんていう壮大なテーマに、僅かな薀蓄を重ねるつもりは無いが、僕がとても注目したいのは、七海ちゃんが『生きようと思うのか?』ということ。流れからいって、悲観的になっているわけではないことはわかってもらえると思うが、その生後間もない人間に、「死にたくない」と思う精神力があるのか?というのにすごく興味がある。突発的な事故など以外の“臨終”には「諦めと満足」が重なると思っていて、これほどの大病を制するには、「絶対に生きてやる!」みたいな否定と執着心がいるんじゃないだろうか?モノゴコロの付く前、記憶に残らないほど幼いという現状。でも、もしかしたら、一端の大人なんかよりよっぽどそんな生命力を持ってたりして。だったらいいのにな。そんな人間の可能性にまで期待を寄せて、七海ちゃんの回復を祈るのでした。「生きる理由」を与えられた人間。こんな子の将来って、凄く楽しみじゃない??
P R
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