姫君と皇帝・番外編〜姫君とボレーのスペシャリスト 

August 17 [Wed], 2005, 20:18
ずぶ濡れの制服。
肌に張り付くそれが、夏の日差しには幾分涼しく感じるものの、やはり具合が悪かった。何より来ている下着が透けるのは考え物だ。
「さって…と」
案外大きな手のひらで、包み込むように貞治の手を握る丸井の体温が心地よい。
少し前を歩いていた丸いが歩みを止めたので、貞治も足を止めた。手は繋いだままだ。
「姫さん、保健室と部室、どっちがエエ?」
「え?」
丸井の示す言葉の意味が解らず、貞治は小首をかしげる。
黒髪からほろほろと水滴が落ちた。
「そのまんまじゃ風邪引くじゃん?」
当然だ、と言わんばかりに丸井は肩をすくめる。
「それにノートもさ…姫さんいつもしっかり書き込んでるのに読めなくなったら水の泡じゃんか」
「…丸井君」
自分と同じく水浸し状態の胸に抱えているノートを貞治は、ぎゅと抱える。
「前にさぁ…テスト前にちょろっと姫のノート見せてもらったけどさぁすんげぇ書き込んであって読めねぇの。アレはビビッた」
「…盗み見なんかしたの…?」
不機嫌な顔になる貞治に、丸井は焦ったように首を振る。
「ち、違ぇって!!あ、ホラ!部室にノートが置いてあってさ、ちょっと見せてもらっただけだよぃ!!テスト前とかに!」
「…ふぅん」
「し、信じてくれよ!!
俺は柳生と違って鞄なんて勝手に開けねぇ!!

「は?」

胡乱下に眉根を寄せる貞治に、丸井は勢いよく首を振りながら、ごまかすように再び歩みを進めた。

姫君と皇帝・番外編〜姫君とボレーの天才 

August 08 [Mon], 2005, 22:44
バケツの水をバッサァと真田と柳に降り注いだのは、ガムをプーと膨らませたブン太だった。
「何やってんだよぃオマエラ」

ソレは俺のセリフだ。

仁王と真田は停止した脳をゆっくりと動かしながら、同時に丸井へ振り向いた。
不機嫌極まりない半目だった。
「…何をする」
「ウッセ」
丸井はぱちんとガムを割って口の中へしまうと、ぐいっと呆然と佇む貞治を自分方へ引き寄せる。
「女の子をずぶ濡れのまんま放置するなんザァ、オマエラ本物のアホだな!」
ズバッと物言う丸井に、真田と仁王は流石に詰まる。
正論だ。
口論に夢中になるうちに、貞治の事を忘れてしまうとは、何たる失態だ。
「オマエラ当分濡れてろぃ。…来い、姫!」
慌てる貞治に構わず、ブン太はぐいっと貞治の手を取って歩みを進める。
仁王と真田はずぶ濡れのまま、球って二人を見送った。
「ま、丸井クン!」
貞治の声に、丸井は振り向かずに歩みを進める。
「丸井クン?!」
「…ブン太」
「え?」
「ブン太。」

しばらく貞治は考え込むと、やがておずおずと口を開いた。
「ブン太…君…?」
「………」
丸井の歩みがぴたりと止まる。
「ん〜」
頭をぼりぼりとかきながら、くるっと振り返った丸井の表情は柔らかい笑顔だ。
「80点…だけどまぁ許してやらぃ!」

無邪気な笑顔につられるように、貞治も小さく笑みをこぼした。

姫君と皇帝・番外編〜姫君と詐欺師 

August 07 [Sun], 2005, 21:39
「貞治の…秘密…?」
半信半疑な声を出す真田と違って、貞治の顔色はまさに顔面蒼白だ。
「何を適当なこと言っている?貞治の秘密など…大体人には言いたくないことが二つや三つあるものだろう?」
淡々と述べる真田の顔を、貞治ははじかれたように見上げる。
「そんなものを知らぬからとて、俺が貞治を見失う事はない。貞治は貞治だ。」
「真田君…」
「…よう格好の良いことを言えるもんじゃな」
「…なんだ仁王…これ以上言いたいことがあるのか?」
険悪な声を出し合う二人に、貞治はどうしたらよいかわからずおろおろと戸惑いを見せる。
濡れそぼった髪から落ちた雫が、肩を濡らす。
初夏とは言えまだまだずぶ濡れでは肌寒い季節。女にとって冷えは大敵だが、そうも言ってられない。
一体どうしてこうなってしまったかは解らないが、この二人が言い争う原因の一旦は確実に自分だ。
「仁王君!真田君!」

貞治が制するように大きな声を上げる。
と。

「いい加減にしろぃ!!」

大きな声とともに、バケツをひっくり返したような水の洪水が、真田と仁王に降り注ぐ。

姫君と皇帝・番外編〜姫君と詐欺師 

August 03 [Wed], 2005, 22:31
「…何を…言っている…?」
からからに渇いて引きつる喉から搾り出すように紡ぎだす。
実際仁王が何を言っているのか、何を言いたいのか訳が解らなかった。
「お前さんは、全然個というものを見とらせん」
大きく息を吸って吐いて、仁王は自分に言い聞かせるように真田へ言葉を繋げる。妙な方言も復活している。
「お前さんは会う人間を全て自分の物差しにかけて、勝手に判断して、ちゃんとそのヒトの本質を見極めとりゃあせん。…まがい物しか見取らんのじゃ」
「…言いたいことはそれだけか」
真田は溜息混じりに仁王を見やる。
どこか見下したような、冷たい目だった。
「そうじゃその目じゃ」
仁王はぎりりと睨み付ける。
「その目でお前は全てを拒絶する…!」

真田の世界には、結局入り込めはしない。
自分よりも強いか、否か。
それがこの男の中心だ。
「仁王君」
貞治が不安げな声を出す。
仁王は怒り心頭していた。

結局この男は貞治の何も見ていないのだ。
何も。
「なんも知らんくせによう言いちょる」
「何がだ?」
「お前、貞治の秘密を知らんじゃろう?!」
「…秘密?」
眉根を寄せる真田と違って、さあっと顔が青くなる貞治。
それはまるで、仁王の言葉を肯定するように。

姫君と皇帝・番外編〜姫君と詐欺師 

August 02 [Tue], 2005, 22:38
「…こんな所で何をしているの?」
不思議そうに真田と仁王を見比べる貞治に、二人は気まずげに目線を合わせた。チャイムも鳴っている今、こんな人気のないところで居る、ということを説明するのは難しい。
何せ理由とは、貞治の事なのだから。
「…姫さん、服が何ぞ濡れてるようじゃがどないしたんじゃ」
仁王の声にはっと真田は我に帰る。
貞治といえば、仁王の声にびくりと体を震わせて、濡れている紙切れ――教科書とノートらしきもの――を隠すように抱え込む。
新緑に似た色合いの制服も、濡れた荷物の所為、とはいえぬほど濡れそぼっている。
まるで叱責を恐れるコドモのように可哀想で、真田は怒りに似た感情が沸きあがる。

いや、怒りと言っても過言ではない。
「誰にやられた?!」
「…ッ」
「大声を出すな真田」
真田の大声に怯えるように身を縮込ませる貞治を庇うように、真田と貞治の間に仁王が体を滑らせる。
自然と成り行きで、貞治が仁王の背中に隠れるようになり、それが一層真田の心を苛立たせた。
「答えぬか貞治!」
「いい加減にしろと言ってるだろう?!」
いつもの出身地不明の妙な発音とは違い、鋭いちゃんとした発音。

真摯で怒気を含んだ声。

「仁王…」
「…俺はお前が嫌いだった…昔ッからな!そうやって頭ごなしに怒号を浴びせて、よくよく他人を見ていない…。自分の物差しにかけて、それだけで終わらせて、ちゃんとそいつの事を見ていない!!」
「…何を言って…」
「俺はなァ…!」

仁王が真田の胸倉を掴み上げる。貞治が小さく悲鳴を上げた。
顔面蒼白だ。
「俺はな!お前がその『物差し』に姫さんまでも掛けるのを見たくないんだ!!」

この少女は自分をまっすぐ受け入れてくれたから。
ありのままの、本当の自分を。

姫君と皇帝・番外編〜姫君と詐欺師 

July 31 [Sun], 2005, 22:38
綺麗なものだと思った。
小学校時代から、幸村・柳・真田の名前を知らぬ者など、テニスに関わる者ならば知らない者はいなかった。
立海に入学して、この三人がいると知って、プレイはどんな物かと興味を覚えて観に行ったりもした。
噂に違わず三人のプレイはその場にいた誰よりもずば抜けていた。
だが。

あの、体中が乾いていくような。
そんなことを思ったのは、後にも先にも真田のプレイを見てからだ。
幸村も柳も、そのフォームは綺麗だと思った。
でも何より仁王を轢きつけたのは、真田の『目』だ。
あの、テニスに向かう真摯な瞳。

あの瞳で見つめられたらどんな思いに囚われるのだろう。
そんな単純な疑問を解消するために、仁王はテニス部に入った。
そして真田と対戦し、あの『瞳』と対峙した。

その先のことは、よく覚えていない。


「…貞治を誘ったそうだな?」
「別に部活の買出しの荷物持ちを買って出ただけじゃよ」
「俺が引き受ける。お前は余計な事は考えずに真面目に部活に出て精進しろ」
薄暗い階段の踊り場で、壁にもたれて憮然と言い放つ真田に、仁王はゆっくりと微笑する。
真田はそれを認めて面白くない、といわんばかりに一層眉根を寄せた。
「それはお前さんこそ言えることじゃろ?幸村がおらん今、部活はお前が仕切らなアカン。買出しなんぞに付き合うてるひまなぞないじゃろ」
正論を並べてやれば、真田は悔しそうに顔をしかめた。
それはほんの些細な変化だったが、悔しそうに歯を食いしばるその表情にゾクゾクとした興奮を覚える。
新しい玩具を前にしたコドモのような心境で、仁王はもう一度真田を見つめる。

「…どうしたの?」

か細い声が聞こえた。
ぐしょぐしょに濡れた紙切れを抱えた少女。

貞治。

姫君と皇帝・番外編〜姫君と詐欺師 

July 29 [Fri], 2005, 7:50
丸井と分かれて真田は理科室に足を運ぶ。
まだ教師は到着しておらず、騒然とした雰囲気の中、白髪に近い銀髪を見つけて、真田はゆっくりと近づいた。

「仁王」
「おう、真田か。珍しいのう…お前さんがチャイム鳴ってから教室に入るなんぞ」
「…顔を貸せ」
「ん?」

硬い表情と硬い声。
仁王は訝しげに真田の顔をうかがう。
真田はきょとんとした表情の仁王を見つめると言うよりも睨み付けるようにしている。
「…どげんした」
「…話がある」
二人の視線が交わる。

ゆっくりと息を吐いて真田は見下すようにもう一度言葉を繰り返した。

「話がある」

真田の目的は察しがついた。
元来他人に興味が薄いこの男が、これほど取り乱す人間。

乾貞治。

棚から牡丹餅と称せばいいのか。
貞治の事で今、自分にまで真田の『関心』が向けられている。

仁王は妙な興奮を覚えながらも、背を向けた真田の後に続いた。

姫君と皇帝・番外編〜姫君と詐欺師 

July 28 [Thu], 2005, 23:02
「…仁王と貞治がなぜ一緒に出かける?」
丸井に聞き返す真田の表情は、ほんの些細な変化だったがそれは如実に現れていた。
試合中、しかも幸村クラスが相手ではないと出ない、『余裕を失った顔』。

面白い。

丸井は口に入っているがムをプーッと膨らませるが、すぐにぱちんとはじいた。
面白いが、喜んでいる場合じゃない。
「仁王はよぅ、部活中は柳生の管轄だけど通常はお前だろぃ?」

誰が決めたそんな事。

大いに真田としては不満極まりないが、丸井に逆らうのも得策ではないので、鷹揚にうなずく。
始業時間が迫っているのだ。

「仁王には聞いておく。貞治にちょっかいを掛けられるのは俺とて面白くない」
「ふぅん」
「…なんだ」
身長差のおかげで下から見上げるようになる丸井の視線に真田はたじろぐ。
丸井はにぃっと笑ってポケットから小さな紙片を取り出して、真田へ押し付けた。
板ガムだ。
「やるよぃ」
丸井は人懐っこい笑顔を浮かべる。

「前はお前全然他人に興味示さなかったけど、結構成長したじゃん」

丸井の言葉に、真田は一層眉をひそめた。

姫君と皇帝・番外編〜姫君と詐欺師 

July 27 [Wed], 2005, 22:47
「さっなだー!」
大きな声に真田はのっそりと振り向いた。
教科書を抱えて別棟にある理科室に向かう途中、頭上から声を掛けられた。
別に振り向かなくても声の主はわかっているのだが、ちゃんと振り向かないと後々何を言われるかわかったものではないので一応振り返る。

案の定、丸井だった。

「何か用か?」
「話があんだよぃ!ちょっと顔貸せ!」
「授業に遅れる」
「授業よりも大事な事なんだよ馬鹿!」
「む。」

馬鹿と言われる筋合いはない。
眉をひそめて抗議をしようとしたら、丸井はひょいっと窓から真田の元へと飛び降りる。
丸井の運動神経を思えばこれくらいの高さなど問題ないだろうが、いかんせん夏の大会を控える身。もしものことがあっては一大事だ。
「丸井、貴様レギュラーである事に自覚を持って…」
「真田、今日放課後姫が仁王と出かけるって知ってっか?」
「なんだと?」

丸井の顔はいたく真剣だ。
まさに寝耳に水な話に、真田は眉根を寄せた。

姫君と皇帝・番外編〜姫君と詐欺師 

July 25 [Mon], 2005, 21:52
奥底の見えないふわふわとした表情を浮かべたまま、仁王は柳生に背を向ける。それはどこか寂しげで、人を寄せ付けようとしないオーラがある。
それは常々、ダブルスの相方でもある柳生に対してでも発せられてきた物だ。

「………」
柳生は無言で見送る。いつも微笑を浮かべてどんな人間にも優しい彼は、とても残酷な人間だからだ。
誰にでも優しくして、そうして誰も寄せつけようとしない。
「似ているかもしれない…」
どこか…彼女に。
一瞬にして私たちの心を奪い去った、夏の涼風にも似たあの少女に。

貞治。

「仁王君…私は…」

あの少女を傷つける者を許すわけにはいかない。例えそれが誰であっても。
「仁王君」

もしも君が真田弦一郎という遙かな壁への対抗心であの少女を汚そうと言うのなら。

「私は、許す事は出来ません」



柳生比呂士。
異性のタイプは清らかな女子という、紳士の異名を持つ男。