エジプトを離れて1年 

2009年02月11日(水) 21時42分
1年前の2月11日、私は日本に戻ってきた

11日で上陸1年〜ということしか頭になかったけど、
今日ふと、カイロの雑貨屋さんから来ているメルマガを開いて
思い出した

カリグラフィーレッスンや、ウードのスケジュールが載っていて、
その雑貨屋さんで習ったわけじゃないのに、
ウードを担いで闊歩していた、埃っぽくてクラクションの騒々しい
カイロを思い出す。

ちょっと、じーん…とした

(それにしても、なぜエジプトでは
あんなに逞しかった(野生的)のだろう。我ながら…笑)




そう、カイロを離れたのは2月9日だったのだ。
ちょうど一年前。
10日に変わった数十分後に、私は空の上だったっけ。


ひとりひっそり深夜に旅立つのが寂しいかというと
そうではなくて「私はやりきった☆」という達成感に包まれていた。



「つらいことがあったら、カイロの青空を思い出してね」


つらくなくとも
何度空を見上げ、エジプトを、
そしてエジプトで出会った人たちを思い出したことだろう。


でも、このところ私はエジプトから心が離れていた気がする。

体調不良とストレスのガス抜きができず、苛立っていた。




私の心のビタミン、エジプト。

私がありのままに
泣いて怒って笑って哀しめる場所。


腹の立つことも多いけど、やっぱり好きだわ。




でも、ほんとはどこにいても、ありのままの私になりたい。

この一年、がむしゃらだった割には、前進できているのか謎だけど
感謝の心を忘れず、前を向いてマイペースでいこう。


そして、素敵な人たちと交信していきたい。

そこんとこ、ヨロシクです

【旅行記】手を引かれて(1/14A) 

2008年07月27日(日) 22時05分
<つづき>

私、血だらけなのかしら

やるせなさと情けない気持ちでいっぱい。
今までのいろんな我慢やらも重なって、投げやりな気持ち。
立つ気力もなくなり、涙がこみあげる。
(異国暮らしって、突拍子も無く感情が爆発することがあるのね)

そのまま、地面に倒れていると(恥)、大勢の人たちの手で体を起こされる。
堰をきったように、幼子のように泣いてしまう

起こさなくていいよ。私を放っておいて。



おじさんが、私がリュック脇のポケットに入れていたミネラルウォーターを飲ませてくれる。黙って飲む。

崩れ落ちそうになる体をみんなが支え、誰だか分からない男性に手を引かれ、荷物を引いてもらい、涙が止まらなかったので下ばかり見ながら一緒に駅構内へ。
周りに集ってきた人たちは、みんな目撃していたから、警察へ行こうと口々に言っていた。

連れて来られたのはトイレ。
案内してくれた若い男性が、女性用はそこだよと言う。

女子トイレ内に入ると、洗面台に女性が4,5人。
皆が私の泥のついた泣き顔を見て驚く(笑)
モデルのような綺麗なお姉さんが、どうしたの?と手を洗うのを手伝ってくれ、顔の泥を払い、アスファルトに擦れて汚れたストールを折り返し、きれいな部分が見えるよう折り返してくれた。
私が「車が…車が…」と子供のように泣いたので(^^;
それを真似するほかの女性。
いつもだったら、真似すんなと怒るのに、気力なし。

綺麗なお姉さんが「あなた一人なの?誰か一緒なの?」と心配してくれる。トイレのお掃除おばさんも、トイレットペーパーをちぎり、手をふいてくれる。


鏡を見た。
あんなに擦りむいたと感じた顔は、ほとんど無傷だった。
唇も擦った感覚があったのに、何かに守られたのだろうか?
手のひらも、かなり衝撃があったのに、左だけが傷になっていて(帰国後もしばらく残っていた)右はほとんど外傷なし。赤く腫れているだけ。
右ひざは、あざはすごいけど切り傷は浅い。ジーンズが擦れていた。
洗ったばかりの、淡いピンクのダウンは、前面泥汚れ
あーあ。



トイレから出ると、お兄さんが荷物を見ていてくれた。
言ってしまった切符を片手に、「私、どうすればいいのかな?」と聞くと、お兄さんは何も言わず歩き出した。ホームへ向かう。

「9時のアレキか?」と話しかけてくるおじさん。

なんと、まだ発車していなかったとのこと。
さすがエジプト。

おじさんが、キャスターバッグを持ち、3人で走る。
4号車まで遠かったが、無事乗車
おじさん、やっぱりチップを要求。

それより、お兄さんのほうが…。

乗り込んだドアからお兄さんを探すと、警官と話し込んでいた。
お兄さんと目が合う。
「ありがとう。さようなら」と言うと、お兄さんは眼でうなづいてくれた。


気持ちが興奮していたので、帰宅しようかと思ったけど
このままアレキサンドリアに行こう。
列車は30分も遅れていたようだ。
意外と特急は時間通りに出発することが多かったから、珍しい。


チケットの座席を無視して、一人で2席利用。
音楽を聴きながら、ボーッと景色を眺める。

放心していたと言うのが正しいだろうか。




<つづく>

帰国して冷静に考えると、ほんと何やってんだろって思います
エジプトでは、喧嘩は日常茶飯事だけど、ちょっとね…。

【旅行記】キレる(1/14@) 

2008年07月06日(日) 0時14分
前日、アレキサンドリア行きの切符を購入して
お昼頃にはアレキサンドリア到着し、博物館に行く予定だった私。。


7時起床。眠い。昨日、いろいろ動き回ったので疲れが取れていない。
寝袋でも、朝方は冷える

8時過ぎに、ルームメイトさん、お友達に見送られ
ゴロゴロのついたキャスターバッグを引きずり、ひとり慌てて家を出る。

アハマド・オラビー通りでタクシーを待つがなかなか来ない。
9時の列車の切符を持っているため、慌てて空のタクシーをつかまえる。
いつもなら、15分ほどで駅に到着。遅くとも30分もあれば着く。

が、
タクシーに乗り込んでから、しまったと思う。
かな〜〜りスピードが遅いのだ2速までしか入ってない?
(ちなみに、エジプトでは車検なんてないです)

タクシー乗り換えようか?
まぁ、なんとか間に合うだろうと思う。


ザマリックを通っていくのかと思いきや、アグーザ方面へ。

そんなに道、混雑しているように見えなかったけど。

運転手に文句を言うと、「ザヒマ(混んでいる)」と言われる。
ザヒマ回避のつもりかもしれないけど、こっちのほうがよっぽどザヒマなんですけど…。タクシー代、ボロうとしてるでしょ。

これじゃ、列車に間に合わない、と思い
計画していた予定がパーになると思い、泣きそうになる

「もし、列車に間に合わなかったら、あなたチケット代払ってね(脅迫)」と運転手に言うと、「いいよ。5分で着くから」なんて言う。空でも飛ぶのか?

ドッキのほうまで行き、ガソリンスタンドへ(最初のほうの道にもあったのに)。
いきなりパワーアップ
ガス欠だったのか。
それでも、途中の橋も混雑していて、シェラトンのほうまで来てしまった。


8:45頃、ラムセス駅前へ。
イケル
歩道橋をわたっていけば、なんとか間に合いそう

期待もつかの間、運転手が変に気を利かせて
私の重そうな荷物のせいか、車を駅に横付けしようとして
駅を通り過ぎ、真っ直ぐ渋滞の中へ突き進む。
迂回しないと、駅に横付けできないから。
思いっきり、渋滞ッスよ

戻ろうにも、歩いたら300m?400m?
「戻って〜」と言っても、エジプトは一方通行だから。脇道もない。

期待した分、更に気分は落ち込む。

「ここでいいよ、降ろして」と大声で言っても、まだまだ…と運転手。
歩いても、なんだかんだ10分程かかってしまうから、車内にいるしかなかった。


10分遅れでやっと駅へ。
はぁ
係の人に聞くと、9時の列車は行ってしまったらしい。がっかり
昨日、時間をさいて駅に切符を買いに来たのは無駄だったのか。

焦りと落胆と怒りでいっぱい。
運転手が勝手に判断して、何度も遠回りしたことに腹が立つ。
車を降りる前に、一緒にアレキサンドリア行きの列車を探すの手伝ってねとお願いしていたので、降りてから料金を払おうとする(エジプトでは車を降りて窓からお金を払うほうがボラれにくい)。

荷物を運転手に降ろしてもらう。
「さぁ、列車の聞き込み手伝って」と言うと
嫌だ。列車代高いんだもんと渋る運転手。
さっきまで、払ってやるゾなんて言ってたのに。
周りの人たちに私のことを「泥棒」とまで言い出した。

カッチーン
手のひらに用意していた、当初の予算より大目のタクシー代を手渡した。

お金をもらって、逃げようとする運転手。
思わず、タクシー上部の荷物を載せる部分を両手でつかみ
「調子のいいこと言ってたのに、待ちなさいよ」とキレる私(苦笑)

かまわず、タクシーは発車してしまい、
ハリウッドスターのスタントさながら、体がふわりと浮かぶ。

ヤバイ

2,30m進んだ後、手を離すと、カエルのようにぶざまな格好で地面に体が落ちた。

ズササーッッと着ていたダウンがアスファルトに擦れる音。
手のひらも擦れて痛い。
鼻と唇もアスファルトに擦った感じ。

異国の駅前で、私なにやってるんだろう。。。


<つづく>

【回想】カイロにて(1/13) 

2008年07月06日(日) 0時09分
久しぶりのカイロ。
事情があり3人暮らし。

寝室が二部屋なので(本当は開かずの間があるけど、大家さんの物置)、
一人はこの寒い中、居間のソファで寝ることに。
カイロの冬は深々と室内が冷えるので、風邪でも引かないか心配。
私はベッドの上で寝袋に入ってダウンを着て就寝。
お気に入りの薄手寝袋。広げることもできるし、重宝☆重宝☆
オランダ人の友達も、カイロは寒いと嘆いていた。
夜は服を5枚着て寝ているらしい。



シャワーは電気温水器(タンク式)のため、
冬は水からお湯になるのに時間がかかる。
一人がシャワーを浴びると、3時間ほど立たないと温まらない。
3人暮らしなので時間を工夫して、朝シャワー。

地下鉄でベホース→サアドザグルール。
高等教育省にて、マダムにレターを書いてもらう。
前回来た時は、役所内をぐるぐるたらい回しされたのだが、
マダムもすんなりレターを書いてくれる。
しかもその後、他の階に移り、お偉いさんのはんこ待ちしていたら
(テキストみたいなのを配って大勢並んでいたので)、
通りがかったマダムが、
この女の子に早くはんこを押してあげて!と優遇してくれたおかげで
とってもスムーズに用件が終わった。


また、地下鉄で移動。
遺跡省へ行き、先ほどのレターを提出し遺跡カードを作成してもらう。
前回は、夏で暑くてたまらなかったし、
教えてもらった道が間違ったり…で散々だったが、2回目なのでスムーズ。
何階の○○科へ行き、その後、1階下のお偉いさんの部屋で
カードにスタンプをもらい、別棟の2階を訪ね、ラミネート加工までしてもらった。

それから、適当にバスを拾ってラムセス駅へ。




明日から、また旅に出ようと思う。

明日の時間を有効に使うため、事前にアレキサンドリアまでのチケットを購入。
フフフ、万全だ…。
お昼には、アレキサンドリアに到着する予定なので
博物館にでも行こうかな。

帰宅後、ちょっと疲れているけど
オランダ人の友達の家へ。
ついこの間まで、日本人の友達が住んでいたアパート。
それ以前は、このオランダ人の友達が住んでいたから、おもしろい縁

彼女は、語学学校でペアを組んでいた友達で
オランダに戻って仕事をしていたため、約半年ぶりの再会。
英語ではなくアラビア語で会話。

アスワン土産にカルカデを渡す。
トライしてみるよ、と笑顔の友達。
来月、オランダからお母さんと妹さんもエジプトに来るらしい。
すごいな。

あなたの家族はエジプトに来ないの?と聞かれ、
母が病気なの(おかげさまで現在、完治)。日本は遠いいからね…と応えると、医師の彼女はとても心配してくれた。

アレキ・シーワ旅行から戻ってきたら、また再会することを約束
家路に着く。

アスワンにて再会(1/9) 

2008年07月06日(日) 0時01分
カイロで仲の良い友達が
アスワンに帰省したため、久しぶりに合流。

友達はホテルまで迎えに来てくれた。
日本の友人が帰国してしまってから約1週間。
ひとりであやしいアラビア語とあやしい英単語を駆使して
おしゃべりしていたため、日本語が話せると嬉しい。
(エジプト人の友達は日本語を勉強していたので)


友達はキリスト教徒なのに
アスワンで有名なモスク(イスラム教寺院)に行こ!と誘ってきた。

ミニバスを乗り継ぎ、モスク前へ。
やっぱり、地元の人と行動すると楽だな〜〜。


入場料を取られ、入り口でおじさんに呼び止められ
おじさんがガイドをすると言う。
内心、ガイドいらないなーと思うが、おじさん、ついてくる。
私は私で、
キリスト教徒とイスラム教徒がどんな話をするのかが興味深かった。


ガイドのおじさんが友達とアラビア語で話す。
耳をすまして聞いていたら
友達が「この子もアラビア語を話すのよ」と余計なことを言うので
仕方なくアラビア語を話す。
知人がいると、ちょっと照れが入ってやりにくい。

大きくて新しくて美しいモスクだった。
おじさんが写真を撮ってくれたが、モスクが途中で切れていて
これじゃあ、どこで撮ったか分からない。

何度か撮り直しをお願いする(笑)


お祈りの時間が終わった後に
友達と2人だけで内部へ。
荘厳な時間。
素敵な装飾。
モスクに入ると、不謹慎だけど
よっこらしょっと正座、もしくは体育座りをして
くつろぎたくなる。



その後、友達が昔からよく通っていた
エジプトで2番目に大きい教会へ。
新しくて綺麗。

夏にアスワンに来た時、キリスト教徒の婚約パーティに顔を出させてもらったので
彼女の家族や友達らの多くが通っている教会だ。
よく見ると、外観は船の形をしているらしい。
すぐ脇には、昔の教会の遺構が残っていた。


それから、ナイル川沿いを歩き
スーク(市場)へ行って、カルカデ(ハイビスカスティー)を1kg購入。
友達のお母さん行きつけのお店で、
少し値段が上がっていたけど、アラビア語で交渉したら
サービスしてくれた☆

夕食は、友達行きつけのピザ屋さん。
ガイドブックには載っていなかったと思う。
アスワンは観光都市なので、
ちゃっかり、地元の人用メニューと観光客用メニューがあったりする。
私はよく、アラビア語のメニューを出して、とお願いしていたが
値段が全然違うのだ。

今日は友達が一緒なので、もちろん地元の人用メニュー。

いろんな話をしながら、
以前から気になっていたジュースのメーカーの名前について聞く。

「ファイルーズって、ずっと女の人の名前かと思ってたけど、ジュースの名前にもなっているよね?」
「人の名前でも使われるけど、石の名前だよ」
「何の石?」
「トルコ石」

辞書で調べれば良かったのだが、
ファイルーズの意味を知った時の私の驚きようったら…。

そんな素敵な意味だったのか。
ファイルーズ。
好きな響きなんだよね。
だから、ファイルーズはトルコ石色の青緑色の缶なのか。



思わず、スークでファイルーズが欲しくなってしまった。

列車の時間が迫る。

友達が駅まで送ってくれた。
彼女は、しばらくアスワンにいるそうなので
もしかしたら来月の帰国まで会えないかも?!
お別れかもしれないので、友達に似合いそうな
キラキラの髪留めをプレゼント。

私と同じの魚座の友達。
美人で面倒見がよくて…10歳ほど私のほうが年上なのに
面倒見られてました(笑)


その後、ひとりで約14時間の列車旅。
一等列車のチケットが売り切れていたので、二等列車。周りには、韓国人ツアー客が大勢いる。
カイロに戻っても、もう仲の良かった友達はいない。
だけど、ルームメイトさんともう一人住人が増えているらしい。
私が帰ったら、布団足りるかな?!


朝、カイロにたどり着く
タクシーを拾い、車窓から道路を見ると水溜りができている。
「雨、降ったんだ?いつ?」と運転手に聞くと、
アラビア語を褒めてくれながら嬉しそうに「昨日の夜だよ。大雨だったんだ」との返事。

なんで、私が旅先からカイロに戻る時は、大雨が降るのかしら(その後も続く)。

【旅行記】夢に見たマルサ・アラム・3(1/7) 

2008年05月27日(火) 22時48分

<つづき>



ナイス・ビーチを堪能したっ(笑)



カフェに戻り、カルカデ(ハイビスカスティー)を飲みながら店主とおしゃべり。
彼はカイロで育ったらしい。おじいさんはルクソール出身だそうだ。
子供が2人いるそうで、14年前に結婚したらしい。
英語ペラペラ。
私、聞き役(笑)

ベドウィン(遊牧民)スタイルのカフェで寛いでいると、白人が数人お店に入ってきた。

挨拶して、立ち止まった男性。
その他のお連れさまは、サッサと店の中へ入っていく。

彼は、ロシア人でモスクワ出身とのこと。
背が高く大きい人なのに、座っている私に目線を合わせて、跪く格好でおしゃべり。

日本人ということを告げると、
「ここエジプトで、ロシア出身の私と
日本から来たあなたが出会ったのは、ファンタスティック」と叫ぶ。

確かに不思議な縁

ロシア人というと、私と一緒にアラビア語を学んでいた男性が、
いつも意地悪な質問ばかりしてきたので
氷のように冷たいイメージだったけど、
彼のようなホットな人もいるんだね。

あんまり跪かせていても悪いので、おしゃべりを打ち切る。


カフェの店主や、従業員は、ロシア人にかかりっきり。
さっきまで、一緒にミニバス乗り場へ行ってくれると言っていたのに。

あてにするのはよそう。

代金を支払い、一人、バス停へ向かう。
暗い。
街灯さえ、少ない。
車に轢かれないよう注意して、バス停へ。

私の前に、車が止まり
無視をしていると、どこに行くのかとうるさい。
しびれを切らし「アスワンだよ」と応えると、
「これは偶然!僕たちもアスワンに行くんだ。乗る?」と誘われるが
乗るスペース、なっすぃんグー

もともと危険だし、笑って断る。

バス停に到着
ちょうど、アスワン行きのミニバスを発見
その前に、運転手さんにトイレを教えてもらう。
地元民専用のバス停のトイレ。ぜいたくは言わない。
用が足せればいいの


トイレから戻ると頭に布を巻いた運転手さんから質問される。

「あと2人人数が集まれば、●ポンド(安い)だけど、
今の人数で出発すると●ポンド(ちょい割高)。どうする?」

思わず「ヤッラ(レッツゴー)」と言うと周りの人たちが笑う。

じゃあ、出発だ (え、私の一存?)


ミニバスは乗り合いのワゴン車。
12人くらい乗れるだろうか?振り向くと、乗員はみな男性だった。
女は私だけ…。
男車両。

隣の男性はそのうち寝てしまったようだ。
私はずっと起きていて、車窓から岩山を眺めていた。

フッと車のライトが消えると(エジプトでは、走行中によくライトを消す)、岩山の影と星がくっきり浮かび上がる。

美しい夜。
砂漠の夜より美しいと感じるほどだ。

そして、乗員が異国の男性ばかりだというのに、ふつふつと安心感でいっぱいになる。
なぜなんだろう


2時間でエドフに到着。
乗客たちと笑顔でさよなら。

良い運転手さんで、エドフからアスワン行きのミニバスもつかまえてくれた。
ああ、帰れる…と安堵し、アスワン行きのミニバスに乗り込むと、なにやら喧嘩が始まったようだ。
外をのぞくと、さっきまで乗せてきてくれたミニバスの運転手と、今乗り込んだばかりのミニバスの運転手さんが口論している。

「俺は嫌だ。外人を乗せるのは面倒だ」
「のっけてやれよ」

ああ、私のせいで喧嘩しているんだ。
エジプト南部はテロ警戒のため、外国人の行動は制限されている。
ポリスの護衛付で移動するのが原則。
さきほどのミニバスの運転手さんは、私が困っていると思い、親切で運んでくれただけなのだ。

「駅は近い?……。私、列車で帰るわ」と言い、ミニバスを降りる。

乗せてきてくれたミニバスの運転手は、
今度は駅に向かう乗り合いタクシー(2001年に訪れた時にも乗った)を手配してくれた。
良い人。
乗り合いタクシーの運転手さんに駅に行くことを確認すると
「俺にまかせとけ」と胸をはる。
リヤカーのような乗り合いタクシーに
後部から乗り込んでいくと、車内は女性たちがいっぱい。
8人くらいが横並びに向かい合わせで座る。
隣の少年が話しかけてくる。
アラビア語で返すと、瞳をキラキラさせて隣の女性たちに
この人アラビア語話すよと伝える。
少しでもアラビア語が話せてよかった。


あっという間にエドフ駅。
実は、2001年にエジプトを訪れたとき、ルクソールから個人で訪れたことがあった。
当時は、ルクソールからバスでやって来て、帰りにエドフ駅から列車でルクソールへ戻ったのだった。
この経験があったから、きっと、駅が近いなと直感が働いたけど、全く知らない場所だったら一人で心細くてたまらなかっただろう。


23時過ぎアスワンに到着。
エドフの駅で、列車の中でチケットが買えると聞いたのに、結局駅員が現れず。

結果 →無賃乗車。。。


アスワン駅を出て、市場を歩いてホテルに戻ろうと歩いていると
男の子に声をかけられる。
誰かと思ったら、なんだ、ホテルの従業員の子か。



「マルサ・アラムには行ったの?」笑顔で話しかける青年。

「うん、行ってきたよ。」

「そうか、それは良かったね。素敵なところだったろ?」

「うん(本当の感想は言えず)。だけど私、今日はとっても疲れたよ」



シャワーもせず就寝。
今日も、ベッドメイキングのタオル芸に癒される

【旅行記】夢に見たマルサ・アラム・2(1/7) 

2008年05月27日(火) 22時38分
<つづき>


アスワンから2時間か…。

ミニバス(乗り合いワゴン車)で帰ってこれるなら、
挑戦してみるかなぁ。
(帰国した今、考えるととっても無謀…)



5時起床。
このフロアには私しか、泊り客がいないのでは?と思うほど
昼も夜も静かだ。

フロントへ行くと、誰もいない。
部屋の鍵、どうしよう。そこへ、仮眠中の従業員が起きてきて鍵を預かってくれた。
今日、発つの?と言われ、ううん、日帰りで帰ってくると笑顔で答える。

ナイル川沿いの道は、早朝のためか車さえ通っていない。
なんとかミニバスをつかまえ、バスステーションへ。

朝6時半のバスといわれていたのに、7時と言われ、7時半と言われ…。

相変わらず、休憩所のテレビはつまらない(早朝過ぎてイスラム教関連の放送しかやってない)。

ひとりで、薄暗い休憩所で男どもとテーブルを並べ、バスを待っていると
本当に今日中にアスワンに戻ってこれるのか(宿に荷物を置いてきた)心配になってきた。

8時23分。
バス来ない。
アブシンベル行き(8時)のバスのほうが先に出る。

寒いからと水タバコ用の炭の傍に座るが、煙が目にしみる。
練炭中毒になりそう。
寒い。
眠い。
バス来ない



9時20分。

もう宿に戻ろうかと思っていたら、やっとやっとやっとバスが来た
6時半のバスが9時20分着。
待っている私も尋常じゃない(←どうかしてた)。

2時間でマルサ・アラムに着くと聞いていたのに、まだまだ砂漠ですが…。

隣の若者は、私が珍しいのか、
チラチラどころではなく、じーーーっと凝視してくる。
気持ちが悪いので、帽子で顔を隠す。

休憩所では、トイレに立ち寄る。
1個、ぽつんとあるトイレ。男女共同。
意を決して入るが、思ったよりは綺麗(←感覚おかしいです)。

砂漠の一本道で、何度かバスがエンスト
私、苦笑。
時間がゆっくり過ぎていく。

車窓から、何も無い、乾いた砂の大地を見て、我慢比べ。
到着できたらラッキーだね。

車窓から見る風景は、シナイ半島の岩山のようだったり、バハレイヤの砂漠のようだったり、
そうかと思えば、急にファイユームの田園風景にガラッと変わったり。


ガソリンスタンドで突然、携帯が鳴る。
公衆電話からのようだ。
電話に出ると、今日日本へ帰国する女友達からだった。
ひとりでタクシーに乗り、空港へ到着し、飛行機の時間を待っている友達は興奮しているようだった。

「今、どこにいるの?」と聞かれ
不安でいっぱいの私は「分からない…。私、どこにいるんだろ」
「何やってるの…?」と飽きれ気味の友達。
私の日ごろの冒険をよく知っている友達。
話をしている最中に、電話が切れてしまう。電話のカードがなくなったのだろう。
友よ、マァッサラーマ(さよなら)。
ニッポンで会おう




15時半。
ようやくマルサ・アラムに到着。
帰りのバスの時刻を聞くと夜中の1時。
夜中の1時まで海で何してろと…?

その1時のバス以外に乗ることは禁止されているからな!
1時にこのガソリンスタンドに来るから待ってろよ!とバスの係員は言い、大型バスは去っていった。


当初の予定。
朝6時半にアスワンを出発→遅くとも10時にはマルサ・アラムへ到着。
リゾートホテルで、お茶をしてまったり…だったのだが、もうすでに15時半すぎです。

日が沈んでしまう。

とりあえず、カフェでお手洗いを借り「すてきなビーチは?」と店主に聞くと
タクシーで7kmだ、との答え。
タクシーがいない…。
歩いて、2kmのところに良いビーチがあるよ、と言い出す店主。

仕方ない、歩くとするか。


海辺を歩く。
ここは紅海。憧れの紅海。ごみがたくさん落ちていて、夕暮れ時なので海の色も少し暗い。
イメージと異なるなぁ。
ごみ捨て場と野良犬を見て怯える。
狂犬病の予防接種、ワクチン不足で打ってないのよ。
よかった、こっちに無関心のようだ。
海の家なのか、ふと、おじさんがいるのに気づく。この季節は営業していないようだ。
とりあえず、挨拶して通り過ぎる。


お腹すいた…どこが、ナイスビーチなんだ?
タクシーに乗ればよかった。。。



チプシー(ポテトチップ)を海辺で食べ歩きしていたら、
背後から両手で勢いよくお尻を触られる。

ひぃっ。

よりによって、両手ですか

さっき、挨拶したおじさんがっ



驚いて振り向くと、2匹の犬が尻尾を振り振り猛アタックしてきた。
ああ、両手じゃなくて、2匹の犬の鼻が同時にお尻に当たったのか…(笑)


ひそかに濡れ衣を着せられたおじさんは、いつの間にか私の傍へ来て犬を追い払ってくれた。
シュクラン(ありがとう)。
チプシーの匂いで釣られるのか、追い払っても私にばかり寄ってくる犬たち。


欧米人男性2人がウェットスーツを着ながら歩いている。
こんなところでも潜っているのか。
そういえば、遠くに、ダイビングをしているのかボートが何台も見えたっけ。
前方には、エジプシャンカップルが、紅海で佇みながら愛を語っているようだ。

かたや、私は犬に大人気。。





ほんとは
こんなリゾート地です↓(私が見たのは、何だったのよ)
http://www.egypt.travel/index.php?lang=en&country=us&nav1=destination&id=9&flashinstalled=2

http://www.iberotel-eg.com/Iberotel_Coraya_PhotoGallery.asp


は〜、つくづくリゾートに縁がないなぁ。
将来、新婚旅行くらいはリゾートに行きたい。
とか言いつつ、アフリカ探検コースだったらどうしよう。。

<つづく>

帰国後のできごとは 

2008年05月04日(日) 10時33分
帰国してもうすぐ3ヶ月経ってしまう。
早い〜。

エジプト滞在時のことをまとめようと本ブログを開設しましたが、
(カテゴリ分けをしたかったため)
向こうのADSLでは速度が遅く、更新に時間がかかるため
滞りっぱなしでした。

データは他にあるので、今後ちょこちょこ
当時の日付でアップしていきます。


なお、帰国後の日常はもとのブログにて公開中です。

http://blog.livedoor.jp/m-06_50616/

ウード様ご帰還 

2008年03月22日(土) 22時29分
ながらく入院していたウード様ご帰還

木箱に入って、宅急便で届けられた。

おかえり。

音あわせするのに、チューナー買わないと。

エジプトからの荷物 

2008年02月23日(土) 23時45分
昨日、ドライヤーをしている時に郵便やさんが
来たのに気づかず、今日、再配達してもらう。

エジプトから送った荷物。
届けばラッキーと思っていた。

4週間かかるはずの船便で出したのに(なぜか航空便扱いになるという噂を聞いた)、
10日間ほどで、よく届いたなーと感心していると
配達員の方が申し訳なさそうに、
実は破損してしまったものがあるので確認してくださいと。

ラムセス駅前の郵便局で
すでに、天地無用状態になっている箱を見たとき
(下に重い辞書が入っていて、上のほうにエアーキャップで包んだ割れ物が入っているのに)
ああ、いくら梱包しても割れ物は壊れまくりだな…と覚悟していたので
全然気にしない私。


配達員さんに見守られ、箱を開けてみる。
緩衝材がしきつめられていて感動。
これは日本の税関でやってくれたものだろうな、とすぐに思う。
さすが日本。


鉄のついたグラス(中にキャンドルを入れると光が美しい)が割れていたのは
ちょっとショックだった。
ま、しょうがないね ←このへん、エジプト人化。


後からちゃんと、郵便局から係りの方がきて
破損物の補償をしてくれるとのこと。
よかった。




ポストをのぞくと、友達から、スピッツのアルバムと誕生祝いカード(年賀状)が届いていた。

ウレシーーーー
ずっと気になっていたアルバム。
エジプトにいる時、iTunesで数曲購入したけど、
パソコンが壊れてから聴けなかったし。

帰りのシンガポール航空の飛行機内でも
ずっと、さざなみCDを狂ったように聴いていました。

往きの飛行機では映画を観たのに、観る気になれなかったんだよね。
「ナイルのほとりで…」という歌詞や
砂漠の花という曲があったりで、ウレシさ倍増。

全部すてきな曲だけど
「桃」と「群青」と「不思議」が好き




大声出して歌っていたら
窓を開けっぱなしだったことに、後から気づいた…
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高校1年生のときに、とあるマンガから古代エジプトに魅せられ、考古学者に憧れる(笑) 大学2年生のときに初めて渡埃。現地に行ってみたら、現代アラブのおもしろさにはまる。

 2007年4月。5度目にして、初めての長期滞在。
 2008年2月。約10ヶ月ぶりに帰国しました。
2009年02月
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