すべてがFになる/森博嗣

September 06 [Mon], 2010, 19:06
「すべてがFになる/森博嗣」ーS&Mシリーズ第1弾。
わたしが好きな人たちが、森さんの作品のファンだったので、これから読み始めました。

内容(「BOOK」データベースより)
孤島のハイテク研究所で、少女時代から完全に隔離された生活を送る天才工学博士・真賀田四季。彼女の部屋からウエディング・ドレスをまとい両手両足を切断された死体が現れた。偶然、島を訪れていたN大助教授・犀川創平と女子学生・西之園萌絵が、この不可思議な密室殺人に挑む。新しい形の本格ミステリィ登場。


不思議で不気味な事件が起こって、次々と謎も事件も増えていくさまは、ドミノが次々と並べられていくような感覚。最後まで並べられたところから、今度は一気に一直線に、ドミノが倒れていく。スピードは加速して、アールをなめらかに、直角を鋭敏に分岐しては、計算されたとおりに倒れていく。そのラインは美しくて、気づいたときにはドミノは全部消えていて、真っ白な空間だけが残る。わたしの意識に残ったのは、純真で綺麗な、かたく強い意思と、ふわりと消えて行く後ろ姿の余韻だった。

人情がどうだとか、せわしない喜怒哀楽だとか、そういう泥くさい雰囲気はまったくない、どちらかというと冷徹で血が通ってないようなストーリーと世界観だったけど、冷たい風が吹き抜けたような読後感が心地よかったです(「冷たい」、という「温度」がある)。

続編をまだ読んでないけれど、現時点でネタバレを若干知ってしまっているし、別シリーズもあるようなので、人物についてはまたいつか書いてみようとおもいます!

冷たい密室と博士たち/森博嗣

September 06 [Mon], 2010, 19:03
「冷たい密室と博士たち」ーS&Mシリーズ第2弾。

内容(「BOOK」データベースより)
同僚の誘いで低温度実験室を訪ねた犀川助教授とお嬢様学生の西之園萌絵。だがその夜、衆人環視かつ密室状態の実験室の中で、男女二名の大学院生が死体となって発見された。被害者は、そして犯人は、どうやって中に入ったのか!?人気の師弟コンビが事件を推理し真相に迫るが…。究極の森ミステリィ第2弾。


このトリックは好きだな!子供の頃に「かまいたちの夜」をはじめてやって、トリックがわからなくて、適当な選択肢を選んだらそれが正解でさ。「つまりこういうことだ」って主人公(=わたし)が犯行の詳細を解説しだすんだけど。それを読みながら「うわ、、うわああぁー!」って、ともだちと叫んだ。w あれのトリックと似ているな、と思い出した。よく考えたら全然違うけど。

でもやっぱり、なんでわざわざあんな場所であんなときに事件を計画するのか、どうしてあの人はあの人に加担したのか。説明はされているけれど、やっぱり後付け感が否めず。お話としてはしっくりこなかったなー。ただ、でも、かわいそう。わたしもきらい。

3ヶ月くらい前?に読んだので、ざっくり感想でした。

ふと思った。綿密に緻密を重ねて、なんならドラマティックに偶然さえ味方にして、すごく複雑で難解な、ピアノ線みたいに細い正解ルートの種明かしをされるより、すごくシンプルで小細工も少ないのに誰も気がつけない、っていうトリックのほうが、気持ちいいし、また違った頭のよさを感じるなあ。そんなのが読みたいなあ。太くて単純だけど軽やかで、つかみ所が無いような。鮮やかに裏切られたい!

これは、トリックの内容よりも、感情的な部分によるところが大きいのかな?たとえばー、アヒルと鴨みたいなのは、すごくわかりやすく「やられた!」ってなる。トリックが壮大かつ単純明快だから気持ちがいい、というのに加えて、人間たちの感情がまたわたしを嬉しくせつなくさせるから、相乗効果ですごく気持ちいいのかな。密室殺人の謎解きミステリーと比べるのが、まちがってますね。どちらも好きですー。

プラネタリウムのふたご/いしいしんじ

September 03 [Fri], 2010, 19:44
プラネタリウムで拾われたふたご、「テンペル」と「タットル」のお話。
ちょうど「テンペル・タットル彗星」の解説中に赤ちゃんがみつかったから、この名前になったよ。

内容(「BOOK」データベースより)
だまされる才覚がひとにないと、この世はかさっかさの世界になってしまう。―星の見えない村のプラネタリウムで拾われ、彗星にちなんで名付けられたふたご。ひとりは手品師に、ひとりは星の語り部になった。おのおのの運命に従い彼らが果たした役割とは?こころの救済と絶望を巧まず描いた長編小説。


■読みはじめの感想
最初の、たった6ページで、この本を気に入った!てんぺると、たっとる。かわいいなまえ。いつも泣きそうな顔をしてる、プラネタリウムの解説員「泣き男」が拾った、双子の赤ちゃん。

■少し読み始めたとこの感想
不思議な世界観だなあ。現実ではない、童話のような独特の空気と登場人物たち。寒々しさがちょっぴりと、あたたかさがたくさん。人のあたたかさ、世界のあたたかさ。
なんてことない一節だけど、泣き男が、「たしか染色主任は珍しい石あつめが好きだったな」と思い出して、拾った綺麗な鍾乳石をふたごのポケットにちょいと忍ばせるところがすき。この街にあふれる、小さな思いやりや優しさが、にじみでている気がして。

そんな大人たちに囲まれ愛されて育った二人は、「尻ふき紙の親玉さま」宛に手紙を届けるよ。「尻ふき紙の親玉さま」!それから、世界のおへそのごま掃除をしてるんだ、っていう少年もさあ、あはは!電車で笑っちゃったよー。おへそのごま掃除。w

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■読了後の感想!

童話のような、夢のあるお話でしたー。世界観や空気がとっても好きだなー。

出てくる人たち、みーんな素敵。おしつけがましい優しさ、とか、情に訴える優しさ、とかじゃなくて、やわらかな真綿でそっとつつまれるような、優しい「感触」が、このお話のいたるところにある。

誰でも心に傷をもってる…、なんて言い方をすると陳腐になるんだけど、みんなどことなく寂しい影がある。それはもう会えないかもしれない人、戻れない故郷の風景、自分の力ではどうにもできない現実だったり、色々で。そうやって、大切な誰かや、場所を想ってる。強く情熱的に想う、という描写はあんまりない。ふと、ひとりでプラネタリウムに足を運ぶ、静かで秘密めいている感じ。

このお話は、星座のお話が出てくるけど、それがこの「静かに優しく、遠くにいる大切な人のことを想う」というこころの動きにとてもしっくりくる。しんと冷えた空気の中で、ひとりで夜空の星をながめている感じ。星座にはあまり興味がなかったけど、星々の名前や言い伝えって、すてきなんだなあ、って知りました。

でも、物悲しい雰囲気だけのお話ではなくて、みんな前に進もうとしてる、新しく出会う人たちのことを想って、自分できることをやろうとしてる。笑顔や幸せを求めてる。そう、これは、フィクションの物語であり、童話のような印象だからね、誰かを蹴落とそうとか、不幸にしてやろう、っていうのがないんだな。憎むということがない。小さくてすてきな思いやりが溢れている。人は、誰かを必要としている、っていうこと。役割があるっていうこと。みんな、自分はどうしたらいいのか、っていうことを考えて、きちんと向き合っているんだな。隣の人と目が合えば、小さく微笑み合うような、そんなやわらかい優しさが積み重なってた。

テンペルとタットル、ふたごと泣き男、テンペルとパイプ、タットルと老婆…ほかにもいっぱい、すてきな繋がりがたくさんあった。また会いたくなるひとたちだよ。

こちらから、または物語(作者)から、強い欲求や訴えがある話ではない。笑わせよう、泣かせよう、とか、ワクワクさせてくれよ、っていうんじゃなくてね、「プラネタリウムにいこうかなー」って、そんな感じがね、いいです。

わたしは一人で映画を観るのが好きだけど、映画の内容とか、一緒に行く人、ということのほかに、暗闇にリラックスして座って、目の前に広げられる自分の知らない世界を楽しむ、というあの「空間」も、とてもすきだ。毎日仕事が終わってはプラネタリウムに通う人たちと、ちょっと通じるものがあるのかもしれない。あー、わたしも泣き男の解説で、星座にまつわるお話を聞いてみたいなあ。

朗読者/ベルンハルト シュリンク (著), 松永 美穂 (翻訳)

September 03 [Fri], 2010, 14:03
映画「愛を読むひと」を観て、原作を読みたくなり、すぐに読了。

Amazon.co.jpより
スイスで出版された原書を、キャロル・ブラウン・ジェンウェイが格調高い英語に翻訳。セックス、愛、朗読、戦後ドイツの不名誉についての、短くも豊かな物語。15歳の少年ミヒャエル・バーグは、謎めいた年上の女性ハンナとの激しい恋の虜になる。だが彼女の身の上についてはほとんど知らないうちに、ある日ハンナはミヒャエルの前から姿を消してしまう。…二度と彼女に会うことはないと思っていた彼だったが、戦慄(せんりつ)の再会が実現する。 −(略)


電車の中で読み終わり、下車までの数十分、ボーっとしてしまった。自分の周りに、薄い膜が張られている感じで、感覚が戻ってこない。あれは何だろうなー、ほんとに何も考えない状態、というのも不思議な体験。

映画を先に観て、引き込まれた。特にラストシーンが、個人的な感情もあいまって、とても根深く印象づいた。原作を読んだ人たちの感想はおおむね、「やはり本のほうが素晴らしい(映画だと誤解される部分がある、という意味で)」ということだったので、どういう違いがあるのかと、楽しみにして読んだ。

本では、わたしが好きなあの映画のラストエピソードはなかった。その点だけでも、わたしは映画のほうが好き。映画では「愛」が、本では「罪」が前面に出ていた印象です。

当然、映画では主人公の表情しか見てとれない。本では、主人公の一人称で語られるから、彼が考えたこと、直面したことの細部を目の当たりにする。ドイツ人らしい、几帳面で誠実に取り組む性質が文章に出ている作品、ということだけど、わたしにもそんなところがあるので、とことん追求したり、自分の良心に背くことが難しかったり、でも裏切ったり逃避したり…でもやっぱり取り組まないわけにはいかない、というそのやり方に、共感した。共感というか、「ああ、自分のようなことをする人間が、他にも少なからずいるんだな」ということ。それは「ドイツ人によくある」タイプなのか、というのも初めて知った。

ストーリーの感想は、彼と彼女のやりとりとそのやり方について、自分を重ねて考えることが主で、とまどいさえ心地よく、共感した。「恋愛」だけを見れば、こんな愛は素敵だな。うらやましいな、そんなふうに感じた。

しかし、これはただの男女の恋愛の話というわけでなくて、ナチス時代に残された傷跡が深く関わる話。重苦しくのしかかる当時の社会背景や、今と昔を生きた世代間の軋轢、戦争によってなされた恐ろしい事実、それに(立場の違いはあれど)参加した人々の罪と罰。そういったものが大きく揺れ動いている中での、「まったく罪のない」「大きな罪を犯した」二人のお話。ひとことで言えば、せつない。この本に出てくる人たち…ドイツという「国」すべてが、苦しんでいるお話だ。当然、戦争ということを考えるきっかけにもなったし、わたしが知らない事実も多く含まれていた。

わたしは、主人公の胸の内で繰り返される自問自答と、そこから紡ぎだされる行動(一人、閉鎖された収容所へ出向いたり、市電に乗ったり、自分達の物語を書き記しては朗読してみる、といったこと)が、とても心に響きました。そうやって整理し解決していこう、自分なりの結論を出そう、というプロセスを辿ること。それをしたところで、答えがみつからないとしても、何もせずにはいられない。心がそれを許さない。つねに足下がぐらぐらしていても、自分なりにやっていかなくてなはならない。そして、心の内側がどんな状態であっても、外側ではまた、毎日の生活もやっていかなくてはならない。

彼はいつも、迷いがあっても正解を見つけられていないときでも、その時点でとりあえず何かしらの行動を起こす。その行動だって、間違っているのかもしれない。過去に彼女を愛したという事実と、今はとまどい、憎んでいるという事実。二つの感情に挟まれて、ひたすら揺さぶられる。自分が今も、彼女を愛しているのか、そうでないのかはわからない。ひどく気にかかり、思考が彼女から離れられないこともあれば、バサリと切り捨てて生きている時間もある(それは心を殺しているのかもしれないし、あるいはほんとうになんとも思っていないようにも見える)。逃げたい気持ちと、逃れられない気持ちの共存。

それでもとにかく、彼は彼女のために(というよりも、自分のために)行動を起こす(場合によっては、起こさない)のだけれど、それはすべて、愛に満ちているようにみえる。彼はそう意図していなかったとしても、結果として間違っていても、わたしが彼女であれば、どれも嬉しいと震えるようなことだ。

好きな人の声、というのは、安心する。まるでそばにいるような気がする。それがリアルタイムなものでなくても、同じように空気を振動させるその目に見えない物質は、心を安らがせてくれる子守唄のようだろう、と思う。そのときの感情や関係もパッキングされて、いつまでも輝きを与えてくれるんじゃないかと思う。彼女はそれにより、どれだけすばらしいひとときを得られたことだろう、と思う。

彼女は自分というものを、社会や戦争というものを、よくわかっていなくて、それゆえに大きく翻弄され、罪を犯す。でも彼女は彼女なりに、きちんと正面から向き合おうとするんだ。もし彼が、すでに彼女を愛していないとしても。送られてくる小包はただの無機物で、そこにはどんな感情も含まれていないのだとしても。彼は彼女の人生を見捨てず、寄り添った。彼女は何も持たなかったわけではない。とても純粋で美しい喜びを、知っていたはずだ。宝物を持てたんだ。悲しくて、多くの問題を含む物語であるけれど、素敵なお話だと感じました。二人が一緒にいたのはほんのひとときでもね。離れていても、それぞれの運命の濁流に飲み込まれていても、お互いを想い合った二人は、とても綺麗な魂をもった人間だったと感じました。

個人的には、映画のラストシーンが、やっぱり印象深いです。

多弁で寡黙なぼくたちの接触ー「朗読者」P211.

パレード/吉田修一

September 01 [Wed], 2010, 19:22
イマドキ若者の、うだつのあがらない日々、でもそれでいいじゃない、自分らしくあれば!
なんて話なのかな?と勝手に思っていたけど、そうではなかった。良い方に裏切られました。
第15回山本周五郎賞受賞作。

出版社/著者からの内容紹介
5人の若者の奇妙な2LDK共同生活を描いた青春小説。いつの時代も現実は厳しい。でもふさわしい自分を演じればそこは、誰もが入れる天国になる。杉本良介21歳、H大学経済学部3年。大垣内琴美23歳、無職。小窪サトル18歳、「夜のお仕事」に勤務。相馬未来24歳、イラストレーター兼雑貨屋店長。伊原直輝28歳、インディペンデントの映画配給会社勤務。5人の生活がオムニバスで綴られる。


↑の登場人物紹介は、職業の羅列だけで、面白くもなんともないのですが。簡単に説明すると、

「バイトにサークルの日々、気づいたら先輩の彼女さんとこっそり付き合っちゃってるイマドキ大学生」「すごく美人なのに、無職引きこもりで、売れない俳優をしている彼(元カレだっけ?)を追いかけることに全てを捧げている女」「新宿二丁目に勤めている、中性的なゲイの若者(あとから転がり込んできた)」「酒グセも口も悪い、サバサバした豪快な女」「クールで一番大人なサラリーマン」

という、5人の共同生活の話です(たぶん合ってる)。

個性が強いキャラたちが絡むことによる群像劇の面白みもあるし、各人の心情にスポットをあてている部分では納得したり共感したりツッコみどころがあったりで、興味を維持しながら読めた。テンポもよかったと思います。バカでゆるい場面もあるし、時と場合によっては心情の明暗が交錯したり、本当の自分を隠しながら「共同生活メンバー内の自分」を演じていたり、若者たちが信頼しあったりさぐりあったりの人間模様がおもしろい。(読んだのが1年くらい前なのでちょっとうろ覚え)

あーおもしろかったねー、と、読み終わる予定だったんだけど、ラスト付近で予想しないことが起きて、いっきにインパクトが変わった。その出来事にもびっくりだけど、物語の終わらせ方にびっくり。こういうのもアリなんかー!と。この小説と、この作者への、印象がガラリと変わりました。映画化もされてます。みてみよー