ライフスタイルを変える 

2008年04月18日(金) 14時48分
自分のライフスタイル=性格を変えることができる。勇気をもって決意すればできる。
これは、アドラー心理学から学んだ。
それは、少しずつ変わろうと努力するなんて、中途半端な決意ではできそうにない。
映画の「潮騒」だったかな?山口百恵が「えい!!」とたき火をまたいで、
炎の向こうにいる恋しい人の腕の中に飛び込むシーンを思い出す。

今、この瞬間にでも、決意すれば変わることができる。

怒らない人になる決意をした。
心配しない決意をした。

私は、この人生というゲームの主人公で、次々と現れる問題をクリアしていく。
その中で自分の前に現れる人が、どういう意図を持っているのかは心配しない。
直感と経験と誠意をもって、その瞬間に自分が成すべきと思うことをする。
それだけのこと。
ゴールは、その時その時の幸せ・・・人に与える幸せ。

夢を語れない子 

2007年07月15日(日) 10時48分
「自分のやりたいことがわからない」
そういう青少年〜若者が多いという。

幼少期から、大人に、自分で選択する機会を剥奪され続けた結果、
自分で何かを決めることができなくなっている、という説。

確かに、納得。




母子カプセル 

2007年05月27日(日) 16時31分
年のちかい3人の子どもを抱え、夫の帰宅は連日深夜だった。
パイン5才、バンブー3才の時にプラムが産まれた。
40平米しかない狭いアパートで、子ども達を風呂に入れ寝かし付けるまで、
誰を頼ることなく、ひとりで育児をしてきたようなものだ。
パインがスポーツクラブに入ることがきっかけで、夫は彼らのコーチになった。
プラムにとって、お父さん=コーチ、絶対的な存在になっていった。
バンブーも、小学生の時は、厳格な父親の、時に不条理な“しつけ”に
何度も泣いた。
プラムは、ペットのようにかわいがられ、父の期待に応えるべく、頑張った。
プラムは幼少期から、楽しそうにしている中に、時折見せる淋しげな表情があって、
どこか影のある子だった。
感受性が強く、尖端恐怖症、過呼吸、局所多汗症、神経性腸炎、アトピー、夜尿症と、
まあ、いろいろあって、私もついつい彼を庇護することが多かった。
当の本人は、いたって明るくスポーツマンで、お調子者なので、神経がそんなに
ナイーブだとはだれも思わない。損な子、生きにくい子だと思う。
いつしか、私とプラムは“母子カプセル”として生きるようになってしまっていたのだ。

今プラムは、そのカプセルを壊す作業をしている。

性格は変えられる 

2007年05月26日(土) 15時10分
人は今まで生きてきた性格を変えようとしないのは、良かれ悪かれ、その生き方がとりあえず安全だと
分かっているからだという。
性格は7〜10才頃に形成されていくらしい。
つまり、小学校低学年の頃、お勉強ができて誉められれば、勤勉でよい成績をとって誉められる自分をライフスタイルとするし、スポーツでヒーローになれば、活発なスポーツ少年であろうとする。
テレビで覚えたギャグがクラスで受ければ、おもしろい三枚目路線で生きていくだろうし、腕力に物を言わせクラスのリーダー格になった子は、番長タイプになっていく・・・といった具合に。

思春期、自分とは?と自己を見つめる時期がくる。
その時、勇気をもって、チャレンジすれば、自分の性格は変えることは可能。
自分を深く見つめることのできる子なら、転校とか、中学、高校入学とか、アルバイトとか、
何かをきっかけに、より生きやすい自分を再発見し、新しいライフスタイルを構築していくことができる。

親は、生まれたときから毎日我が子を見てるので、この子はこういう子という固定観念を持っており、授業参観や学校行事など、仲間の中にいる我が子の、家庭では見せないような横顔を垣間見たとき、
驚き、時に否定する。
ついつい、家に帰ってきた子に、
「あなた学校ではいつもあんななの?」「あんな不良みたいな子と仲がいいの?」
などと、それとなしに口を出してしまう。

学校、仲間、という子どもの聖域に、土足で踏み入ってはいけない。
見て見ぬふりをして、子どもが変わろうとする勇気を、外から応援しよう。

塞翁が馬 

2007年03月24日(土) 11時04分
兄弟2人の受験が終わり、私自身も想像していなかった安堵感と同時にこれから今までとは変わっていくだろう生活に思いをはせる。
塞翁が馬・・・悪いことばかりじゃない、でも良いことばかりじゃない・・・希望と先の見えない不安は裏腹なのだ。そんな風に解釈してしまうと、毎日が幸せに暮らせない。
“ありのまま”を受容して“今”を行動することに心がけ、自分を解放していこう。

バンブーは医大の推薦と前期にチャレンジした難関国立大には入れなかったものの、彼の志望する学科のある国立大学に見事合格した。
プラムは倍率の高い公立校入試に失敗し、併願受験しておいた私立校に行くことになった。

そう、私が彼らの行く末をいちいち心配する必要はない。
私にできることは、とりあえず彼らがきちんと学校に行けるように経済的な責任を負い、日常生活をバックアップすること。
信じて任せるしかないんだ。

少年時代 

2007年03月08日(木) 13時29分
「少年は大人になるためではなく、少年時代を過ごすために生きている」
なんてステキなことばだろう。

昨日、バンブーの元同級生Mくんのお母さんに会った。
Mくんは2年前、バイクの事故で他界した。
当時、訃報を聞きながら、通夜にも葬儀にも列席しなかったことがずっと
気になっていた。
10年ぶりに合うMさんに、私の方からMくんの話を切りだし、当時、
訃報はTくんのお母さんから聞いたことを話すと、にわかにMさんの涙が溢れた。
「Tくんは・・・息子の大の親友だったの・・・。」
Tくんはバイク仲間だったそうで、今もしばしば墓参りしてくれているという。
そんなTくんも、つい先日、煙草の不始末から大やけどをして入院するという
騒ぎがあった。

Mくん、Tくんはバンブーの小学校時代の同級生。
くそ真面目で優等生のバンブーだが、彼の天然ボケが親しみやすいのか、
昔から友達にはなぜか“やんちゃ”な子が多い。

 なんで、わざわざ怒られることするんだろう?
 面倒な結果が分かっていて無駄なことする気持ちがわからない。
 範囲がわかっている試験なら、単5つぐいら覚えて20点ぐらいとれるのに。
・・・バンブーはそういう考え方をするが、彼らを否定することはなく、
傍観しながら楽しんでいた。いい友達だった。

親になって、我が子のこととなると、1年後、3年後・・・10年後と
先のことばかり気になってしまう。
迷うことなく、遠回りせず、寄り道せず、着実な道を、とついつい願ってしまう。
もし道を間違えそうになったら、手を引いて正しい方へ連れて行こうとしてしまう。
間違えていなくても、もっと平坦な道や近道を教えようとする。
到着することが目的なのか、道すがらを楽しむことが目的なのかをはき違えてしまう。

“今”やらなければならないこと100人の少年に聞けば、きっと100通り答えがある。
勉強?スポーツ?恋?暴走?おしゃれ?ひきこもり?
それぞれの課題をやり終えて、やがて大人になる。そんな風に思えてきた。

Mくんは思いっきり生きて、今も思いっきりむこうの世界を楽しみながら
いつも好きなときに“ここ”に来ているそうだ。







10倍速く本を読みたい 

2007年03月03日(土) 15時59分
“フォトリーディング”なるものをマスターして、今の10倍の速さで本を読めるとしたら・・・。
あと何十年、何時間、私の人生の中で読書に費やせるかには限界がある。
単に本を読むこと自体を目的にするのではなく、自分の糧になる本を厳選し、必要な知識を得るための
最低限の読み方をする・・・必要ない本、余計なところはとばして読むことの罪悪感を捨てることから
始める・・・
確かに、のどがカラカラな時にポカリスエットを飲むように、必要に駆られて読む本ときの速さはすごい。
反対に、買ってしまってから、ザッと目を通して読む気にならない本もある。
いつか読もう〜ということ自体、心に借を作っているようで、よろしくない。

この半年、実際に読んだ本は10冊、20冊ではない。
アドラー心理学関連の本から始まり、親業のシリーズ、心理学の本も、最近はトランスパーソナリティの分野、物理学の分野にまで挑んでいる。
本を読んで私が得たいものは、考えるヒント、生きるヒント。目からウロコ体験を常にしていたい。








決戦のとき 

2007年02月12日(月) 22時46分
しばらく心の旅に出かけててしまっているプラムは、とても受験生とは思えない食っちゃ寝食っちゃ寝の日々を過ごしている。
とりあえず、併願の私立は合格し、今週手続きをすることになる。
その高校は、手付け金ではなく、私立大学並の入学料全額を支払うことになっている。これは下調べできなかったので仕方がない。でも、大金払ったのだから、入学も有りだな!と逆に開き直ることができて良いのかもしれない。
そうでなくても、この内申と得点力で合格しようというのは常識の範疇ではない。
ところが、我が家の子供達は、私に似て、常識では考えられないくらいプラス思考というか、大胆というか・・・「受ければ受かるんじゃね?」という思考をする。
プラムは今は、パインとしか口を利かない。
パインが携帯を取り上げてくれたらしい。

長くて短い1ヶ月・・・ 

2007年02月07日(水) 0時16分
1ヶ月後には、バンブーの大学とプラムの高校が決まっているだろう。
今から1ヶ月前は、正月明け、パインの成人式で慌ただしくしていた。
毎日毎日、いろんなことを考え、気持ちは大きく揺れ動く。
ここしばらく、パートのシフトは連日フルタイムで入っているし、
高校と中学のPTA役員の仕事も卒業を控えて立て込んでいる。
そんなに忙しい中で、心のよりどころになりそうな本を、
片っ端からとてつもないペースで読み、
ヒントを与えてくれそうなサイトを検索する。
就寝は深夜を越え、2時過ぎになる日も多い。

私は今、何をすべきか・・・子供達に何がしてあげられるのか・・・
正しい答えは解らない。
彼らを信じて、彼らの前途がいかなるものであっても祝福し、
これからもずっと見守っていくことを誓おう。

ダブル・バインド 

2007年02月04日(日) 11時45分
小さい頃から「気が利く」「よく気がつく」と人に言われることが多かったので、先回りして人の為に役立つことをする・・・というのが私の行動パターンだった。
46年もそうやって生きてきたライフスタイルを一「アドラー心理学」は物の見事にひっくりかえした。
「気が利く」という讃辞を得る目的をもっての行動は、時に、他の人にとっては「お節介」なのだ。
先回りしてやってあげようと思う事自体、相手の可能性を疑っているということになる。
毎日の生活の中で、「先回りしない」「信じて任せる」ことを心がけるようになって、最初はそれを自分に強いることが大変だったが、ようやく慣れてきたこの頃。

ダブル・バインド(二重拘束)
「自分の好きやっていいんだよ」と言っておきながら、「そうじゃなくて・・・」と結果を認めない。
家でも学校でも、多発していることなんじゃないかな。
自分に置き換えてみれば、その不条理に納得できないことがよくわかる。
「ご飯、何がいい?」「何でもいい」という会話があって、「な〜んだ、カレーかよ!」「何でもいいって言ったんじゃん」というパターン。
信じることは、結末も受け入れるということ。肝に銘じておかなければ。
まだまだ、勉強だな。。。
P R
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