アイ、17才9ヶ月。
とても婆とは思えない、この面構え。
2010.11.24

実は今食欲がない。
かろうじて水は飲んでいるけれど、
もう5日以上何も食べていない。
大好きな茹でエビに見向きもしない。
こんなことは初めてのこと。
車に乗ることを極度に嫌うので、しばらく様子を見ているのだが。
まだ自力で歩くことができるのが救い。
立ち止まって振り向いてたらついて来いということ、
そのとき右を向いたら水がほしいということ、左を向いたら外へ出たいということ、
水のお椀の前に立って振り向いたら新しい水に変えろということ・・・、
精一杯言うことを聞いてをしているけれど、
一番してほしいことはなんだろう。
黙ってそばにいることしかできない。
「もう一度 一緒に散歩 行きたいね」

雪虫が飛ぶと雪が降るという。
北海道など、寒い国のことだと思っていたら、すぐ近くで撮った人があり、宮島でも撮ったというお知らせ、こりゃ黒瀬でもいるだろうと注意してみていたら、昨日の夕方、白いものが飛んでいるのを発見、雪虫だった。ネットで検索すると、名前はロマンチックでかわいらしいけれど、アブラムシだということ、害虫である。
雪虫(ゆきむし)とは、アブラムシのうち、白腺物質を分泌する腺が存在するものの俗称。体全体が綿で包まれたようになる。雪虫という呼び方は主に北国での呼び名で、他に、綿虫・オオワタ・シーラッコ・シロコババ・オナツコジョロ・オユキコジョロ・ユキンコ・しろばんばといった俗称がある。体長5mm前後。アブラムシは普通、羽のない姿で単為生殖によって多数が集まったコロニーを作る。しかし、秋になって越冬する前などに羽を持つ成虫が生まれ、交尾をして越冬の為の卵を産む。この時の羽を持つ成虫が、蝋物質を身にまとって飛ぶ姿が雪を思わせるのである。アブラムシの飛ぶ力は弱く、風になびいて流れるので、なおさらに雪を思わせる。
北海道では初雪の降る少し前に出現したりする(と感じられることが多い)ことから、冬の訪れを告げる風物詩ともなっている。
雄には口が無く、寿命は一週間ほど。雌も卵を産むと死んでしまう。熱に弱く、人間の体温でも弱る。(ウィキペディアより引用)
「老体も 蝋をまとえば 軽くなる?」

NAOTAくんちの猫が庭にやってきた。
カメラのシャッター音にビビッている。
他所の庭にいるということが分かっているのだろう、ダッシュで逃げられる体勢だ。
アイがうるさく鳴いて追い立てたので自分の家に帰っていった。

追いかけて、NAOTAくんちに行ってみるとこの前庭に来たNAOがいた。
自分の家の庭だと堂々としている。

いつもの遊び場に行ってみると、別の猫がいた。最初の猫とは模様が少し違うと思う。
これで3匹目。

白黒の猫もいた。これはびくりともしていない、自分たちの遊び場へ侵入してきたカメラをにらんでいる。
もう一匹いるはずなのだが、遊び場には姿がなかった。
長居はできない、猫の遊び場は臭い。
「我が庭の 匂いを感じる 客人よ」
小豆島一泊旅行でのこと。2分にまつわる話が3つできた。
その@
25日の朝、いつもだったら20分でつく新幹線の駅まで、ゆとりをもって42分も前に出たのに、朝の渋滞が予想外の場所であり、列車に乗り込んだのは発車2分前。階段を上がってすぐ目の前の車両に飛び込んだのだが、車両には一人もいない、おかしいなとは思ったが、まずは息を整えるのが先、深呼吸をして落ち着くまで数分、やはりおかしい、いくら平日だからといって誰も乗っていないなんて・・・、ゆとりが出てきたので、周りを見回していると座席の背に一つひとつ雑誌が挟んである、シートは緑色。やっとそこでピンときた、これはもしかしてグリーン車か。だって一度もグリーン車に乗ったことがないんだもの、指定席がやっとだからねぇ。もしかしたら通ったこともないかも。座席の背についている車両説明の図で確認すると8号車はグリーン車の表示がしてあった。
さあ、車両移動をしなくっちゃと腰を上げかけて、待て待て、どこまで乗れるか確かめてからでも遅くはない、車掌さんが回ってくるまで座っていてやろう、なんて思ってしまったのだ。年をとったものだねえ、若いころだったら即刻移動していただろう、人にまちがいを指摘されるなんてとても恥ずかしいことだもの。だんだん間違っていることが多くなってきて、少し鈍感になっているのか。
車掌さんは三原駅に着く前に回ってきた、あれ?という顔で乗車券を拝見しますといい、岡山までグリーン車に変更されますかといい、あっ、グリーン車ですか、飛び込んでそのまま座っていましたといういいわけを胡散臭そうに聞き、それでもすぐに移動することに文句は言わず送ってくれた。もう、三原駅に着く前のスピードを落としている時期の移動が少し恥ずかしかったけれど、まあ、そのくらいは我慢の範囲内。
自由席は半分ほどの人で埋まっていた。ゆとりをもって駅についていたら車両を確かめて乗っていたので、こういうことはなかったはず。2分というぎりぎりの時間が起こしたこと。

そのA
2日目、二十四の瞳映画村からの帰り、もうすぐ発車するバスの中で、となりに座った乗客の話が耳に飛び込んできた。渡し舟が快適だった、よい経験になった・・・と。えっ、やっぱり渡し舟があったんだ、幟が立っていたのは知っていたけれど、観光案内所の人も、オリーブ公園の人も何にも言わなかったので、バスでは30分かかるところを渡し舟なら10分というのがとても魅力的だったのだが、平日では運行していないのだと思って確認しなかった。こんなとき、若いころだったらそのままにしておくのだけれど、いい年を重ねているものだから、すぐに尋ねることができるのだ。電話をかければ船はすぐに来ること、本当に10分で渡れること、漁船のような小さい船で屋根も何にもなこと、波もなく穏やかな海で、快適だったこと・・・、男性二人がしきりに渡し舟に乗れと勧めてくれる。もう、バス代は払っていて無駄になるけれど、500円で渡し舟が体験できるのなら乗るっきゃないね。ふふふ、そう思ったのは四人のうち二人だけ。バスがつくまでにきっと渡し舟が間に合うはず、半分ずつ分かれていくことになった。
で、電話をして舟を頼んで、待つこと10分以上、すぐに来るはずの舟が来ない、急に風も強くなり、波が高くなってきた、もう一度電話をするけれど、なしのつぶて、ずっと海を見つめていても舟がやってくる気配なく、こうなりゃタクシーで追いかけるしかないかねえと迷っていたら、なんだか動くものが見えて、だんだん大きくなってきて、それが小さい舟だとわかってほっとして・・・。
渡し舟は草壁港から5人の客を乗せてきた。どうやら我々がバスの中で迷っている間にその客を迎えに行ったものらしい、舟に乗れたことでほっとして何にも考えなかったけれど、ぎりぎりの時間だったということだ。港についてバス停を探し、時刻表を見るとあと1分だった。微妙な時間だ。5分あれば安心するのだが。ちょうどバス停の近くで話しこんでいる人を発見、もうバスは通りましたかと聞く、わかりませんとの返事、時刻表ではまだ1分あるのですよというと、それなら絶対にまだ来ていませんよというありがたいお返事。どうやら小豆島の乗り合いバスは時間通りにやってくるらしい。ほら、バスの姿が見えてきた。時刻表どおりにやってきた。
渡し舟を降りてバスに乗り込むまで、きっと2分くらいだったろう。
そのB
小豆島の旅が終わり、仲間と岡山駅で別れてひとり新幹線こだま号。今度はしっかり自由席に座る。なんてね、心配は要らないのだ、博多まで行くのに4両編成だもの、車内販売もないし、もちろんグリーン車はついていない。各駅停車の新幹線、ところどころで後続列車に追い越しをさせてあげるから4分停車、5分停車・・・ゆっくりしたものだ。
ときどきうとうとしながらまたここで追い越させてあげるのか・・・なんて思いながら少しずつ東広島に近づいてきて。本当はうとうとする間なんてないのだ、1時間6分で東広島に着くのだもの、うっかり寝込むと乗り越してしまう。でも、うとうとしながら、三原駅に着いた。次が東広島駅だ。アナウンスが4分の停車だと告げた。うとうとしながらそれを聞いた。ふと、目が覚めたら、列車が止まっていた、あわてた、あわてた、駅の看板が見えない、東広島についているのか、すぐに下りなくっちゃ、ここどこですか、誰にともなく聞く、不思議そうに見る人の中で、前の席の人が何か答えてくれる、聞き取れない、もう一度聞く、ここはどこですか、「三原ですよ」、今度は聞き取れた、「ああ、まだ出ていなかったのですね、よかった。」
きっと、2分くらいぐっすり寝ていたのだろう。それから1分ほどで発車したから。
写真は世界一狭い海峡、土橋海峡。ギネスブック認定とある。
この橋を渡るのは2分はかからないね、バスでは2秒。
「旅の空 身も心も リフレッシュ」
その@
25日の朝、いつもだったら20分でつく新幹線の駅まで、ゆとりをもって42分も前に出たのに、朝の渋滞が予想外の場所であり、列車に乗り込んだのは発車2分前。階段を上がってすぐ目の前の車両に飛び込んだのだが、車両には一人もいない、おかしいなとは思ったが、まずは息を整えるのが先、深呼吸をして落ち着くまで数分、やはりおかしい、いくら平日だからといって誰も乗っていないなんて・・・、ゆとりが出てきたので、周りを見回していると座席の背に一つひとつ雑誌が挟んである、シートは緑色。やっとそこでピンときた、これはもしかしてグリーン車か。だって一度もグリーン車に乗ったことがないんだもの、指定席がやっとだからねぇ。もしかしたら通ったこともないかも。座席の背についている車両説明の図で確認すると8号車はグリーン車の表示がしてあった。
さあ、車両移動をしなくっちゃと腰を上げかけて、待て待て、どこまで乗れるか確かめてからでも遅くはない、車掌さんが回ってくるまで座っていてやろう、なんて思ってしまったのだ。年をとったものだねえ、若いころだったら即刻移動していただろう、人にまちがいを指摘されるなんてとても恥ずかしいことだもの。だんだん間違っていることが多くなってきて、少し鈍感になっているのか。
車掌さんは三原駅に着く前に回ってきた、あれ?という顔で乗車券を拝見しますといい、岡山までグリーン車に変更されますかといい、あっ、グリーン車ですか、飛び込んでそのまま座っていましたといういいわけを胡散臭そうに聞き、それでもすぐに移動することに文句は言わず送ってくれた。もう、三原駅に着く前のスピードを落としている時期の移動が少し恥ずかしかったけれど、まあ、そのくらいは我慢の範囲内。
自由席は半分ほどの人で埋まっていた。ゆとりをもって駅についていたら車両を確かめて乗っていたので、こういうことはなかったはず。2分というぎりぎりの時間が起こしたこと。

そのA
2日目、二十四の瞳映画村からの帰り、もうすぐ発車するバスの中で、となりに座った乗客の話が耳に飛び込んできた。渡し舟が快適だった、よい経験になった・・・と。えっ、やっぱり渡し舟があったんだ、幟が立っていたのは知っていたけれど、観光案内所の人も、オリーブ公園の人も何にも言わなかったので、バスでは30分かかるところを渡し舟なら10分というのがとても魅力的だったのだが、平日では運行していないのだと思って確認しなかった。こんなとき、若いころだったらそのままにしておくのだけれど、いい年を重ねているものだから、すぐに尋ねることができるのだ。電話をかければ船はすぐに来ること、本当に10分で渡れること、漁船のような小さい船で屋根も何にもなこと、波もなく穏やかな海で、快適だったこと・・・、男性二人がしきりに渡し舟に乗れと勧めてくれる。もう、バス代は払っていて無駄になるけれど、500円で渡し舟が体験できるのなら乗るっきゃないね。ふふふ、そう思ったのは四人のうち二人だけ。バスがつくまでにきっと渡し舟が間に合うはず、半分ずつ分かれていくことになった。
で、電話をして舟を頼んで、待つこと10分以上、すぐに来るはずの舟が来ない、急に風も強くなり、波が高くなってきた、もう一度電話をするけれど、なしのつぶて、ずっと海を見つめていても舟がやってくる気配なく、こうなりゃタクシーで追いかけるしかないかねえと迷っていたら、なんだか動くものが見えて、だんだん大きくなってきて、それが小さい舟だとわかってほっとして・・・。
渡し舟は草壁港から5人の客を乗せてきた。どうやら我々がバスの中で迷っている間にその客を迎えに行ったものらしい、舟に乗れたことでほっとして何にも考えなかったけれど、ぎりぎりの時間だったということだ。港についてバス停を探し、時刻表を見るとあと1分だった。微妙な時間だ。5分あれば安心するのだが。ちょうどバス停の近くで話しこんでいる人を発見、もうバスは通りましたかと聞く、わかりませんとの返事、時刻表ではまだ1分あるのですよというと、それなら絶対にまだ来ていませんよというありがたいお返事。どうやら小豆島の乗り合いバスは時間通りにやってくるらしい。ほら、バスの姿が見えてきた。時刻表どおりにやってきた。
渡し舟を降りてバスに乗り込むまで、きっと2分くらいだったろう。
そのB
小豆島の旅が終わり、仲間と岡山駅で別れてひとり新幹線こだま号。今度はしっかり自由席に座る。なんてね、心配は要らないのだ、博多まで行くのに4両編成だもの、車内販売もないし、もちろんグリーン車はついていない。各駅停車の新幹線、ところどころで後続列車に追い越しをさせてあげるから4分停車、5分停車・・・ゆっくりしたものだ。
ときどきうとうとしながらまたここで追い越させてあげるのか・・・なんて思いながら少しずつ東広島に近づいてきて。本当はうとうとする間なんてないのだ、1時間6分で東広島に着くのだもの、うっかり寝込むと乗り越してしまう。でも、うとうとしながら、三原駅に着いた。次が東広島駅だ。アナウンスが4分の停車だと告げた。うとうとしながらそれを聞いた。ふと、目が覚めたら、列車が止まっていた、あわてた、あわてた、駅の看板が見えない、東広島についているのか、すぐに下りなくっちゃ、ここどこですか、誰にともなく聞く、不思議そうに見る人の中で、前の席の人が何か答えてくれる、聞き取れない、もう一度聞く、ここはどこですか、「三原ですよ」、今度は聞き取れた、「ああ、まだ出ていなかったのですね、よかった。」
きっと、2分くらいぐっすり寝ていたのだろう。それから1分ほどで発車したから。
写真は世界一狭い海峡、土橋海峡。ギネスブック認定とある。この橋を渡るのは2分はかからないね、バスでは2秒。
「旅の空 身も心も リフレッシュ」
一年に一度、同級生が集まって一泊二日のおしゃべり会。
今年は小豆島へ行く。
なにもかも幹事さんにお任せでついて行くだけの楽ちん旅。
は切符をどこにしまったか忘れて、しょっちゅう探していたが、終いには仲間に記憶してもらって旅行を続けたという、なんとも穏やかな旅行ではあった。旅行のメインはもちろんおしゃべりである。喉が痛くならないようにのど飴をなめながら、半年分の話が続く。(春には日帰りの会がある。)
おしゃべりの中身は個人情報満載なので、ここに書くことできないけれど、明日はわが身と思ったり、あるある!と思ったり、同級生ゆえの同じような話、いくら時間があっても足りないといつも思う。
今年は4人の参加だった。まだ仕事を続けていたり、膝が痛くて長い距離は歩けなくなっていたり、家の都合で出られなかったり・・・。7名が全員揃うことはめったにないことなのだ。
も母の体調が悪いときには参加できない。
一日目は新岡山港からフェリーで土庄港へ行き、そこから路線バスを利用して寒霞渓の紅葉を見に行った。エンジェルロード近くの国際ホテルに泊まり、二日めはオリーブの丘公園と映画村へ行った。路線バスを乗り継ぐので待ち時間があるのだけれど、ちょうど昼食の時間であったり、連絡がちゃんとしてあったりで、待ち時間が苦になることはなかった。秋の柔らかな日差しの中、ゆったりとした時間は最高の贅沢のように思える。

岡山駅の桃太郎、今日はお供が増えた。
かざす手にハトが乗って
おいらも鬼退治に参りますと
言っているのかいないのか。

寒霞渓は紅葉のど真ん中
ロープウェイから見る景色は最高だった。
平日なのに、たくさんの観光客が観光バスで運ばれてきた。
みんな
と同年代の人ばかり。
彼らは急ぎ足で次の場所へ行く。

昼のドラマで有名になったエンゼルロード
ミナミとカンジが手をつないで歩いた道、
今日手をつないでいるのは?
ふふっ、探しても無駄だね。
潮の引き方が大きくて、
エンゼルというより大男の道になっているし・・・。

オリーブの丘公園には、ギリシャ風の風車が立っていて、
やはり若いカップルが喜びそう、
我ら4人組はあまり興味なく、
見に行ったのはブログネタを探す
ひとり。
ああ、アイスクリームも食べたかったなあ。

最後の観光は二十四の瞳映画村。
2度目に映画化されたときのセットが保存されている。
原作者壺井栄文学館もあった。
一年に一度の一泊旅行はこれにて終了。いつか韓国へ行きましょうという話が出ていたのだが、今回の事件でどうなることか・・・。それまで
の膝が悪くなっていませんように。
「熱燗で きゅっと眠る 旅の夜」
今年は小豆島へ行く。
なにもかも幹事さんにお任せでついて行くだけの楽ちん旅。
は切符をどこにしまったか忘れて、しょっちゅう探していたが、終いには仲間に記憶してもらって旅行を続けたという、なんとも穏やかな旅行ではあった。旅行のメインはもちろんおしゃべりである。喉が痛くならないようにのど飴をなめながら、半年分の話が続く。(春には日帰りの会がある。)おしゃべりの中身は個人情報満載なので、ここに書くことできないけれど、明日はわが身と思ったり、あるある!と思ったり、同級生ゆえの同じような話、いくら時間があっても足りないといつも思う。
今年は4人の参加だった。まだ仕事を続けていたり、膝が痛くて長い距離は歩けなくなっていたり、家の都合で出られなかったり・・・。7名が全員揃うことはめったにないことなのだ。
も母の体調が悪いときには参加できない。一日目は新岡山港からフェリーで土庄港へ行き、そこから路線バスを利用して寒霞渓の紅葉を見に行った。エンジェルロード近くの国際ホテルに泊まり、二日めはオリーブの丘公園と映画村へ行った。路線バスを乗り継ぐので待ち時間があるのだけれど、ちょうど昼食の時間であったり、連絡がちゃんとしてあったりで、待ち時間が苦になることはなかった。秋の柔らかな日差しの中、ゆったりとした時間は最高の贅沢のように思える。

岡山駅の桃太郎、今日はお供が増えた。
かざす手にハトが乗って
おいらも鬼退治に参りますと
言っているのかいないのか。

寒霞渓は紅葉のど真ん中
ロープウェイから見る景色は最高だった。
平日なのに、たくさんの観光客が観光バスで運ばれてきた。
みんな
と同年代の人ばかり。彼らは急ぎ足で次の場所へ行く。

昼のドラマで有名になったエンゼルロード
ミナミとカンジが手をつないで歩いた道、
今日手をつないでいるのは?
ふふっ、探しても無駄だね。
潮の引き方が大きくて、
エンゼルというより大男の道になっているし・・・。

オリーブの丘公園には、ギリシャ風の風車が立っていて、
やはり若いカップルが喜びそう、
我ら4人組はあまり興味なく、
見に行ったのはブログネタを探す
ひとり。ああ、アイスクリームも食べたかったなあ。

最後の観光は二十四の瞳映画村。
2度目に映画化されたときのセットが保存されている。
原作者壺井栄文学館もあった。
一年に一度の一泊旅行はこれにて終了。いつか韓国へ行きましょうという話が出ていたのだが、今回の事件でどうなることか・・・。それまで
の膝が悪くなっていませんように。「熱燗で きゅっと眠る 旅の夜」
鳥取県の日野町にオシドリが飛来するというニュースを去年見てから、今年は絶対に日野町にいくのだと心に決めていた。でも、今年はいろんなところに遠征をしているので、なかなか日野町の順番がやってこない、うずうずしていたのであるが、やっと今日出かけることができた。
1週間前、ブログ友が日野町に出かけているので、観察できる時間帯を聞いたところ午前8時までと夕方がいいということ、片道4時間かかる日野町へ朝の観察は無理、夕方狙いでいくことにした。運がよければ近くで見ることができるかもしれないし。

母の朝の食事を済ませて出かけるので、出発は8時、到着が11時半ごろになった。オシドリは朝の食事が済んで、対岸の草陰に隠れている。外で泳いでいるのは他のかもたち、オシドリの世話をする方の話を聞けば、今日のように天気のいい日は隠れていることが多いとのこと、目立つ色なので隠れるのだとのお話であった。夕方になればまた出てくるということだ。残念、私のカメラではこれが限界。

やっぱりねえとあきらめかけていたら、3羽のオシドリ(♂1♀2)が何を思ったか、こちらに近づいてきて、観察小屋の前の中洲にやってきた。こんなことがあるのだねえ、世話人のはなしでは今日初めてだということ、大喜びでカメラを構えた。ほんの数分のことであったけれど、かわいらしい姿を間近で見れて感激である。

こちらがメス。何たる違い!!!

夕方になれば対岸へ隠れているオシドリたちがこちらに帰ってくるというので、それまで、大山にいってみることにした。小1時間車を走らせて大山に着く。大山は雪をかぶっていた。今日の陽で融けてしまうのではないか、心配するほど暖かい、ブナ林は葉を落としていたけれど、ドライブは最高だった。

再び日野町へ戻った。午後4時のようす、たくさんのオシドリが川の中ほどまで出てきている。もっと時間をかければもっと近くへ来てくれるのだろうけれど、お日様が山へ隠れてしまった、私のカメラではここまで。
日野町には今年700羽以上のオシドリが飛来しているという。ぜひ、朝の時間帯に訪れたいものだと思いながら、帰途についた。
家の近くにもオシドリがわたってくるのだけれど、何しろ敏感、なかなか近寄らせてくれない。日野町に出かけたくなってしまう。
「どんぐりを 本気で集めようと 思った
」
1週間前、ブログ友が日野町に出かけているので、観察できる時間帯を聞いたところ午前8時までと夕方がいいということ、片道4時間かかる日野町へ朝の観察は無理、夕方狙いでいくことにした。運がよければ近くで見ることができるかもしれないし。

母の朝の食事を済ませて出かけるので、出発は8時、到着が11時半ごろになった。オシドリは朝の食事が済んで、対岸の草陰に隠れている。外で泳いでいるのは他のかもたち、オシドリの世話をする方の話を聞けば、今日のように天気のいい日は隠れていることが多いとのこと、目立つ色なので隠れるのだとのお話であった。夕方になればまた出てくるということだ。残念、私のカメラではこれが限界。

やっぱりねえとあきらめかけていたら、3羽のオシドリ(♂1♀2)が何を思ったか、こちらに近づいてきて、観察小屋の前の中洲にやってきた。こんなことがあるのだねえ、世話人のはなしでは今日初めてだということ、大喜びでカメラを構えた。ほんの数分のことであったけれど、かわいらしい姿を間近で見れて感激である。

こちらがメス。何たる違い!!!

夕方になれば対岸へ隠れているオシドリたちがこちらに帰ってくるというので、それまで、大山にいってみることにした。小1時間車を走らせて大山に着く。大山は雪をかぶっていた。今日の陽で融けてしまうのではないか、心配するほど暖かい、ブナ林は葉を落としていたけれど、ドライブは最高だった。

再び日野町へ戻った。午後4時のようす、たくさんのオシドリが川の中ほどまで出てきている。もっと時間をかければもっと近くへ来てくれるのだろうけれど、お日様が山へ隠れてしまった、私のカメラではここまで。
日野町には今年700羽以上のオシドリが飛来しているという。ぜひ、朝の時間帯に訪れたいものだと思いながら、帰途についた。
家の近くにもオシドリがわたってくるのだけれど、何しろ敏感、なかなか近寄らせてくれない。日野町に出かけたくなってしまう。
「どんぐりを 本気で集めようと 思った
」
![]()
![]()
|








