社長ってすごいなあ! 色んな意味で… 

2006年03月05日(日) 23時16分
私を育ててくれた
(もとい)鍛えてくれた(笑)デザイン会社・水野プロダクションの
社長だった水野石文さん…

水野プロに入って初めて、
私は水野さんがこれまでにどんな仕事を手掛けてこられたのかを知る事になる。

私が少女時代に読んでいた漫画雑誌「なかよし」「マーガレット」やそのコミックス、
「少年ジャンプ」「少年マガジン」の装丁のほとんどは社長が手掛けたものだった。
経理の部屋にあるいくつもの書庫には、私が小学生だった頃夢中になった
「キャンディ・キャンディ」「おはよう!スパンク」などの
コミックスや掲載本が保管されていた。
表紙のレイアウトも斬新で、イラストの配し方、テキストを見やすく、
見る人の興味を引く様な楽しい気持ちになるように
遊びごころを盛り込んでいるお仕事に胸がときめいた。

そんな…透き通る様な想いで日々過ごせたらどんなに素敵だったろうか

少女の夢・少年の好奇心をかりたてる「企画」を生み出すべき“現場”の現状はこんな感じだった。

彼の席…つまり社長席のすぐそばに私のデスクはあった。
彼の愛人…つまり私の上司の席よりも社長席に近かった。
…おっと、私は何を言いたいのだろう(笑)
今思えば…どうやら私は水野さんにとって娘的な存在であったような気がする…

彼女は連れて歩くと見栄えがするし、動作も機敏だが、
こと電話応対に関しては、どう好意的に見ても100点満点であれば60点位だ。

電話が鳴る…
「はい、水野プロでぇーす!」
マジでこんな感じだ。
転送の仕方もかなり乱暴で
「○○さんに好男社さんから!」
と言い終わるか終わらないかのうちに受話器を
ガシャーン!
と降ろす。

「洋子よ、好男社の○○役員にかけてちょうだい」
「はい、社長!」

いつの間にか私は水野さんの電話秘書のようになっていた。

「いつもお世話になっております…
ただいま水野に代わりますのでお待ち下さいませ」

水野さんは彼女に“それ”だけはさせなかった。

こんなこともあった。

「洋子ちゃん、
僕のバックに領収書が入っているから経理に持っていってちょうだい」
人の鞄を開けるのは気がとがめるが仕方なく
「じゃあ、あけますよー!」
と言ってセカンドバックを開け、四つ折りの領収書を見つけた。
確認のため広げてみると…そこには

「××グランドホテル プレジデントコース 2名様」

とあった。

おいおい…プレジデントは会社で充分だろーよ? あ?

さっそく経理にそれを持っていったところ
「まいどあり!」
とあきれ顔で領収書を受け取ってくれたのは、社長の奥さんのお姉様だった…



続く…

アートの師匠・水野石文氏を念う… 

2006年10月02日(月) 23時03分
スクールのある恵比寿に降り立った時…ふと目にとまった
「文化庁メディア芸術祭」の看板
あれから5年経つんだな〜…懐かしいな〜…

私の分身とも娘とも言うべきキャラクター2ユニットが
5年前に入選し、
東京写真美術館で一般公開された。

既に広告などを賑わせているイラストレーターの作品に混じって、
私の子供たちも胸を張っていた。可愛かった。親バカだ(笑)

いま私は原点に還ろうと思う。
私を育ててくれた人の事をここに書いていこうと思う。

ありがたいことに私には何人もの“師匠”がいる。
アートの師匠、音楽の師匠、心の師匠…

これから暫くは
「アートの師匠/水野 石文さん」の事を書こうと思う。
既に旅立たれて10年近くになるだろうか…

水野さんは
私がお世話になっていたデザイン会社・水野プロダクションの社長だった。
デザインの勉強もしていない業界未経験者で、
おまけに視力障害を持っている私を雇い入れ、
良い意味で「ほったらかして」くれた人だった。

直接何を教わったというのでは無いけれど、とにかくたくさん描かせてくれた。
作品を批判されてもニコニコしている私の頭を撫でては
「お前はイモだな〜」と社長まで笑い出した。

私の上司が社長の「彼女」だったり…
その事を会社内外・社長の家族までが知っていたり…
今思うとなんともスキャンダラス環境に私はいたものだ。

だけど…
憎めない少年のような師匠だった…



続く…
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