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*(ΘшΘ)カワイス (2006年08月01日)
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* / 2007年05月02日(水)
My Life Between Silicon Valley and Japanの『悲観主義とオプティミズム』と分裂勘違い君劇場の『なんでも悲観的に考える人と、なんでも努力すれば何とかなるという人』という記事を読んで、悪い結末を予期する悲観主義(ペシミズム)と良い結末を予期する楽観主義(オプティミズム)について考えた。

人間の人生の最終的な結末は『死』であり、現在の医療水準や生命科学では死は不可避なものであるが、人間の認識能力を超越した死そのものは価値判断の彼岸にあると私は考える。故に、最期に辿り着く状態が死であるからといって、人生全体をペシミスティックに捕えるのは不合理であるし、人生の早い段階から全てを諦めて済ませられるほどには人生は短くない。まったき諦観というのは、仏教でいう直感的な悟りであるが、人は直感的な悟りを維持できない弱さを持つからこそ、生涯にわたって持続するほどの諦観(達観)に到達することは通常不可能なのである。

それほど厳しい修行や真摯な学問を積まなくても、瞬間的に『この世に変化しないものは何一つなく、“私”という自我意識もまた無であるから全ての執着は無意味である(諸行無常・諸法無我)』という悟りの状態に到達することはあるが、凡人は直感的に飛来する悟りを数日たりとも保持することはできない。悟りとは、人間の苦悩の原因を生み出す煩悩(欲求)を消尽して、一切の苦しみや悲しみから解き放たれることだが、究極のペシミスト(あるいはニヒリスト)でなければ涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)の絶対無の境地にまで突き抜けることはできない。

一喜一憂しながら人生の過程を前向きに楽しむ楽観主義を極めるよりも、決定された死(無意味)を見据えて日々を生き抜く悲観主義を極めることは難しいし、苦悩からの安直な逃避(防衛)ではない悲観主義に通暁することは更に難しい。他者の幸福を実現するような抜苦与楽(慈悲)の菩薩の境地に行き着く悲観主義者もいるかもしれないが、悲観主義者の多くは、面白くないと感じている自分の人生にかかりきりになってしまうだろう。

人生の全てを諦めたわけではないのに諦めたふりをすると、二つの矛盾した認知(認識・態度・行動・知識を含む広義の認知)が生起して認知的不協和(cognitive dissonance)の状態に陥る。『何をしても無意味でありいずれ死ぬのだから、自分は何もしない』という認知と『何かをしなければ、生存を維持できない(生の本能への執着)』という認知は矛盾して心理的な緊張を高め、『何も欲しくないから、苦労してまで努力や工夫をする必要はない』という認知と『何も楽しいことがないまま、限られた人生の時間が刻々と過ぎていく(幸福追求と生の有限性)』という認知は矛盾して心理的な不快感を強める。

中途半端な悲観主義者(ペシミスト)の多くは、完全な諦観に達することができないために、『幸福・快楽・愛情・可能性の放棄』と『幸福・快楽・愛情・可能性への執着』との間に解消しがたい認知的不協和を生じてしまう。悪い結末しか起こるはずがないという決定論的な確信を装いながらも、もしかしたら偶発的な要因で良い結果が起こるかもしれないという僅かな期待(希望)を捨てきれないため、『認知的不協和の苦悩』を延々と感じ続けることになるのである。

この悲観主義者の認知的不協和では、『他者・社会・環境など自分以外の要因に自分の不幸の原因がある』という原因帰属が、苦悩を深める負のフィードバックを形成している。『自分の意志(行動)』ではなく『偶然の幸運による救済』を無意識的に期待し続ける限り、そう簡単に負のフィードバックの連鎖を断ち切ることが出来ないだろう。

何が原因となって『現在の自分の不幸(不満)』があり、既に決定されたと感じている『不幸な未来』は何によってもたらされることになるのだろうか?自分の不幸(苦境・欲求不満)の原因帰属を『不可避の運命(過去の出来事)』にしてしまうと悲観的な決定論者になってしまうし、『外部の要因(他人・環境)』のみに原因を帰属させると責任転嫁の多い批判家(偏屈)になってしまう。

『自分自身の行動・能力・属性』に不幸(苦悩)の原因を求める場合に、自己否定的な歪んだ認知を持ち過ぎると抑うつ感や無気力が生じやすくなるが、的確な現状認識を持って自分の行動を欲求充足的に変えることが出来れば、自己効力感(self-efficacy)を高めて認知的不協和を解消することができる。状況を好転させるための努力や工夫を何もせず自分の行動を一切変えずに、悲観的な世界解釈をそのまま受容して人生を生き抜くことはとても困難なことである。

見せ掛けの諦観と悲観主義あるいは虚無主義は相性が良いが、全てを諦めきれない人間は、悲観主義に徹しきろうとして徹しきれずに苦しみ悩み煩悶することになる。私のような凡庸な人間が持ち得るオプティミズム(楽観主義)とは、人類の進歩に貢献するとか世界が直面する難題を創造的に解決するとかいう壮大な目的に対する楽観主義ではなく、ペシミズム(悲観主義)の中途半端な諦めに一定の見切りをつける覚悟なのではないかと思う。

知的なポーズとしてのニヒリズム(虚無主義)や現実認識に根ざしたペシミズムは全否定しないけれど、いずれ人は短いようで長い人生の過程を生きなければならないのだから、その過程を自分なりに楽しめる程度の楽観的な自己効力感は持っておいたほうが良い。






 
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* / 2006年12月27日(水)
もっと馬鹿っぽいしゃべり方しそうなのにね


みたいなことをよく言われます


顔がクソ馬鹿女なんだろうね
何も考えてない、苦労したことない、『ある意味』純粋で従順そうなクソ馬鹿女に見えるんだろうね


しかしだからといってそこらへんのクソ馬鹿女と一緒だと思われては困るのだよ

いやクソ馬鹿女が悪いと言ってるんじゃないよ
クソ馬鹿女はクソ馬鹿女なりにうまくやってる訳だからね
男なんて、特におっさん(おっさん精神を持ち合わせた若者も然り)なんてそうゆう女がすきだからね


私はそんな風に出来ないわけですよ、ええ
出来たとしても一瞬
そんな自分にウケて大笑いして終了
だからがっかりされても困るのだよ


勝手に妄想膨らませてんなよw



あと私全くもってMでは無いしなんならSでも無いし至ってノーマルな人間です普通でごめんねつまんなくてごめんねちなみに変態でもないよ


結論からゆうと

馬鹿っぽい可愛いしゃべり方なんて出来ないし
純粋でも従順でも無いし



中身が人形みたいじゃなくてすまんかったねw











荒んでる

言われるなぁ


性格悪いって前から言ってるやーん

性格良い人間なんていないよー甘いなぁ


『人間の性は、本来、傲慢、卑劣、邪悪、矛盾であるが故に、私は人間を根本的に信用しない。』

山崎晃嗣
ex.光クラブ

素晴らしい!

マンセーだわ


100%同意



なんで皆わかんないだろね


これは荒んでるだとかそーゆう問題ではなく考え方の問題なのだよ


現実を見給えよ



100%純粋で従順な人間なんていやしねぃよ



しかし
歳をとってもまだわからない人間が居るんだねぇ
一体何を見て生きてきたんだ
妄想の世界で生きてきたのか?


恐ろしいね








もし明日死ぬとしたら笑うよね。
今までしてきたこと今してること全部無意味w

引越しがなんだ金がなんだ●○ちゃんがなんだw
っつー話。

嫌ですなぁ。




こんなこと考えてても確実に鬱じゃないしな
けど愚痴ぐらい普通にある平凡にして非凡なる日常(´ー`)
 
   
Posted at 03:57/ この記事のURL
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* / 2006年11月03日(金)
やはりいつ行っても鬱になる場所でしたo

もはやあそこは私が居るべき場所では無いんだと改めて思いましたo


なんだか苛々したし
おまえらなんぼのもんやねんという目でしか見れない私はひがみっぽいですか


別にひがみじゃねーな


(´,_ゝ`)
って顔になっちゃうね


興味無さすぎるとね




だって誰も可愛くねーし性格も特に惹かれるところ無いかんじだしそりゃ(´,_ゝ`)ってなるしょ




とにかくおもしろくねかった


私が求める刺激はもはやあそこにはないのでした
まる







 
   
Posted at 11:53/ この記事のURL
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* / 2006年10月29日(日)
痒い痒い痒い


全部痒い


仕事にならんよこりゃ
まいった



明日産婦人科行こう
最悪だよ痒い


これ絶対中じゃないんだよね
外に傷があって悪化したから汁って痒いんだよ
畜生

くそどもめ

ひたすらやりゃぁいいってもんじゃねーんだよ


糞猿が



まぁしょうがないよね(´ー`)


簡単にしょうがないと思える心の広い私に拍手喝采





私は出来るだけ人に頼らなくてもいい人間になりたいよ


誰かにモノを頼むの苦手だし


だって誰かに頼る人間ってうざいじゃないか


私はうざいと思ってしまうね



それなりに同等ならいいのかもしれないけどさ



同等なんてまずあり得ないからね




そんなことを改めて思う今日この頃
 
   
Posted at 22:19/ この記事のURL
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*性根が腐ってるんだけどね私o / 2006年10月10日(火)
生きる気力が戻ってきたo

普通になれたo
あくまでも私基準の普通o


この季節はね
世界が終りそうな気がするんだよねo


そんで焦って
変わらなきゃ
やらなきゃ
まだなにもしてない
やっぱり死にたくない

って思うんだよねo



ばかばかしいにも程があるけど
コレ本気だo



何はともあれまぁ
近々死にたい
とかは思わなくなったからよしとしようo


いやしかし
世間でゆう『底辺』で生きることの何が悪いのかわからないo

お金とそれに因って得られる高水準な生活と心の余裕とか
最高に欲しいモノが早く手に入るのだよo

何か1つのことだけを続けられない私は
たくさんの変化と自己満足感を得るために少しの努力はするよo


普通の人は普通に働いて普通に生きていけるんだろうけど
私は変化し続けないと生きていけないから
私みたいな人は世間でゆう『底辺』で少しの努力をするしかないんだよねo

何が正解で何が間違いかなんて誰にも決められないんだよo
一回きりの自分の人生は自分の生きやすいようにコントロールしていかないと損だからo
私の生き方は私が決めるし
私の幸せの基準だって私が決めるo

少なくとも私は『今』不幸ではないo


人の人生干渉してる暇があったら自分の人生プランたててたほうがよっぽど有意義だよo


ただし他人様に迷惑かけないようにしないといかんねo


またいつ堕ちるかわからんが
今はこんなにもポジティブな考えが出来るようになったから
良しとしようo
 
   
Posted at 04:11/ この記事のURL
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*晴MANIA / 2006年10月07日(土)
ねえやっと笑えそうだよ

晴れてるね
晴れてるね

青空だよ

涙が出てくる


昨日一昨日
悲しくて悔しくて
泣いて泣いて
空も同じだった



胸が締め付けられるような窮屈感がずっとずっととれなくて
そういえばいつからかこんな感じがずっとずっとしてたなぁって思って
これはいつとれるんだろうって
まさかこうやってずっと生きていくのかなって
それじゃぁいつか体に影響を及ぼすだろうなぁとか


思ったんだけど昨日



こんなことで私の胸の窮屈感はとれた
今は何も縛られるものがなくて




やっとやっとやっと
笑えそうです

幸せで

涙が出てくる
 
   
Posted at 10:47/ この記事のURL
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(無題) / 2006年10月04日(水)
きんもくせいのにおいがして死んだみたいになるとゆうか世界が変わるよね今まで生活してきた世界が全部変わる


懐かしいのかなんなのか


全部全部なにもかも終わったような季節だよ秋は



だからもう何があっても大丈夫な気がしてくる


街中に居ても空気が綺麗で全部が何かに守られてる気がするんだよ



例えばもし私が世間一般の常識から外れた人間でも許される気がするんだ



まぁ妄想だけどね






秋はとても好きだ
この季節にずっと生きてたいなー
 
   
Posted at 05:58/ この記事のURL
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* / 2006年09月29日(金)
私は馬鹿で軽そうに見られるからそうゆうフリをしてみたりするわけなんだけど

そうゆう子じゃないってわかってるからって言ってくれた時とてもびっくりしたのさ



なんの話かってそんなのいい加減しつこいから言いたくもないんだけど自分でも



だけど私は相変わらず馬鹿で軽そうな振る舞いをしたりして

そんなの何がほんとで嘘かなんてわかるわけないし興味もないでしょうよ

私だってよくわかんないし


でも私はお金の為ならやれることはギリギリまでやる子なんです


お前は悪いヤツだって言われるのはわかんなくもないよ
私は最低だよ
性格悪いよ性根が無いよ


しかしうるさいんだよ
なんで赤の他人が干渉するんだろうね
関係ないじゃん
私は君らなんてどうでもいいよ
君らに付属する諸々について感想を述べる価値も意味もないんだから


だから無理




楽しいとか嬉しいってなんだっけ
 
   
Posted at 16:50/ この記事のURL
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* / 2006年09月29日(金)
もう人と喋りたくない
無理です

一人で居ればとても落ち着いてるんです
だけど人と接っさなきゃいけないと思うと発狂しそうなんです


何喋ってても興味ないし
馬鹿が来たって思うんです

何しに来たの?って


そこにいる全ての人の心理状態を感じとると何も言えなくなるんです

だいたいは馬鹿だから正してあげたくなるんだけどそんなことしたら私が馬鹿だからやらないよ

気を使ってる人にもいろいろ言いたいけど言わないよ


めんどくさい
どうせきみらは私には何にも関係ない


この状態では無理です
すみません

 
   
Posted at 16:11/ この記事のURL
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* / 2006年09月27日(水)
ひとりが好きな筈で誰にも頼らないで居たいのにどうして一人じゃ生きられないのか

一人で生きることを望んでるわけじゃないようです
そうだな、いつだって誰かに頼りたいって今まで思ってたし今も思ってる

頼らなくてもいいような財力と自由な時間が欲しいだけですかね

でももしそれらが手に入ったら
今よりもっとかなしいかもしれないなー


私は幸せを否定する癖があるようだ
だってそんなの続くわけないしな


しかしもういろいろ考えるのも頑張るのも疲れたさ
自由になれない世の中ならもうどうでもいいし



へらへら好きなことやって生きててあっさりどっかで誰かに刺されて死ぬのも嫌だし
小さな幸せのためにそれ以上に長い間頑張って頑張って疲れて死ぬのも嫌だ


ただ単純に最期は好きな人の腕の中だったら幸せだなぁと思うからもし次取り戻せたならさっさと死にたいです



 
   
Posted at 05:19/ この記事のURL
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