流行と本質 

2007年11月19日(月) 19時43分
時事に極めて興味がない。
最近のニュース、お笑い、芸能人など、とても疎い。

抽象的に言えば、本質にしか興味がないので、流行がどうでもいい。
音楽も、ファッションも、本質だけでいい。
料理も、高級な味知って、高みから評価してればいい
音楽も、良い音楽と悪い音楽をわかって、新しい曲を評価してればいい

演繹と帰納 

2007年11月19日(月) 19時40分
いろんなもの(音楽、ファッション、美術etc)に手を出して、センスとは何かを調べていくやりかたと、一つのものに絞って、センスという概念を抽象するやり方

何にたいしても本気にならないのは何故か 

2007年11月12日(月) 1時32分
またオセロの話だが、練習時、本気でない状態で、勝てるようにしておく。大会の時に、本気を出すようにすると、同じ相手に、より勝率があがるという仕組み。

同じように作曲も、感情を込めずとも、良い歌を作る技術を身につけた後、感情を込めればいい。

ていうかそこまでこだわってないよ・・・
ただ、感情を込めずとも、技術だけで、理論だけで、大衆にうける歌は作れるよ。

そういえば俺は模倣作が多い。ま、創造(オリジナル)は模倣から始まるようなこともいうしね。だから否定されても、模倣するスタイルは捨てないでおくよ。


常に余裕のある状態を保とうとする。このレベルで余裕を失っていると、もっと苦しい時につっかかる。だからこの現状で決して辛いという感覚を起こさない。

オセロと音楽の共通点 

2007年11月12日(月) 1時11分
私は極論から物事を導きだすことが好きである。
オセロは書類に載っているようなことは学び尽くして、自分で強さを求める域に入り、私は囲碁や将棋の精神論に手を出した。
囲碁をかじる時も、極論から入った。要はボードゲームという共通した枠の中で、根幹の部分は同じなのである。

精神論について書いてある囲碁と将棋の本を読みあさった中で、将棋の羽生さんの考えかたは希有である。

人間が、最善手を考え出し、打っているように見えるが、最善手は既に初めから存在し、棋士はそれに忠実に従うだけ、という話である。脱人間中心主義と言っている。
人間よりコンピューターが強いオセロでは、この世界観は知られているが、常に人が最善手を考えてきた将棋の世界では、この考えは真新しいものだったらしい。

音楽にも同じことがいえる。既に一定のメロディーがあった瞬間、次の最善のメロディーは潜在的に存在していて、作者はそれを忠実に表すだけである。
これも脱人間中心主義である。

何故俺は機械なのか[ 

2007年11月12日(月) 0時59分
やる気がおきない。やる気がおきない。やる気がおきない。

音楽やるって言ったら、某大会社のギターの人といずれ会わしてくれると。

きっと仕事したくない反動からも、音楽したくなった。

友達が欲しい
金が欲しい
バイクと車が欲しい
金が欲しい

何故機械なのか[
オセロをやってきたが、
オセロは絶対的に強さが求められる。
゙絶対的な強ざを求めるのに、機械は非常に有効である。
確実にミスらない。
純粋な頭脳ゲームで、機械が圧倒的強さを誇ることがある。
そういう環境下、6年もいたから、機械の利点をヨイショする考えは根強い。チェスもそうだが、オセロも、コンピューターは人間を上回る。

 

2007年11月12日(月) 0時43分
何にたいしてもやる気がない。
無感情
感情の起伏がない
何事もつまらない
おもしろいことがない
人間関係が得意でない
協調性がない
死にたいやつは、死ね。
俺は死ぬのは痛いから、生きる。
どうでもいい。
全てがつまらない。
なんとなく鬱。
さけずんでる。
かっこよく言えば虚無主義。
音楽ももうガンガンのしか響かない。

元カノ曰く、
人間性がない。
機械。
人として生きて。
揉め事を嫌う。
平和主義。

音楽は人間性が必要だと。
音痴を直すには、まず人と話すことが必要だと。
そういうことを言う人。

超しかめつらして聞いてるし。
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