お引越し 

2012年05月07日(月) 12時02分

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あちらこちらに分けるほどでもないので、日記の類をまとめました。
またお時間ありましたら、お立ち寄りくださいませ。

何をそんなに 

2012年04月28日(土) 22時32分
10年近く使ったノートパソコンを買い替えて約半年。

スマホを使っていることや、家で仕事をしない姿勢を貫いていることもあり、というか持って帰ってもやる気にならないのでやらないだけなんだけれども、とにかく家でパソコンを使わない生活が続き、気が付けば2週間は電源を入れてない、と。

しかしまあ、価格は当時の半額でも脳みそが10倍の賢いノートパソコンは、2週間使ってなくても電池残量が95%ですってよ。びっくり。

しかしまあ、パソコン使ってまで作業しなくても、大概の事はスマホでできちゃうし、iphoneの同期するのもwi-fiさえつないだら何とかなるし。買い替えたけど、さほど使う機会がないのよねえ。もったいないねえ。

ということで、使い道を考えながら、日記のようなこの作文を作成しているわけです。ブログ、フェイスブック、ツイッター。ミクシイは最近あんまりやってないけど、その手のSNSなんかなあ、やっぱり。あとは家計簿とか?いろいろ考えた結果、どうやらevernoteを使うための道具、にするのが一番私には向いているのかと。

毎日毎日、ブログ見たり書いたりしてた時代が懐かしいなあ。何をそんなに書きたいことがあったのやら。

物事は 

2012年04月21日(土) 20時12分
最近どうも疲れやすく、明らかにスタミナ不足。

にんにく卵黄がいいのかしら、お酢かしら、それとも・・・?と悩んだ結果、本日QPコーワゴールドの「α」というのを買いました。薬に頼る。お金で解決できることは、お金で解決しよう、という非常に大人な対応です。

永らく籍を置いたままにしていたゴルフスクールをやっと辞め、駅前のスポーツジムに入会。泳ぐぜ、と張り切ったものの、やはり体力の衰えを実感するばかり。という事で、せめて美しく泳ぎたいとプライベートレッスンなるものを受講してみたら、あれやこれやと指摘されました。

さすがに小学校の水練学校で習った以来なので、もう25年ぐらい我流で泳いでたんだし、仕方あるまい。僕、現役の大学生なんです!ていうピチピチの若者に手取り足取り、溺れる寸前まで泳がされ、今後の課題が色々見えました。まずはスタミナ、持久力。現在のところ、ゼロに等しい。

物事は段取り八分。

仕事も頑張ります。

毎年恒例の 

2011年12月23日(金) 23時48分
季節はめぐり、もうクリスマスではありませんか。年末のこの時期の三連休をうれしい半分、辛いと感じる大人も多いことでしょうよ。私もですもの。

手術は無事終了。
経過も順調で、すっかり以前と同じ暮らしができるようになりました。傷もびっくりするぐらいきれいに縫合されていて、ビキニラインを5センチぐらい、と事前に言われていた通りビキニが着られるぐらいの傷でした。着ませんけど。

婦人科の進化は、傷の小ささに象徴されるそうです。そうでしょうそうでしょう。ほかの診療科よりもなお、らしい。

しかしまあ、とにかく初めてのことばかりで、戸惑うことも多かったけれど、いい経験したなあ、と。今頃やっと落ち着いてそんな風に思えるようになったのは、それでもそれなりに動揺してたんだろうねえ。

ともあれ何やかんやと、いろいろと思うところはあるけれど、来年もぼちぼち頑張りたいなあ、と思う今日この頃。来年の事に思いめぐらす前に、無事に越年できるのだろうかという、言いようのない毎年恒例の不安を抱えつつ。



それっぽく撮れた写真など。

ご紹介ください 

2011年08月31日(水) 13時13分
本日、四度目のホルモンをコントールする注射。加えて肺機能やら心電図やら、何やらかんやらの検査をみっちり。

子宮筋腫発見というか、気がついてからかれこれ四年、オペすること決めて半年弱。ぼちぼちと実感が…いや、まったく湧かないもんやね。

さかのぼること四年前の夏、原因不明の体調不良で、時々襲われる強烈なめまいに不安をかかえてたら、ついにゲーゲー吐き続けること二時間。これはさすがにやばかろう、と脳やら耳鼻科やら、あらゆる検査をするも、何もなく。

心身ともに疲弊してたら、泣きっ面に蜂。陰部がダダかぶれて、痒いのなんの。寝ながら無意識にアソコを血が出るほど掻くという、もう大人としてはかなり恥ずかしい事になったので、ついに婦人科へゴー。

生理痛もひどくなければ、月経量もたぶん許容範囲。なので婦人科へ行く事もほぼ始めて(検査で行ったクリニックは症状聞いても貧血検査しかしてくれなかった)。でも痒い。

かぶれたみたいになったのは、カンジダ症で、薬塗っときゃ治るものだったのだけれど、さすがに後厄で何の検査もした事ないいうのもな、という事で子宮ガン検査をしたら、それがきっかけで8cmからの大きなブツと、3〜4cm×数個点在するナニを発見して今に至ります。

確かに最初はショックだったし、ビビりましたとも。

しかしまあ、詳しい検査をしても、筋腫ができてる場所が生理痛やら月経量に直接影響しないという事や、現状として日常生活にも不自由がないことから、即手術ということではなく、その後も何となく経過観察。続いてためまいは、自律神経失調の可能性が高く、そのうち治りました。Dr.からは勝手に妊娠しないでね、赤ちゃんほしくなったりしたら相談してねと言われたぐらいで、定期的に婦人科へ通う以外は何ちゅうことはなかったわけです。

が、今年の春に久しぶりにきっちり検査しなおしたら、これがすくすくと成長しておりまして。大きさなんと、12cm800cc。その他諸々転がってるはずの小さいのはもう影に隠れちゃって見えないんだとか。

それでも生理痛も月経量も変化なく普通に暮らしているので、このまま放置でもいいんだけど、そうは言うてもそろそろ取りましょうか、という事になった、と。

決定的だったのは、オペしてくれるDr.の別の患者さんの話。メキシコ旅行中に、筋腫が膀胱を圧迫して病院へ運ばれ、尿道に管を通す応急処置をされたはいいが、その管がメキシコサイズのビックリするぐらい太いヤツだったそうで、そりゃもう本人さんも大変だったんだとか。

メキシコへ旅行する予定も願望もないけれど、いつメキシコイケメンと恋に落ちるか分からんしな。

それなら手術しときましょうか、まあ急がないから秋でいいか、となりました。

そういう話です。オペが済みましたら、どなたかメキシコイケメンをご紹介くださいませ。

健康第一 

2011年06月07日(火) 16時48分
ちょうど一年前、夜中に喉がちぎれるかと思うほど痛んだかと思ったら、翌朝ぱったり声が出なくなった。

身体は元気なのに声が出ないと、それは不自由で大変だった。電話はもちろん、普通の会話もままならない。

仕方なく、というよりむしろ藁にも縋る気持ちで耳鼻咽喉科へ行き、声が出なくなりましたと、まさに声にならない声で訴えると、鼻からカメラ入れられた。

カメラは別料金なのだけれど、どうにもアーンして喉の奥を見てもらうのが苦手なので、突っ込まれたのだ。

で、診断は逆流性食道炎による声帯の炎症。流行りの病気。

一週間ほど投薬と吸入を続けたら、ぼちぼち声も戻って、人魚姫の苦しみから解放されたのだが、一年後またしても同じ事が起こった。

喉が痛い。

声こそ出るが、ツバも飲み込めないほどパンパンに腫れている実感。お腹はすくけど食事は痛みを伴うので避けたい。しかしお腹はすく。

仕方ない。また耳鼻咽喉科へ行くしか解放される近道はない。声は出るけど何せたまらんぐらい痛い。

一年ぶりにまた鼻からカメラを入れられると、悲しくもないのに涙がボロボロこぼれた。溢れた。痛いからだ。

結果、今年は急性気管支炎。

説明もそこそこに会計をして、薬局へ。これでもかと処方されたクスリを眺め、これだけ飲んだらどれか効くやろ、と心の中で悪態をつく。合わせて7000円ほど。これで治らんかったら暴れる。

自棄になりかけながらも、言われた通りにクスリを飲む。食後、寝る前、朝晩の吸入に、一発ドカンと飲むマズいドライシロップ。

するとまあ、えらいもんで一晩で劇的に快方の兆し。まだ痛いけど、痛くない。どれが効いたかは分からんけど、7000円の効果はあったか!

と、喜ぶのも束の間、何せ強烈に眠たい。一日中、眠たい。

困ったなあ、疲れているのかなあと思いながら、改めてゆっくりクスリの説明書きを読むと、そのどれもこれも「眠気をもよおします」と。

ああ、これか。コンビニで眠気覚ましのリポDなど買いながら、不毛な現実にがっくりと肩を落とすのでありました。

健康第一。

まずは 

2011年06月04日(土) 10時13分
目が疲れるなあ、頭痛の種やなあとモヤモヤしていて思い出した。コンタクトの使用期間2週間はとうに過ぎている事を。

で、交換しようと思ったら、ストックがない。ま、そんなもんよな。

仕事は、というか会社は相変わらずキワキワの感じを脱せないのだけれども、何となく日常の匂いもしてきて、そこそこの繁忙期突入。必要以上にバタバタするのは、営業マンが経費削減の煽りを受けているからなんだけど、自分の仕事を犠牲にするわけにもいかないから、もう何だかしっちゃかめっちゃか。さて、結果的にはどうなる事やら。

大きな企業だからと言って安心できない時代だけれども、それでも中小企業はその安心できないレベルが違う。さりとてここを選んで勤めてしまった以上は、腹を括らざるを得ないわけで。現状打破するしかないのよね。

来期の予算を組みながら、一年後の自分の姿を想像する。そして想像するのをやめる。だって、なるようにしかならんのですから。

そんなこんなで今年も半年が過ぎ。プライベートはそれなりに充実しているものの、やり残している事もあるし、やらなきゃいけない事もあるし、それなりに焦る。仕事は言うまでもなく。

秋に一大イベントを控え、あ、結婚ではありません。とにかく色々身辺整理もしなくちゃいけない状況なので、取り急ぎ今さらながら、公私のバランスを見直すところからかしらん。

まずはよく見えるようにコンタクト買いに行かないとねえ。

ビロウな話でごめんあそばせ 

2011年05月01日(日) 17時38分
一年の3分のイチが過ぎたとさ。件の震災も忘れるわけではないけれど、日々実感としては薄れていきそうな気がするのが恐ろしい。

関東圏と違って、節電も停電も具体的ではないし、仕事でも少なからず影響がありはするけれど、致命的なダメージはほとんど無い。

もちろん相変わらず売り上げは昨年対比でも予算対比でもびっくりするような数字で、ベアはもとより定期昇給も昇格も何もかも見送り。仕方ないとは言え、何もかも震災で…てのを言い訳にされるわけにもいかず、いつも以上に苦しい団交の席につかなければならない事が苦しい。なぜこのタイミングで私は執行部。そのうえ委員長。

しかしまあ季節は巡り。

今年も梅に桜に、桃の花見も一通り満喫。例年よりレンゲの花畑を見そびれているのが悔やまれるけれど、それはまあそれなりに穏やかな春。

四月の半ばに、私は筒か?と思うほどの下痢になり。ピーピーなんて可愛いもんではなく、ドーッと出る。ゴーッか。どっちでもいいけど。まあ酷かった。

日曜日に胃がアホほど痛くなり、月曜日から下痢。激しく下痢。火曜日に病院に行き薬を処方してもらうも、ほぼ改善せず。たまりかねて土曜日に別の病院で再度相談。処方し直してもらった薬で何とか平和の兆候が見えたが、じわじわとしか効かず、結局翌週も下痢。

やっと二週間たってかたまりのウンコが出ました。下痢が治まって食欲が平常になると、およそ3キロほど減った体重が、みるみる戻ったのには驚いた。

とにかく下痢って辛い。そんな36歳の春。ビロウな話でごめんあそばせ。

グズグズ 

2011年03月19日(土) 8時45分
被災者だった当時、高校野球やプロ野球に励まされた記憶はない。それは根本的に興味が薄いという事だけだろうか。避難所の人々は皆励まされてたのかもしれないから、ただ単に私が歪んでいるだけなのか。

いま被災地で必要なのは具体的な救済だ。

何でもかんでも自粛ムードの中、夢や希望だけを語って、励まそう!頑張ろう!と、もちろんその気持ちは尊いし批判するつもりはないけれど、そればかりを語ってイベントやプロ野球を開催するのはどうもスッキリしない。

夢や希望で腹が膨れる?心が温まっても身体は温まらないよ?と、どうしてもそこに引っかかってしまう。

やはり私は歪んでいるのだろうか。

でももしも。このまま何もかも自粛し続けたら、特に私の勤め先のような中小企業は、立つはずの売り上げが立たなくなり、私たちに支払われるべき物も支払われない可能性も高い。

実際、日々着々と売り上げが減っている。

うちだけじゃなく、え?そんな場所のそんな業界が?と思うような企業や個人商店がきっと潰れる。

結局私は自分の事しか考えられない小さな人間で、コンビニで小銭を募金して、よく分からない不安から逃げようとしてるだけなのかもしれない。

目の前の仕事に対して、バタバタと落ち着かずに取り組む事は、いつか、近い未来に自分の首を絞める。

不安と何も出来ない虚無感は当分続くだろうけれど、それとこれは別なんだ。あの頃、余震の度に怯え、救急車や消防車のサイレンが途切れると訪れる静けさに怖くなった。電車に乗れば揺れるだけで泣いた。長くは乗れなかったから、途中で降りたりもした。

その一方で、直後に連絡をくれた友人や、久しぶりに行った大学で会った同級生が泣いて無事を喜んでくれた事は本当に嬉しかったし、今でも感謝し忘れられない。生きている事を実感し、私は一人じゃないと気づかされた。

いま私は何をすべきか。

明確な答えは分からないけれど、このまま見えぬ不安と虚無感にグズグズしている場合じゃないのは、確かかもしれない。

今私に出来る事 

2011年03月16日(水) 14時14分
阪神淡路大震災の時、私は一時的にライフラインの全てを失ったけれど、住む家も家族も失わなかった。

でも多くの悲惨な状況を目の当たりにして某然としたし、その二日前の成人式で久しぶりに再会した友人が亡くなったり、何やかんやいろいろあった。

確かに被災者ではあったけれど、私は恵まれていた方だと思う。

そして信仰心は特にないけれど、あの時私はきっと生かされたのだと、何かしらの意味を感じる。

今私に出来る事、そればかり考えている。