言えない言葉 

June 22 [Wed], 2005, 0:49
 あまりにも彼は遠い人で、「好きです」なんて口が裂けても言えない。実際、彼とつきあいたいとかそういう気持ちより、彼を見ていたいという気持ちのほうが強いから、それでいいのだけれど。普通に話せるようになっただけ、喜ぶべきなのだけれど、人間は一つのものを手に入れると、もっといいものがほしくなってしまう、悲しい動物なのだ。彼に少しでもよく思われたい、と思ってしまう。
 でも、そのおかげで、ダイエットへの意欲が戻ってきた。取り敢えず第一目標を設定して、そこをクリアしたら彼にこう言おう、次の目標をクリアしたらこう言うんだ、と考えると何だか頑張れる気がしてくる。
 勿論、それは言えない言葉ばかりだけれど。彼に好きな人がいるのがわかっても、それほどショックではなかった。むしろ、今、彼女がいないことのほうが驚きだったから。彼が好きな人は、私から見ても素敵な人で、彼と並んだらきっとお似合いだと思う。うまくいくといいな、と思ったりする。彼の幸せな顔をみたい。でも、二人で仲良くしているところを見たら、もしかするとショックかも知れない。
 幸い、彼はまったく女性慣れしていなくて、不器用な人なので少し安心している。これで、すごく遊んでいる人だったりしたら、それはそれで辛いと思うから。別に私が彼とつきあいたいわけではないのに、そんなふうに思うのはわがままかも知れないけれど。

生活に潤いを 

June 05 [Sun], 2005, 1:56
 ひたすら勉強に追われる日々で、生活に潤いが無い。自宅→学校→講義→自習→自宅、という繰り返しの生活。特に楽しみも無いし、あるのは勉強に対する焦りだけ。充実した気持ちになるときもあるけれど、焦っているときのほうが多いような気がする。
 そんな生活の中、かすかに潤いをみつけた。先日の、1期・2期交流会の2次会のカラオケで若い男の子たちが壊れまくって、私が思い切りひいていたとき、最後に隣の部屋から移ってきて、『夜空のムコウ』をしっとりと歌ってくれた人。歌もすごく上手だったし、雰囲気もルックスもなかなかだった。それまで、荒れていたカラオケルームが一気にしっとりといい雰囲気になったほど。いいあなぁ、あの人。
 そう思っただけで、それ以後は忘れていた。でも、「誰かかっこいいと思う人いないんですか?」という話を年下の女の子たちとしていて、「この前カラオケで『夜空のムコウ』を歌ってくれた人が、すごく歌がうまくてよかった」と答えてみた。彼女はその人の名前を知らなかったけれど、そのあと合流した同期の男の子が「ジャニーズ好きだったら、あいつはどうですか?」と名前をあげたのがその人だった。そうかぁ、私の好みだったんだな、なんて自分で驚いたり。でも、年齢が22歳と聞いて、即座に「あり得ない!」と思い切り否定してしまった自分が悲しい・・・。
 でも、別につきあいたいとかそういうことでは無くて、普通に知り合いになって自習室前で会ったときに挨拶が出来るくらいには仲良くなれればいいな、と思う。いや、つきあいたいなんてことばあり得ないから。何しろ相手は22歳。あまりに年下すぎる・・・。勿論、向こうにもそんな気持ちがあり得るはずはないので、取り敢えず乾いた生活にわずかな潤いを与えてくれればいいな、という感じ。
 EちゃんがYくんと付き合い始めて、Yくんはその彼と結構親しそうだったので、情報収集を依頼してみた。取り敢えずフルネームが判明。でも、下の名前の漢字がまだわからないのだけれど。
 少しでも、何か小さな楽しみがあると、大学院生活もかわってくるかも知れない。

自分を抑えて 

June 01 [Wed], 2005, 23:18
 私は小学生のときに気がついた。自分が父親の血をひいている、ということに気がついたのだ。当たり前のことだけれど、つまり、その性質を受け継いでいることに気がついたということ。自分が気に入らないことがあると癇癪を起こし、怒り狂い、家族を罵ったり、時には殴ったりする、そうい父親の性質を、自分が受け継いでいるということに、気がついてしまったのだ。
 勿論、私は人を殴ったりしていたわけではない。ただ、自分が「怒りやすい」ということに気がついたのだ。そして、それを厳しい言葉で相手にぶつけてしまう自分に気がついた。そのときから、私の闘いは始まった。怒ってはいけない、自分の気に入らないことがあっても、それを表情に出してはいけない。ましてや、相手にぶつけたりしてはいけない。私は自分に言い聞かせた。どんなに嫌なことを言われても、決して怒らないように。それは、自分で自分をしばった鎖だった。
 「何を言われても平気な人」というのが、私に与えられた評価だ。本当は心の中で傷ついたり、怒ったりしていても、決してそれを表に出さないようにしてきた結果だから、喜ぶべきことなのだろう。
 でも、それでよかったのかな?と思う。勿論、父親のようにならなくてすんだことはよかったと思っている。ただ、私は悲しみや怒りや苦しみを、人に気づかれないようにすることが当たり前になってしまい、それがかえって自分を傷つけることになってしまったような気がする。
 何を言われても平気な人なんかいない。でも、何を言っても平気な人はいる。言われた相手がどんな気持ちがするか、考えもしないでひどいことを言っても、自分で気がつかないような無神経な人もいる。私はいい餌食だ。
 自分の笑いがひきつっていることに気がつくことがある。それでも、私には笑うしかない。怒ろうと思えば怒ることは出来る。言い返そうと思えば何倍もきついことを言い返すことが出来る。でも、それをしてしまっては、小さいときから自分で一生懸命頑張ってきたことが、全部無駄になってしまう。だから、我慢する。全部自分の中にためこんで。自分の傷は自分でなめるしかないのだ。誰もそれを癒してはくれない。

自分を守りたい 

May 31 [Tue], 2005, 17:47
 一時期、わざと「精神状態の不安定な人」を演じていたことがあった。勿論、普段は全く普通に生活していたし、むしろそうやっていることで、実際には心身共におかしくなってきていたということには、自分では気がついていなかった。今から思うと、もっとずっとずっと前から、私の精神も身体も悲鳴をあげていたのに、自分ではそれに気がつかないふりをしていた。
 そのくせ、つきあっている人の前ではわざと「不安定」にしていた。それは、いろいろな怒りとか、悲しみとか、彼にはわかってもらえない沢山の気持ちを、直接ぶつけるかわりにとっていた行動だった。
 そのうち、病院に行くようになって、いくらいろいろな症状を訴えても適切な科にまわしてもらえず、それでも病院にすがるしかなくて、職場で冷たい目で見られながらも病院通いを続けていた。その頃には、私も自分の病気のことがなんとなくわかってきて、どんなに自分で頑張っても、むしろ頑張れば頑張るほど症状がひどくなることに気がついていた。
 病気のせいで出来なかったことが沢山ある。病気のせいでそうしないではいられないことが沢山あった。それを彼は口に出したのだった。だから、もう一緒にいられない、と。一度は私から別れたのに、他の人と付き合わせたくなくて、意地でもう一度付き合い始めてから何カ月か経ったときだった。
 他のどんな原因でもよかった。別れたい理由なんか聞きたくなかった。ただ、好きじゃない、嫌いになったと言われたほうが、どんなに楽だっただろうか。それでも彼は、私が一番聞きたくないことを,口にしたのだ。

 多分もう誰も好きになれない。あの時だって、その人をそんなに好きではなかったのかも知れないとおもう。ずっと好きだった彼と別れてから、私はあんな風に幸せな気持ちで人と一緒にいられたことがなかった。あんなふうに自分以外の人を大切に思う心をもつことが出来なくなってしまった。

 だけど、何だか一方ではほっとしているところもある。人を好きになるってエネルギーのいることだから。もう、そういうエネルギーは私にはない。たとえ、誰かを好きになっても苦しい思いをするだけだ。それなら、普通に友達として、仲間としてつきあえる人がいれば十分だと思う。結局、自分を守れるのは自分だけだから。

忘れられない人 

May 30 [Mon], 2005, 2:26
 華原朋美が新曲のことについて話していて、今度の歌詞はそのまま昔の恋愛について歌っています、と言っていたので、驚いてしまった。だって、彼女の大恋愛と言ったら、当然「あの人」ですよね?万が一、違っていたとしても、聴くほうは間違いなく「あの人」だと思って聴くはず。その歌詞がまた「あんなに誰かを愛せやしないわ」「今でもあなただけ」「あなたを愛してる」という言葉だらけだったので、再度びっくり。「カーラジオから流れる二人のLOVE SONG」なんていう歌詞もあったので、間違いなく「あの人」であることは明白。
 うーん、彼女も一時期精神的に随分参ってしまっていた時期があったみたいだけれど、これは立ち直ったことの表れなのだろうか。でも、「今でもあなただけ」と歌っているのは・・・と複雑な気持ちで聴いていた。当然、彼の耳にも入るはずで、それを聴いて彼はどう思うのだろう。私はどちらかと言えば、当時は「彼」のほうのファンで、華原朋美にはあまり興味はなかったのだけれど、二人が別れるときの彼の態度を知って、すっかり彼への熱が冷めてしまった。二人の間に何があったのかはわからないけれど、一人の女性をあそこまで追い詰めてしまう、彼の残酷な別れ方には本当に失望した。一度は愛した女性に、そこまでひどい仕打ちをしなくても、と思った。

 だけど、どんな別れ方をしても、別れて何年経っても、忘れられない人というのは、私にもいる。その人と別れたあとにも、他の人を好きになったことはあったけれど、それはまったく違うもので、やっぱり私がずっと好きなのはあの人なのだ、といつもわかっていた。絶対に、戻ってくるはずのない、楽しかった頃の記憶を消してしまうことができない。歌にあった通り「あんなに誰かを愛せやしないわ」という言葉がぴったりなのだ。それは、それだけ人を好きになることができたのだから幸せだというのか、いつまでも忘れられなくて不幸だというのか、それはわからない。

 私は他の人ではダメだから、だから、どんな人とも一定以上深入りしないようにつきあってきた。どうしても、その人でなくてはダメだとわかっているから。勿論、華原朋美の場合と同じように、彼が戻ってくる可能性なんて1%も無い。絶望的なまでに完全な片思いなのだ。
 それでも、どうしても好きなのは仕方がない。
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