変化。

May 06 [Sun], 2012, 3:57

私は今まで
いじめや家庭不和で
常に「否定」されて生きてきた。

…実際は、
差し伸べられる手や
肯定してくれる瞬間もあったかも知れない。

でも、
そういう思い込みに捕らわれていた。

言い訳を許されるなら、
物心ついた時から
そう思わざる負えない環境に
追い込まれていた。


そして、
今日ふと気付いた事。

人は、「肯定」され生きている。

節目節目。
生まれた時、
歩いた時、
学校に入学した時、
社会に出た時。

日常。
言葉を交わす時、
ご飯を食べる時、
笑いあう時、
1人の時。

特別な瞬間も、
意識もせず過ぎる瞬間も、
当たり前に「肯定」が与えられる。

人と触れ合うことで、
自分が肯定されていることを
無意識で実感している。

自分が世界に存在する「当たり前」
自分が家庭に存在する「当たり前」
自分が社会に存在する「当たり前」

自分の存在が
揺らぐ事がないのが
「当たり前」。


…すごい、愕然とした。

私は、
生きている事にすら
罪悪感を覚える。

日常に自分の居場所を
感じられない。

自己を肯定出来ず、
さらに人との違いに「否定」を感じる。


日々生きていることが
「肯定」されることなのに。

日常、
息をして
ご飯を食べて
バスに乗り
挨拶を交わす。
人と言葉や表情を交わす。
ニュースを見る。

その当たり前の行為を
出来ることが、
当たり前の肯定なのに。

世界や社会で
生かされている証なのに。


私は世界から
「否定」されているつもりだったけど、
世界を「否定」していたのは
私の狭い視野だったのではないか。


…なんて不毛で
苦しい人生だったのだろうと
悲しくて、虚しい。


それを変えるためには、
「自分」が変わるしかない。

周りが変わることは
有り得ないが、
自分が変わることで
全てを変えることが出来る。


私は、私の住む世界を「肯定」する。
私は、「肯定」される。

自分や周りに
無意識に染み付いた「否定」から逃れる。
そもそも、
「否定」など端からなかったかのように。

自分を否定していたのは、
自分の価値観だ。

そんな小さなもの、
いくらでも変えられる。

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