気持ちの整理

December 24 [Sat], 2011, 16:41
気持ちの整理になるかも知れないからブログを書こうと思いました。
はじめて。

父を殺した夢を見た
まだ整理しきれていなかったんだと思った
ぼーっと思い出してみたら結構忘れている事が多い
私は自分に都合の悪いことはどんどん忘れていくタイプみたい
あらためてそう感じた
けどプラス思考なわけじゃないのが残念

ボーっと思い出しながらこんな事も思った
父と次に会うのは父が死体になった時だろうな・・
でも、ちゃんと目が覚めてからも一度考えてみたら、
きっと私の場合、何かの節目や父が倒れたりした時に連絡がありさえすれば
会ってしまうんだろうなと思った。
情に負けて

だって、まだかすかに期待している自分がいるはず
いや、そうではないかも。
もう、改心とか反省とか謝罪とかそれらは期待していない
これははっきりそう思う

きっと、会おうと考えることは父に対しての優しさの押し売り、ボランティアの気持ち、
自己満足、自分の気持ちにゆとりがある事の証明になるから。
そうしたいと思うんだろう
たぶんそう

普段は、あまり思い出したくない
周りから悟られないようにもしている
知ってもらった所でどうなるわけでもない
心配されても面倒くさい 
相手に悪い
私が今、平静を保って生きているということは周りに助けを求める必要がない状態だってこと
ただ、たまに寂しい
周りがうらやましく思えることもある
僻み、嫉み
でも、そんな時は、自分なんてまだまだましと考えることにしている
こうやって自分に言い聞かせるのは、自分より気の毒と思った人達に対して
とても失礼なことなんだろうな
でも、その感情を直接見せるわけじゃなく、自分の中だけでの整理の仕方だから
許してもらおう。
私は徳の低い人間だからこういう考え方しか出来ないの
てことで。

結局自分のことでいつも精一杯だ
あれから3年経っているけど
どんどん自分のことだけで精一杯な環境になっていっているな
自分からそういう方向に向かっている
閉鎖的な人間関係
体の調子を整えるのが難しい毎日
感情はどんどん希薄になっている
無感情
笑えない
疲れた
明日の希望、持たなきゃいけないから持つ
人生捨ててはいけないから生きる

正直な気持ち、面倒くさい
人生に協力してくれる夫に対して失礼だ私。
でも、自己中にしか考えられない
面倒くさい
なるべく多くの人に迷惑や嫌な思いをさせないようにと行動していたら
人間関係が希薄になってしまった
さみしい

今、妊娠3ヶ月だった
3年前に友達も築いてきた環境も捨ててきてしまった
どこまで遡っても、もう取り戻す気にはなれない
私の家庭環境を知っているあの人達
心を開いて接することは出来ない
もともと私のことをそれほど知っている人達じゃなかった
暗かった私が多少綺麗になって帰ってきたら、整形したことになっていた
幼馴染の親友と思っていた彼女、結局は不幸な人、生き物しか愛せない人だった
なぜ今頃気づいたんだろう
私が子供のときは、自然と他人の顔色を伺って対応する子だったから、あの子の
神経に障らなかっただけだったのね
もう二度と会わなくていいや
もったいないとも、懐かしいとも、取り戻したいとも、助けたいとも
何も思えない
何も感じない
自分の事だけでいい。

自分が捨ててきた環境だけど
そうするしか他に選択肢がなかったのは、人のせいにするわけじゃないけど
やはり父のせいだろうな
こんな風に体を壊さなければ考え方ももう少し前向きになれただろうな
新しい環境でもっと精力的に友達を作り
近所に溶け込み
以前の友達とも関係を続け
それから、母のこと親戚のこと
もっと身近に感じられるように連絡をとり
諦めの混じった人生をスタートさせる事もなかったんだろうな

あの頃の出来事に負けてしまった私の精神力が悪いのだろうか
すべて父のせいだとしか思えない私が悪いのだろうか
けど、あの時自分を責めたせいでこういう面倒な体になってしまったんだから
自分を責めること自体、優し過ぎたな、私・・・
家族はいつも自分のことだけを考えていた
私が呼びかけたところで、まとまることはなかった
絆が希薄なのは、自分のせいだと思った
姉が精神的におかしくなったのは高校生のときからだったのかな
私も姉が私を見て発狂しないように、気に障らないように、目に入らないようにするために
高校のときから家を出ることになって、そのまま大学は他県に行って
5年ぶりに姉から連絡が来たのは大学3年生だったかな
ドラマより変な再会だったな
久しぶりに妹に声をかける姉ってあんな台詞を言うものなんだ
情のかけらも無かったな。

地元は就職先が少ないから、戻らずに就職したし
姉は東京に出たって母から聞いてた
あの頃から家族はもうバラバラに生活するのが当たり前で
両親の家庭内別居も始まってたんだっけ
たまに声を聞いて無事を確認する
便りが無いのが無事の知らせってやつだったんだ
そんなのがうちでは普通

でも普通ってなんだかよくわかんないけど、
みんなもっと仲良く家族を営んでるみたいだね
そういう家庭が多いよね
姉ってもっと優しいものらしいね
今思い出しても、用のある時しか声をかけてもらえないって結構寂しいな

父がああなったのは自然の事だったんだろうか
母のせいもあるだろう
父の本来の性質もあるだろう
性格は変わらない。
そう、だから母も変わらない
姉も変わらなかった
みんな変わらなかった。
私の自分を責める性格も変わらなかった。
結果、私だけぼろぼろになって馬鹿みたいだった。
無駄だった
やめておけばよかった
こんな乾いた感情しか持てなくなるなら

傷って時間は解決しない
環境が解決するんじゃないんだろうか
同じこと?
時間が経って環境が変われば解決するんだろう

子供が産まれたら解決するかな
障害がたくさんあるけど
なんとかなるように動かなければ

温かい家庭が欲しいと思ったから結婚した
でも気持ちが向かわないと妊娠しても温かい家庭は
作れないのじゃないだろうか
夫に失礼だ
夫の家族にも失礼だ
でも私は演じている
幸せなふりをしている
ばれているかもしれないけど
根本的に問題があるけど
不幸オーラを巻きちらすより迷惑はかからないと思ってそうしている
演じられる気力があるうちは大丈夫。
私は大丈夫

母が冷たくても大丈夫
今までだってずっと一人でやってきた
経済的にも他人に頼らずに
私がぼろぼろになってがんばれば大丈夫
夫が家に帰らなくても大丈夫
支払いが間に合わなくても今は大丈夫
私がもっとぼろぼろになる覚悟があるから
理解のある忙しくて家に帰れない夫
収入が低い
バランスが取れているようで実はとれていないんじゃないかな
現実的に考えたら、綺麗事を言っても生きていけない
日本は資本主義の国だから
結局はお金がないと
私のようなマイナスな考え方をするように育ってしまった人間には
人に愛される、必要とされる環境、
経済的に困らない環境
どちらもがそろっていないと、どんどん落ちていく
落ちないような人間にならなくては
そう思ってますます自己嫌悪になる
ただの妊娠うつであってほしい
母になった実感がない
正直、母子手帳に名前を書くこともわずらわしい
これから育つおなかの子供にも失礼
母の資格がまったく無い私
ただの妊娠うつであってほしい
月曜からまた仕事
必ず行かなくては
残業も今までどおり惜しみなくしよう
もしかして気持ちが紛れる唯一の方法かもしれない
一週間前の鍋がリビングに出たまま・・・
豆腐の残りがこびりついているよ
ひどい環境
たたまないままの洗濯物
夫が帰ってこないからべつにいいか
食事はうちで食べることなんてほとんどないし
家にいる時間は二人ともほとんどないし
こんなんでも家族
心にゆとりのない私
経済的に妻に甘える夫
本当は嫌だ
でもきっとここまでひどい心境は今だけだ
そう思おう
3年前に自分の体の限界を知ったから大丈夫
明日にも死ぬのかとおびえながら過ごしてたあの頃に比べたら
心はカラカラだけど、体はまだましだ
カラカラの心に負けないようにしよう
自分を殺す選択肢だけは選ばないようにしよう
















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