自己と自信のおはなし。 

2013年02月06日(水) 2時16分
最近周りの人から疲れてるとか病んでるとか言われがちなぼくですどうも。
どうにも擬態がうまくいきませぬ。
年に何回かあるダウナー週間が来てしまうのかしら、
いい加減上手い付き合い方を見付けなければ、とは思いつつどうにも。
…ということで今回のエントリは暗くグチグチじめじめしてるだけなので、
ある種の方には鬱陶しく感じることうけあいです。
うぜー、と思う可能性のある方は回れ右、でお願いします。

えーと、タイトルですね。
色んな人に言われるのです。
自信無さすぎとか自己評価低すぎとか卑下しすぎとか。
仕事においても楽器においても私生活においても。
なんか、その言葉自体が理解できないのです。
何をもってして、わたしに対してその言葉が出てくるんだろう、と。
そもそも何かしらの突出した才能がある訳でもなし、周りより抜きん出たスキルをもっている訳でもなし、わたしじゃなきゃいけない何か、がある訳でもなし、
つまりはそこら辺にいるモブキャラな訳ですよ。
まぁ何かしらのスキルを磨いてこなかった己にも責任はあるんでしょうけども。

自信は持てと言われて持てればいいのでしょうけども、
自分のなかにはその「自信」の裏付けとなる根拠が必要なのです。
けど、結局「誰か」以上には出来るかもしれない、でも他の誰もが出来ないって訳じゃない、となった時点でわたしの中では根拠としては成立しなくなるのです。
だってわたしじゃない他の誰かでも出来る訳だから。
逆にそんな中で褒められても嬉しいというより申し訳ない気持ちが先行してしまったり。
いきすぎると相手を貶めることと同義に近付いてしまうので、それが余計に申し訳なくなったりね。

つまりは何が言いたいか、よく解んないけど、平穏に過ごしたいです。
心に波風を立てずのんびりと。
その為には自分が強くならなくちゃいけないよなぁ…

取り敢えずダウナー週間をやり過ごす方法を考えよう。
声や表情が分からないメール、って、こういう時便利よね。
思ってるほど人は自分のことなんか見てないってのも知ってるけど、それでも。

明日は雪予報ですね。

他愛もないはなし。 

2013年01月22日(火) 3時26分
30歳に先程なりましたどうもぼくです。
だからといって何が起こる訳でもなく、0時の瞬間はお風呂に入ってた訳ですが。
今のところ誰からも誕生日を祝われておりません。
社会人になると、友達少なければまぁそんなものでしょう。

で、ついったに書いたつぶやきが「何かいつものつぶやきと雰囲気が違う」とか言われたので
そんな時こそこっちを使おうかな、と。

ついったに書いた「而立」は元々論語からきていて、40歳を不惑という、それと一緒でございます。
意味は30にして立つ。だったかな。
孔子は30歳で基礎が出来上がり、独り立ち出来るようになった、といったところから。
読み方はそのまま「じりつ」。
で、あれ、じりつって…自立も自律も同じ読みだな、と思いまして。
そして而立、是即ち自律でもあり、また自立でもあるかな、と。
自律し、自立するところに而立がうまれる。

この前人と歩いてて、わたしはこの人の横を歩いていて恥ずかしくない人間なんだろうか、と
ふと疑念が急に湧いてしまったのです。
その時その人と何かがあった訳でもなく、いつもと同じようにしていたのに、不意に。
少し後ろを歩く形になった時の、あの言い様のない不安感や焦燥感。
あれは一体何だったんだろう。
いつもなら小走りして隣につくのに、振り返られるまで隣を歩けなかった。
きっとこの先も何処かで同じことを思う気がした。
それは理屈なんかじゃなくて、わたしの中の感覚。
あの瞬間、あ、わたし一人で歩けないと駄目なんだ、って思った。
誰かがいることと、一人で立てること・一人で歩けることは必ずしもノットイコールではないんだ。

今はもう消してしまった過去のエントリに書いたことばを思い出した。
「他人に望まれたいのであれば、望まれる自分を作りなさい。」

「而立、自律・自立。恥じないように。一人で立てるように。」
30歳の節目に決めた、わたしにとっては中々に難しいこと。

まずは自律して体重落としたいな、といういつもの下らない一言をおいて
今日は店仕舞いとさせていただきます。

あけました。 

2013年01月06日(日) 1時49分
12月〜年始はせせこましくエセリア充しておりましたこんばんわ。

色々人と話すと頭がまとまりますね。
情報の取捨選択はとても大事。
そして人と話して頭の中に筋道を立てるのも大事。
一人で考えることも大事だけど、考え込み過ぎないことも大事。
話を聞いてくれる人が居る、というのはとても有り難いものです。

今年もよろしくおねがいします。

1年振りに。 

2012年12月31日(月) 17時29分
こんにちは。

思い切って記事の殆どを消しました。
見たくもない過去も沢山ありましたから。

現在しょーもないことは主についったで呟いているので心機一転また始めるかどうか、は謎ですが。
一旦区切りを付けたかったのは事実。
何に使おうかなぁ、このblog。。。

では、良いお年を。

携帯さん。 

2011年12月30日(金) 22時44分
12月中旬に携帯さんが急に電源が入らなくなり、緊急入院させておりました。
手術の結果、記憶が戻ることはなく、わたしの手元にはまっさらな状態で返ってきましたとさ!

ということで、ここ4年の間に連絡先を聞いた人のアドレスはオールクリア!
それでも最低限困らないって、何だかもう無性に悲しい。
取り敢えずここ4年でアドレスが変わった人とかは連絡くらはい。
その前にここ見てる人なんてほぼ皆無だけどな!
アクセス解析されてるからたまに確認するけど、足跡なんてめったに付かないんだぜ。
まぁそれで良いんだけど。自己満足だし。

ついでに言うと部屋のストーブも壊れたから慌てて新しいの買ったんだよ。
この1ヶ月位、電化製品にすげー嫌われてる気がする。

スマホはもうちょい様子見。

買ったぜ。 

2008年05月26日(月) 20時30分
私の貯金と引き換えに買いました…!






ゴールドの上からニッケルシルバーラッカーかけてあるオールドクルスペ。
『クルスペは奏者自身しか満たさない』なん言いますけど。
とーんでもない!
って言える位、頑張って吹きます。


サスガ師匠の楽器なので低音の鳴りが半端ない。
すっげい。
高音は…私自身が吹けないのでどうにも…。
金属疲労?何それ!
負けないよ。

…自分自身のレベルと楽器のレベルの差には負けそうですが。

決めます。 

2008年05月19日(月) 6時47分
…師匠からお借りしてる楽器を購入しようかと……。
しかし難点はワンピースな上、楽器自体が太くてデカいから入るセミハードケースが殆ど無いということ。
何だそれ背負えねーじゃねいかよ。
私ショルダーって苦手なんだよなぁ。
しかも譜面入れる場所もねいし。

昨日は他の楽器と比較するのに楽器屋を4件ハシゴしました。
ウインドクルーで試奏していたら、私のすごく好きなプロの女性ほるんプレイヤーさんがいらっしゃってて、かつ30分位時間空いてますから見ていただきますかー、って!
ほんとに見ていただいちゃいました…!!
しかもタダで。何てラッキー。
あの方の低音がほんと好きなのですよ。
感激と緊張の余り色々大変でした。

4件ハシゴした結果、この値段で買うならこの楽器が一番かな、という結論に。
最後の最後でちょっと惚れた楽器も居たけど、165万は無理…!!

はー、しかし悩みはやっぱりワンピースで背負えるケースが無いってことなんだよなぁ…。
あとは切り替えロータリーのストロークがでか過ぎる。
この二つさえクリア出来れば決めちゃうのになぁ。


…ま、唯一分かってることは近い内に貯金が吹っ飛ぶって事だな!

宇宙開闢の歌。 

2007年07月06日(金) 22時42分
が、大好きです。
気になる方はネットで検索してみてください。
めぢは七節全部知ってるよな!多分。
個人的には一節〜三節・七節が特に好きです。

誰か正しく知る者ぞ、誰かここに宣言し得る者ぞ。
この創造はいずこより生じ、いずこよりきたれる。

おさんぽ探検隊。 

2006年07月10日(月) 21時53分
知らない道をてくてく歩くのは楽しいですよ。時間と気力と付き合ってくれる人が居れば。
ブランコとかある公園とか見つかったら本当に最高。
でもこの前はシーソーでした。楽しかったです。

で、やっぱり。
踏み切りが閉じて、電車が走りすぎるその時ってあっち側とこっち側で、世界が違う様に感じるんですよね、私は。
って前も書いた気がするんですけど。
あっち側に何かを置いたままこっち側に来ちゃったら、もう、きっと取りに戻る事は出来ないんだろうな、って思う。
踏切が開いて、あっち側に戻ったとしても、ね。

画像は窓が全部繋がっちゃってます。悲しいな。それが味とも言えますが。

一瞬が切り取れない。

重くなる、その存在。 

2006年01月26日(木) 12時38分
いつもより、何故かとても重く感じた。
疲れているからとか、そんな事も考えたけど、どうも違うみたいだ。
電車に乗るからって肩から下ろして、すっと軽くなったと同時に心許ない気持ちになった。
背負ったものの、その存在を。
こんなにもハッキリと感じ、また、こんなにも重く感じたのは初めてだった。
だから、とても狼狽した。

ここが、分岐点なのかも知れないな、と思った。


今までに、二度の分岐があった。
その両方で、私は背負うことを選んだ。
その選択に、多少の悩みはあったものの、後悔はしていない。
だけど、今回は、背負うことと下ろすことの狭間でとても揺らいでいる自分が居る。
どこまでも固執していたらいけないんだろうな、と。

下ろすかも、知れない。
それはきっと、大きな喪失感と共にやってくるだろうことが容易に想像出来る。
きっと大きな穴が開いて、その穴を埋めるものは、きっと一生見つからないんだと思う。
それ位の、大きな存在だから。
だからこそ、下ろすことを選ぶかもしれない。
その背負うものの大きさに、自分が付いていけないから。
いつか何処かで、また背負うことを選ぶかもしれない。だけど。
きっとそれは一生来ないような気もする。
だから私は下ろすことを躊躇っているんだろう。

背負うものの、その重さ。
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