石田三成のエピソード

October 02 [Sat], 2010, 14:55
石田三成は、侫臣、傲慢、小賢いという人物像が一般的であるが、これは、家康(勝者)サイドからの見方である。
 しかし、近年は、司馬遼太郎氏、小和田哲男氏、堺屋太一氏等の影響からか評価が変わりつつある。

 もちろん、歴史上の人物を善玉悪玉というレッテルをつけて見ることは誤りであり、実は石田三成が善玉であったということを説明したいわけではない。

 少なくとも、「関ヶ原で敗れたことから、後世(特に徳川時代)の人間が三成を家康に比し、いかに小人物、悪者であったかを強調せんがため、千利休切腹、豊臣秀次抹殺等の豊臣政権下の暗い部分の責任を三成一人にお仕着せ、そのようなことだから人望がなかったのだ。」というのは誤っていると私は思う。

実は昨日もテレビで、放送されていたのだが、
石田三成の悪者イメージは、徳川幕府が噂を流したとされている。

本当かどうかはわからないが・・・・。

P R
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