さよなら こんにちは さようなら 

January 16 [Tue], 2007, 23:03
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閉鎖したサイトのブログをまだ見てくださっている女神様たちの気配がします。ありがとうございますごめんなさい。ヒトハさんに「ここのブログもう書かないよ」と言ったものの上げてないみずさかが結構あったのでついでにアップしておこうと思いました。その後は本当に動かなくなるのでもうちょっとだけよければお付き合い下さい。oh シークレットギグ。



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ブログをサイト仕様っぽくしたかったのにさ…このブログお金払わないとそういうことできないって嘲笑するんだ。いいよいいもう!このやろお前の手なんか借りぬ!もうもうもう!
カテゴリで分類してるのか一応連作のお話になっているので上から読んでいただけると嬉しいです。はー。

夜の水 1 

January 16 [Tue], 2007, 23:15
【百万年の孤独】
 何万年を経たとしても彼の温かい笑顔は変わらないのだと思う。彼の胸を痛ませる棘も抜けることはないのだと思う。水谷、サンタって信じてた。問う栄口の横顔を水谷は見詰める。彼は真白い髭をたっぷりとたくわえた赤い服の翁を見詰めているところだった。ケーキいかがですかァ、と張り上げる声はまるで若い男の声だ。
 小学校までは信じてたかなあ忘れちゃったけど。水谷がケーキに思いを馳せつつそう応えれば、栄口はうっそりと恥ずかしそうに笑い俯いた。そうかあ、オレ、信じてたかどうかもよく覚えてないんだよね。吸い込まれてしまいそうな声音だった。水谷は思わずその後頭部を思い切り叩いた。痛い、と訝しげな表情で振り向いた栄口はその先にある水谷の泣き出しそうに下げられた眉だとか引き結ばれた唇を見て、ぽかんと口を開けた。
「なんでお前そんな顔してんの」
「だってオレ孤独なんだもん」
 水谷は重い息をはあ、と吐き出してかぶりを振った。そして栄口の肩を抱き込むとそのままぐいぐいと歩き出す。ケーキ17号1個下さァい。張り上げた声にサンタクロースが諸手を挙げた。

 栄口はまるで空気か空、大気であると水谷は思う。包まれてそれに甘んじているしかいない。だって自分が何をしても寒い日の薄い色の空は変わるはずもなく、凍てついた空気が暖気を帯びることもない。彼の心は白い息が濃くけぶるような冬の日だと思う。無力だ、と寒々しく手を擦りあわせる。ちくしょう抱きしめてやりたいというのに、水谷は思い唐突に舌を打った。幸せそうな表情でケーキを口に運んでいた栄口は首を傾げる。何でもないよ、とつっけどんな言葉で誤魔化すと、水谷は彼の目の前にいちごと生クリームを気持ち多目にのせたフォークを「あーん」と言い差し出した。ごくりと唾を飲み込んだ栄口はしばらく考えた後に、水谷の手から恭しい調子でフォークごと受け取った。自らの手ずからそれを銜える。ありがとうまいなあ、と幸せそうに呟いたその声音に水谷はきゅう、と心臓が鳴った気がした。

 彼の幸せはまるで紙一重の孤独に満ちていて、堪らなく切ない感情を引き起こされるのだ。一年、十年、百年経ったとしても、いつまでだってそれは変わらないのだと水谷は思った。一年、十年、百年、土に埋めた種が花開き百万年が過ぎたと知る、ぽかんと空から放り出されたような気持ちを思い出した。

夜の水 2 

January 16 [Tue], 2007, 23:18
【天袋の話】
 彼の話はいつだって唐突だ。今日は、さかえぐちの家って天袋ってある、と難しそうな表情で呟いた。あるよ、と栄口が返せば、肘ついた姿勢からぐい、と顔を近づけて耳打ちをした。
 天袋の奥って違う世界に通じてるんだぜ。
 栄口は一瞬耳を疑い、それから、はあ、と頷いた。水谷はたちまちに不満そうな顔になり栄口の足を蹴った。

 水谷の話はやはり突拍子もなかった。

 数年前の正月、水谷は雪の深い母方の実家へお年始に赴いていたそうだ。丁度大晦日から寒波が訪れ1年ぶりに顔を合わす従兄弟と広い田舎の屋敷の中で散々騒いで遊んで、乱痴気騒ぎにほとほと疲れれば正月の常である真夜中に就寝したのだという。
 目が覚めれば仰向いた姿勢からにょっきりと天袋が見える。ほのかな隙間から透明色の光が見える。水谷は目をこすり起き上がると押入れの前へと立った。何だろう、と思う。押入れを開けても真暗い耳が痛くなるような静寂があるだけだ。見上げて天袋からはやはり僅かな光が漏れていた。水谷は押入れの段に足を掛けると天袋の戸を引き一気に体を持ち上げた。覗き込んだ天袋はまるで何もない。ゆらりゆらりと発光源も知れぬ光の影で揺れていた。まるでこの家の間取りを感じさせない奥行きだ。深い深いその奥を純粋に疑問に思う。勢いをつけ横転びに天袋に潜り込むと、水谷はその奥に向かい匍匐前進をはじめた。
 しばらく進み、ああここが最奥であるのだ、と思う所にあたる。あたれば体が浮遊感に包まれその瞬間にほのかな明かりのそれ以上の光源が水谷の目を射た。
 青空だ、と思う。
 目を瞬かせれば言葉を発する間も無く体が浮遊感に包まれた。あ、落ちる。鮮やかな青色がぐるりと回転した。気がつけば水谷はどことも知れない街の路地裏で座り込んでいたのだ。石畳の地面を裸足で踏む。ぺたりとなだからな感触が冷えた足の裏に伝わる。あたたかい。そっと歩き出したその空気がぬるく水谷の額をなぶった。路地を抜けた先の眼前に、まるで地続きに青い空と海が石の町並みが、迫った。
 厚着した体からじんわりと汗が滲んだ。

「それで、」
 栄口が呆れたように先を促せば水谷は首を傾げた。
「外国の街みたいでねえ、冬なのにすごくあったかくて足の裏の石がつるつるのぼこぼこでさ、オレその階段をどんどん歩いて降りてくんだけど全然人がいないのね。音もぜんぜんしなくて風とか並とか石にぶつかってびゅうびゅうそんなんだけなんだ」
「へえ」
 薄ら寒い、という意味を込めて栄口が両腕を抱え込めばもう一度水谷はその足を蹴った。頬を膨らませ「信じねェしさお前」溜息を吐くとぼうっとしたように上向いた。栄口はそれをじっと見詰める。彼のぱちりと瞼が上下する。そのまつげの下の目がまるで夜空か何かのようだと思う。思い、それはあんまり恥ずかしい比喩であると苦く笑いたくなった。
 外国の街、海と空が繋がっているような青色を眼下にして石畳の歪な階段を裸足のまま下っていく水谷を、栄口は思い浮かべた。
「どしたの栄口」
 何が、と栄口が応える。水谷は上向けた顎を元に戻すと栄口の頭をよしよしと撫でた。
「さみしそうな顔してんね」
 栄口は笑った。それはきっと見知らぬ街に放り出され、音もなし無人である、ただ無心に徘徊する彼の不安を思い浮かべたからだろう。よくお前一人で頑張ったなァ、しみじみと栄口が漏らせば水谷は撫でる指に髪を絡ませてくしゃりと梳いた。
「忘れてたんだけど、何か今、あの街ってずっと栄口と一緒にいるみたいだなあ、と思った」
「え、なんで」
「なんでだろ。空気の他に何もなかったからかな」
 いいなあお前連れてまた行ってみたいなあ。
 呟いた言葉の寒々しさ。栄口はそうだね、と頷きながらやはり切なさに胸がみしりと軋んだ。頭を撫でる手の熱がそっと離れていった。

 水谷は連れて行きたい、自分と一緒にいるようだと言うその口で、まるで平気な顔で自分から離れていってしまうに違いないのだ。いつか。きっと。

夜の水 3 

January 16 [Tue], 2007, 23:21
【分け与える喜びということ】
 闇の中から浮かび上がるような光だ。栄口はほう、と嘆息をした。実際の闇の濃さなどは何れとも判別もつかずただ橙色の灯火でそれと知る、墨を刷いたような黒色だ。水谷は一葉の写真をじっとりと見詰めると栄口と同じようにほう、と溜息を吐いた。
 彼がふと思い出したと言っては部屋の机や棚をひっくり返すようにして探し当てたその写真は、水谷が中学生の折に家族旅行先で買い求めたものであるらしかった。まるでこつこつとした野に広がるのは小さな光の大群で、その僅かな光にふと浮かび上がるのは朽ちかけた卒塔婆に墓石であった。かつてこの地にて朽ち伏した人々の魂が炎となって、ゆらりゆらりと揺れているようだと思う。
 水谷はまるで神妙な面持ちで言った。
 売店のおばちゃんが言っててさあ、蝋燭の炎は自分のを他に上げても減らないでしょ、まるで人の愛のようだねってさあ。
 水谷は写真の上、指の腹を滑らすようにそうっと撫でる。栄口はぐ、と唾を飲み込んだ。
 でもオレはね、愛って減っちゃうと思うんだよね。
 ね、と窺うように水谷は栄口を見遣った。栄口は頷きも首を振りもせず俯いた。水谷の写真を撫でる指はいつの間にか彼の袖口を握り締め片方の手は膝の上に置かれていた。じっとりと汗をかいた、しかし冷たい手であると思う。やめろ、と呟けばさらに手ごと握りこまれた。
 オレの愛はとても少なくて小さくて、それで誰かにあげたらオレの元にはなんにもなくなっちゃうと思うんだ。
 成る程、と栄口は頷いた。彼の情愛は確かにその気がある。水谷の好きなものは驚くほど多いがただそれだけだ。彼がただ好意を寄せているだけ、それは諦観だか自らを省みて課す禁忌であるかのようだ。いつの日であったかじっと大好きだと言っていたキャンディーを見詰め「こいつは全然オレを求めてないよね」ぽつり、それだけを呟いた。何を言っているのだろう、と呆れ笑った栄口を水谷はじっとりと睨んで頬を膨らませた。オレは百年も前から孤独なんだよきっと。言う。
 百年も前から彼の元には何も残らずただその真摯な気持ちだけが胡散霧消していたのだろうか。まるで散華のように無残であると思う。そしてそれを許容しているから水谷は立っていられるのだと、思う。

 足りない。
 水谷は焦れたような声音で栄口の手に爪を立てた。足りない、まるで足りない。もっとオレの中に詰め込めばいいのに。ね。切羽詰った懇願に栄口は首を振る。とても自分には彼の思うとおりのものを差し上げられそうにはないのだ。自分がもつ蝋燭の炎と彼の炎は異質で、共有することさえ出来ない。分かち合える喜びも悲しみもその秘密めいたときめきさえ、万象を遥か置き去りにしてきた心地であると思う。
 きっと何年も前から、そうだ、一年、十年、百年も前から自分は彼をひどく慈しみ切ない気持ちで諦めていたのではないか。自分ばかりが等分に交わすことが出来ない、彼が注ぐそれを受け取るわけにはいけない。百年前、穴の空いたような気持ちで自分はそう唾を飲み込んだのではないか。
 まるで平気であると振舞う水谷にひどく劣等感を抱く。受け入れるべきであるのか。躊躇と呼ぶには強すぎる拒絶の気持ちが尚更水谷の心を受け入れがたくするのだ。
 水谷は舌を打った。
 栄口の愛のキャパってさ広いけど奥行き狭いよ。
 掠れた声に栄口はただ首を振った。ひっくり返った視界にはただ水谷のぬらりと揺れる目だとか引き結ばれた唇だとか、怒ったように寄せられた眉、一切がそういうものしか映らない。狭い、さかえぐち、せまい。水谷の熱を帯びた声に栄口は否定も出来ずただ声を押し殺して首を振った。

夜の水 4 

January 17 [Wed], 2007, 0:15
【ひかり】
 全部欲しいなあ。雑踏の中一足だけ前を歩く栄口の後ろ頭を眺めるすがらにそう思う。何をどうしたいとかそういう具体的な欲求でないでしろ、腹のあたりがひゅう、と熱く痛くなるような心地がする。くるりと振り返った彼が、呆れた表情と声で僕の名を呼んで、一気に僕の胸がきしりと軋んでしまった。
「並んで歩けよ」
 僕は栄口のそんな一挙一足によって感情の天辺までも飛び上がることが出来るし、底辺の奈辺にまで落ち入り彷徨うことだって出来るのだ。まるで茫々とした在所であると思う。僕はにへらと笑って彼に駆け寄った。
「水谷って、ちょっと後ろの方歩くね」
 栄口は少しだけ歩調を落とし横に並んだ僕の方を仰いだ。そうかな、と応える。
「オレは並んでるのが好きだなァ。後ろ窺いながら歩くのってドキドキする」
「いやだドキドキさせちゃったオレ」
「だってお前危なっかしい」
 くっくっと喉で笑った栄口の腕を肘で突いて、いてえ、と華やいだ声を上げたのに僕も笑った。栄口は笑い終えるとふう、と溜息を吐いた。その白く濃い空気の塊がぼうっと彼の眼前に浮かびそして霧消していく。晴れ晴れと栄口は続けた。
「お前、放っといたらどこに行くか分かんないもん」
 繋いでおけよ、という軽口が何故か喉の奥でわだかまりもやもやとしたその塊を飲み込んだ時に栄口は僕にサンタの存在を問うた。彼はサンタクロースを覚えていたという記憶がないのだと恥ずかしそうに告白をして僕をたちまちに堪らない気持ちにさせた。何処か文学めき瞬きと呼吸に意識をする。栄口の横顔を盗み見て自分の指先を眺め、そして悄然として、という例の切ない慣用句がふと浮かんだのだ。僕はまるで悄然としていたのだ。


 天袋がない。
 ふと体を仰向かせそこに天袋がない、と思う。完全洋間な自室に天袋がないことは自明のことであるはずで、なぜそんな思考が差し込んだのか、僕は暫く考えた後に該当の記憶に辿り着く。むかしむかしサンタクロースを信じていた気持ちなど扉の向こうにした頃のこと、僕は天袋をかき分けて日常乖離の世界へと這って行ったのだった。ざらついた無音が既視感と胸の奥深いところの掻痒をかきたてた。突き落とされたような寂寥だ。体を揺らせば隣には今まさに眠りから覚めました、という態の栄口と目が合った。彼を見て、天袋を進む行為に彼の体を侵略したことを重ねて少しだけ温かくなった気がした。
 僕が天袋の話をすれば栄口は喉仏を上下させくつくつと笑った。
「みずたに、」
 栄口はシャツを羽織ながらそう言う。暗い部屋の中でその真白いそれがぬたりと這う蛇の肌のようだと思う。脱いでしまえばいいのに。思い僕が彼の背中を眺めていると栄口は「また明日って言え」と唐突に乞うた。明日は、そうだ、年が明けての初めての練習がある。請われるままに、また明日、栄口、明日オレおきられっかなァ。言えば栄口は今にも泣きそうに笑った。
「みずたに、絶対にって言え」
 絶対にどうする、という内容を栄口は続けた。僕は舞上がってしまい何度も頷いてはその絶対という事柄を絶対であると誓った。彼が言うそれはまるで簡単なことであるとしか思えなかった。絶対だ。未知である数多のことがあるとして、僕はそれだけを知っていればいい、と思った。
 栄口は僕の頬を撫でた。下げた眉尻、泣きそうに見える笑顔のまま呟いた。まるで夜を照らす小さなひかりである、と思った。
 また明日、水谷。お誕生日おめでとう。

夜の歌 1 

January 17 [Wed], 2007, 0:27
【美しい言葉】
 とある雨の日に栄口はまるでぼんやりとした表情をしていた。つと見やる窓には時折びゅうとふきすさぶ風に流れた雨粒がまだらな模様を作る。幾つもの筋をつくってはその形を崩していく。外の闇を吸い込んで真黒く濡れたガラスが教室の中を鏡のようにか映し出す。どこから漏れ出でているのであろうか、不明の光源がゆらゆらと淡く夜の色を照らすのだ。
 おりおりと広がる水滴と弾けるような雨音に栄口はぼんやりと没頭をしているようだった。星空だ、と栄口は唐突に呟いて僕はきゃっと叫びだしそうになった。訊ね返す声がひっくり返ったのを聞き、栄口は胡乱に沈んでいたことなどなかったことのようにうっそりと笑った。覗き込んだ窓の外の景色は重い曇天で案の定星の気配など一片も見当たらなかった。重そうに落ちていく雨粒を見詰めるだに視界がぐるりと回る心地がした。何を言っているのかと問えば栄口はさっと頬に朱を走らせ口篭った。まるで星のようだ、と言いたかったんだ。端々からそう彼は言いたいらしかった。見上げる雨雲から滑り落ちる雨に星の軌跡を見る栄口は大層良い情操だ。彼が感動する事項にこそ僕は揺さぶられる。まるで二次的な感奮に違いなく、僕はそうして彼の浅いところから深いところからの感情の押し寄せにあてられてしまっているのだ。どうどうどうどうと流れる風に押し流されているのだ。
 しんと陥ったしじまの中でさらさらと耳朶を撫でて行く雨音がいや高く響く。僕はふと月の海をいく星の舟のことを思い浮かべる。言えば栄口はぽかんとした一瞬の後、どこか寂しそうに笑い唇を噛んだ。みずたに、それはこいのうただ。
 そうかァ。それはいけないね。僕は呟き俯いた。

夜の歌 2 

January 17 [Wed], 2007, 0:32
【月の海 星の船】
 せんねんも前の歌の話だ。正確に千年前であるとはわからない。指折り数えればさしもの僕も今から千年前がいつの時代であるかなんてことくらいは分かってしまうと思う。しかし僕が生きる15年間の膨大さとは対照的に、百年、千年、万年なんてそれら厚みの帯びた時間軸をずいっと通り抜けてしまうことが出来るのだ。一千万も時間を飛び越えて、さて、僕はその原始の世界に居る。古の何もかもが感覚的である森の中で僕は彼の手を引いている。黒々とした生き物のような木々に包囲され天を突く枝、現代よりも一千万も高い空から突き落とされた地面はじっとりと湿っていて僕等の裸の足の裏をずらずらとなぞっては嗤う。だらりと滴るような湿り気を帯びている癖にきしきしと軋んだいやァな嗤い声である。
 さかえぐち。僕は隣に立つ彼の名を呼びその応えを確認をしたくて堪らないのだが何故だか声が出ない。繋いだ手の温もりは全くささやかなもので、僕は彼の顔を見ることさえ出来ない。さかえぐち。僕等は力なく互いの指に依り茫々と立ち続けているのだ。僕は俯き頬を流れる涙のその冷たさに辟易とした。
 何ができると言う。自問自答に黒い森がどうどうどうどうとざわめいた。何ができると言う、僕は彼の存在にさえまるで曖昧模糊としていると言うのにこの深い夜の黒の中で全体彼に何を与えるべきであるというのだろうか。全部全部、僕は黒色の全部を飲み込んでしまいたい。
 呼応するような咆哮が森をつつんだ。巨大な首の長い影が黒々とを遥か僕らを眼下にしていた。おうおうおおおうと首長竜は啼いて僕はぐんぐん首を縮めた。太古の森に竜が啼き朝が近いことを知る。僕がようやく握った彼の指はまるで夜の深淵のような冷たさである。未だ俯いたままの僕の顎であるが彼がすっくりと前を見詰め続けそしてその目が一度も陽の光を映さないことを、僕はとっくに知っていたのかもしれなかった。
 一千年も前のおちいった黒の森の中で僕等は月の舟にのり天の海をどうどうどうとゆく。首長竜がおうおうと啼く頃に、僕の目の前、15、6年ばかりを生きた現代の栄口が嬉しそうに笑った。きらきらと細波のような繊細な光の反射の笑顔でばらばらと僕の頭からつやつやのどんぐりを落とした。 ああ百年、千年、万年の孤独を生きる君の舟よ。君の天かける舟よ…。

夜の歌 3 

January 17 [Wed], 2007, 0:34
【天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ】
 彼はよく僕の目を塞ぎたがったものだった。彼が僕の目を塞ぐときと言えば僕は大抵彼を侵食するのに懸命になっている時であるので、そのように煩わしく伸ばされる手など邪魔でしょうがないのだ。振り払えば栄口は屈した僕の目の前で苦々しく舌を打つ。我慢しろよ、と言う。意味が分からない。僕は暗闇の中に落ちていく彼の体を引き上げ塗りつぶしていくその作業にまた没頭をする。彼はまるで黒々としているのだ。いけない、とも言える筈がない。
 まるで落ちていく夜の水であると思うのだ。