1977.8.16 Elvis Presleyが亡くなりました 

2008年08月17日(日) 22時25分
12日、17日と銀座山野楽器でのElvisのイベントに行ってきました

1階、すぐ入ったところのエスカレータ付近にエルヴィスのパネルが!!!!!!(注:等身大ではありません。小っちゃかった・・・・)

あーーーーーー60年代のエルヴィスでめっちゃかっこよかったです

あれ、欲しかったな。(笑)本当に欲しい!!!!!!



1977年8月16日、Elvis・Presleyが亡くなりました。没後31年目になります。

エルヴィスのお墓やお家があるテネシー州メンフィスのグレースランドという場所には、年間60万人以上の人が世界各国から訪れているようです。
そしてこの命日が近づくと、さらに人の集まりがものすごくなるそうです。みんな、キャンドルを持って並ぶため、お墓の前へたどり着くまでに○十時間かかったりします。



3年前の2005年5月27日から、私の人生においてとても大切な部分にいるエルヴィス・プレスリー。

大げさかもしれませんが、本当のことです。

エルヴィスのことを考えない日はないんです。



Elvisに出会ったことによって、たくさんのジャンルの音楽の楽しさを知りました。今もその途中ですこれからもっと知れると思うと楽しみで仕方ありません

Elvisによって、黒人の音楽家やアーティスト、ミュージシャンの凄さ(ロックやポップスの基本はそこにあるということ)を知りました



かつてエルヴィスが言った、

「歌によって夜が明け、歌によって友達が作られた。だから私は歌い続けます。」

というように、私も、

「エルヴィスによって毎日が楽しく感じられ、音楽の素晴らしさを知り、音楽の話ができる友達が増えました。だから私はエルヴィスをずーっと好きでい続けると確信できます。」

エルヴィスのことどうでもいいっていう人には、笑っちゃうくらいおかしなこと言ってるなぁと思われているかもしれませんが、私にとって、そして半世紀以上前からのリアルタイムでエルヴィスと出会ってきた多くのファンの方たちにとって、本当に家族や友達と同じくらい大きな存在なんです、エルヴィスは





1972年6月10日、エルヴィスはN.Y.マディソン・スクエア・ガーデンというところでライブをします
このライブには、音楽界ではジョン・レノン、ジョージ・ハリスン、ボブ・ディラン、デイヴィッド・ボウイ、レッド・ツェッペリンのメンバー、サイモン&ガーファンクルのポール・サイモン、絵画界ではアンディ・ウオホールなども見にきています。
無料招待などではなかったため、これらの著名人もみんな自分でお金を払って、一般人と同じ客席からエルヴィスのライブを見ていました。



このライブCDには、セットで当時の1972年6月25日に河端茂という人が書いたライナーノーツが入っているのですが、そこにとても興味深いことが書かれてあったので、抜粋して載せてみたいと思います。


最初、中略します。(*)となっている部分は私が付け足しています。

”日本でもベスト・セラーになったジェリー・ホプキンズの「エルヴィス」は、扉の裏のページに、エルドリッジ・クリーパー「氷の上の魂」
(Soul on Ice)からのイクストラクトを置いている。・・・・・・「君は何でもできる」とエルヴィスはパット・ブーンの純白の靴に歌ってきかせた。「だが君はぼくの青いスエードの靴を踏んではならない!」・・・と。
(*わからない人へ・・・エルヴィスはBlue Suede Shoesという曲を歌っていて、その中の歌詞からとっています)

 これは「氷の上の魂」の第4章「白い女、黒い女」の第3節「回復期」からの抜粋だが、クリーバーのエピグラムに満ちたこの文章は、ポップ・ミュージックを考える上で、きわめて示唆に富んでいる。最近出たアレグザンダー・クライン編集の「生まれながらの敵?」に、ブルース・J・フリードマンの「ニュー・サウンド」が収録されているが、とてもクリーバーの文章に及ばない。

 クリーバーは、アメリカの白人と黒人の分離が、社会現象として<こころ>を<からだ>から分離させ、抑圧者である白人は<こころ>を独占し、黒人は<からだ>から<こころ>を奪われたとする。チャビー・チェッカーの使命は、ツイストをもって白人たちに、彼らが忘れてしまった身体の振り方を教えることだった。
(*チャビー・チェッカーの歌うツイスト↓)


 そしてエルヴィスが出現する。”へんてこなギターをかきならし、アメリカ中シッポを振りながら”とクリーバーは例の一文を書き綴る。ビング・クロスビー主義、ペリー・コモ主義、そしてダイアナ・ショア主義がすでに癌におかされていたことを知っていた白人青年の前衛たちは、先行者エルヴィスとともに、黒人と人間としての交わりをもった。
 
 だが――とクリーバーはつづける。エルヴィスのはげしい身体のくねらせ方は、多くの白人にとってはまだ早すぎた。そういう白人に対してビートルズは、その音楽に<ニグロのからだ>を投げ込み、それをプレゼントすることによって、聴き手自身の<こころ>と<からだ>の間に、あのリズミックなコミュニケーションを打ち立てた。(武藤一羊氏の訳による)

 クリーバーのポップ・ミュージックに関する文章はここで終わっている。だが、これは明らかに結論の部分を欠いている。そしてぼくには、いまエルヴィスが精力的に開始した全行動こそが、この結論にあたると思えてならない。ビートルズが取り敢えず既成事実をつくりあげてしまうために、ことさら隠蔽した<からだ>を、もういちど聴き手の前につきつけるために――。
 
 そう考えると、エルヴィスが再開した活動の場を、ことさらショー・ビジネスの分野においた理由も、はじめて納得できるのだ。ショーのステージほど、<からだ>を誇示するのに絶好の場所が、またとあろうか。


 (*中略)

 ここでは客席の昴奮すら計算されて、つぎのヤマをより大きく盛りあげる。録音条件の決してよくないマディソン・スクエア・ガーデンだが、そのなかでなおかつ、エルヴィスの力強い歌声は豊かに響く。それはまぎれもなく、「黒人と交わった」男の<からだ>だけが発することのできる声である。
 
 マディソン・スクエア・ガーデンはここ1年、いくたの歴史的イベントで注目を浴びている。昨年8月にはボブ・ディラン、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター、レオン・ラッセルらによるバングラ・デシュ・コンサートがおこなわれ、今年の6月14日(エルヴィスの公演から僅か4日後である)には、マクガバン後援資金集めのために、すでに解散したピーター・ポール&マリーやサイモン&ガーファンクルなどが出席した。
 
 こうしたイベントにくらべると、エルヴィスのコンサートにはなんの政治的なコメントもない。音楽とは関係のないことだが、しかし「エルヴィスにはオリジナリティが稀薄になった」という類の批評の背後には、それが隠微に影響しているのだろう。
 
 だが、超満員のマクガバン集会に、黒人の姿が殆どなかったという外電は意味ぶかい。フォーク・ソングとそれにつづくシンガー・ソング・ライターの活動は、ビートルズがあの大勝利を獲得するために敢えてした擬態の上に立って、しかも<からだ>にではなく、<こころ>に訴求する方向にそれていった。黒人がピーター・ポール&マリーやサイモン&ガーファンクルのアピールに背を向けたのは当然だった。

 エルヴィスのパワーは、またまたひとつの反措定として、ポップの歴史に浮上してきたのだ。72年6月のマディソン・スクエア・ガーデンでおこなわれたふたつの熱狂的情景は、音楽に対する大きな問いかけを、後世に残したといえよう。

 もともエルヴィスの偉大なオリジナリティは、そのパフォーマンスにある。スロー・バラードを彼ほどハードな姿勢で歌う人を、ぼくはほかに知らない。エルヴィスはもうロックもカントリー&ウエスタンも、ブルースもヒット曲も超越した。ダン・ボッツスティンがいうように、南部と黒人ムードとカントリー&ウエスタン、そしてブルースの心はエルヴィスの故郷であり、これらをミックスした稀有な魂は、ほかの誰も持つことができない。




長くなりましてすみません



この方が言うように、もしかしたら黒人の多くの人たちは、ビートルズ後のロックやフォークには共感できる部分が少なかったのかもしれません。

しかしおもしろいことに、エルヴィスはどっちも好きだった。

だから、黒人のChuck Jacksonが歌うAny Day Nowをエルヴィス独特の力強さとセクシーな声でカバーした。

Chuck Jackson Ver. 


Elvis Presley Ver. 



どっちも好きだったから、サイモン&ガーファンクルの<明日に架ける橋>もカバーした。

Simon and Garfunkel Ver. 


Elvis Presley Ver. 





こういうのを聴いていつも思うのは、エルヴィスって何かの境界線に立っているように感じます


@まず1つ目は今上にあげたように、<黒人と白人の境界線>


デビューした当初、黒人がラジオから聴こえるエルヴィスの声を聴いて”こいつは黒人だから聴けるぞ”と思ったということは有名のようです。
白人でありながら黒人のような声や黒人のような歌い方、そして黒人のような派手なパフォーマンス。
だから好きなものはR&Bやゴスペルだけかと思いきや、白人の音楽であるカントリー&ウエスタン、ポップスも大好きだったエルヴィス。
メロディの素晴らしさを白人の音楽から自然と学び、バックビートのリズムのかっこよさを黒人の音楽から吸収したElvisは、どっちというわけではなくて、まるで2つの中間点にいるような気がするんです。




A2つ目の境界線とは、声の出し方において<クラシックとポップスの境界線>です。


エルヴィスは1958年〜60年の軍隊生活の間にチャーリー・ホッジにクラシック声楽の声の出し方であるベルカント唱法を習います。
それを習ったあと、もともとオペラが好きだったエルヴィスはイタリア歌曲の<O' Sole Mio>を英語版にした<It's Now Or Never>や同じくイタリアのナポリ民謡<帰れソレントへ>を英語版にした<Surrender>を歌って録音しました。
<It's Now Or Never>や<Surrender>は、ほぼ100%ベルカント唱法で歌っていますが、おもしろいのは他の曲です。

例えば、G.I.ブルースの挿入歌である<Tonight is so right for love
>では、ベルカントっぽい声を出す部分もありながら、それをエルヴィス自身の中で消化して普通にポップスを歌う歌い方と混ぜながら歌っているように聴こえるんです。
なんか、自分の声で遊んでるみたいに[m:209]

<Tonight is so right for love>



<Thrill Of Your Love>もそんな感じがします。




エルヴィスはベルカント唱法を習ったことで、エルヴィスの元々の良い声に”まろやかさ”がさらに加わったのでは、と私は思っています。


60年代前半はこういう歌い方が多くてとってもおもしろいです
やっぱり大好き、この頃の声と歌い方
とっても艶があって、でも50年代のエルヴィスの声が聴こえる部分もあって、でも明らかに50年代より声がまろやかさを増して、本当に魅力的な声だな〜と感じます




B3つ目の境界線・・・これは本当に私だけが思っていることなのかもしれないのですが、<男と女の境界線>です。


えっ??と思うファンの方も多いと思うのですが・・
えっと・・・なんていうんだろう、男らしさが見える部分(歌においても性格においても)もありつつ、ときに女(母性?)のような優しさ(誰かに何かをしてあげたいと思う気持ちや精神)が普通の男の人よりも強いんじゃないか・・なんて考えたことがあります(笑)

大学の美術の時間に先生が、”天才肌は中性の人が多いんです”と言っていたのを思い出しました。
ピカソなども中性らしいです。
もしかしてElvisも???なんて思っちゃいましたが(笑)




これら3つ・・・他にもあるかもしれませんが、エルヴィスは境界線にいるような気がするんです。


全てがミックスされている。全ての”間”、”真ん中”にいるような・・・・・・

決して、”中心にいる”と言っているわけではなくて、1つの棒線にした場合、丁度エルヴィスが真ん中に立っているような・・・そんなイメージが湧きます。




そしてエルヴィスにはやっぱりそれだけではなくて。



そういうことプラス、オリジナリティ、Elvisそのものの声の良さがあって・・・。

Rock、ポップスにおいての独特な歌い方、リズムの取り方。
この<I got stung>など、まるでエルヴィスの声そのものに元からリズムが加わっているんじゃないかってくらいに聴こえます。



バラードやゴスペルにおいては、温かさ、まろやかさのある声、そして音域の広さ(というよりどの音域にいっても安定している声)と歌唱力。
<An American Trilogy>

 
最後のHis truth is marching on〜!の on のところでonを歌ってからもう一度、O〜(オー)と声を出すのですが、onを歌っている時点で男性にとってはかなり高い音域(女性のメゾでのG)である上、さらにあの声量を出すことはすごいことだと思うのですが、それからさらにあのO〜(オー)というのを息継ぎをせずに同じ声量で出すというのは相当な肺活量がいると思います

エルヴィスは最後が盛り上がる曲に対して、よくこういう歌い方を70年代に入ってからしているので、それを聴くたびに、”すごいな〜この歌い方!”と驚いてしまいます。
<How Great Thou Art> 





エルヴィスがメジャーデビューした1956年。

アメリカでは、ペリー・コモが甘い歌を歌っていたそんな時代。
Perry Como <Magic Moments> 

↑私はこういうのも好きです(笑)


日本では、三橋美智也や美空ひばりがラジオから流れていた時代。


こんなときに突然、Elvis Presleyという人がアメリカではテレビに、日本ではラジオに登場した




そりゃあ・・・・誰でもビックリしますよね。

歌い方、動作、すべてにおいて色気があって

この衝撃は本当にすごかったんだろうなって思います




エルヴィスは何かに例えられる対象にも多くなる気がします。

あのエミネムは、”ラッパーのエルヴィス”と呼ばれ、またジミヘンドリックスは”黒いエルヴィス”と呼ばれたり。


アメリカでエルヴィスは熟語にもなっちゃってるんですよね[m:206]
”Elvis has left the building”直訳すると、「エルヴィスはもう会場を出ました」になりますが、=エルヴィスの楽しいライブはもう終わってしまった、=楽しいことはもう終わってしまった、という意味で、アメリカでは今でもずっと日常で使われているようです
映画にもちょくちょく出てきます、この言葉。
『プラダを着た悪魔』のアン・ハサウェイが出演した『プリティ・プリンセス』でも言ってたな、エルヴィスとは全然関係ない話なのに(笑)




エルヴィスは、ソロ・アーティストで1日に売ったレコードの枚数2000万枚がギネスに認定されていますが、それはエルヴィスが亡くなった翌日のことだったようです。


みんな、エルヴィスが亡くなったなんて信じられなかったんだろうな。
そしてファンの方々は今でも信じられないんだろうな。


だって、CDを聴いたりDVDを観るたび、躍動感があって瞬間、瞬間、息が聴こえてくる



もっとたくさんの人に聴いてもらって、純粋な気持ちで感じ取ってもらえたら嬉しいなと願うばかりです。
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