幸せは、きっと数秒間のなんともない日常にある。
7月7日 PM19時17分
最近仕事の用事以外は全然活用していなかった携帯から決まったメロディが流れ出す。画面には愛しい人の名前。
「今家にいるからおいで」
数秒の通話。いつも通りの有無を言わせない口調に呆れたけど、顔には小さな笑みが広がったのを自分でも感じた。
「やっぱりしばらくお前の声聞いてないと寂しいな」
後ろでライターの音がして、しばらくしてから吐き出された息と共にセブンスターの香りが漂ってきた。一人暮らしにはとてつもなく大きすぎるソファーに身を沈めていたあたしの隣にゆったりと身を任せた彼がそっと呟く。連絡の一つも寄越さなかったくせによく言う。それでも彼の元に来てしまった自分も単純だな、とふと思ったので思ったことは口にせずに良い子ぶった。
「しょうがないよ、忙しかったんでしょ」
唇に"愛"が降った。成長していないあたしは笑顔を顔に貼り付けることでしか、名前さえもつけられない気持ちを隠すことができなかったけど、それも彼にはことごとくお見通しみたいで。おでこから瞼へ、瞼から頬へと移ってゆく彼の暖かい唇がつたってゆくのを感じてそんな気持ちもやわらいできた。
「……どうした?」
いつの間にかキスをやめていた、心配と驚きが入り混じった表情をした彼の顔が目の前にあった。
「なんで泣いてる? 何か気に障ることでも言ったか?」
そういわれるまで自分が涙を零してることに気づかなかったあたしはやっぱりどこか抜けてる。つめたい手で頬を触るといくつかの涙の線が頬を濡らしていた。
どれくらい、時間が立ったんだろう。あれから彼の腕の中に閉じ込められ、痛いようなくすぐったいような感覚に見舞われてとうとう涙腺が限界だったみたいだ。雨のように涙があふれ出て、堪えきれずに声をだしてしまった私はやっぱり子供だと思う。あやされるようにさすられていた背中は暑くて。落ち着いてきたのを察したのか、一度ぎゅ、と体全体を抱きしめると手を頭に移動させて2度ほど撫でた。
「……泣いてごめんね。すこし寂し、 」
彼にしがみついて、聞こえないくらいの小声で謝ろうとしたら途中で言葉を被された。
「明日、早めに帰れると思うから一緒にご飯たべよう」
かちゃりと小さな音がして頭に違和感と重みを感じたと同時に耳元でささやかれた。そのすぐあとに泣き顔が満面の笑顔に変わったのは言うまでもない。
彼はいつだってあたしのほしい言葉を知ってる。