最後のz。

March 31 [Tue], 2015, 22:33
 
昔、のちの世に言う宅飲みというかで、
3、4人で食べ物や飲み物を持ち寄って、
お酒を飲んでいて。

完全に酔っぱらっていた私が、

「そこのザップとって。」

と言ったら、友だちが、

「え、これ? セブンアップだよ。
ははは!」

と言って。みんなで笑い転げて。
あれれ、自分はどうしていたっけかな?
ああそうか、と一緒になって笑っていたかも。
とにかく、みんな酔っぱらい(笑)。
(毎日骨太は「まいにちこった」でも
訂正されない? なんでだろう?)

少し前にある本を読んでいたら、
viz.について書かれていて。

説明するのが面倒なので、
辞書を引いてしまえば(『ルミナス英和』)、

<《古風, 格式》 すなわち, 換言すれば
《videlicet の略》.
【語法】 公文書や学術書などに限って
使用され, 普通は namely を用いる.>

とのこと。

ドラゴンボールなZも、
ももいろクローバーなZも
どこから来たんだ? という感じだけれど、
videlicetなのに、zっていったい?
ーわり定番な英語雑学ネタ? 

数字の「7」ではないけれど、
それっぽい文字というか。
ー出せそうな気がしないな(泣)、
知りたい方はグーグルさんで(すみません)。

zといえば、
英和辞典の最後に載っている語は、

zzz

でいいのかな? ーあ、いいみたい。

では、お休みなさい。
というか、

これにて、さようなら。



今日でこのブログの更新をやめます。だいぶ前から限界がきていて、ちょっともうこれ以上は無理です。自分のなかでは反省や愚痴などいくつかありますが、それよりも、みなさん、いままで読んでいただいてありがとうございましたm(__)m。

あ、削除ではなくて更新の停止です。このブログには勝手に作られたコピーブログが存在していて(昨年の7月5日で更新が止まっているようですが)こちらだけが無くなるのはちょっとまずいかな、というのもあって。でも、それ以上に過去記事のバックアップをほとんど取っていなくて、自分の勉強のために「ノート」としてときどき読み返したりしたいので。そんな理由です。

(いまのところ引っ越す予定はないです。ただ、そのうちにたぶん英文法については書きたくなると思うので、どこか新しい場所で書くような気はしています。そのときは、今度は自分にしかわからない内容でもいいかなと思っているのですが、えーと、場所が決まったら一応「リンク集」のところに貼っておきますね。)

ヤプミーさんや元ヤプミーさん、そのほかヤプログの方やヤプログ以外の方、いままでブログを読ませていただいてありがとうございました。ぜんぜんコメントができなくてすみませんでしたm(__)m。読ませていただいて、ほんとにいろいろなことを思ったり感じたりしました。例えば、音楽を聴きたくなったり、美味しそうな食事やお菓子を食べたくなったり、電車や車に乗って遠くに行きたくなったり、植物とか服装とかに季節が感じられて、いいなと思ったり。本が読みたくなったり、ライブに行ってみたいなと思ったり、社会や人間関係、仕事や生活、人生などについて考えさせられたり、考えに共感したり、あるいはただ純粋に言葉に笑わされたりーいろいろです。本当にありがとうございました。逆にコミュニケーション能力に欠けた私の言動を不快に思った方もいらっしゃるかもしれません。すみませんでしたm(__)m。

ここは駄洒落ブログだったので(違ったっけか(汗))、最後に1つくらいこれぞ!ってものを披露したいのですが、いま何も思い付きません(泣)。

私のことは嫌いになっても英語のことは嫌いにならないでください!

あきらかにパクリ...。本音なのでまぁいいかなと(汗)。お粗末様でした。
 
 
ると
 

過去記事への補足いくつか。

March 31 [Tue], 2015, 22:19
 
not know wh-という慣用表現について。困ったときの奥の手(?)「ヒデザブローに訊いてみよう!」ということで、斎藤秀三郎『熟語本位英和中辞典』(新増補版)でknowを引いてみたら、おお!載っていた。

The man has gone I know not where--nobody knows where--God knows where (=somewhere). 何処かへ行って了った。
He is always God knows what (=something). 何かに忙しい。
He is love with Heaven knows who (=somebody). 誰かに恋慕して居る。
He has had God knows how many (=very many) wives. 数限りも無く持った。

見づらいから改行を加えて、すぐに出てこないから旧漢字は新漢字に直したり、「つ」を「っ」にしたりした(すみません)。最初の文で使われているダッシュ(--)は手前と取り替えられるという意味(たぶん)。(意味的にはnobody knows whereとGod knows whereは同じだけれど、それらとI know not whereは違う。)

注目したいのは2点かな。1つはsome-と言い換えていること。そんなに簡単でいいのかな? と思ってしまう。自分、この前(おとといだっけ)少し難しく考えすぎていたかもしれない。もう1点は、最後の文。この辞書ではたぶんGod knows how manyが(名詞の)wivesにかかる、と考えられている。

He has had (God knows how many)→ wives.

で、この考え方(安藤貞雄『現代英文法講義』と同じ)が個人的にはちょっと嫌なんだよね(泣)。(というか、wife=奥さんが複数いてもいいのかな?)あと、昨日、杉山忠一『英文法詳解』(学習研究社、1998)を何気なく見ていたら、「挿入語句・挿入節」というところに次のような文が載っていた(p.659)。

Sitting under an old towering tree, I was, I did not know why, seriously tempted to acknowledge the reasonableness of esteem for everything that is strong enough to preserve itself for ages.
(そびえ立つ古木の下にすわっていると、私は、なぜだか知らないが、長年月の間ながらえ続けるほどのたくましさをもつすべてのものへの尊敬の念は、本当に無理もないものだ、と認めたい気持ちになった)

長いな。「なぜだか知らないが」と訳されている。「(私には)わからない理由で」という意味にとっても問題はないと思う。で、これは慣用表現のnot know wh-と同じなのか、それとも違う(挿入表現な)のか? うーん、なんか微妙...(泣)。コンマがあることに関しては、『現代英文法講義』でも次のような例文が載っていた。

I heard you had gone away, nobody knew where. (Hardy, Tess)
(あなたは、誰も知らないとこへ立ち去ったと聞きました)

だからコンマがあっても、慣用表現のnot know wh-と考えてもいいような気もする。うーん、でも、ちょっとわからないな。



ほかにも、いろいろと書いておかないといけないことが。そう、「二重品詞」という話。竹岡広信『ドラゴン・イングリッシュ必修英文法100』(講談社、2012.3)という参考書の95番目のところ、

「二重品詞」って何?/数量詞(much, few, little, longなど)が文中で、名詞かつ形容詞(副詞)の働きを兼ねることを言います。たとえばIt took longer than I had expected.「思ったより時間がかかった」のlongerは、tookの目的語なので名詞ですが、比較級を作っているので形容詞でもあります。このlongerが二重品詞と呼ばれるものです。Most of us are...のmostも二重品詞です。/[例3]I finished less of the work than I had expected./「思ったほど仕事がはかどらなかった」/この文のlessも二重品詞です。lessはfinishedの目的語、つまり名詞ですが、かつlittleの比較級、つまり形容詞[or 副詞]になっています。>(p.207、めんどうなので太字部分を少し変えた)

個人的に「品詞」(名詞、動詞、形容詞など)と「働き」(主語、目的語、修飾語など)はちゃんと区別したいのだけれど、まぁいいか。「数量詞」というのは品詞ではないから、数量代名詞、数量形容詞、数量副詞(など)に下位分類できると思うのだけれど、要するに、数量代名詞は(形容詞または副詞ではないのに)比較変化する、という話。ーでしょう?(どの文法書かわからなくなってしまったけれど、「比較」のところに「数量詞は比較変化する」という注意書きがあったような)。数量詞がらみ以外でも使われる言葉かもしれないけれど、「二重品詞」という用語はあまりよくないね。英語の先生はあまり使わないほうがいいかもしれない。(あと、もし「文の構造」が知りたいだけなら、上のlongerもlessも目的語、という「働き」がわかっているわけだから、品詞がどうの、と理屈をこねる必要はないと思う。もちろんどうして「働き」がわかったのか、は問題だけれど。)



この前、ブックオフに売っていたので(108円にはなっていなかったけれど)買ってみた参考書、小貝勝俊『体系英語長文』(教学社、2013.12)をぱらぱらと見ていたら、次のような箇所が目にとまった。

<読解47 sometimesの意外な意味
(1)対比/(例省略)/sometimes 〜 sometimes ...「時には〜時には...」やoften 〜 sometimes ...「たいていは〜だが時には...」のように時を示す表現が重ねて使われ、対比になることがある。
(2)強調/例) He is rough, and sometimes violent, but I admire his dedication to work./「彼は粗野で、時には暴力的にもなるが、彼の仕事に対する献身は尊敬する」/and sometimesの形で使われることが多く、ここではroughより暴力度の高いviolentを挙げることで、粗野さを強調している。>(p.187、カッコの数字は原文では丸囲み)

以前、このブログでusuallyとsometimesで相関する、みたいに書いてしまった気がするけれど、usuallyよりもoftenのほうがいいのかな。でも、この参考書、日本語のほうでは「よく、しばしば」ではなくて「たいてい」としている。oftenって英英辞典で引くと、many timesと書かれていたりする(と思う)けれど、timesつながりで、やっぱりoftenのほうがいいのかな(わからない)。(2)のほうは、確かにsometimesの後ろにevenを補いたくなるし(私だけ?)、「強調」でいいのかもしれない。(「強調」という言葉が漠然としていて、それゆえ(?)多用されるので、個人的には好きではないけれど。)



ずっと宿題になっていた「分離他動詞」の件。ネットで検索してみたら、なぜ私がそんなマイナーな(?)用語を使い続けていたのかが判明した(びっくり)。どうやら高校生のときに旺文社の『サンライズ英和辞典』を使っていたのが原因っぽい(自分のときは『ニューサンライズ〜』だったかな。いまも改訂されて『サンライズクエスト〜』という名前で売っていると思う)。最近ぜんぜん引いていなくて見かけていないけれど、部屋のどこかには埋まっていると思う。例えば、put onとかを引くと「分他」と書かれていたり、したと思う。

で、ドイツ語の「分離動詞」との違いについて。たしかに英語の「分離他動詞」(「他動詞+ある種の副詞」)はドイツ語にすれば(訳せば)分離動詞になることが多そうだし、歴史をさかのぼって古英語(Old English、現代英語よりも現代ドイツ語に近い?)までいけば、現代の分離他動詞は分離動詞だったのではないか、と思うけれど、でも、うーん...。たしかに、

ドイツ語:Ich hole meine Kinder ab.
    私は子どもたちを迎えに行く。
英語: I pick my children up.

というように並べて書けば(宍戸里佳『英語と一緒に学ぶドイツ語』ベレ出版、2012.11、p.49より)同じような感じもしてくるけれど。(というか、この語の非分離形というか、辞書に載っている形は、abholenでいいのかな? この本、書かれていないな(汗)。別のところに載っているのかな。)

でも、そういうあれこれはあるけれど、やっぱり(?)別ものと考えたほうがいいと思う(個人的には)。ドイツ語の分離動詞の場合、分離する理由はーーなんていうんだっけ、よく「V2」とか言うけれど(どう読むんだろう? 「ぶいつー」でいいのかな。「2」は英語ならsecondだろうけれど)、定(形)動詞を2番目に持っていく、のに対して、英語の(英語の辞書でいう)分離他動詞は、もともと分離している(と個人的には考えていて)。例えばput onなら、

He put a hat on (his head).
(彼は帽子を(頭に)かぶった。)

というようにhis headが省略されている、と考えられる。

He put a hat/it on.
He put on a hat.
(*He put on it.はダメ)

大学受験生向けの参考書で、onが後ろに移動する、みたいなことが書かれているのを見たことがあるけれど、代名詞(少なくとも人称代名詞)以外の名詞のほうが後ろにいく、と考えられる(個人的にはそう思っている)。情報構造とか、あと名詞に関係詞節が付いていたり、といった理由で。

関係ないけれど、そういえば以前「所ジョージの法則」という覚え方があるらしい、と書いたことがあるけれど、そのあと何かを検索していてたまたま見かけた、ドイツ語では「テカモロ」(TeKaMoLo)という覚え方があるらしい。でも、英語とドイツ語では違うっぽいので(語順の話)、これも一緒にはしないほうがいいかもしれない(あ、言わなければよかったかな(汗))。



ちょっと時間がなくて全体的に乱筆になってしまった(すみません)。
 

年度の終わり。

March 30 [Mon], 2015, 23:58
NHKラジオ講座『英語で読む村上春樹』の2014年度は、再放送があと1回残っているけれど、本放送は昨日(29日)で終了。最近ではテキストは買っても、英文以外はほとんど読まなくなっていたけれど(特に後半の後半は)、放送じたいはどうにか最後まで聴き続けられた。よかった。聴きながら途中で寝てしまうことが何度かあったけれど(ダメだよね(汗))、本放送、再放送ともにまるまる聴き逃したのは1、2回だったと思う。ーそんなゆるい学習状態だったけれど(汗)、まぁとにかく終わってよかった。

なんていうか、全体的に新元(良一)先生の“ハルキ愛”に支えられていた番組だったかな、と思う。あ、いや、私には裏舞台的なことはまったくわからないけれど。テキストの執筆量も多くて、大変だったのではないかと想像してしまう。そう、相方の光岡(ディオン)さんは発音がきれいだよね(いまごろ言っても遅いか(汗))。とにかく1年間ありがとうございました。

個人的には早めに復習しておかないと。英語学習として聴いていた面が大きいので。ま、でも、とにかく、途中で聴くのをやめてしまったリスナーの人も、最後まで聴きと通した人も、お互いにみなさんお疲れさまでした(こんなブログ、誰も読んでいないと思うけれど)。というか、私だけなのかな、なんだか本当に疲れているのは?(泣)。



本屋のカバー付きの本、どけたつもりが写り混んでいる込んでいる。まぁいいか。
 

間接疑問(文)。/ not know wh- (+α)。

March 29 [Sun], 2015, 18:24
 
英文法を誰かに説明する機会があるわけではないので、別にどうでもいいのだけれど(誰かに迷惑をかけるわけでもないので)、個人的に「間接疑問(文)」を説明するのがちょっと苦手かも。

直接疑問文(直接wh-疑問文):
Where does she live? (彼女はどこで暮らしていますか。)

例によってとってつけたような例文(汗)。でも、さらにI don't know 〜(私は〜を知らない)でいいかな(汗)、

I don't know [where she lives]. (私は[彼女がどこで暮らしているか]知らない。)

[かっこ]のところが間接疑問(文)(間接wh-疑問文)。あ、do(does)がからんでいない文のほうがよかったかな(まぁいいか)。で、何が嫌か、何に対して苦手意識があるかといえば、語順というか。語順に関して「戻す」と言わなければいけないあたりが個人的にはどうも受け入れがたい。以前にも書いたかもしれないけれど、私は「戻す」嫌いです。←意味不明?(泣)。

「戻さ」なければいけないのなら、

where she lives

のほうが基本的な形(doesがらみではわかりくにいけれど、いま語順と言ってもいい)であって、

where does she live

のほうが発展的な形というか、変形的な形(語順が変わった表現)であるはず。やっぱり「基本→発展・応用」、「原則→変則・例外」という方向で説明をしたい。(当たり前のことしか言っていない気がするけれど、間接疑問(文)に関しては、人に話しても通じないことが多い気がする。)
 
 
[補足]
・「間接疑問」は文ではなくて節だから「間接疑問文」と言うのはおかしい、「間接疑問」と言ったほうがいい、と主張する人もいるけれど、私はそもそも「疑問詞節」(あるいはもっと広く「wh-節」)と言うので、関係ないというか、別にどちらでもかまわない。(「付加疑問」は節という人も多いと思うけれど、私は文だと思っているので、「付加疑問文」でOK。)
・例えば、
 Do you know where she lives?(あなたは彼女がどこで暮らしているか知っていますか。)
と訊かれて、知っている場合、
 Yes, I do.(はい、知っています。)
と答えただけでは、不十分である場合がある(このへん、相手による気がするけれど)。教えてあげられるなら(個人情報!(汗))どこで暮らしているか教えてあげたほうがいい場合も。で、このDo you know wh-...?のような間接的に相手に質問するような疑問文のことを「間接疑問文」と言う人もいる。ほかにはTell me where she lives.(彼女がどこで暮らしているか教えて)みたいな文もそう。(だから人が何を「間接疑問(文)」と呼んでいるのかにはちょっと注意が必要。)
・何が基本的な形(語順)かという話、平叙文からwh-疑問文(直接wh-疑問文)を作るには、次の3ステップが必要だったけれど、
 ステップ1:尋ねたい箇所を適切な疑問詞(wh-)に換える。
 ステップ2:その疑問詞(+α)を文頭に移動させる。
 ステップ3:疑問詞(+α)の後ろ側をyes/no疑問文と同じ形にする(要するに助動詞を主語の前に出すなどする)。
間接疑問(文)(間接wh-疑問文)の場合、ステップ3までいかずにステップ2まで、ということ。
 


ずっと自分のために(メモとして)書いておこうと思っていて忘れていたことが。NHKのラジオ講座『英語で読む村上春樹』のテキスト、2013年9月号に次のような箇所があって(作品は「象の消滅」の英訳"The Elephant Vanishes"、訳者はJay Rubin、番組の区切り番号でいえば#16)、

" .... But I had looked at them like that I don't know how many times before, so ...."
(原文:「.... でも僕は何十回となくそれと同じ条件で象と飼育係を見てきたわけだから、...」)

I don't know how many times

という箇所。私が不勉強なだけかもしれないけれど、この英文で初めて見たような気がする。個人的にはすごく難しく感じるのだけれど、そうでもないのかな?(わからない)。テキストでは次のような解説がされている(pp.24-5, 「comparison&focus」)

<「何度も何度も」。直訳すれば「何回かわからないくらい何回も」
'I had looked at them like that many times before.'という文のmany timesを強調するために、I don't know how many timesという表現が代わりに使用されている。慣用的に、'I do not know what/who/how'の形で「何だかわからないもの、誰だかわからない人、どのようにしてかわからない方法」などの意味になり、この形で名詞句として用いられる。原文の「何十回となく」(23行目)に相当する表現。>

不満点はたくさんあるけれど、まぁいいか。今回はツッコミはあまり入れないことにします。I don't know how many timesの全体が1つの名詞(句か節かも微妙な感じだけれど、句なら名詞句、節なら名詞節)になっていることはたしかであるとして、考え方としては次の3通りがあるかもしれない。

(1) [I don't know how many times]
(2) (I don't know how many)→times
(3) <I don't know how>→many times

(1)はそのままというか、全体で名詞(句)として考えているもの。(2)はmanyまでが(名詞の)timesを修飾している、という考え方。(3)はhowまでがmanyという形容詞(数量形容詞)を修飾している、という考え方。個人的には(2)がいちばん不自然な感じがするけれど、安藤貞雄『現代英文法講義』(開拓社、2005)はそう考えている(p.176、「12.3.3. I don't know whereのタイプ」の例文の(2)。12.3.は「間接疑問文」)。で、あれこれと長時間考えてみた結果、個人的には(1)がおすすめです。ふつうすぎる?(汗)。

テキストの解説を読むと、名詞(句/節)しかないように受け取れるかもしれないけれど、副詞(句/節)もあるようだ。『ウィズダム英和辞典』(第2版)を引くと、knowの成句のところに、ー引用したほうが早いかな。

not know what [where, how] 知らない何か[所、方法](※この句ではknow notという古い否定形も用いられる)
→She has gone no one knows where. 彼女はどこかわからない所へ行ってしまった。
 He receives a certain annual sum that comes he knows not how. 彼はわからない方法で送られてくる一定額の年金を受け取っている。>(※再現できないので、細かいところなど表記を変えた。)

2例とも「主語+この成句」は副詞(句/節)になっている。

She(S) has gone(V)←<no one knows where>.
He(S) receives(V) a certain annual sum(O)←(that(S) comes(V)←<he knows not how>).

『ジーニアス英和辞典』(第3版)には次のような例が載っている。

He has gone to I don't know [nobody knows] where.
(彼はどこへともなく姿を消してしまった。)

こちらでは手前に前置詞のtoがあって、「主語+この成句」はその目的語になっている。だから副詞(句)ではなくて名詞(句)。

He(S) has gone(V)←<to [I don't know where](前O)>.

(あ、ちょっとややこしい話になるけれど、最初の例(「象の消滅」の英訳)のI don't know how many times全体を名詞(句/節)と考えた場合、名詞(句/節)であっても「働き」としては述語動詞(had lookedあるいはhad looked at)を修飾していて、ー要するにいわゆる「副詞的目的格」と考えられるけれど、ーやっぱりちょっとややこしいか(汗)。

...I(S) had looked(V) ... ←[I don't know how many times] before, ....

という感じ。述語動詞のところを修飾していても、I don't know how many times全体の品詞を名詞(句/節)と考えた場合、名詞(句/節)としても問題はないということ。←なんか説明がループしている?(泣))

名詞と副詞があって、では形容詞は? ということになるけれど、(1)を採用した場合((2)を認めない場合)、「I don't know wh- (+α)」全体が形容詞(句/節)として使われることはないような気がする。うーん、でもこのへん、ちょっと私にはわからないな。例えば「彼女は私がわからないくらいの年齢だ」と英語で言いたいときに、

?She is I don't know how old.

とか言えるのかな?(I don't know how oldのところが補語)。もし言えるのなら、この文の「I don't know how old」全体は形容詞(句/節)になる。名詞を後ろから修飾するケースもないような気がするけれど、それもちょっとわからないな。あってもおかしくないかも。(あ、前置修飾だと(2)になってしまうのではないか、と思うのだけれど、前置でも(2)にならないケースがあるかも。)
  
いまさらだけれど、四角かっこ(名詞のとき)や三角かっこ(副詞のとき)ではなくて、下線を引いて繋いでしまったほうがいいかも。「慣用的」な表現であるらしいし。(このブログでは、文の構造を考える場合、下線は内部の構造を考えないための、いわば思考停止のための道具です。)

She(S) has gone(V)←no one knows where.

でも、この句(/節)は内側の構造まで考えたくなってくるかな、やっぱり。<no→one(S) knows(V) where(O)>とか。あ、whereをOとしていいのかがちょっと問題かも。

あー、ぐだぐだな話になってしまったよ(汗)。まぁいいか。
 
 
〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・〜・〜・〜・〜・〜 

[追記] 安藤貞雄『現代英文法講義』ではどう記述されているか確認しておいたほうがいいかと思って。12.3.が「間接疑問文」になっていて、その3番目、

------------------- (引用開始)-------------------
12.3.3. I don't know whereのタイプ
 このタイプは、「どこか知らない」という疑問文から、「どこか知らないところに」という従属節に転用される。(1)のように副詞節、(2)のように形容詞節、または、(3)のように名詞節として使用される。
 (1) I heard you had gone away, nobody knew where. (Hardy, Tess)
   (あなたは、誰も知らないとこへ立ち去ったと聞きました)
 (2) There were I don't know how many quarterings. (Maugham, Cakes and Ale)
   (いくらあるかわからないほどの分宿があった)
 (3) a. After tossing about recklessly for God knows how long, he fell asleep. (Maugham, Casuarina Tree)
    (ずいぶん長い間やたら輾転としたあげく、彼はやっと眠りに落ちた)
  b. I'll follow you to I don't know where. (Google)
    (どこか知らないところでも、あなたに従いて行きます)
------------------- (引用終了)-------------------

昔の大学受験生には英文の出典でおなじみ、モーム(William Somerset Maugham)の書いているものに出てくるなら、この慣用表現、何か受験参考書でも解説されていそうな気が。あれば読んでみたいな。

関係ないけれど、そういえばこの文法書、例文の出典が「Google」となっていることがあって。ちょっといいかげんな感じがするというか、個人的にはありえないと思うけれど、どうなんだろう?(私は大学生のときに一応、コーパス言語学の入門的な授業を受けています。ほぼ何も覚えていないけれど(泣)。だいたい今、パソコンすら使っていないし)。

「句」ではなくて「節」と言っていることも気になるけれど、いま注目したいのは、(2)のところ。「形容詞節」と言っている。要するに、形容詞(句/節)を丸かっこで示せば、この文法書では次のように捉えている、ということ。

There were(V) (I don't know how many)→quarterings(S). 

うーん、この考え方はやっぱりちょっとよくないと個人的には思う。howはmanyを修飾していて、そのmanyは名詞のquarterings(分宿)を修飾しているので、how many quarteringsでひとまとめで考えたほうがいいと思う。この考え方がいいのであれば、howのあとで切って、その手前がmanyを修飾している、と考え方も出てきてしまうと思う。すなわち、

There were(V) <I don't know how>→many quarterings(S).

という捉え方。(3)のa.は「名詞節」とされているけれど、ーあ、このへんちょっとややこしいな、このlongは数量代名詞だけれど、数量詞は代名詞であっても、veryやsoなどの副詞で修飾されるので、

<After [tossing about recklessly <for God knows how→long(前O)>]>, he fell asleep.
(※矢印が書きたかったけれど、書けない、<for ... long>はtossingまたはtossing aboutを修飾。文脈がなくてよくわからないけれど、toss about = toss aroundは「寝返りを打つ」という意味。recklesslyがよくわからないな、安藤氏は「やたら」と訳している。)

というように、God knows howがlongを修飾している、と考えることもできてしまう。だから(?)やっぱり、(2)の例ならI don't know how many quarterings全体でひとかたまり、(3)のa.の例ならGod knows how longでひとかたまりで考えたほうがいいと思う(品詞でいえばこの両者は名詞(句/節)だけれど、副詞(句/節)の場合もある)。

There were(V) [I don't know how many quarterings](S).
<After [tossing about recklessly <for [God knows how long](前O)>]>, he fell asleep.

やっぱり括弧を使うと、内側の構造を考えたくなってくるな(汗)。まぁいいか。

[補足]例えば、
 He is not what he used to be. (彼は以前の彼ではない。)
という文のwhat he used to be(以前の彼)という箇所。heを除いた部分、すなわちwhatとused to beがheにかかっている(heを修飾している)と主張する人は、たぶんほとんどいないと思う(いるかな?)。同様に(と考えてよければ)、
 There were I don't know how many quarterings.
という文で、 I don't know how manyがquarteringsを修飾している、と考えるのはちょっとおかしいと思う。でも、うーん、やっぱりよくわからないな(泣)。
 

nounなname、nameなnoun。←特に意味はありません。

March 29 [Sun], 2015, 11:44
 
高校生、大学受験生向けの参考書を読んでいると、ときどき「二重品詞」という言葉を見かけるけれど(例えばドラゴンなんとか竹岡広信の参考書では使われていたと思う)、なんていうかあまり面白くはないね、と思ってしまう。いや、そんなこともないかな。。(数量詞は形容詞や副詞でなくて代名詞(つまり数量代名詞)でも比較変化をするとか、そんなような話? 何か違うかな、あさって方向なことを言っている?(汗)。「文の構造」を考えているときなら、品詞がどちらか1つに決まらなくても、「働き」が1つに決まればそれで問題はないし。)

ちょっと嫌な思い出があるというか、『ルミナス英和辞典』のwhateverのところに次のような例文が載っていて、

He can ski, skate, swim or whatever.
(彼はスキーでもスケートでも水泳でも何であれできる。)

これ面白いなと思って、昔(10年くらい前かな)「このwhateverの品詞はなんだと思う?/思いますか?」と人に訊いてみたら(訊くというか意見を求めてみたら)、なぜかある人に「そんなことはわからなくていいんだ!」とキレられたことがあって(泣)。そういう人が教師だったりするから世の中、不思議だけれどね。日頃、生徒に「頭は使うためにあるんだ!」とか矛盾したことを言っているのかな? ーそれは別にいいんだけれど(そういう人とは2度と言葉を交わさなくなるだけだから)、すぐに別の人に訊いてみたら、

「おー! それこそwhatever!?」

みたいに言われて。なんていうか、賢くて頭が柔らかい人(しかも心が広い人)は好きだなー。羨ましいというか、私も見習わないといけないな(汗)。

orという等位接続詞が同じ品詞のものを繋ぐ(並べる)という前提に立てば、swimなどの動詞と繋がれているわけで、ふつう(?)、

「このwhateverは動詞? でも、whateverが動詞でいいの?」

とか思ってしまうと思う。(もちろん、*He can whatever.(彼は何であれできる)とはふつう言えないと思う。)

A, B, ... or whatever

という表現では、A, B, ...が名詞ならwhateverの品詞も名詞(あるいは代名詞)、A, B, ...が形容詞ならwhateverも形容詞、A, B, ...が副詞ならwhateverも副詞。ー本当だ、whateverの品詞はwhatever! ー面白いけれど、いいのかなこれで?(汗)。

なんていうか、私には本当にうまく言えないけれど、ski, skate, swimと語が続けて出てきて、orのあと、whateverが出てきた段階では(あrくまでwhateverが出てきた段階で)、手前のski, skate, swimが言葉そのものに変わっている、というか。「引用」というと、まずいのかもしれないけれど。「そういうことは何であれ」という感じ(意味不明?)。引用符を付けてみると、

He can 'ski', 'skate', 'swim' or whatever.

となる。多少、whateverのおかしさが減っている感じがしなくもない(微妙か...)。要するに(飛躍してしまうけれど)「A, B, ... or whatever」のwhateverの品詞は常に代名詞(あるいは名詞)でいいのではないか、と個人的には思う。なんかつまらない結論ですね(汗)。



大学生のとき、辞書を引いていてsomethingのところに、

John something ジョン某

という例が載っていて。「ジョン某」って日本語としてどうなんだろう? と思ったことがある。「〜某(なにがし)」って、例えば「山田某」みたいに苗字(姓)のあとに付けるイメージがあるーけれど、でも、英語では「名+姓」の順番だから、うーん...、みたいな。

ところが(?)3ヶ月くらい前かな、明治時代の終わりごろを舞台とした小説(昨年出版されたものだったかな)を読んでいたら(よく覚えていないけれど)、外国人の名前を言うのに「ナントカ某」が2回ほど出てきて。日本語として不自然な感じがしなかった(汗)。「ジョン某」も明治くらい昔なら自然だったのかも。

それで(?)、What is his name?(彼の名前は何ですか)とか、

His name is John something.
(彼の名前はジョンなんとかだ。)

とは言えるだろうし、例えば、

... John Smith ... (...ジョン・スミス...)

と言われて、Smithのところが聞き取れなかったときに、

John what? (ジョン何?)

と聞き返すこともできるはず(whatではなくてwhoでも大丈夫だと思うけれど、それはいまは措いておいて)。だから、試しに、

*John what is his name?
(彼の名前はジョン何ですか。)

という文を作って、大学でネイティヴ・スピーカーの先生(カナダ出身)に見せてみたら、案の定、ふつうに「これは不自然です」と言われた(泣)ことがある。
 
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