バックパック再び 

2010年08月25日(水) 22時29分
 初めてバックパック旅行をしたのはタイで、最初に泊まった宿はカオサンにあるゲストハウスだった。いま再び同じ宿に泊まっていて、二人の間には六年の隔たりがある。

 カオサンでコルカタ行きの片道航空券を購入した。日本円で約一万五千円。想定していたより安い。出発日を一日遅らせればもう少し安い航空券もあったのだけれど、タイで時間とお金をあまらせても夜遊びをするのが関の山なので、とっとと次の国へ行くことにした。
 出発日は来月4日。今回の旅の前半には妹を同行させていて、その日が彼女の帰国日なのだ。彼女はタイから日本へ、ぼくはインドへ。

 明日からしばらくカンボジアに行ってきます。

「これはあなたです!」なう 

2010年01月31日(日) 0時57分
twitterはじめました。

Lee_Brazilという名前でツイートしています。

しばらくは積極的に動かしてみるつもりなので、
興味がある方はぜひフォローしてみて下さい。


twitterをご存知ない方のために解説しておくと、
twitterとは皆で子猫ちゃんのフリをして遊ぶサイトです。

気が向いたら「なうなう」鳴いて、どこかから「なうなう」鳴き返されると、
また「なうなう」鳴いてやるという仕組みです。

子猫というより、犬の遠吠えに近いかもしれません。

ちなみに僕は「猫好きを公言する人間」を
「子供を見ると嬌声をあげて駆け寄る馬鹿女」と同じに見ているので、
twitterで「なうなう」鳴いたりはしていません。

猫好きをアピールしていると思われたくないからです。

でも他人が「なうなう」鳴くことを否定したりはしません。

なぜならtwitterはそういう遊びをするサイトだからです。

僕もそろそろ「なうなう」鳴いてみようかと思わなくもないです。

僕は八方美人の糞ビッチかもしれないけれど、誰にでもコミットするわけじゃない 

2009年12月10日(木) 2時44分
 友人が入籍した。夫婦共に大学サークルの同期で、9年来の付き合いだ。

 僕は彼と彼女が出会った瞬間に立ち会っているし、「俺はあいつが好きだ!」と酔っぱらって叫んだ彼の声の大きさを知っているし、「あいつ酔っぱらって君のことが好きだと言ってたぜ」とにやけた面で耳打ちした僕に「出来れば本人から聞きたかった」と答えた彼女の責めるような視線の強さを覚えている。「彼女と別れた」と笑いながら言ったきり多くを語ろうとしない彼の部屋に響いた麻雀の牌の音を知っているし、黙ってしがみつき涙を流さない代わりに僕の胸元を濡らした彼女の嗚咽の温度を覚えてもいる。
 彼らは二回別れて三回付き合っているはずで、もしかしたら僕の知らないところで別れたりくっついたりを繰り返していたかもしれない。だから彼らが入籍したというのはそれなりにドラマチックな道筋を辿っているわけで、それを見てきた僕としては涙の一つもこぼしてみたっていいのだけれど、どうも二人が恋人であることに慣れすぎているせいか、夫婦になることは当然の帰結だろうと妙に納得してしまい、感動というまでには至らない。良かったなあ、としみじみ思いながら電報を送る程度である。
 彼は彼女のことをあまり語らなかったし、いわゆるのろ気話をすることも皆無だった。それでも一回だけ、三度目にヨリを戻したばかりのときにのろ気てみせたことがある。と言っても実に単純な台詞で、のろ気ともいえないような代物だが、それは「会うの久しぶりだったから昨日ホテルで3回ヤった」というものである。こんな台詞でさえ、僕は驚愕した。およそそういうことを言う男ではないのだ。下ネタや人の恋愛話は大好きなのだけれど、こと自分自身と彼女の関係となると、巧みに話を逸らしてしまうのが常であった。

 その彼から祝電に対するお礼のメールが届いた。僕は寒い夜道を歩いているところだった。コートの前を合わせながら首をすくめてメールを読んだ。文面にはこうあった。
「ウチの嫁自慢の鍋を召し上がりに、愛知までおいで下さい」
 ウチの嫁?
 自慢の鍋?
 僕は慌ててしまったけれど、彼女が彼の嫁であることは入籍した今、間違いのない事実だし、鍋が得意なことも学生生活を通して知っている。何もおかしいところなどない。それでも僕はすっかり面喰ってしまった。あいつがねえ、こういう言葉を吐くとはねえ……。
 メールには写真ファイルが添付されていた。開くと、手作りの料理が所狭しと並べられた食卓の向こう側に、笑いながらピースサインをしている彼女の姿があった。手前の席についている撮影者はもちろん彼だろう。
 その写真を見た瞬間、寒い夜の道端で、僕は泣いてしまった。

煙草を捨てて恋をしよう 

2009年12月04日(金) 3時37分
 煙草を止めてちょうど一週間が経つ。吸いたくないかと問われれば、もちろん吸いたい。しかし僕が煙草を吸うと彼女も煙草を吸うことになるので、彼女をニコチン中毒にしたくない僕としては煙草を吸うことが出来ない。
 彼女というのは僕の絶煙に協力してくれている女の子のことだ。あるときダーツバーで一緒にビールを飲んでいると、「何で貴方は隠れて煙草を吸うの?」と訊ねてきた。
「別に隠れて吸ってなんかいないよ」と僕は驚きながら答えた。
「だって私がトイレに立つたびに煙草吸ってるじゃない」と彼女。「ちゃんと気付いてるんだから」
「それはさ、つまり君は煙草が嫌なんちゃうかと思って。煙やとか匂いやとか」僕は言いながら灰皿の中でひしゃげている二、三本の吸いがらを見遣った。こうして灰皿を堂々と机の上に置いている以上、隠してることになんて全然ならない筈だと思いながら。
「別に嫌じゃないよ」と彼女は答えた。
「そっか」と僕。「俺がさ、嫌いやねん。煙草の匂いとか、人前で吸うのとか」
「じゃあさ、何で煙草を吸うの?」彼女はじっと僕の目を覗き込みながら訊ねた。
「さあ、自分を汚したいからかなあ」僕は彼女の視線から目を逸らしながら答えた。彼女の目つきには一種独特の力があって、ときにどうしても受け止めきれないことがある。
「私が吸ったらどう?」
 僕は彼女の小さな手を眺めながら答えた。
「どうって、どう思うかってこと? 君が煙草を吸うことに対して? そうやなあ、止めるかなあ」
「自分は吸うくせに?」
「自分が吸うからこそ。中毒なんやもんこれ。ええことないよ。嫌悪感抱きながらそれでも吸うって、どないよ。君までそんなんになることないやんか。止めるよ、君を中毒にしたくはないもの」
「ふーん」彼女は唇を尖らせるようにして、納得しているようなしていないような表情を浮かべた。それからビールを一口ごくりと飲んだ。
「多分やけど、煙草を吸う人間には二種類おんねん」僕はビールの泡立ちを眺めている彼女の眼差しに向かって語りかけた。「つまり、常に吸う理由を探している人間と、常に止める理由を探している人間と。俺は後者なわけ」
 彼女が不意に僕の目を力強く捉えた。僕は思わず仰け反りそうになりながら何とかその場に踏みとどまった。彼女はふっと笑い、またビールグラスを傾けた。
「あのね、先輩が言ってたんだけど」彼女はグラスの表面に細かく付いている水滴を右手の人差指でついと掬いながら、時折こちらに視線を走らせる。「煙草をね、吸いたいときにはキスをすればいいって。そしたら煙草なんて簡単に止められるって」
「なるほどね」とりあえず僕はそう答えた。それから不意に納得してまた言った。「なるほど、確かにそうかもしらん。分かる気するなあ。煙草吸わんで済んでたんは恋人がおった頃やわ」
 彼女は首をわずかに傾けてにっこりと笑った。唇の両端だけを器用に吊り上げる笑みで、そのやり方は彼女によく似合っていた。
「煙草やめたいんなら、私が理由を作ってあげてもいいよ」
「ほう、それは助かるけど」僕はグラスを掴んでそのまま口元に持っていこうとしたけれど、まだ自分が話し終えていないことに気が付いてその動作を止めた。「どんな理由?」
「あのね」と彼女。視線がまともにかち合った。強い目が僕を捉えて離さない。「貴方が煙草を吸ったら私も煙草を吸うの。貴方が貴方を汚すのなら、私も私を汚す。どう?」
 僕は彼女の目から視線を逸らすことが出来ない。テーブル一個分の距離を挟んでお互いの目の奥を覗き込んだまま、僕は唇だけを動かして答える。
「いいね、それ。うまく止められそうやわ」

 そうして一週間が経ち、僕は一本の煙草も吸わなかった。止めるまでは一日にだいたい十本の煙草を吸っていたのだから、毎日十回は煙草を吸いたいと考えてきたことになる。それはつまり、僕がこの一週間、毎日十回は彼女のことを考えていたということであり、そのたびに彼女の強い眼差しや、小さな手や、煙草を止めるのに有効なキスの話なんかを思いだしてきた。
 頭の中ではずっとブルーハーツが鳴り響いている。

  はちきれそうだ とび出しそうだ
  生きているのが すばらしすぎる!
  キスして欲しい キスして欲しい
  キスして欲しい キスして欲しい
  二人が夢に近づくように
  キスして欲しい Oh yeah    
                   『キスして欲しい(トゥー・トゥー・トゥー)』
                           ――THE BLUE HEARTS


 もちろん、現実にはそんな女の子などいない。僕はただひたすら禁断症状からくる寂しさに耐え、自分で自分を抱きしめて、なんとか煙草を断つしか方策はない。
 何かを止めるということは、辛く寂しい孤独な道のりなのだ。それを紛らわすため、僕の頭の中では今日もブルーハーツが鳴り響いている。

15歳の娘と暮らすために 

2009年12月03日(木) 2時58分
 どう考えたって気違い沙汰なのは分かっているけれど、15歳の娘を引き取ることにした。もとは友人が面倒をみていた娘で、彼は彼女をとても大切にしていたのだけれど、もう一緒に暮らすことは出来なくなってしまったのだと涙ながらに言う。
 切々と訴えるに、彼はこのたびヨーロッパ帰りの帰国子女に一目惚れをしてしまった。これがまた金のかかる女で、しかしそこは惚れた弱み、彼はほいほい金を貢いだらしい。挙句の果てに、まあこれは定かではないのだけれど、女はリサーチ会社を使って彼の経済状況や今後稼ぎ出すであろう額などを調べ上げたようで、その上で彼と一緒に暮らしてやってもいいなどと言ってきた。
 もちろん彼は喜んでその提案を受け入れたが、一つ問題があって、彼には二人も養う余裕がない。経済的にもそうだし、物理的にもそうだ。お金の問題もあるけどさ、と彼は言った。もう一人暮らすスペースが物理的にないんだよ。
「じゃあその帰国子女は諦めろ」と僕は即座に言った。「まさかあんた、あの娘を追い出そうって腹じゃないだろうな。あんたさ、一生懸命世話してさ、養育費だって並大抵の額じゃないだろうに、頑張ってやってきたじゃん。俺は結婚なんてしねえ、この娘がいりゃそれでいい、ってそう言ってたじゃん。そりゃ血の繋がりはないかもしれないけどさ、もう立派な家族だろ。それとも何か、綺麗な娘だからどこかの変態親父に売っぱらったりするわけ? どこのバカ女に惚れたかしらんが、最低だなお前」
「そんなことするわけないだろ」と彼は傷ついたように言った。「僕は娘を大事に思ってるし、再び天涯孤独の身にするつもりもない。ただ……」
「ただ何だよ、どうせそのバカ女にそそのかされたんだろ、コブ付きは嫌だとか何とか、二人だけで暮らしましょうよとかさ」僕はもうすっかり頭にきていた。「ふざけろよ、頭大丈夫かお前。どうすんだよ、あの娘15歳だぞ。どうやって15歳の娘が生きてくんだよ。まじでさ、どこかの変態親父にあちこちいいように弄繰り回されて――」言いながら吐き気がしてきた。「とにかくさ、半端な気持ちで面倒見てきた訳じゃないんだろ。だったらせめて20歳になるまでは面倒見てやれよ」
「もう無理なんだよ」彼は弱々しく答えた。「惚れてしまったんだよ、どうしようもないんだ。僕には彼女しか選べない。でもあの娘の行く末が本当に心配なんだ、だから」
 ここで彼は黙り込んだ。いかにも僕に続きを促して欲しいというような間の取り方だった。
「だから何だよ」とうとう僕は訊ねた。
「だからさ」彼は大きく息を吸い込むと、それを吐き出す勢いで一気に言いきった。「お前に娘の面倒を見て欲しいんだ」

                            

 もちろん僕だって即座に了承したわけではない。僕はまだ26歳だし、結婚もしていないし、なにより学生だ。15歳の娘を養えるとは思えない。第一、僕が住んでいるのは6畳1Kの木造モルタルで、どこを見渡しても彼女が住むスペースなんてありはしない。経済的にも物理的にも引き取るのは不可能だ。
 かといって友人はもう娘を養っていく意思をはっきりと失っているようで、完全に性悪女の恋の奴隷、どうしようもない屑と成り果てており、このまま行けば彼女は良くて変態親父の慰みもの、最悪の場合には内臓を売り払ってついには死に至るということもあり得る。綺麗な娘がそのような不幸な目に遭うのを黙って見過ごせるはずもなく、僕はとにかく何とかして彼女を引き取る方法を模索した。
 まずは収入を何とかするべきで、正直なところ今まで通りの収入があれば何とか養っていくことは出来るのだけれど、しかし僕はちょうど就職活動を始めたところで、つまりは労働時間をなかなか確保できないために収入減は避けられない。これでは養うことなど到底無理で、かといって就職活動をやめるわけにもいかない。そこで僕は勤め先の社長相手に賃上げ交渉を行うことにした。

「私は3年も働いています、そうですね?」と僕は言った。
「そのキャリアには敬意を表しております」と社長は言った。
「この仕事を完璧にこなせるのは全国で僕しかいません、そうですね?」と僕は言った。
「そうかもしれません」社長はポケットを探って、喘息用の吸引器を取り出した。
「新人教育が出来るのも僕だけです、そして新人が3人もいます、そうですね?」
 社長は黙って頷き、吸引器をしゅこしゅこと鳴らした。
「それでは私の時給を倍にして下さいますね?」
 社長は黙って僕の目を見返した。
「要望が聞き入れられなければ仕事を辞めます」
 社長はポケットに手を突っ込み、それから机の上に置いてあった吸引器を眺めた。
「私はここでの仕事に愛着を持っています、しかし」僕は言葉を区切り、社長が目を上げるのを待った。「私を必要とする会社が御社だけだとお思いですか?」
 社長は吸引器をしゅこしゅこと鳴らした。何か言いかけ、またしゅこしゅこ鳴らした。それから喉を鳴らし、ようやく口を開いた。
「おっしゃることは分かります。だがしかし、貴方の給料を倍にするとなると、誰か一人をクビにしなくてはいけません」
「月末まで待ちます」と僕は答えた。「あと二週間ありますからゆっくり考えて下さい。取り換えのきく誰かを失うのか、あるいは事業そのものを失うのか」
 社長は黙って吸引器を眺め、僕の目を少しだけ見返し、それから部屋を出て行った。二週間の間に二人のクビが飛び、僕の時給が倍になった。新たな契約書に判をつくと、人事が深々と頭を下げた。もう少し押せばもう少し上がったのかもしれない、と僕は思った。

                      

 経済的な問題は何とかなりそうだけれど、物理的な問題がまだ残っている。僕は彼女が暮らすための部屋を新たに借りることにした。彼女と暮らせるような広い部屋に引っ越すことが出来ればもちろん一番いいのかもしれないけれど、さすがにそこまで金銭的な余裕はないし、それに世間は色々とあることないこと言うもので、15歳の綺麗な娘と暮らしていたらいらぬ悪意に晒されたりもするだろう。近所の悪ガキに娘をキズものにされる恐れだってある。そういった不要なリスクを回避するためにも、新たな部屋を用意した方がいい。ちょうど家の近くにあまり高くない割に小奇麗な部屋を見つけることが出来た。
 部屋の契約を済ませてから改めて経済的な問題を考えるに、いくら時給が倍になったとはいえ労働時間は今までの半分以下に落ち込むのだから、収入が上がることはない。むしろ下がるだろう。僕は煙草をやめることにした。煙草なんて吸う金があったら彼女に美味しいものを食べさせてやるべきで、綺麗な娘に下劣な安物を食べさせるなんてあってはならないことだ。大体、煙草なんて吸っていたら彼女を汚してしまう。僕がニコチンで汚れるのはいい、でも彼女を汚したくはない。
 それから僕は一番大切な問題に取り掛かった。法律上の問題である。僕は警察署に相談に行った。部屋の契約書を見せ、身分証を見せ、事情を説明した。役所にも行き、必要な書類を入手した。警察にも役所にもきちんとスーツを着て行った。友人に連絡し、娘を引き取る旨を告げた。警察にも役所にも行ったけれど、どうも僕が引き取ることに問題はなさそうだぜ、と言うと友人はひどく喜んだ。ありがとう、ありがとう、せめて18歳になるまでは面倒を見てくれ、と言った。20歳まで面倒見るつもりだと答えると、声を詰まらせて「お前がいてくれて良かった」などと言った。

 雑多な手続きを済ませてしまうと、あとは国から正式な認可が下りるのを待つばかりとなった。僕は夜道をぶらぶらと歩いていた。空気が冷たく、ひどく煙草が吸いたかった。ほとんど耐えがたいほど煙草が吸いたくて仕方なかった。しっかりしろ、と僕は自分に言い聞かせた。もう僕一人の体じゃないんだ、自覚を持て。
 それでも煙草が吸いたくて仕方がない。ふと思いついて、僕は彼女のための部屋を見に行くことにした。コートの襟口から夜気が忍び込んできて寒い。吐く息が白い。煙を吸いたい。僕は部屋の前に立った。鍵を差し込み、暗証番号を入力した。重々しく機械の動く音がして、シャッターが開いた。彼女のための部屋が目の前にある。僕は思わず顔がほころんだ。彼女のための部屋が僕の目の前にある。
 あと一週間もしたら。ここに彼女がやってくる。15歳の娘――ホンダ・プレリュード94年式のオーナーに僕はもうすぐなるのだ。

とかくかきたい、のか 

2009年07月06日(月) 1時24分
 何かものを書こうという気が全く起こらない。レポート時期なのでいくつか書くべきものが堆積しているのだけれど、とかく書こうという意欲が湧いてこない。いったい自分は今まで何をどのように書いてきたのか、それすらもよく分からないままに文書フォルダを開いてみると、見慣れないタイトルのwordファイルが格納されていた。日付は4/15とある。タイトルは『淫をひさぐ』で、これはおそらく谷崎潤一郎の『蘆刈』に出てきた言葉だろう。「ひさぐ」というのは商いをするというような意味で、つまり『淫をひさぐ』とは「春を売る」という意味になる。読み進めていくうちに記憶がおぼろげながらに甦ってきた。どうも酔っ払った状態で書いていたようで、途中で寝てしまったのだろうか、唐突に文章は終えられている。

 以下、全文を引用してみる。


『淫をひさぐ』

 僕は多少酒がはいっていて、酔っ払っていた。高田馬場駅に着いたとき、僕がいくぶんかセクシーな気分になっていたことは認める。認めるが僕はとにかく煙草が吸いたかった。煙草を求めて雨の中をひた歩いた。とにかく雨がざあざあに降っていて、僕はずぶ濡れになりながら道を歩いた。通りゆく人々はみな傘をさしていた。僕は歩いた。小走りになって歩いた。とにかく雨がざあざあに降っていた。
 コンビニに入ったが、あいにくと煙草は売っていなかった。通りの向かいにあるコンビニに入ったが、そこでも煙草は売っていなかった。街は僕に煙草を吸わせようとしなかった。僕はまったくの煙草難民であった。煙草なんて吸わなくてもいいじゃないか、と思いつつも、こうも煙草を売ることを拒否されては意地でも煙草を吸わなくてはならなかった。僕は裏路地にあった地下へともぐる店へと飛び込んだ。看板には1990円という値段が書いてあった。何の値段かはよく分からないが、とにかく僕は薄暗い階段を潜っていった。
 階段を降り切ると兄さんがいて、いらっしゃいませと僕に行った。当店のご利用は初めてですか。いや、まあと僕は口をにごした。以前に来たことがあるような気もするのだけれど。あいにくと満席で女の子が余ってませんで、と兄さんが言った。そうなの、と僕は答えた。それは残念だけど、そうだな、煙草は置いてるかな。いいえ、残念ながら、と兄さんは言った。お兄さん煙草持ってるかな。ええ、どうぞ差し上げます。いやいや、小銭くらいは払わせてもらうよ。いえいえサービスです。いやいや、まだ入るか分からないし、満席なんでしょ。いやいや、それはもうサービスで。駄目だ駄目だ、払わせてくれ、本当に煙草が吸いたいだけだから。兄さんは煙草を差し出した。僕は十円玉を二枚差し出した。小銭入れには残念ながら二枚の十円玉しかなかったのだ。兄さんは拒みながら、結局は小銭を受け取った。たかが二十円くらいで払ったことにされるなら受け取らない方がいいと兄さんは思ったかもしれないし、僕にしたところで逆もまたしかりだ。


 ――ここで文章は終えられている。これが日記であることは間違いないのだけれど、この後どうなったのだろうか。とにもかくにも僕は酔いを引き摺ったまま、胸の内には書かれるべき小景を抱えて、帰宅したものとみえる。どうして最後まで書かなかったのか、我がことながら続きが非常に気になる。

こうせい、ああせい、Oh yeah! 

2009年06月15日(月) 2時02分
 深夜の社内は空調が効いてはいるが、人の出入りがないために空気が淀んでいて、停滞しており、沈澱している。静けさを噛みしめながら、僕はいっこうに進まない小説を眺めている。新たに書きつぐことを諦めて、今まで書いてきた部分の校正をはじめる。助詞は適切か。形容詞や副詞のバランスはとれているか。会話文と地の文はなめらかに接続できているか。一語にこめた詩情は果たして読まれた際に機能しうるのか。
 手を入れれば入れるほど小説の書き方というものが分からなくなってくる。以前に二百枚を超える長篇を書き上げたことがあって、その小説は全くの失敗作ではあったけれど、しかし小説を書くリズムを何がしか掴んだような手応えはあった。これで自分は長篇をいくらでも書いていくことが出来るのだという自信のようなものが湧いてくるのを感じた。しかし校正作業をしながら、僕には小説の書き方が分からない。
 いま書いている長篇の冒頭を切り出して短編小説として完成させたものを批評の場に提出したことがある。大学の創作指導のクラスに供したのだけれど、教授は僕の小説を批評に値するものとしては扱っていなかったように思う。内容などにはほとんど触れず、言葉の使い方に徹底的に駄目を出されて、たとえば教授は「言葉の節約」ということを言った。僕の文章には副詞や形容詞が不用意に乱用されていて、しかも伝わってくるものに乏しいと言った。僕は「筋肉がおもはゆい」という表現を使っていたが、なぜ「おもはゆい」という言葉を使う必要があったのかと尋ねられた。そんなことを訊かれても「おもはゆい」でしかありえなかったとしか答えようがなく、僕はむっつりと黙りこんでしまった。
 なぜ「おもはゆい」でしかありえなかったか、というまさにそのことを教授は訊ねていたのだろうか。もしそういう質問であったのならば、それはその短編小説全体に関わる問題であって、読んだ人間が「この『おもはゆい』は誤用でしかない」と断じたのであれば、それはもう「おもはゆい」が上手く機能しなかったということでしかなく、ひいては小説の試みが失敗に終わったのだということになるだろう。僕の言語感覚をもってしては教授と身体感覚を共有できなかったということに他ならず、それを何故かと訊かれても僕にはうまく答えられない。
 また別の教授がこんなことを言っていた。ある生徒が書いた小説に「ふっつりと咀嚼した」という表現があった。「ふっつり」というのは切れたり途絶えたりするときに使うものであって、咀嚼を表現するには適さない。「ふっつり」という響きと咀嚼を結びつけるのは面白い試みだけれど、言葉には歴史的文脈がある。「ふっつりと咀嚼した」は誤用でしかないのではないか、と。
 この話を聞いたとき、僕は笑ってしまった。言葉を知らない人間がいるものだ、「ふっつりと咀嚼」なんて確かに響きは面白いけれど、そういう遊びをしたいのなら新しく言葉を作ればいいのであって、教授の言う通りこれは誤用でしかないだろう。しかし僕はいまその生徒と同じ次元の問題に直面しているのではないか。「筋肉がおもはゆい」は「ふっつりと咀嚼」と同じレベルの誤用でしかなく、そこにこめられた詩情など伝わるべくもないものなのではないか。
 僕は校正しながら、副詞や形容詞の使い方を見直す。読んでいく中には、ごくまれにではあるけれど、光る一文を見つけることもある。これは僕自身の文体と呼びうるものではなかろうか、ごつごつとしていてこなれてないけれど、確かに息づく体温が感じられる悪くない一文ではないだろうか、と。わずかな光を頼りに僕は泥沼を這っていく。小説の書き方など全く分からない。そもそも文章を紡ぎだすこと自体が難しくなってきている。
 四十枚分の校正を一通り終えて、しかし結局のところ僕は「おもはゆい」という言葉を直さなかった。「おもはゆい」が機能し得る小説を目指せばいいと思ったが、やはりそんな小説の書き方など分かるべくもない。
 深夜の社内で耳を澄ませると、空調のダクト音が天井裏を低回していて、それほど静かではないことに気が付いた。

そばを食えばすぐそばに 

2009年05月01日(金) 3時07分
 夜勤のバイトが明けて朝、最寄り駅に帰ってくると腹がすこんと空いている。時間がないことなどは分かっていたが、それでも念のために携帯電話をポケットから取り出して時刻を確認してみた。これから自宅に戻って身支度を簡単に整えてから大学に向かうことを考えると、五分の猶予もない。
 しかし駅前の立ち食いそば、店の自動扉はしっかりと閉じ切られているから甘いつゆの香りがぷんと漂うわけでもないけれど、「天玉そば」の文字を見てしまったばかりに、僕はもう食べたくて仕方がない。胃がクウと音を立てる。店先には大盛り無料と書かれてある。天玉そば四百円。七味を二振り、三振り。かき揚げの衣がぐずぐずに溶けた甘辛い醤油だしから卵の黄身がとっぷりからんだそばを掬い出して、ずるずるとかきこんで。うすいかき揚げをかじり、どんぶりに口をつけてだし汁をすすりこむ。それからまた、黄身とねぎがからんだそばをずるずると。
 ばん、と叩きつけるようにして自動扉のスイッチを押した。慌てて財布を取り出そうとするが、気ばかり急いてなかなかポケットから出てこない。やっとの思いで購入した食券をおじさんに手渡した。大盛りでね、と忘れずに付け加える。あいよ、と仏頂面でこたえておじさんはそばを茹ではじめた。僕はおじさんの動きを眺めて、店内を眺めて、それから今まで食べてきた天玉そばの味を舌の上で眺める。
 一番おいしかったのは山梨県の小淵沢駅にある駅そばで、麺はくろぐろと太く、てんぷらは春菊であった。初めて天玉そばの魅力を知ったのは埼玉県所沢駅の駅そばで、ここは通りかかるたびに実にいい香りがするし、いつもたくさんの人で賑わっている。そしてなじみ深い駅そばと言えば何を隠そう東京都池袋駅で、僕はかつて週に一度か二度はここで天玉そばをすすっていた。時刻は決まって朝の七時四十八分、十分も満たない乗り換え時間を利用して、店の壁にかかった一分三十秒早めてある時計をにらみつつ、一滴でも多くのだし汁を飲もうとぎりぎりまでねばり、時計が発車時刻である七時五十六分を指し示したとたんにどんぶりをカウンターに叩きつけて店を飛び出し、すぐ脇にある階段を駆け上がって電車に飛び乗っていた。
 天玉そば大盛りが出来あがってきた。仏頂面のおじさんはそれをカウンターに黙って置いた。とん、と音が鳴った。かき揚げがやたらと厚くて立派だ。僕は七味を二振り、三振り、黄身をかるく崩してだし汁をすすった。そばをずるずるやった。そばはやけに白かった。かき揚げは大きめに切られた玉葱が香ばしく、美味い。しかし衣がしっかりとし過ぎていて、だし汁に溶けない。僕はまただし汁をすすった。黄身がどろりとまとわりついた白いそばをずるずるやった。ちっとも美味くない。かき揚げだけが美味い。
 僕は池袋の駅そばを懐かしく思い出す。階段をいっしんに駆け上っていたときのことを思い出す。鞄の中には恋人が朝早く起きて作ってくれた弁当が入っていた。当時付き合っていた女の子は、弁当が崩れてしまわないように中身をぎちぎちに詰めていた。だから僕は安心して、鞄の中で弁当をかたかた揺らしながら、いまに聞こえる発車ベルに耳をすまして、勢いよく階段を駆け上っていた。口の中にまだ天玉そばの味を残して。

肉食の晩餐 

2009年04月21日(火) 0時32分
 教室に見たことのない教授が這入ってきた。先週はとある作家にビールを飲ませてもらうために欠席した講義だが、先々週は出席している。だからこの講義を行う教授の顔を自分は知っているはずで、しかし乱暴な気配をほのかに漂わせたこの男の顔には見覚えがない。ひとつ空いて隣に座っている青年に講義名を訊ねてみたところ、どうも教室を間違えてしまったらしい。首をひねりながら扉に貼られている教室変更のビラを眺めたところ、果たして言語心理学の名前があった。先週から教室変更になったのだろうか。自分と同じ腑に落ちない顔をした女学生がやはりビラを眺めていて、声をかけてみた。彼女も言語心理学の受講生だと言う。そこにまた別の青年がやって来て、にこにことこちらを見遣っている。正しい教室まで三人で連れだって歩くことにした。
 青年は社会学専攻だと言い、女学生は英文学専攻だと言う。自分は文芸専攻であると明かした。すると女学生が妙な顔をする。そして四年生ですかと問うてくる。自分は四年ではない、六年だ。しかし説明するのも面倒なのでそうだと答えておいた。女学生はなおも言いつのる。W君を知っていますか。少し考えるふりをしてみたものの、そんな人物は知らない。言下に知らないと言い放つのも愛想がないので、下の名前は何と言うのか尋ねた。彼女は知らないと首を振る。それで自分も安心して知らないと答えた。彼女は黙っている。
 仕方がないのでどうしてW君のことを知りたいのかと問うた。目的地まであと五分ほど歩かねばならない。彼女はしばらく口ごもって見せた挙句、W君は友人の友人なんですけど私とメールしたいらしいんです、などと言う。そこでようやく自分は彼女の顔を仔細に眺めてみる気になった。なるほど、それなりに整った顔立ちをしている。つまりW君はどこかで君をみかけて気に入ったわけだなと言うと、青年が笑った。女学生は曖昧に歩を進めている。それでメールはしたのかと尋ねた。四通ほどの遣り取りがあったらしい。でも、と彼女がはっきりと言った。私にその気がないと了解したらしく、それきりメールは来ません。そうかと自分は答えた。あとは黙ってしまった。
 教室に辿り着くと、めいめいが別々の席に着いた。青年がこちらに一瞥をくれたが、女学生は一顧だにしなかった。講義が終わるころになって自分は二人のことを思い出した。教室を出て階段を降りていると、前方にかの女学生の姿があった。しばらくして彼女は見えなくなった。特に惜しいとも思わなかったが、大学の正門をくぐり抜けてすぐの交差点で彼女と鉢合わせた。こちらを見ない。顔を覗き込むようにしてお疲れ様と声をかけた。とくに驚く様子もなくお疲れ様ですと返ってきた。すると彼女も気付いていたらしい。会話を続けるつもりもなさそうなので自分は前を向いた。信号が青に変わる。すたすたと早足で歩を進めた。気まずい空気をまとったまま帰宅する気は毛頭ない。
 もしかしたらと自分は考えた。彼女をディナーに誘うべきであったかもしれない。しかし自分は今朝バイト帰りにスーパーに寄って豚フィレ肉を四百グラムも買っている。百グラム九十八円の特売品であった。これをカツレツにしてビールと共に楽しむ心積もりがこちらにはある。やはり彼女を食事に誘う訳にはいかない。四百グラムの豚フィレカツレツをいっしんに想った。途端に好いことに気が付き、スーパーに寄って檸檬を購入した。カツレツに上等の塩を振って檸檬を絞りかけたら。それは甘美な思い付きであった。つまりはこの重さなんだな、などと例の文句を胸の内で呟き、檸檬を提げて家路についた。自炊とはこうでなくてはならない。
 最初の二百グラムに自分は塩と胡椒をすりこんでおいてからオリーブオイルとバターで揚げた。次の二百グラムは中ほどを切り開いて塩と胡椒とパセリをすりこみ、スライスしたニンニクを挟み込んで叩いてから馴染ませておいた。そうしてやはりオリーブオイルとバターで揚げた。キャベツの千切りをたくさん作った。上等の塩を振って檸檬を絞りかけた。ビールとあいまって、いたく美味かった。

雑食の夜明け 

2009年03月18日(水) 13時53分
 鮨屋を出たときには四時を回っていた。もう一軒行こうと誘ったが、九時からバスケ部のコーチをしなくてはいけないからと言って後輩は断った。まだ始発は動いていない。後輩は歩いて十分ほどの距離に住んでいるらしい。僕はたぶん一時間ほど歩けば家に着くだろう。
 うちで寝ていきませんか、と後輩が言ってくれたが、僕はどうせなら女の子の家に泊まりたい。帰るのならせめてタクシーを使って下さい、鮨をご馳走になったことだしタクシー代は出しますよ、だからタクシーで帰って下さいよ、などと後輩は気を回してくる。鮨は確かに奢ったかもしれないが、タクシー代をもらう謂れはない。そもそも一軒目は割り勘だったし、考えなしに上等な日本酒をずいぶんと飲んだから、後輩だって一万円くらいは出していたはずだ。いくら僕が半分フリーターの貧乏学生だからと言って、後輩の財布をこれ以上痛めてしまっては先輩としての沽券にかかわる。
 大丈夫、その辺で女の子拾って帰るから、まあ適当にやるよ。僕の返答に後輩は笑いながら、いやでも本当に歩いて帰させるわけにはいかないですから、となおも言いつのる。僕は僕で、冗談でしかなかった女の子を拾って帰るという考えに取り憑かれはじめている。ちょうど行き過ぎた女の子の顔を見遣って、あれはちょっとキツイな、と舌打ちすると、後輩はもう諦めたようだった。本当にナンパするんですか。どうだろう、まあいい子が転がってたらね。本当に大丈夫ですか。大丈夫でしかないね、おやすみ、コーチ頑張れよ。おやすみなさい、また飲みましょう。あいよ、またね。
 僕は幹線道路に沿って歩き出す。向こうからやってくる人影がある。近くまできて、それが男だと分かる。また人影が来るが、やはり男だ。僕はふと思い出し、鞄から眼鏡を取り出してかけた。これで遠くまでよく見えるようになったが、四時過ぎの街には男しかいない。さきほどまでは女たちが確かにたくさんいたのに。駅前まで引き返せば女どもが群れをなして僕を待っているに相違ないが、帰り路に偶然拾う女の子にしか僕は興味がない。しかし幹線道路沿いを歩くのは男ばかりで、それすらまばらになってきた。あるのは車ばかり、人はほとんどいない。
 僕は交番に飛び込んだ。とにかく人と話すということをしておかないと、いざ女の子と遭遇したときに声をかけそびれてしまうという悲劇を引き起こしかねない。帰り路を教えてください、と僕は頼んだ。お廻りは地図を引っ張り出してきた。僕の家まであとどれくらいでしょうか。うーん、そうだねえ。三十分ですか、それとも一時間。その中間くらいかねえ。四十五分ですか。うーん、まあ五時くらいには着くんじゃないかねえ、始発を待ってもいいんじゃないの。歩いて帰るんです、そうしたいんですよ、僕は。そうかい、それじゃあ頑張って歩いてね。ええ、どうも。
 交番を出てずんずん歩きながら、酔いが回ってくるのを感じる。相当に飲んでいて、もしかしたら家までたどり着けないかもしれない。女の子がいないなら自転車を拾って帰ろうか。歩道には何台もの自転車が放置されている。僕は一台ずつ撫ぜていく。撫ぜながら肝心の部分に素早く目を走らせると、どの自転車にも鍵がかかっていて、僕がサドルに乗ることを拒否している。どうも一人で歩いて帰るしかないらしい。
 コンビニに入ってペットボトルの水を買う。百円、と僕はカウントする。水を飲みながら、酔いが醒める気配はまるでなく、ポケットには何故か煙草が入っている。煙草などはとうにやめていて吸いたくもないのだけれど、仕方がないので火をつけて煙をくゆらせる。すぐに吸いさしを道端に投げ捨て、やってやったポイ捨てだ、また新しい煙草に火をつけてずんずん歩く、ふと指の間に何かが挟まっているのが気になる、驚いたことに僕は煙草なんぞを持ってやがる、一人前に紫煙を立ち昇らせていやがる、一口浅く吸い込んでパッと投げ捨てる、ぐしゃりと踏みつけて僕は男だ。
 またコンビニに入って今度はバニラアイスバーを買う。七十円、と僕はカウントする。合計で百七十円だ、電車代は百五十円だったろうか。それとも同じ値段だろうか。包装紙をつるりと剥いてアイスバーの先端を口に突っ込む。ひんやりと甘く、なんとなく家まで歩いて帰ることが出来るような気になってきた。右手に幹線道路、左手にはいつの間にか線路が走っている。道は下り坂になっていて、歩きやすい。線路はひんやりと死んでいる。遠くで信号機の明かりが滲んでいる。僕は踏切から線路へと足を踏み入れた。
 線路の上を歩きながら、いったい始発は何時だろうか。線路は川を渡る。いま電車が来たら逃げ場がない。線路の間から真っ黒な川面が覗く。川を渡りきり、僕の家の方向は真っ直ぐだが、線路は大きく左に曲がる。僕は踏切から歩道に出た。傾斜はゆるやかな上りになっていて、家まであと十分ほどだろう。水が三分の一ほど残っているペットボトルを歩きながら宙に投げて、少し前方で受け止めた。家に着くまで僕はペットボトルを投げ続け、三、四回受け止め損ねた。

 さて、帰宅して僕が真っ先にしたことは、うがいと歯磨きであった。時刻はだいたい五時くらいだったように記憶している。
プロフィール
  • アイコン画像 ニックネーム:杉本いぐち
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 誕生日:1983年3月7日
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 1983年大阪府に生まれ、神戸市の山中で育つ。

 幼少より文学に目覚め将来を決めてかかるも、言い訳ばかりして日々を過ごしている。現実から逃げ回っているうちに国内全県踏破(福井県を除く)、アジアを中心に海外数ヶ国踏破。旅行資金を調達するためにしていたアルバイトは家庭教師や調理人、肉体労働に水商売など多種多様を極める。一時期はギャンブルで生計を立てようとしたものの、あえなく頓挫。危うく破産寸前に。

 現在は中退した大学に出戻り、東京で優等生の皮を被って生活しております。
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