やがて悲しき。。 

2007年01月27日(土) 22時56分
無謀な試みに切り換えたものの、貯金も残り少なくなってきた。
というわけで、短期的な会社勤めが始まりました。

そこそこな大きさのビルで無意味に広いオフィス(空席だらけの机)で金稼ぎなわけですが、指示者の仕事内容に関する説明下手さに少々頭が混乱します。
そこで気になったのは、やたら使われるカタカナ語。
なんでそこまで説明をわかりづらいものにするのか意味不明です。
もはや、自己満足で使用してるとしか思えない(人間的には良い人だとは思うだけど)。。

氾濫しすぎだ。
まぁテレビで時々学もない輩(大卒かどうかという意味ではなく、教養がないのが、話し方等でわかる芸能人等)が意味も理解せず連呼してるぐらいだからなぁ。
カタカナ語使用=カッコイイみたいな風潮ってないですか?
それがまさに「欧米かっ!!」(欧米語だもんね、基本。アジア圏で使われるのは食べ物ぐらいだし)。

「先にエクスキューズさせていただきたいのですが…」
「それにはエクスキューズが必要じゃないですか?」
「現在のステータスはどんな感じですか?」
「それでは、この部分に関してはペンディングということで…」

日本人なら日本語使えっ!!

それは定着してないだけで、これから定着していくものだからその初期段階なだけだよ。
なんて言われるとそうなの?って納得させられそうですが、やはり、違和感が強い。

思えば、ムカツクって言葉もそうなんだけど、これは本来からある日本語が意味内容が変化していったわけで、外来語じゃないだろうし(小学校低学年の頃、ませた友人が使っていたのを聞いたのが初めてで、いつの間にか定着した感がある)。
聞いた当初は、「何大人ぶってんだろ?」って幼いながら疑問に感じたのを覚えている。

ちょームカツクだのチョベリバだのの、若者語を「言葉が乱れている」等と嘆く前に(むしろ日本語として消化されたものとして認めるべき)、カタカナ語の氾濫を政治家は考えるべきだ。
自国で生まれた言葉を大切にしないで何が「美しい国」か、と。
社会人が意味もきちんと理解せず、なんとなくカッコイイから多用しているカタカナ語など真っ先に、抹殺すべきだと思うよ、ホント(意味理解してればいいとも思えない)。

文化的なことにしても、ハローウィンが当たり前になる時代ってくるの?
クリスマス、バレンタイン・ホワイトデー(これはむしろ至極日本的なものだけど)はまぁわかるが、ハローウィンはどうなんだ?
違和感感じてるのはオレだけか?
なんか祭りのない都市部の人間が無理やり盛り上げてるだけな気がする。。
そもそも日本には、みうらじゅんが興味深々の、奇異独特の地方の祭が全国にあるんだもん、必要ないっしょ。
そういう地方ならではの、合理性とかとは、かけ離れた一時の狂騒こそを伝統と言うのではないだろうか(欧州でも牛追い祭だのトマト祭だのあるよね)。
そこにあるのは人間の根源にある原始的な何か。
近代的な精神とはかけ離れている混乱。
そうした決して美しいだけではない伝統。

いろんな意味で言葉が氾濫しているのは事実のようだ。。。

電車にアタック… 

2006年11月30日(木) 22時46分
何もかもがマンドクセー。
メシ食うのも、風呂入るのも、オナニーすんのも。。
何でヤローはオナニーしなきゃいけないんだよっ。
1週間もしないと夢精するからですよ。
パンツ汚れます。
パジャマも汚れます。
サインがあることに気づきました。
自然とエロイ夢をよく見るようになります。
それを無視し続けると、パンツを汚すことになるようです。

最近、すんごく性欲が減退しています。
何を見ても興奮しなくなってしまいました。
だからオナニーすんのも大変なんです。
はぁぁ、マンドクセー。。

死んで星人と戦いてぇー。
んで、酷い殺され方されるんですよぉぉぉ(ギョーン)。。



都内で評判の某ラーメン屋行きました。
おそろしく体に悪いですね、これわぁ。。
太麺で油こってり味濃すぎるスープ(しょうゆ?)。
ラーメンつーかスパゲティ食ってるみてー。
いちおー全部食いましたけど、正直途中で気持ち悪くなりました。
何でこんな人気あんだ?つーぐらい次から次へと人入ってくるわで。
オレは細麺で腹に残らない感じのラーメンが好きなんだよっ!!て好みの問題ですけどね。
こーゆーこってり系のラーメンて人気あるよなー。
遺憾ですとも、ええ。
ぜってーマックより体に悪いです。



ナイフ買いました。
      
使うことはおそらく一生ないでしょう。
折りたたみのもので、取り出してから使用する状態にするまでタイムラグがあるように思います。
素早く使用状態にするようにいじりまくって慣れさせようとしてたら、手を切りそうになりました。
そんなスキあったら、意味ないですねぇ。。
ただ、持ってるだけで変な安堵感を覚えてしまいました。
先月から兄と一緒に暮らすことになったのですが、ナイフ買ってニヤニヤしてたので思いっきり変な目で見られました。。
変な自分に酔ってる気色悪い人間にならないように気をつけたいと思います。



虫は全般的に嫌いです。
だけど、蜘蛛だけは嫌いでもないんです。
何でだろう。
家に蜘蛛よくでます。
っても、小さめの黒いので、よくテレビで見るようなデカくて、黄色い縞模様の入ったお尻の大きいのとはまるで違うの。
だから、殺しません。
ティッシュでつまんで外に出すか、そのままにしてます。
害虫を食べてくれるって話を聞いたことあるってのと、朝、目が覚めて天井に蜘蛛見つけるといいことあるって都市伝説を幼い頃聞かされたからでしょうか。
もちろんデカイタランチュラみたいのは普通に怖いし、キモイ(アマゾンとかにいるようなのね)。
でも、バイオハザードで巨大蜘蛛出ても何とも思わないのはやっぱ特殊か。
あと蜘蛛って必ず悪者役で出てくんだよね、昆虫系の物語で。
それが天邪鬼としては、少々ひっかかってきたのかもしれない。

ゴキブリは別だけどね。
もう何が何でも受け入れるのは不可能で、たまに出てくると必ず殺さないと眠ることもできやしない。
その違いが何なのかはまるでわからないんだけども。

神になりたいんです。 

2006年11月19日(日) 15時24分
いろんな欲や苦しみから自由な存在。
それが神なら、神になりたい。
何の喜びも悲しみもいらない。
幸福も不幸もいらない。
刺激もいらない。
ただ、ひたすらに自由。
それが神なら。

崇められたり、説法なんてしたいんじゃない。
そんなことからも自由な存在なハズだ。

人間臭く描かれる神話など、だから惹かれない。
所詮、空想の産物。
そうじゃない、何からも自由なんだ、全知全能だから。

ある意味、究極生物のことをさすのかな。
空を飛べて、体温を操ってどこでも住めて、子孫を残す必要もなく、食料をとる必要もない。
石仮面にエイジャの赤石が必要です。



社会にゴミっていると思う?
ゴミを認めた場合、処分していいことになります。
もはや人として認めることはできないってこと。
何を基準としてゴミとするか。

サイコな趣味やら気質をもっていても、人に無理強いしない限りは何の問題もない。
人を喰っても拷問しても、相手が同意の上ならいーんじゃない(リアルHOSTELあったら嫌だが)。
SMの世界は否定できないし。
そうじゃなくて、自分の趣味を押し付ける、そしてそのことで自分以外の誰かを回復不能な程に傷つける。
回復不能な程に傷つけることに相手が同意していない、つまり、自分の欲のために無関係の他人を無理やり巻き込むこと。
それがゴミ。
どんな劣悪な環境で育とうが、社会に恨みを抱いていようが、何の関係のない人間を承諾なく傷つける。
自分の憎悪を無関係な他人にぶつける。
それがゴミ。

そういうゴミは正当防衛として処分されても文句は言えない。
巻き込まれた人間はたまったもんじゃないから。
逃げるのも確かにひとつの手だけど、協力して駆除していかないといずれ自分の身近な人にも危害が及ぶ。

つったって、個人でできることはたかがしれてる。
せめて武器を持とうと思った。
銃は無理だから、ナイフあたり使いこなしたい。
っていろいろ調べてたら、なんともいえない高揚感を感じた。
危険だね、武器に熱中してしまうこの気質。



いつの時代もあったいじめ。
流行風邪みたいに数周年期でマスコミ等で取り上げられる。
自殺する人の気持ちはわかるんだけど、その前になんで主犯格を殺ろう、って思はないのかがよくわからない。
どうせなら許せないヤツを道連れに、って考えないのかな。
まぁ自分がそう思ってたタイプだからだけだけど(もちろん手っ取り早い武器使用だが)。
クラス全体が敵とかなると、それもさすがに難しいとは思うけど、どうしても許せないヤツってのはいると思うんだ。

特効薬なんてないから、考え方を変えるしかないと思う。
いじめは人間である限り、大小の違いはあれど、絶対になくならないと思うし(つまりゴミは一定の割合で存在し続ける)。
加害者側が悪いのは当たり前で、そいつらに厳重処罰をって声もわからないでもないけど、それだと一時的な解決にしかつながらないことが多い。
なくならないならば、それを受け入れる。
どう受け入れる?
今思い出すに、すごくくだらない理由だったりすることがほとんど、いじめのきっかけなんて。
んで、そんなくだらないことにこだわる加害者側はむしろ可哀相なヤツらで。
弱いものをいじめることで快感を得るという、脳みそが退化してしまっているヤツらなのだ。
そんな残念なヤツらのために死ぬなんてあまりにも命がもったいないと思わないか。
残念なヤツらと付き合っていかなきゃいかないのは、気が滅入るけど、そんなヤツらのための慈善事業と考えてみたらいい。
それでも耐えられないなら、学校なんて行かなくても、通信系教育でいーと思う。
退化したヤツらと一緒にいると、自分まで退化してしまうこともあるだろうから。
ただ、そう考える中で、いち早く退化していないヤツを一人でも見つけていければ少しはマシになってくる。
残念な人間って案外多いんだなぁ、これが実社会なんだって(残念だけどそれが現実だ)。
結局、外を見渡せるかってことに尽きるんだろうなぁ。
すんごい狭いゴミだらけの世界で生きてるんだってことを感じること。

一人で残念な大多数を相手にするのはでも、確かになかなか難しいよなぁ、集団心理が特に強い青少年期は…。
でもそうやって見下していくぐらいしかないように思う。
それが延長していって、常に誰に対しても見下すような大人になっちゃイカンけど。

まぁ勝手な思い込みでもなくて、いじめを楽しむヤツなんて今でも本当に人間として退化してるって思ってるけど(東大卒業してようがね)。

やれやれだぜ、って感じですか。
ゴミと自分の命を量れば、自ずとアホくさくておよそ死ぬしかない、なんて思えなくなる。

例外がすべて。 

2006年11月12日(日) 4時25分
法律の勉強をする中で、答案の書き方を学んで思うこと。
原則をとにかく書いて、例外を解釈で導き出す。
ひたすらそれだけ。

原則でいくとどうも腑に落ちない結果になるなぁ。。
なら法の定められた趣旨やら目的までさかのぼって考えてみよう。。
ふむ、趣旨はこうだから、こう解釈できるのではないか?
こう解釈するともう少しまともな結論を導けそうだぞ。
よし、ならこういうふうに適用してみよう。
的な具合で。

原則ですべてがおさまるなら小難しい言葉を並べる人間なんていらない。
原則なら全部法律に書いてあるから、それを当てはめればいいだけだから。
むしろ例外だらけ、正確には例外こそが現実だから原則は建前にすぎなくなる。
そりゃあそうだ、本来自分以外みんな例外なんだから。
道具だもの法律なんて。
絶対的な存在なんかじゃない。
たかが選挙で選ばれた人間が官僚に作らせた(作らされた)もんにすぎない。

どんだけ妥当な結論を導けるか(どんだけ誰もが納得できるような説明ができるか)。
結局、今を生きる価値観から切り離すことなどできない。
つまり解釈が時代によって変わるわけだ。

どれだけ例外を救えるか。
どれだけ例外を現実として認めることができるか。

原則という存在が実はかなり無理を強いたもんだと考えられるのかもなぁ。。

一般人には倫理的に納得できないことも、役人やらが自己正当化の手段で「法律にこう書いてあるから」っていうのを聞くたびに、「誰だよこんな(穴だらけの)法律作らせたのは」と、ツッコまないといかんのだろう。
まぁそれも遡ってみると結局、官僚というオチなんだろうけど(政治家は目を通さずにハンコ押すだけ)。



PC買い換えた。
6年ぶりぐらいになるか。
迷ったあげく、ノートにして約10万(もちろん価格ドットコム)。
安いよなー有名メーカーもんの最新モデルでこれは。
6年前なら安くて20万くらいしてなかったか(厳密には知らんが感覚的にそんな感じ)?
さらに無線LAN内臓。
いやぁすごいわぁ。
はえーはえー(古いPCだと当たり前だが光にしてもPCが性能追いつかずADSLよりなぜか遅い通信速度)。
まったくもってこれでエロサイトも快(ry

のうゆあえねみぃ。 

2006年09月21日(木) 14時31分
ツマラン。
人生がツマラン。
何をしても楽しくない。
そんな時期に入りました。

人は夢がないと生きていけない生き物か。
そんなことはないとは思いたいが。

ウチの兄貴は会社員として働きつつも、音楽活動を続けているのだが、最近兄貴のバンドメンバーの父親が危篤とかで、音楽活動が中断したらしい。
しかも、どれくらい中断されるのかわからないという状況らしい。
週に一度のバンド活動が楽しくて、正社員としても働いていけたようで、バンド活動ができなくなった途端、人生が恐ろしくつまらなくなった、と。
潰えかけているとはいえ、一応音楽でメシを食っていくという夢があって、そのための努力が人生の意味を与えるから、自分にとってツマラナイことも耐えられてきた。
それが、意味を失ってからは、急に耐え難いものに変わる。
そんな心境らしい。
それでも、自分に守る者がいたら、子供でも妻でもいいが、まだ働いていこうという気にはなれる、だろう、とも。
だから、親に、見合いでもセッティングしてよ、と冗談で言う始末。
どんだけ趣味に没頭しても、夢を忘れることはできない、そんなトコだろうか。

そんなことは自分にも起こりうることで、よくよく考えてみると絶望的な気持ちになる。
というか、今はそんな感じか。

娯楽と呼ばれるものに浸っても何ひとつ感動も覚えない。
あぱしぃってヤツですか。
そもそも人生の楽しみって何なのかさえわからなくなってきた。
趣味に没頭することか、異性とSEXすることか、家庭を築くことか。
夢を叶えることか。

一通り学びたかったことは学んだ。
後は何かに追われる身でありながら、学び続けた方がメリハリがあり、刺激となる。
そして、自分にはそっちの方が向いている。
だから、そろそろ社会の一員(正社員)になろうと思った。

しかし、この社会の一員というのもヘンな感じだ。
いわゆる無職、空白期間というものの扱いがどうも居心地が悪い空気がこの国には蔓延している。
そんなことを思うのも、たまたま昨日NHK教育の視点・論点という番組でギャップ・イヤーというものを取り扱っていたからなんだけどね。

景気が回復?しているようで、正社員の採用率が上昇しているのは喜ばしいことだけど、その正社員に愛社精神的なものを期待しているのなら、もうそんな時代には戻って欲しくはないと思う。

全部企業の都合だ。
派遣にしたり正社員にする理由が。
不景気になったって、リストラしなくたって、ワークシェアリングとかあったわけだし。
所詮、リーマンなど歩兵にすぎないのはわかってはいるが。。

風土のせいなのか、これだけ経済的に豊かになってもイマイチ幸福感が得られない人々が多い。
治安だって悪化してはいるように感じられるものの?(統計的には違うらしい)、世界的にはダントツで安全な国であることに変わりはない。
それでも、何か漠然とした不安が消えない社会。

自分の思い通りにならない人の方が圧倒的に多いんだから、当たり前っちゃあ当たり前か。
誰もが自分は例外だと思いたい。
現実があまりにも残酷すぎるから。

しびれるセリフ。 

2006年07月29日(土) 0時36分
「地球を壊滅させるのに暴力をふるう必要はない。
人間同士の信頼感をなくせばよい。
人間たちは互いに敵視し傷つけあい、やがて自滅していく。」

ウルトラセブンに出てくるメトロン星人の言葉。
聞いたとき、しびれた。
今のイスラエルとレバノン、米の一言で機能不全に陥る国連とか見てると、すんげぇヒシヒシ伝わる。
ホントに日本の誇るサブカル?のレベルの高さには驚く(しかも数十年前のテレビ)。
教科書で学んだことよりも頭に残り、学ぶことの多いものがどんだけ日本のサブカルに溢れているのだろう。
オレが大学で考古学学ぼうとか、勉強の楽しさ知ったのもマスターキートンだしな(笑)。
いや、むしろこっちがメインだろう。
日本に生まれてきたことをすごく誇りに感じる瞬間だ。
いまだにウルトラセブンのファンが根強いのも頷ける。
ホントに素晴らしい作品が多いのな、ウルトラセブンて。
星人・怪獣の造形も独創性ありまくるし、すごいと思うホント(ウルトラマンの怪獣もかなりスゴイと思うけど)。
アンヌは本当にキレイで、カワイイし(これはカンケーないけど)。

「近頃、自分の周りでも世間でも、嫌なニュースばかりが飛び込んでくるよ。
そんな時は、柳の木の下で、まるで、みの虫のようにじっと待つしかないんだ。
風が止むのを待つのは、すごく長く感じるけど、別に何も失うものはないし、鼻クソをほじったって地球は回ってるよ。
それにしても、お気楽な音楽が蔓延していて、まるで公害のようだね。
この巨大な渦の中心にいるのは、いったい誰なんだろう?
きっと、誰もいやしないよ。
今は風が止むのを待った方がいい。
その間に僕らはナイフを研いでおくべきだ。」

THE BOOMの「手紙」。
何故か家にあり、聴いてみてちょっとしびれた。

「何が正しいか正しくないか
何が正義か悪かなんて
誰にも わかりません
もし 神がいて
神の教示があったとしても
私は一考し
それが正しいか正しくないかは
自分で決めます

私もあなたと同じです

自分が正しいと思う事を信じ正義とする」

デスノート最終巻で主人公に敵役が語るセリフ。
この漫画を読むキッカケはオトートの部屋に置いてあったから。
正直、言葉遊びやりすぎ感がウザくて、途中で読むの止めたんだけど、メディアと善意を穿き違えた検察官が絡んでくるあたりに、ちょい惹きつけられ、最後まで一気に読もう、と。
面白かったのは、この漫画のファンサイトで主人公をどう考えるかで意見が真っ二つに分裂し、激しく罵り合うのが垣間見れたこと。
死刑はどんな人間でも絶対反対、と、死んで当然な人間は存在する、という意見だ。
それによって主人公をかばう人、ただの殺人者と看做す人に分かれる。
まさにマンガの結末と同じように、主人公を死んだ後も崇拝する人もいれば、すっかりその存在を無視する人もいるし、悩む人もいる。
自分はどうかと考えると、ちょっと敵役寄りで悩む人間だろう。
美男子な主人公が無様な死に方をむかえるのが、作者の答えなのだろうか。
私利私欲より恐ろしいのは自分を神と絶対視する人間。
まぁ確かに一歩間違えるとカルトだもんなぁ。。
問題になるのは、思考停止ですか、これも。

「あっちの人も失敗だ こっちの人も失敗だ 失敗運ぶバケツリレー
ねえ足りないものはなんだろう?足りないものはなんだろう?
夢だけありあまってるよ」

しびれるこたーないんだが、この人の詞もひさびさに聴いたもんでね。。

「我々の身の上に平等に降り掛かってくるのは単なる経験なわけです。
その事実自体には幸せも不幸せもない。
ただ起こるだけです。
それを目の前にして我々が意味付けをしているのだと思います。
その意味付けがそれぞれの人にとっての真実となっていくのではないでしょうか?
事実は一つしかありませんが、真実というものは人間の数だけあるのだと思います。
常に悪い方へとしか解釈しない人にとっては真実は不幸なものにしか成り得ない。
いつまでも辛かったことを思い返していてはその辛さはなくなりはしない。
辛さの方が離れたくともそれにしがみついているのは我々の方なのですから。」

当たり前の話なんだけどね。
FF8のサントラでの解説に書かれてた。
大学浪人時代に合格後プレイしてクリアせず放置してたら、何時の間にか兄に持っていかれたゲーム。
音楽がやたらアタマに残ってて、つい最近買ってしまった。。

だから何? 

2006年05月18日(木) 1時40分
五月病なわけないんだけど(新入社員でもないし新入生でもないし)、何かメランコリー。
パブロ・ハニーの「I Can't」ばっか聴いてます。
もちろん流れで「creep」の"What's the hell am I doing here? I don't belong here.."もグルグル頭の中をまわるまわる。。

くだらねーと言いつつも占いに興味が尽きない自分がちょっと嫌になる。
感情論と自己主張だけの占いおばさんをあんだけ批判しときながら、ちょっと自分のタイプを調べている自分もいた。
木星人だとか。
え?ガスだけの実体のない星?

[困難を乗り越える強い精神力をもった大器晩成型]
→ホントかゴルァ。信じたくなるぞゴルァ。
「感情よりも理性を重んじるタイプですから、木星人の行動にはつねに理性による裏づけがあります」
→ほう。
「保守的で冒険を好まない性格に加え、情報をいち早くキャッチして自分のものにするのが大の苦手です」
→え?保守的?自分ではかなり革新的だと思ってたのに。。
「人づき合いがあまり上手でない性格が災いして、その後のフォローがうまくいかずに悩む人も少なくないようです」
→誤解されやすいのか。あーなんとなく思い当たるかなぁ。。
「じつは、俗にいう"影の実力者"といわれる人にいちばん多いのが木星人なのです」
→何これ?喜んでいいのかわからん。
[理性を重視し奔放な恋愛感情をきらう良識派]
→うそーん。
「六星人のなかでも恋愛下手なのが木星人です」
→プギャー。
「木星人は、好意をもっている異性から告白されても、即答することなく、ルックスや家柄、社会的地位や収入など、相手が理想の条件を満たしているかどうすをじっくり検討します。
そうして、あれこれ迷った末、交際を決意するころには、自分の気持ちが整理されてしまい、肝心の恋愛感情が冷めてしまったということが往々にしてあるのです」
→あわわわ。。いつもの第三者的視点キター!!
「また、なかなか煮え切らないあなたの態度に失望し、相手が離れていってしまうケースもしばしば見受けられます」
→ズキューン!!ズキューン!!ゴゴゴゴゴゴ。。
「理性を保つことも大切ですが、お互いの愛情を高めるためには、ときには自分から積極的に相手を求めるのも大切であることを忘れないでください」
→言われんでも(ry
[家族を何よりも大切にする“家族の星”]
→ほう。
「基本的に冒険や変化を好まない性格のため、結婚して、ひとたび安住の地を確保すると、あらゆる努力を惜しまず、それを守ろうとします」
→なにこの安定志向。
[威厳と堅実性を必要とする分野で成功]
→むむむ。。
「成功をおさめるためには欠かせない忍耐力と、何ごとにも努力を惜しまないという点では、人並みはずれたものがあります」
→これ聞いて何か安心してる自分。。
「努力家のあなたは、どんなに時間がかかっても、かならず資格を取得できるはずです」
→ホントかー!!

何がウザイって、家族8人でさ、この木星人てやつはオレだけだったてこと(残りの家族はみな水星人なり火星人なり)。
んで、兄弟の中でオレだけ誕生月が違うってこと。
上二人、下二人は共に同じ月なんだよ。
なんでオレはいつも孤立してんですか。。



ブログ炎上て言葉を最近よく聞く。
んで、閉鎖に追い込まれる。
どんだけ誹謗中傷(まともな意見だって中にはあるし)されても、続けなきゃ。
反論できなくたっていーんだよ、別に。
閉鎖しちゃ屈したってことになる。
んで、その大量にコメントする人たちにレッテル貼って片付ける。
ダメだろ、それじゃ。
どんだけ時代錯誤のこと書いたってさ、個人の自由なんだし。
量に圧倒されて、悲鳴あげるぐらいなら、はじめからブログなんてやるなっつーの。
個人的なチキン日記で満足しろっつーに(オレみたいに)。
コメント欲しいからブログってやるんだろーけど、反論だとかは当然予想できるわけだろーに。
まぁそれでも執拗な嫌がらせ地味た大量のコメントは、確かにちょっと「エェェ」って感じる。
どんだけ「暇人なんだよっ」てツッコミたくなるけど。

留学先でドイツ人と一緒になってアメリカ批判してたら、フランス人が冷静に吐いた言葉を思い出す。
「批判するのは簡単さ」

建設的な議論に大抵なってない。
みんなで取り敢えず叩いて気分スッキリ爽快、終了〜。みたいな。

正しいことをしてると思うと尚更暴走を止めることは難しい。
例の善意の暴走ってヤツなのかなぁ。。
ブログとは多分関係ないけど、イラク人質事件のイマイさん(だっけ?)の嫌がらせの手紙がそれを象徴してた。
「売国奴」と大きく書いてあった。
自分が国のために正しいことをしているという認識がなきゃ、「売国奴」なんてそうそう言えるもんじゃない。
そう考えると安易に使える言葉じゃないよな〜。
スパイとかに使われるはずの言葉が、いつの間にか一般人レベル。
善意ってヤツはつくづく恐ろしいと思う、この頃。

大きなお世話。 

2006年04月21日(金) 5時00分
「ド低脳がァーッ」

思わずフーゴみたいにそう叫びたくなった。
竹島をめぐる韓国の対応見てて、あまりの情けなさに悲しくなった。

法律ってなんのためにあるんだろう。
紛争を不毛な肉弾戦を避けて解決するためにあるんじゃないのか。
何のために国際司法裁判所(ICJ)があるのか。。
おもちゃを取り上げられたダダっ子のような対応っぷり。
自分の権利だけ声高に主張して、自分以外の誰かを説得する気配がまるで感じられない。
それじゃあダメなんだよ、二流国どまり。

急遽、社会の授業で子供に反日の憎悪を共有させる愚劣っぷり。
長い未来が待ってる批判能力のない子供に、憎悪を植え付けて一体どうしようというのだろう。
大人の争いに子供を巻き込んで一億総玉砕の道でも歩みたいのだろうか。
それじゃ、あんたたちが忌み嫌う戦前の日本と同じじゃないか。。

排他的経済水域が広がるから国の問題として大切なことは確かだ。
しかし、詳しい事情も何もわからない子供に憎悪を植え付けたところでどうにかなるもんじゃないだろ。
今、日常を普通に生きる多くの人にとって、命を懸けてどうこうって問題じゃあない。
憎悪を断ち切った外交ってヤツが問われるんだろ、こんな時こそ。

情けねーよ、マジで「ド低脳がァーッ」とか言いたくなる。



最近ドラマを見始めた。
面白い、面白くないの境界線が自分なりにあることに気づいた。
一言で言うと中途半端かどうか。
これが面白いか、面白くないかを決める大きな要素だと。
現実的なドラマならとことんリアリティーがないと途中で展開が読めて見る気が失せる(ご都合主義って言うんですかね)。
ありえない非現実的なドラマならこれまたとことんありえねぇーって言わせて欲しい。
面接で第一印象最悪な上戸彩がスッチー(キャビンなんたら?フライトなんたら?知らん)の採用試験合格しちゃうくらいありえないとか。
基本はやっぱドキュメンタリーちっくなのが好きなんだろうけど、極端にありえない展開のドラマだと、細かいことが気にならなくなるみたい。
ケチをつけるのもバカらしく、逆に非現実感を楽しめるというか。。
ツッコむことが面白さにつながっているのかもしれない。
極端なんがわかりやすくていーんだろーか(現実か非現実か)。

弁護士モン多いなぁ、しかし。
ただの事件解決型だと飽きるね、弁護士モンも(多いけど)。
+α的なものが必要みたい(刑事ドラマと変わらんもん、下手すると)。



ジョジョを久しぶりに読み返した。
一番印象に薄いのは6部だったので、6部だけ。
なんというか、一番哲学的なストーリーだったんだな(とはいうものの、基本は殺し合いなんだが)。

敵役であるプッチ神父が提示する人類の未来と幸福。
人類全員が未来に何が起こるか知っている世界。
いつ戦争が起こり時代が変わり、誰が犯罪を犯し、誰が芸術生み、自分がどんな成長をし、恋愛をし、子はどんな成長をするのか自分がいつ死ぬのか。
頭脳や肉体ではなく、精神がそれを体験して覚えて知っている。
それこそが『幸福』だと。
なぜなら独りではなく全員が未来を覚悟できるから。
覚悟したものは幸福である、と。
悪い出来事の未来も知ることは絶望と思うかもしれないが、それは逆であり、明日死ぬとわかっていても覚悟があるから幸福である。
覚悟は絶望を吹き飛ばすからだ。

覚悟こそ幸福。

わからないでもない。
ひとつの悟りの極地とも思える。
絶望は少なくとも存在しない世界。
誰もが自分の運命を受け入れて日々を生きる。
他人との違いも嫉妬も差別も存在しない。
全ては運命だから、他人を意識しても意味はない。

でも、多くの人にとっては宗教じみた大きなお世話にすぎない。
人生はわからないから面白い、そうとしか言えない。

人類と世界のために良かれ、と思って行うどんなことも、それを他人に強制した時点で単なる大きなお世話と化す。

ジョジョは一貫したテーマがあるのかどうかはわからないけど、バランスを感じる。
1部は私闘で、2部で人類VS最強生物、3部も私闘、4部がとある小さな町を守るための闘い、5部は国を守るための闘い、6部が世界を守るための闘い。
友人→化物→殺人鬼→暗殺者集団→神父。
んで、大きなお世話の弊害の次は、究極の自由主義?
私闘を合法とする19世紀合衆国が舞台(もうわけわからんのだけど)。
実写映画化はまぁ無理だろ。。



最近みる悪夢。
自分が惨めで無様に命乞いをする夢。
どんだけエラソーなことほざいたところで死を迫られると人間思うことは一つ「殺されたくない」。
強いものに服従し、少しでも延命させてもらおうと必死に媚を売る自分。
目覚めた後、おそろしく自己嫌悪に陥る。
なんて弱いんだろう、なんて醜いんだろうって。
人間としての尊厳を捨ててまで生きようとする自分に吐き気をもよおす。
矮小で情けなくてイライラしてくる。



以前の職場で30代の会社員に、
「メイド喫茶行かない?」
と誘われたことがある。
「興味ない」の一言。
フツーにキャバクラとかのがいいんですけど。
いや、キャバクラ行っても多分盛り上がれない自分ですけど、まだマシってことで(タバコ吸ってるだけの姿が想像できる)。
癒される人もいるんだから存在価値はあるんだろう、きっと。
趣味の問題だからどーのこーの言う問題じゃない。

個人的嗜好が自分は違う、それだけのこと。
メイドというものに興奮しないのだからしゃーない。

自分の思い通りにならない、そんな異性に惹かれるわけです(そして撃沈するわけです)。

大杉漣がテレビで理想のタイプについて語ってたんだが、中々的を射てる。
普段冷静、時々淫乱(プギャー)。

なっしんかみーいーん。 

2006年04月10日(月) 17時23分
「俺がどこに向かっているのか教えてくれないか
失うものなど何もないんだ
グルグル廻った挙げ句また元の場所に戻ったりして
笑いがこみ上げてくるね

何も起きはしない
おまえの死を感じとれるよ
何も起きはしない

宇宙空間へ 大気圏外へと飛び出していく
我らが人類にはもうウンザリなんだ
“みんなが1人のために”なんて空々しいね
俺がどれほどムカついているか おまえに教えてやろうか

何も起きはしない
おまえの死は感じとれるよ
何も起きはしない

何も起きはしない
何も起きはしない
何も起きはしない」

まったくなんて素晴らしい詞と曲を作ってくれるんだよ。
ギターを壊すさ、ねずみ王国の住人も。



地元に戻る度に凹むことってありますか?
中心街は廃れ、次々と大型店が潰れる一方で、中心街から少し離れた県庁やら市役所だけは立派になっていく地方の実態。
役所の高層化のため用意された大型クレーンとか見てると、都心でよく見る建設中の高層マンションかと見間違う。
何なんですか、この役所の羽振りの良さは?
老朽化?全然そうは見えないし、つい数年前改築したばかりでは?
見てください、これがわが市の誇る都庁にも負けない県庁であります(他に何もありません)!!
税金有効利用の実に見事な例であります。

「これは現実の世界じゃないんだ
実体なんかありゃしねぇ
ムカつく連中ばかりだよ
そいつらの友達もみんなそうだ」



最近アマゾンの本のレビューで見つけた記憶に残った文章。

1951年の日米安保条約の立役者であり後に国務長官となったダレスは
「アメリカは日本人が中国人と朝鮮人に抱いている民族的優越感を十分に利用すべきであろう」
と放言したという。

支配者の論理はいつも実に明快です。
被支配者はその中で踊らされるだけなんですか。



占い師のバアさんが最近テレビで感情論+自分の価値観を押しつけてきます。
ウザくないですか?
誰も反論しないから図に乗るんじゃないんかな。
そうさ、パンダに喰われてしまえ。

「おまえは絶えず夢を見ている
そして常に退屈しているんだ
おまえが必要としていたあらゆるものを
俺は完全に無視してるだけ」

Shifting through in the frame by frame
I walk the same path
I'll say the same lines
I do this every time
Do this every time...

(わな)びーすまーと。 

2006年03月19日(日) 4時58分
被害者をゼロにしたいなら、お上依存から自立して、一人一人が賢くならねばならない。
上から縛りつけたって、縄を潜り抜ける加害者はいなくならない。
加害者がいなくなるのは、潜在的被害者がいなくなったとき。
つまり、潜在的被害者がいる限り加害者がいなくなることはない。
いかに加害者を捕まえとっちめるか、ではなく、いかに被害者にならないために賢くなるか。
助けを求め、文句を言う前に自身の未熟さをどれだけ受け止めて学ぶことができるか。

規制緩和だって、その結果野生に放たれた性悪の人から被害を被っても、そこから学ぶことができる機会が提供されることになるのなら。。
免疫を作り学んでいかねば淘汰される。
搾取されずに生きるためには、賢くならねばならない。
どんだけ温室育ちの人間だって。
運転免許と一緒だ。
必要に迫られれば、本能が賢くなれ、潜在的被害者にならないために、と命じるハズだ。

奇妙に感じるのは、経済の自由が拡大されている一方で、表現やら思想の自由に変な圧迫を感じること。
憲法に愛国心だの、どーのこーの。。
やっぱ権利は勝ち取るものでなく、お上から与えてもらうものって言う感覚なのかな。。
歴史上お上から与えられたのは確かで、それを逆転させるのは難しいけど。
個人のために国はあるのであり、国があるから個人があるのではない。
そのことは憲法とやらを少し学べばわかるはず。
何が思想的に正しいとか、悪いとかは、個人がそれぞれ考えればいいことだ。
国はただ、個人の数だけ存在する様々な一人一人の幸せの実現を、手助けするために存在する機関にすぎない。
それが何か倒錯している気がする。。
盲目の信者になって欲しいのだろうけど。

もっとも、「権利の上に眠る者は保護に値しない」という自己責任の原則は法律には普通に当たり前に書いてある。
これまでがお節介すぎただけだ。
そうか、これは自由を勝ち取るために、国民に「かかってこい」と政府が暗示しているわけか。
自由は、縛られて初めて気づく、その大切さに。
当たり前のものとして享受してきたから、失うまではわからないっていうのは経験で知ったんだけど。



金メダルとった荒川さんの出演するCMのお米がめちゃ売れてるとか、青森チームのカーリング試合場がめちゃめちゃ人で溢れた、とか聞いて思うのは、おそろしくわかりやすい人って案外多いなぁ、と。
メダルをどんだけ獲ったって、民放でパラリンピックについてはほとんど取り上げられないのとか見て思うのは、おそろしくわかりやすい差別(区別)だなぁって。
メダルの価値が同じとはもちろん思わないし、障害者もがんばってるから、自分もがんばらなきゃ、なんていう考えは病んでいるとは思う。
障害者だって人生に後ろむきな人は多いだろうし、誰もが精神が健全とは思わないし(そりゃ不便な生活強いられたら誰だって少しは病むだろう)。
それでも、メダルの実績とか考えたら、日本が障害をもつアスリートにとって、いくらかは充実した環境をもつことは確かだろう。
それだけで素晴らしいことじゃないか。
世界から賞賛を受けるべき部分にもっと目を向けないか?と。



ニートと対話するテレビがやたら最近多くないか?
面白いから見るんだけど、ニートってやっぱ暇だろうから、考えることは同じで「自分の生きている意味がわからない」とか多いみたい。
テレビ見て思うよ、「おまいはオレか」と。
暇さえあればオレも同じようなこと考える。
哲学に答えはないのに、答えをもとめて自殺とかさ。
すんげぇ人間らしいっちゃあ、人間らしい。
誰もが、考えると死にたくなるから考えないようにしてるだけ。
運動しなきゃ身体的には不健全だろうけど、悩むこと自体は精神的には健全な証では?と思ったりもする。
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