対等な関係 2 

August 25 [Tue], 2015, 0:02


たんに香にセ○クスを言わせたくて書いたお話です(笑)
撩とのやり取りもだけど、やっぱり言わせたかっただけです。

これの次、3で終わります。






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 自室に入ると照明も点けずにベッドに腰を掛け手首を静かに擦った。手首も痛むが心も痛かった。何年も撩のパートナーとして側にいるにも関わらず、女として見られていない自分。香以外の他の女なら撩は手当たり次第に声を掛け、誘われればホイホイとついて行く。時々こっそりと朝帰りをするのはナンパに成功した結果なのだろう。女に見境がなくて、下半身で物事を考えていて、どうしようもない程にだらしのない男。それなのに仕事になると、誰よりも強くて、誰よりも信頼出来て、誰よりも誰よりも命の重さを分かっていて、香が唯一、命を預けてもいいと思える男になるのだから困る。

 感覚を失い痛みだけを伝えてくる右手を口元に寄せ、そっと唇をあててなぞる。チンピラに襲われた挙句に負傷した事を知られなくて良かった。女として見られていないのだから、こんなヘマをしていたらいつ愛想をつかされてパートナーを首になってもおかしくない。だから間抜けな理由で負った怪我を知られる訳にはいかなかった。
女としての魅力がないのだから、せめて撩のパートナーとして相応しくありたい。撩の足手纏いにはなりたくない、負担になりたくない、少しでも力になりたい。その想いはこれまで撩とパートナーを組んできた者の中で一番に強いと自負できる。この想いだけは誰にも負けないと。そして、最近はこうも思う様になっていた。

「……私が男を知れば……そうしたら、ねぇ、撩……そうしたら、少しは女として見てくれる……?」

 香の呟きが静寂を包む室内に弱々しく響く。身体を後ろから倒して仰向けに寝そべり瞳を閉じれば、遠い昔の撩と出会った頃のからの言葉が脳内を逡巡する。男と間違われていた最悪な出会いだった。それからも女として見られたことも、扱われたことも無いに等しい。撩が香を女としても、恋愛の対象からも外しているのは一目瞭然で、今現在の状態は撩の言う『家族』なのだろう。だから香とはセ○クスをする気が起こらない。

「……いやよっ」

 そこまで考えて思わず強い口調で拒否の言葉が出た。右腕を庇いながら身体を起こし立ち上がると、ゆっくりとドレッサーの前まで進み鏡に映る自分を見詰めた。
月明かりで薄闇となった部屋。鏡に映るのは香のシルエットのみ。撩と出会った頃はシュガーボーイと言われた容姿であったが、今では誰もが認める女性らしい曲線を描いた身体つきをしている。だが当の香本人は、背が高く細見の身体をコンプレックスの一つにしており、女性らしさの欠片もないと思い込んでいた。
左手を伸ばして触れたのは数か月前に買った、口紅。普段はノーメイク一辺倒だが、たまに仕事で社交的な場に出たり変装などで化粧を施す場合があるので、それなりに化粧品の一式は揃えている。品数だけならそこらのOLより多いだろう。

手に持った新品同様の口紅を見つめた後、静かに息を吐いた。













 自室のある六階から香の部屋がある階に降りてから暫くして香の部屋の扉が開いた。
 案の定だと見張っていた自分の行動にホッとする反面、撩は沸々と込み上げてくる苛立ちに舌打ちをしたくなる衝動を抑えて、真夜中におめかしをして出掛けようとするパートナーに近付いた。

「どこに行くんだ?」

 香は器用に靴を持った手で音を立てない様に扉を閉め、抜き足差し足で廊下を歩き出そうとしていた。背後から突然掛かったパートナーの声に肩を揺らして反応を示すと、動揺を隠しきれない表情で振り向いた。

「び、びっくりさせないでよ。ね、寝てたんじゃないの?」
「どこに行くんだと聞いている」

 身体ごと振り向き視線を合わせた香を見た途端、撩の苛立ちはピークに達した。気配を察知する能力に長け夜目が利く撩だからこそ、この暗闇の中でも分かる。今、目の前に立つパートナーが放つ色香の危なさが。剥き出しになった肩から首にかけての心許ないラインから、モデル級のプロポーションを持つボディラインを強調する為でしかないワンショルダーのワンピースは、香を不埒な輩から守る術を一切持たない。寧ろ、引き寄せる為の罠だ。膝丈ではあるもののタイトになったスカート部分は、香の長く美麗な脚線から薄く細い腰との間、丸みを帯び引き締まった形の良いヒップラインをこれでもかと表していた。グロスだろうか、しっとりと艶を帯びた唇は小さく開かれ、己を見詰めている瞳の上の皮膚には上品なラメが混ざったシャンパンブラウンのシャドーが彩られていた。

 誰が見ても満場一致で頷く最上級クラスの美女が目の前にいる。“これは”本来ならば撩だけの物として存在するはずだ。それが何故、撩から離れて真夜中に一人で夜の街を彷徨うというのだ。なによりも出歩く格好ではない。片手にコートを持ってはいるが、露出度の高い服を相手では防寒具の機能はたいして働いてはくれないだろう。風邪を引く恐れも無きにしもだ。
苛立ちともどかしさが綯交ぜになったどす黒い感情が撩を支配する。常ならば冷静に取り乱したりせずに対処しているはずだが、警戒心もなければ己がどれだけ周囲の男どもを魅了し虜にしているのか気付かない鈍感な香に苛立ちが頂点に達していた。
 
「黙っていないで答えろ。どこに行くんだ?」
「あ、あたしの言葉は無視するわけ?」
「香、俺の質問に答えろ」
「なによ、完全無視ってわけ?!」
「……」

 狼狽える香に僚はハッキリとした口調で告げ、余計なやり取りは不要と鋭い視線を送る。漆黒の闇の中で艶やかな唇を震わせて見つめる香の瞳に映るのは撩の姿のみ。
 余計な口答えは不要といった様子の撩に対し、始めこそ動揺を隠しきれかった香であったが徐々に怒りを露わにして撩を睨み返す。

「……撩に関係ないじゃない!! どこで何しようが私の勝手でしょ!!」
「おまえがどこで何をしようと勝手だが、行先は知らせてから行くんだ。腕がどうであれ一応は俺のパートナーなんだ。いつ命を狙われてもおかしくないからな」
「……っ! 一言余計よ!! 私だってやる時はやるわよ」
「いっつも俺の世話になっているのはどこのどいつだ?」
「っ! う、うっさい! いつもじゃないでしょ?! 何回かに一回は撩の手を借りなくても私一人で片付けているじゃない!!」
「その他の回数が多いんだよ、おまえは。そっちの方が重大だろうが。とにかく、行き先を言わない限り外に出るのは認めん」
「いつから過干渉の父親みたいになったのよ! あーもうっ煩いわね!! 出掛けるったら私は出掛けるんだから!」
「ダメだと言ってるのが分からないのか」

 勢いよく撩に背を向けて歩き出そうとする香の腕を掴み、正面を向かせ再び視線を合わせる。掴んだ右腕からコートが床へと滑り落ち、一緒に持っていたクラッチバッグも音を立てて落ちた。俯く香が唇を噛んで顔を顰める。
 刹那、撩は奇妙な違和感を覚える。暗闇でも見える香の苦悶の表情に、掴んだ腕から伝わる肌の熱さ。まさかと思い話を変えようと口を開こうとした、それより先に香から言葉が出た。

「どこに行くかなんて決まっていないわよ! でも、こんな男女みたいな私でもお化粧をしてお洒落をすれば、男の一人や二人、寄って来るんだから街に出るのっ!! だから撩はどいて頂戴!!」

 動揺から苦悶、そして怒りへと表情を変えて香は声を荒げる。掴まれた腕を振り解こうとするので、撩は手の力を緩めず離さない。
香からするまろく甘いかおりにも撩は苛立ちが増した。普段付けない香水に、普段は施さない化粧、そして普段は決して纏う事のない服。どれもが自分の為ではない事が大層にむかついた。

「それなら尚更にダメだ」
「なんでよ!」
「ダメだ」
「なんでって聞いてるでしょう?!」
「おまえは言わないのと分からないのか?」

 感情的にはならず表面上は抑えてはいるが、口調は厳しく表情も鋭い。そんな撩に対して香は次第に呼気を乱し、きつく唇を噛み締めると再び腕を振り解こうと抗いながら叫んだ。

「わかんないわよ!! 言ってくんなきゃわかんない!! いっつもいっつも撩は何も言ってくんない! どーでもいい事はいっぱい言ってくるクセに、私が本当に知りたい事は何にも言ってくれない!!」

 これまで堪えていた何かが決壊したかのように香から放たれる言葉に、撩は静かに耳を傾ける。

「私がずっと、どれだけ我慢したか知らないでしょ! 突然家を出て行って何日も帰ってこない時、私がどれだけ不安なのか! 心配しているのか撩は知らないわよね!!」
「…………」
「ナンパに明け暮れているかと思えば、お酒や女とは違うにおいをさせて帰ってくる。そんな時、私がどんなに安心したかとか、もしも帰って来なかったらって考えた時の恐怖とか、あんたは考えた事ないでしょ!!」
「…………」
「それに守ってくれなんて微塵も思ってないわよ! 守られるより撩の盾や囮になりたいの! あんたを守る為なら命を投げ出すくらいどうって事ないんだから!!」
「ふざけるな!!」

聞き捨てならない言葉に我慢がならず、とうとう撩は怒鳴り声をあげた。こればかりは黙っているなど到底無理だった。

「俺は命の無駄遣いをするなと教えたはずだ」

 口調は淡々としたものに戻ったが、そこに込められている怒りは先程までの比ではない。腕を掴まれたまま怒鳴られた香は、大きく瞳を見開き驚愕し身体の動きが止まるが、すぐに激情を取り戻して噛み付いてくる。だが、それは奇妙な方向へと変わっていた。

「私がセ○クスを知らないからって子供扱いしないでよ! 私だってセ○クスを知ったら撩と同じ位置に立てるんだから! 撩が私を女として見てくれないのは私がセ○クスを知らないからでしょっ!!」
「んなわけないだろう。おまえ、変だぞ」
「っ!! 変ってなによ!! どーせメイクも服も似合わない男女よ!! 変で結構!!」
「思ってねーよ」
「嘘よ!! 撩は本当の事は何も言ってくれないもの!! いっつも私に内緒でセ○クスしているじゃない!! そんなにセ○クスしたいならセ○クス対象外の私なんかとパートナー解消してセ○クス出来る女と組んでセ○クスすればいいじゃない!」
「おまっ! 言う事が滅茶苦茶だぞ。それに、そのワードを言い過ぎだ」

 処女から、それも香から連呼される性的な意味を多大に含んだワードに、常日頃からもっこりもっこり言っている撩の方が盛大にたじろぐ。今の香が言っても色気もへったくれもない単語だが、それでも両の瞳いっぱいに涙を湛えて撩を睨む姿はそそるものがある。

「たくさん言ったっていいでしょ! 撩はやり過ぎなのよ!! 私だっていっぱいしてやるんだから。それで、いつか撩に女として見てもらうんだから。私だってやればできるんだから」

 いつでも涙が零れる準備が出来ている双眸は揺らめき、暗闇でも分かる程に色素を失った真白い顔。熱を持った素肌に支離滅裂となっている言動。撩は嘆息したのちに掴んだ手を離して、その手で香の頭を撫で始めた。

「そうだな。香はやれば出来る子だ」
「子供扱いしないでって言ってるのよ! どうして子供扱いするの!!」
「ああ、悪かった。もう子供扱いはしない、約束する」
「そうよ……、子供扱いしていいのは兄さんだけなんだから。撩は私を女扱いしなきゃダメなんだからね」

 徐々に香から怒りが取り除かれていく。落ち着いてくると心無しか言葉遣いがたどたどしいものへと変化していった。

「ちゃんと聞いてる、撩?」
「聞いているよ」
「本当にもうしない?」
「しないよ」
「もう怒らない?」
「ああ、怒らないよ」
「頭いっぱい撫でてくれる?」
「ああ、撫でてやる」
「そっかぁ、嬉しい……」

 そう言って満面の笑みを見せる香に撩は息を飲む。これまで見た事もない表情で微笑むのは、シュガーボーイと呼んでいた頃や日常生活の中でのもの、今現在の色香を纏う姿で見せるものとも全く異なっていた。ふにゃりと綻んだ顔で微笑む香は年齢よりもはるかに幼くさせ、綺麗や美しいという言葉よりも愛らしさがひと際似合っている。
 子供扱いするなと怒り、次の瞬間には頭を撫でてと甘え声で訊ねてくる。どこで覚えたんだ、そんな絶妙なテクニックを、と訊ねたくなるが今はそれどころではない。
 床に落ちたコートを拾い香の肩に掛けてやると、いつにない優しい声音で問い掛けた。

「身体は辛くないか?」
「ん? なぁに?」
「身体だよ。具合悪いだろ、おまえ」
「ん〜、悪くない」
「嘘言うな。熱があるぞ」
「熱……?」
「ったく、昼間に何をやらかしたんだ?」
「あぁ〜、昼間かぁ。ん〜、昼間というより夕方近く?」
「どっちも同じだ。で、何があった?」

 とぼける香ではあるが、ゆっくりと撩の胸に凭れ掛かり体重を預けてくる。この事自体が香の不調を知らせている証拠だ。その前の、所々に撩に対しての気持ちを混ぜながら怒る時点でおかしかった。何故に気付かなかったかと、撩の眉間に深い皺が寄る。

「えっと……、昼間チンピラに襲われて……退治して、雨降っていたからびしょ濡れになって……」
「何故それを言わなかった?」

 リビングで顔を合わせている時に気付くべきだったと撩は内心で舌を打った。一層に深く険しくなる撩から、顔を逸らすようにして香は続きを話す。

「だってぇ、怪我したの言ったら撩、呆れるもの。そうしたらパートナーを首になるのが近付いちゃうなぁって思ったら言えなかったの……」
「怪我まで隠していたのか。ったく、そんな事で首にしねーよ。どこを怪我したんだ?」
「えっと……」
「まぁ、いい。あとは俺の部屋で聞く」
「りょーの部屋?」
「ああ、手当てをするからな」

 夜の冷え込みはこれから増していく。露出度が高い恰好なうえに熱がある香を、いつまでもこのままにしておけない。自分の部屋には応急処置が出来る道具が全て揃っている。怪我の確認をしながら手当てするのに都合がいい。

 香が手に持っている靴やバッグを片手で持つと、身を屈めてその腕を香の膝裏に入れる。そしてもう片方の腕を肩に回すと軽々と抱き上げた。やはり怠かったのだろう。胸に抱いた香は抵抗も反抗もなく、幾分か幼く見える顔を撩に向けて小さく微笑むと目を閉じた。



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