砂の城六 

2005年12月04日(日) 10時33分
乱暴に扉を開けた。
それに驚いて愛しい顔がこちらを振り向く………事はなかった。
部屋の真ん中で赤い池に沈んだ姿があった。
呆然とする暇も忘れて、急いでその体を抱き起こす。
生気のない肌は冷たかった。
その腹部に赤く光る小刀が突き立っていた。
いくら呼びかけても反応はない。
脈だけでは信じられず、胸に耳を当ててやっと事実を悟った。
しかし陸遜に事実を素直に受け入れる余裕はなかった。
「嘘…でしょう……先程まであんなに…」
唇を咬みしめる。
「私のせいですか……私が殺…」
そこまで言って続けるのを止めた。
自分のせいだと認めたくなかった。
認めるのが怖かった。


恐らく陸遜が部屋を出た直後に果てたのだろう。
いくら探しても温もりは見つけられなかった。



その身を綺麗にし、新しい着物で包む。
以前、西涼の出だと聞いた。
本当なら故郷に帰してあげたいが、遠すぎる。
それ以前に亡骸でも手放したくはなかった。
異常な独占欲だと言われそうだ。
言われても構わない。
それほど彼女を愛していた。
いや…今でも愛している。


彼女には愛されていたのだろうか……


そんな事はもういい。
彼女は自分のものだし、これからもずっとそう。
離れる事なんてないのだから





砂の城五 

2005年10月17日(月) 22時32分
「周瑜殿に露見した事は計算違いでした。……この期に全て教えておきましょう」
ぱたん、と音を立てて扉が閉められる。
「貴女は新しい者としてここにいます。以前の貴女は皆の記憶の中だけです」
意味が分からない。
分かりかねる。
「皆には最近私に嫁いだ蓮氏と言う事で言ってあります。分かりますか?『陸遜の新妻、蓮氏』が今の貴女の肩書きです。間諜をしていた頃の貴女は既に死んだのです。彼女に貴女が似ている」
「そ…んな…」
「貴女を見つけた時に過去を話さなければよかった、と後悔しています。そうすればこんなややこしい事をしなくてすんだのに」

全てが事実。
皆が知る昔の私。
誰も知らない今の私。
陸遜の優しさは偽善?
記憶を取り戻すのを妨害している?
もう昔を知ることができない?

一つだけ…一つだけ聞きたい。
「伯言様…私は以前から貴女の妻でしたか?」
どうでもいい事だけど知りたい。
これまで嘘偽りだったら…。

短い沈黙。

「軍議に行ってきます」
聞きたい事ではなかった。
冷たくその背中に言葉をぶつける。
「逃げるのですか?答えてはくださらないのですか」
黙って扉は閉められた。
「伯言様…全てが狂言だったのですね…」
怒りとも悲しみともとれない感情が渦巻く。一息吐き長椅子に腰を下ろした。
何故か頬が冷たかった。



「いつかは気付かれると分かっていたはずなのに」
自嘲と取れる笑いを陸遜はこぼす。
覚悟はできていたはず。
だが、こうして現実に起こると無償にも複雑な感情が沸き起こって。
結局は自分が甘かったのだ。
「私も嘘が下手になったものです……そうは思いませんか?周瑜殿」
そう話しかけた先に周瑜が現れた。
「そうだな…やはり彼女は一筋縄ではなかったな」
「よく言いますよ。周瑜殿が勝手にあんな事を言ったせいではないですか」
「私は戦線離脱した身だからな。多少の味付けは面白いだろう」
周瑜は全てを陸遜から聞いていた。
既に妻を持った身であった周瑜だからこそ陸遜は話した。
記憶喪失のままなら色々考えなくていい。
苦労せず手中に収める事ができる。
からかう様に周瑜は言う。
「陸遜、今回の軍議はさほどのものではない。欠席してもいいぞ」
それが暗に何を言っているかよく分かる。
暗というより、少々露骨ではあるが。
陸遜は少し思案したかと思うと、一礼して駆けていった。

砂の城四 

2005年10月15日(土) 11時07分
困ってしまったが時間がないので、用件を切りだした。
「私は陸遜様の女官をしている者で、陸遜様に書簡をお届けに参ったのですが…」
「陸遜の…確か陸遜の女官はその妻と聞いていたが…」
「申し遅れました。私、陸遜様の妻にして女官を勤めさせていただいていま…」
「貴女が蓮夫人か!確かに似ている」
蓮夫人?
自分の名前は違うのに…
「陸遜から聞いている。最近嫁いだのだろう?陸遜も人が悪い。急に妻ができたと言うのだからな。周瑜が愚痴っていた、と伝えてくれ」
急に…?
以前から自分は陸遜の…。
それに自分は以前ここに…
陸遜が言っていたではないか。
昔、間諜をしていたと。
「ああ、そうか。君は知らないのか。昔、呉の将で君とそっくりな者がいてな。数奇な運命が彼女を消した…」
周瑜の瞳は遠くを見つめていた。
どこか淋しそうな色をたたえて。
「もうこんなに経つのか……君を見ると思い出すよ」
本当に懐かしそうで。
もしかしたらその人が自分じゃないか、と思い、言い出そうか悩んだ。
そうであれば自分の記憶の手掛りが掴めるかもしれない。
陸遜が何かを隠しているように思えた。
言おうと決めた。
「私は以前、ここ…」
「周瑜殿、今までどこに…ああ、もう会ってしまったのですか。後ほど紹介しに行こうと思ってましたのに」
陸遜は瞬間目の色を変えたが、とっさに取り繕った。
「すまんな。それにしても話通りだ。よく似ている。一瞬本人かと思ったぞ」
「私の自慢の妻です。…蓮、何かご用ですか?」
瞳はなぜ来たのか、と尋ねていた。
突然怖くなった。
「あ……これを…お忘れになっていましたから…」
震える手で差し出した書簡。
陸遜は何知らぬ顔してそれを受け取った。
「ありがとうございます。大事な物でしたよ…」
無言の重圧に必死で耐える。
と、突然周瑜は言った。
「そうだ陸遜。この期に皆に紹介したらどうだ?」
瞬間、陸遜の瞳が曇った。
明らかな拒絶。
「すみませんが彼女は少々体が弱く、人に慣れていませんので又の機会に」
それでも口調は穏やかだった。
周瑜は残念そうに見返すも、分かったと頷いた。
陸遜の手が肩に回る。
「蓮を部屋まで送ってきます」
「愛妻家なのはいいが、軍議には遅れるなよ」


部屋に戻る途中、陸遜の冷たい声が刺さる。
「質問は一切受け付けません。今回は私の過ちもありますが、貴女の過ちでもありますから」

砂の城三 

2005年10月12日(水) 14時19分
おはようございます、と挨拶する度に驚かれる。
相手が何か者を言う前に陸遜が黙らせてしまう。
不安になってその手を握った。
「伯言様…」
優しく握りかえされ、少しだけ安堵した。
「大丈夫です。私がいますから」
陸遜は微笑んだ。


仕事は至極簡単な事。
陸遜の身の回りの整理だけ。
それだけでいいのかな、なんて心配してしまう。
でも陸遜がそれでいいと言うのだからいいのだろう。

日が経つにつれ、仕事は少しずつ増えた。
でも、他人に関わる仕事は少なかった。


ある日、陸遜は軍議に出ていた。
一人部屋の中で帰りを待つ。
一人で部屋から出る事を禁じられていたのだ。
暇を持て余していた時、ふと一つの書簡かま目に飛込んだ。
何気無く手に取ってみると、驚いた事に陸遜が軍議に持っていくと準備していた書簡の一つだった。
内容は知らないが、恐らく大切なもの。
持っていかなければ、と思った。
幸い場所は陸遜の執務室に来る途中にある。

『ここで軍議や他の会議をするのですよ』

そう教えられていたのだ。
陸遜との約束を破る事になるが、そうも言ってられない。
書簡を取りに陸遜が帰ってこないのは、気付いていないか、忙しいか。
確か軍議は四半刻後に始まる。
それまでに届けなければ。

意を決して書簡を胸に部屋を出た。
無意識に歩調が速くなる。
幸い軍議前のお陰か、人通りは少ない。
毎日通い慣れた道。
迷わず到着する事ができた。

部屋の前には兵がいた。
普通に言えば通してもらえるだろうが、自分を人前に晒すのを嫌がった陸遜がどんな顔をするだろうかと、今更怖くなった。
でも、と第一歩を踏み出そうとしたその時、誰かの手が自分の肩に置かれた。
「何か用か?」
はっとして振り返ると、そこには陸遜に負けず劣らずの美丈夫がいた。
その顔は驚きの色に染められていた。
用件を言い出す前に先を制された。
「生きて…いたのか…」
「あの…」
「君が呉に帰って来たとは聞いていなかったが…まさか他国の…?」
「私は…」
自分が呉にいる事を知らない…?
要人に見えるその相手に彼女は困った。
このままでは書簡が渡せない。

砂の城二 

2005年09月20日(火) 20時07分
陸遜の屋敷の一室を与えられた。
身の回りの世話は下女が一切やってくれる。
やる事もなく、数日を過ごした。
陸家にいる自分はどうしても不自然としか思えなかった。
自分の居場所はここではない気がした。

──彼の妻である筈なのに。



登城二日前、陸遜に何ができるか聞かれた。
女官の真似事なら以前、府で行っていたと答える。
昔は間諜なんて大それた事をしていたらしい。
体が覚えていたとしても頭は覚えていない。
どう考えてもできる気はしないのだ。
陸遜は嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。貴女が間諜をやりたいと言い出したらどうしようかと思いましたよ。あんな危険な仕事をやらせる訳にはいきませんからね」
結構危ない事をしていたらしい。
「しかし女官ですか…」
あまりいい顔ではない。
ならば一体何をすればいいのだ。
「あ、でも…間諜やりたいかな…と」
俄に陸遜の顔色が変わった。
壁に押し付けられ、手首を掴まれる。
その痛みに顔をしかめた。
「体が覚えているのなら少し訓練すれば…」
「駄目ですっ!!」
陸遜の大音声に掻き消された。
鼓膜が震えているのが分かる。
手を壊死させてしまうかと思うほど、手首を握り締められた。
「伯言、さまっ…いたっ…」
「貴女はあの仕事のせいで私から……全てを置いて……!!」
怒りに震えた陸遜は訳の分からない事を口走る。
「消える……ずるい……!」
突然ふわっと甘い香りが漂った。
陸遜の首に絡む腕。
胸元の頭。
壁に押し付けられた手は青白くなっていた。
「大丈夫です」
声がした。
そのお陰で思考回路が戻った。
「大丈夫です。私は決して伯言様から離れはいたしません」
優しい声が耳に響く。
やっと陸遜は己のしでかした事に気付く。
慌てて手を離し、小さく謝った。
「すみません…貴女を傷付けてしまいました…もう傷付けないと決めたはずなのに…」
「私の事を心配する必要はありません。伯言様の仰る事が正しいのですから」
だから…と微笑んだ。
「伯言様のお好きなようになさって下さい。私は伯言様の道具となりとうございます」
女官であっても間諜であっても。
暫く考えた後、陸遜は答えた。
「私の元で…女官をお願いします。やはり間諜をさせる訳にはいきません」
思わずその優しさに涙した。

砂の城一 

2005年09月14日(水) 23時13分
「おはようございます」
初夏の清々しい空気が流れる。
にっこりと微笑む女性。
「ああ、おはよう」
つられて微笑んでしまった。
この女性、数ヶ月前に河岸にながれついた所を助けられた。
位の高そうな服装から貴人だと思われたが、当の本人は記憶を失っているらしかった。
府に届け出たが、手掛りはなかった。
仕方ないので府は家を与え、隣家の者達が生活の手助けをしている。
名前まで忘れてしまっている彼女を、胸の刺青から『蓮姑娘』と周囲はそう呼んでいた。
「蓮姑娘、そういえば府の方に行く日だったね。頑張っておいで」
「はい、ありがとうございます」
月に幾度か府で書庫や書類の整理を行っていた。
唯一の収入元であった。

「ああ蓮姑娘、丁度よかった。国から視察が来るんだ。貴賓室を掃き清めておいてくれないか」
府の門をくぐりざまに言われた。
その通りに貴賓室を掃除する。
塵一つ残さぬように細部まで丁寧に掃いた。
掃除が終わった時、視察団の到着を告げる声が聞こえた。
急いで来た者から視察団の世話を頼まれた。
慌てて身なりを整え、部屋の前に立った。
暫くしてそれらしき一向が見えた。
団と言ってもたった一人、従者はいなかった。
深く頭を下げ、部屋の前に来たときにその扉を開けた。
彼が部屋に入るのを待ったが、一向にその気配がない。
こちらを凝視したまま。
「貴女の名は?」
突然聞かれて戸惑った。
「蓮姑娘と呼ばれております。記憶がありませぬ故に」
「……いつ頃から」
「昨年の冬頃でしょうか」
「失礼ですが、胸に蓮の刺青がありませんか?」
「…よくご存知で」
一部の者しか知らない筈なのに。
瞬間、彼の顔が輝いた。
「貴女を捜していました。よくご無事で……あっ、すみません。記憶がありませんでしたね」
部屋に入る様、促される。
今さっき清められた部屋で説明を受けた。
思い出しはしないが、自分がどの様な人間だったを知った。
「貴女を城に連れていきたい。きっと皆喜ぶでしょうから」
記憶が戻るきっかけとなるならばこれ幸い。
行きたいと申し出た。

彼は陸遜と言った。
自分は彼の妻だったらしい。
そう言われた。



隣に眠る彼女に陸遜は優しく口付けを落とす。
逃がさないと言った。
府の者に説明し、彼女をもらいうけた。
結果、こうして隣に眠っている。
月夜に陸遜は呟いた。

「やっと捕まえた」

曉の宵十七 

2005年09月12日(月) 23時40分
燃える船上を翔ぶように駆ける。
炎を避けるように跳ぶ。
その度に着物がはためく。
炎の中を駆けるその姿は戦場には似合わない。
高く跳ぶ度に兵達の眼に強く焼き付けられた。
すぐに兵達の口から口へ伝わり、広まった。

「燃える船上に降り立った仙女」

仙女は孫呉の船を目指しているらしい。
曹魏の者達は助けに来たのだと思い、孫呉の者達は勝利をもたらしに来たと思った。


曹丕を見付けて走るのを止めた。
彼に近付いた時、周瑜の姿を見た。
周瑜と目があった直後、陸遜がこちらを見ている事に気がついた。
そして後ろに馬超の気配を感じた。
皮肉な事に揃ってしまった。

「曹丕様」
曹丕は振り返った。
「蓮の烙印は残っていますが籠の鍵は外れました。西涼の件、今でも感謝しております」

「周瑜様」
周瑜は驚いていた。
「お約束通り工作を終えました。馬超を蜀に帰して下さった事、感謝しております」

「陸遜」
陸遜は微笑んだ。
「意外と独占欲が強かったよ。でも…昔私がまだ呉にいた頃、初めて私の身を案じてくれた。ありがとう」

「馬超」
馬超は黙って頷いた。
「何も言わないけど、楽しかった。馬岱にもよろしく」

全てを言い終えた。
「困ったな…もうやる事がなにもない」
本当に困った。
だから船縁に立った。
ありがとうなんてもう言う必要はなくて。
皆何かを言っているようだけど、何も聞こえない。



「じゃあね」



体が後ろに傾いた。
重力に逆らわずに真っ直ぐ引かれる。
誰かが走り出した。
何かを叫んでいる。
目一杯こちらに手を伸ばして…。
届かないよ…。



水が跳ねる音がした。
二度とその姿を水面に見る事はなかった。





20050917
第一章 曉の宵end.....

曉の宵十六 

2005年09月08日(木) 0時05分
孫呉が全面抗戦を表明した。
周瑜と陸遜が軍師としていると判明した。
所葛亮が呉に来ていると知った。
その護衛に馬超がいると聞いた。
隣には曹丕。

役者は揃った。

ここで全てを決する。
自分の運命が決まる。
決める。


小さな戦がいくつかあった。
勿論負ける事はなかったが。
妙に大人しい孫呉の陣営。
嫌な予感がする。
胸元の蓮の花がうずいた。
気付かれないようにそっと押さえる。
丁度硬いものに触った。
懐に潜めた短刀。
唯一の武器。
今回は戦に参加させてもらえないらしく、渡された衣服は女物。
袖や裾が邪魔で動きにくい。
その上何を思ってか、少々露出度が高い。
全身の傷痕が見え隠れする。
胸元の蓮の花が立派に咲き誇る。
このような衣服を着た経験がないので尚更困惑する。
曹丕に理由を尋ねても「似合う」としか言ってもらえない。
逃がさない魂胆であろう事は薄々感付いていた。

気付けば曹魏の大船団は鎖で繋がれていた。
慣れない兵の船酔いを防ぐためだと聞いたが…。
これでは火計を用いられてはひとたまりもないではないか。
そう曹丕に進言したが、風向きの関係で心配はないと言われた。
曹魏の敗北を狙うからには進言する必要はないのだが、今の自分の軍議での発言力を考慮すると見落とせるわけがない。
複雑な事を言ってきた今、初歩的な事を見落とすわけにはいかないのだ。



予想通り曹魏の船団は火に飲み込まれた。
逃げ惑う兵達の合間を縫いながら走る。
服も髪もは乱れるが今更格好は気にしていられない。
襲い来る敵は短刀で対抗する。
使い慣れているので苦戦はしない。
服は違えど、以前の自分に戻った気分だ。
暗殺を裏でやっていたあの時の。
自分はどこに向かって走っているのか。


敵船付近まで進軍している曹丕を助けに…?
間諜としての仕事が終わったので孫呉に戻るため…?
所葛亮の護衛に来ている馬超に逢いたくて…?


ただ走った。
ひたすら走った。
行くべきだと思う場所に向かって。

曉の宵十五 

2005年09月05日(月) 23時31分
更に半年が過ぎた。
相変わらず曹丕の補佐を続けていた。
軍議での発言力も更に増し、赤壁で呉軍と対峙する所までこぎつけた。
蜀に送った間諜を使って呉と同盟を組むことをそそのかす事に成功した。
これなら自然に同盟関係は成立するはず。
当初の予定通り。
怖い位に事は簡単に進んだ。


曹丕と池を巡る。
池と言っても実際はもっと大きい。
水上での戦が不慣れな魏軍がここで訓練を行っている。
水上訓練を行ったとしても所詮付け焼き刃。
優勢勝ちは難しいだろう。
そう曹丕はこぼした。
それは最もな事である。
ならばどうするのか、と聞くほど愚かではない。
兵の数に物を言わせるのだ。
そうすれば自然と敵は怖気付く。
勝ち目はないと白旗を振る。
だがそんな事をさせるつもりはない。
そうでなければ何の為に魏に入ったのだ?
その為にここにいるのではないか。
「曹丕様、いくら数が多くても今のままでは孫呉は白旗を振らないでしょう」
曹丕は眉をひそめる。
「…何故だ」
「船の大きさが孫呉と同じです。これでは敵船に乗り込まれた時…」
「水上戦になれている孫呉が有利というわけか」
無言でそれに頷く。
「数艘で敵船に対抗できればいいですが、分断されてしまっては敵の思う壺です」
「ならばどうしろと…?」
「巨大戦艦にすればいいのです。一度に大勢乗れますし、分断されても数で勝ります。船には大分慣れたようなので今更でも大丈夫でしょう」
最もらしい事を言い並べる。
「…分かった。父に言っておこう」
暫く考えた曹丕の結論だった。
こうなる事を周瑜達は知らない。
ここ数ヶ月連絡していないからだ。
そろそろ間諜が盛んに動き回る時期。
下手に連絡すると足がつく畏れがあった。
とにかくこれで船数は減り、国の財政に響くだろう。
ここから先は軍師殿の担当だ。



残りの半年は早かった。
気付けば赤壁へ向かう船の上。
川風が髪をもてあそんでいく。
先に孫呉には警告が送られている。
孫呉の判断は知らない。
成り行きに身を任せる。
船が河一杯に並ぶ。
その布陣は溜め息が漏れる程。
孫呉の降伏を待つこと五日。
女郎船が近付いてきた。
女を売りに来たのだろうか。
華やかな楽が流れている。
見ていると、船上に見知った姿。
周瑜だった。
恐らく敵陣視察。
よくもまあ堂々と来たものだ。
すぐに逃げてしまったが、一度だけ周瑜と視線が合った。

曉の宵十四 

2005年09月04日(日) 1時00分
無事に魏に入った。
拐われる様に曹丕に手を引かれ、一室に導かれる。
そこでやっと曹丕に抱き締められた。
「帰ってきた…私の鳥よ」
そんな彼に苦笑を漏らし、先日の約束を思い出す。
「曹丕様のご勝手な行動ですか?」
「いや、父も知っている。お前は父にも気に入られているからな」
女一人の為に不可侵を条件に出すとは流石と言ったところか。
小さく、くすりと笑ってしまった。
彼はそれを見て不機嫌そうに鼻を鳴らす。
この行為はお気に召さなかったらしい。
交わした約束を覚えているだろうか。
「曹丕様、あの時交わした約束を覚えていらっしゃいますか」
当たり前だと言いたげに曹丕は耳元で囁いた。
「己が手で捕まえれば一途に愛すのだろう?」
笑ってそれを肯定する。
「私は己が力でお前を捕えたのか?それとも他が力なのか?」
さあ?と曖昧に返す。
「曹丕様のお好きな方に」
ならば答えるまでもない。
深く短い接吻を落とされた。
「私が捕まえた鳥よ、二度と放しはしない。私という檻の中で死ぬがいい」
全く…無器用な方だ。
素直じゃないのだから。
私を純粋に愛する憐れな人。
貴方を裏切らなくてはなりません。
でも既に気付いておいででしょう。
裏切る事位…。



半年は矢の如しに過ぎ去った。
期限は後一年。
曹丕に進言し続けた甲斐あって、軍議で曹丕の補佐にまで上がることができた。
この地位に就くまでに呉・蜀には多少ながらも犠牲になってもらった。
魏内でも信用されるまでになったのだから、目は瞑ってもらえるだろう。
秘密裏に呉に状況を知らせ、蜀に間諜を送る。
呉のためと動くが、心は複雑なまま。
どの国にいたいか聞かれても答える事ができない。
どこへ行っても情がありすぎるのだ。
「曹丕様」
ある時聞いた。
「もし…もし籠の鳥が逃げたら如何なさいますか?」
怪訝な顔をされたが笑って誤魔化した。
「お前は逃げる気か?…まあいい。私ならまず逃がさぬ。逃げぬ様、鎖ででも繋いでおく」
「それでも逃げたら?」
「逃がさぬのだから逃げぬだろう。だが…もし逃げたら、どんな手段を使ってでも捕える。私は父よりも独占欲が強いからな」
曹丕の眼が本気だと語る。
戦慄を覚えるも、顔には出さない。
怖い方、と怖がってみせる。
甘く唇が重ねられた。
貪欲に求められ、体を預ける。
曹丕の腕に支えられ、接吻を頂いた。
一年後に全てが決まる。
P R
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