優しさの行く末 

January 06 [Tue], 2015, 10:03
僕の家は一般的な基準がどの程度であれ、およそ『厳しい』と言って良い部類の家庭だったことだろう。主観的には確実に厳しかった。
無論、当時の僕が厳しいと思っていたわけではなく、遡った今の僕が厳しかったのだろう、と判断しているだけのことなのだがそこは些事だ。
論点はそこではない。

目下の僕の関心は『厳しさ/優しさ』の理想的な配分にある。


日本には国際的な競争力がない、などと言われて久しいのだが『それもこれも子供を甘やかして育てるからだ』などという論調が強いのは少し如何な物かと思う。確かにその言い分にも一理ある。競争そのものを制限すれば競争力が落ちるのは自明のことだろう。だが、全ての事柄について競争させよというのもまた極論ではないか。

そもそも、闘争心の強さというのは本当に必要なものなのだろうか。
国際的な競争力がどうたらとか述べるのは簡単だ。今現場に必要な人材がどうとかいう切実な問題もあるだろう。だが、人間というのは全て経済活動の為だけに生きているのだろうか。
実益の出る分野に従事する人間だけが必要で、それ以外は無用の長物か?
例えば競争力のない人間はどうするのだろう。淘汰される? どうやって?


勿論全ての競争に勝ち残った人間というのは非常に好戦的で、様々な資質に優れ、それによって如何なる環境に於いても勝利をもぎ取ってこれるだけの強さがある。
だが、その過程で大量に生産されていった敗者というのを一体どう処理するつもりなのだろう。敗者復活戦を戦えるのか? そんなものはどこにあるんだ。
勝てなかった劣等者の扱いについては完全に黙殺することによって上澄みだけをすくい取って『国際競争力を得よう』などと言っているのであれば非常に一面的な、勝者だけの視点であると言わざるを得ない。

極論だが例えば負けた者を皆殺しにするというのなら、勝者だけの世界で勝者の理論で全てを運営することができるだろう。物理的に敗者なるものが存在しないのであれば、それで構わない。
しかしながら『負けても生きている』人間が居るというのを忘れてはいないか。勝負事で『勝てない』人間は生きていてはいけないのか。


一つの基準に於いて優等であっても別の基準に於いては劣等であることなどそう珍しいことでもない。
大小各種様々な基準に於いて人間は常に評価され続けている。その中のどれか一つは所属集団に於いて一等を取れるか、或いはコンスタントに平均値を上回るかするわけだ。
そういう様々な尺度によって発生する微々たる勝敗のバランスを考えれば圧倒的に優位な人間というのは実はそうそう居ないものなのだ。何かができれば何かができない。相反する尺度のどちらも評価される場合は片方を持てば片方が無いのは語義上避けざる結果である。

そういう意味に於いて、僕は『強さ(厳しさ)』と『優しさ』というのが対立概念的に働くものだと思っているのだ。
強いということはそれだけ沢山の敗者を生む。あらゆるものを痛めつけるだけの力を持ち、他人を省みず、己の拳の保証する限り全てを切り開いていける勝者の理論だ。その代わり、己もまた淘汰されうる存在であるということを受け入れねばならない。自分だけは例外だなどと思うべきではないし、悔しければ自力で解決するべきなのだ。
それに比べ、優しさは迷いを生むし、決断力に欠けるものは決して何も掴めない。だが、脆弱な者に対する労りは、翻って自分が困窮した時に周りが手を延べる理由の一つになる。情けは人のためならずとは言い古された言葉だが、日本はどちらかと言えばそういう、相互扶助的な社会として長らくやってきたのだろうなと思われるのである。


国際競争力がない、というのは翻って言えば『競争に勝てない者でも生き残っていける国だ』ということでもある。優しい国なのだ。
その優しさが人を駄目にする優しさなのだとしても、騙しあい出し抜きあい誰一人信用してはならないような厳しい環境になるよりは余程マシだとも思う。



僕自身は厳しい家庭に育ち、人間を信用するなと教わってここまで生きてきたが、ある意味でグローバルスタンダードの僕が幸せだったかと言われると素直に首を縦に振りたくはない。
倫理は実益を伴わない。それ故に即効性を求めるタイプには少し理解されがたいかもしれないが、僕は中々に小狡い人間なのでどうしても『自分が優しくされたい』という甘えから人に優しくしておこうなどと思ってしまうのである。どちらも打算によるものだ。それが短期的利益を取ったか長期的利益を取ったかだけの差に過ぎない。僕らは皆打算的にできている。

なので、同じ打算に生きるなら他人をなるべく傷付けない方向に打算的でありたい。
そんな風に、思っている。
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無駄を愛せなくなったら人間をやめよう。
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