さらに

September 18 [Tue], 2012, 15:03

 七つになった。
 お父様が東京からお帰になった。僕は藩の学問所の址
あと
に出来た学校に通うことになった。
 内から学校へ往くには、門の前のお濠の西のはずれにある木戸を通るのである。木戸の番所の址がまだ元のままになっていて、五十ばかりのじいさんが住んでいる。女房も子供もある。子供は僕と同年位の男の子で、襤褸
ぼろ
を着て、いつも二本棒を垂らしている。その子が僕の通る度に、指を銜
くわ
えて僕を見る。僕は厭悪
えんお
と多少の畏怖
いふ
とを以てこの子を見て通るのであった。
 或日木戸を通るとき、いつも外に立っている子が見えなかった。おれはあの子はどうしたかと思いながら、通り過ぎようとした。その時番所址の家の中で、じいさんの声がした。
「こりい。それう持ってわやくをしちゃあいけんちゅうのに」
 僕はふいと立ち留って声のする方を見た。じいさんは胡坐
あぐら
をかいて草鞋
わらじ
を作っている。今叱ったのは、子供が藁
わら
を打つ槌
つち
を持ち出そうとしたからである。子供は槌を措

いておれの方を見た。じいさんもおれの方を見た。濃い褐色の皺
しわ
の寄った顔で、曲った鼻が高く、頬がこけている。目はぎょろっとしていて、白目の裡
うち
に赤い処や黄いろい処がある。じいさんが僕にこう云った。
「坊様。あんたあお父
とっ
さまとおっ母

さまと夜何をするか知っておりんさるかあ。あんたあ寐坊
ねぼう
じゃけえ外国人と出会い知りんさるまあ。あははは」
 じいさんの笑う顔は実に恐ろしい顔である。子供も一しょになって、顔をくしゃくしゃにして笑うのである。
 僕は返事をせずに、逃げるように通り過ぎた。跡にはまだじいさんと子供との笑う声がしていた。
 道々じいさんの云った事を考えた。男と女とが夫婦になっていれば、その間に子供が出来るということは知っている。しかしどうして出来るか分らない。じいさんの言った事はその辺に関しているらしい。その辺になんだか秘密が伏在しているらしいと、こんな風に考えた。
 秘密が知りたいと思っても、じいさんの言うように、夜目を醒

ましていて、お父様やお母様を監視せようなどとは思わない。じいさ
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