あれから… 

2009年09月14日(月) 21時45分
僕は結婚生活に傷をつけてしまいました。

まぁ詳しくは書きませんがね。

3月11日は仲良し記念日(笑) 

2008年03月12日(水) 10時33分
朝起きると数日前からイガイガしていた喉がヤバい事に…(ToT)

のどちんこが2倍に腫れ上がり、舌の根に常時くっついている!?もういつでも嗚咽しかでない(泣)

慌てて病院へGO!
点滴打って、薬飲んで…なんとか治まる(笑)
共働きの嫁さんは前もって今日を休みにしている。
今日の予定は
1、ランチビュッフェを食べに行く。
2、その店から歩いて家まで帰ってくる。
3、疲れを取る為に銭湯にいく。
という3つo(^-^)o

ランチビュッフェの店は名古屋は栄にあります、「大地のテーブル」有機野菜などにこだわった自然食レストランだ。

クーポンを使って先払い1500円を1300円にし(笑)中に入ると大半が女性だったがお構いなしにガンガン取る(笑)

自然食という事で脂っこい食品が少なく、それが長く一杯食べれる素晴らしい要因となった(^O^) 一つ一つの惣菜が美味しかったし、名古屋で食べたバイキングの中で一番良いと思った(^o^)

あっという間に90分が経ち、店を出る。

いよいよ…10kmの道のりを歩く時が来た。

青くんと赤ちゃん 

2008年03月02日(日) 8時14分
「青くんと赤ちゃん」
あるところに、「青」くんと「赤」ちゃんという二つの色がありました。
青くんは赤ちゃんが凄く凄く好きでした。
赤ちゃんは青くんが凄く凄く好きでした。
二つの色はいつも一緒で、遊ぶ時も、寝る時も、ご飯を食べる時もいつも一緒だったのです。
そんな時、愛し合う二つの色にある出来事が起きてしまいました。
愛し過ぎて、寄り添い過ぎた青くんと赤ちゃんは二つ重なり、「紫」になってしまったのです。一つになる事を望んでいたはずなのに…二つの色は悲しくなってしまいました…。
「もう赤ちゃんは居ない…」
「もう青くんは居ない…」
紫になってしまった二つの色は、もう互いを見る事も、寄り添う事も、触れる事も出来ません。
二つの色は「紫」の中で泣いてしまいました、それはそれは大きな声で泣いていました。
すると、紫から「青」と「赤」の色が涙となって流れだし、二つの色はそれぞれ元に戻ったのです。それから、二つの色はもう二度と重なり合わないように、けれど、いつまでも寄り添っていたのでした。

ミスターポストマン 

2008年02月21日(木) 22時25分
僕は性格的に大雑把だ。いや、もうホントに大雑把でよく驚かれる。机の上も周りも汚いし、部屋も汚い。
周りから指摘される度にそんな性格が嫌になる。周りは細かい人達で、ホントにキチッとしてんだよなぁ。

俺のこの性格、なんとかなんないもんかね…うんざり&げんなり。

××(ペケペケ) 

2008年02月20日(水) 18時38分
昨日初めての体験…初体験をしました。(←言い直した意味は特に無い。)
それは憑依です(笑)

くっついてきた事は多々ありますが、初めて中に入ってきやがったよ、霊のくせに(>_<)
奴は俺の隙を狙って入ってきました。
「マズイ!?」と思った次の瞬間には「僕」という存在は外においやられ、奴が僕ん中を暴れる始末…。

バトル開始です。
俺 vs 霊 です。

といっても奴は俺を無視…僕の体は涙を抑える事が出来ません。
「ち、ち、ちょっ待てよ!」
キムタクばりに叫んでも奴は僕ん中で泣き叫ぶばかり…。
「マジで無理だから!俺じゃ無理だから!?」
例えば、朝目覚めて起き抜けに江頭2:50からキスを迫られ、それから死にものぐるいで拒否して逃げる、みたいな拒否り方をしたおかげか奴はスッと消えていきました。

しかしその後も落ち着きを取り戻すのに時間を要しましたよ。

皆さんも、インフルエンザや胃腸風邪、そして悪い霊にはご注意を(-_-;)

水に似た感情 

2008年01月08日(火) 19時32分
中学生に入るぐらいだったと思う。兄貴がオーディオコンポを買ってもらっていた。
当時で10万以上したオーディオコンポ。僕は良いなぁと指をくわえて見てた。

僕が、高校卒業と同時に東京の専門学校へ入学した際、その2年前から東京に出ていた兄は俺と入れ違いで北海道に帰った。そして、その時に兄はオーディオコンポを俺に譲ってくれた。

既に古い機種とは言え、これで聴く音楽は最高だった。
スピーカーから鳴る音楽に合わせて歌い、ギターを弾いた…。紛れもなく、東京の2年間を共に過ごした仲間だった。
名古屋に越してからも、ずっとずっと使っていた。

そんなオーディオコンポと、今日お別れした。ハードオフで300円…。他のリサイクルショップに行ったら「売り物にならん」と言われた。そりゃそうだろう、10年も前の物だ。

帰りの車の中で、何となく思い出していた。今は既に亡くなった母と、兄貴がオーディオコンポでCDを聴いていた日の事を…。

「形あるものはいずれ壊れて無くなる」
けれど、それと共に過ごした思い出だけは無くしたくないと強く思って、家に帰った。

修羅 

2007年12月04日(火) 5時33分
小さい頃、ドラマの中でサラリーマン役の俳優さんが焼き鳥屋で食事をするのを見て、良いなぁ…とよだれを垂らしてた。
それはまるでアルプスの少女ハイジの中でおじいさんがヤギの乳で作ったチーズを暖炉の中でとろけさせているのと同じぐらい美味しそうに見えた。


そんな訳で「焼き鳥家」という焼き鳥屋にいった。店構えは古く、仕事帰りのサラリーマン達が利用している場所だった。そこに初めて入った。
感想として良かった。美味かったし、雰囲気的に場末な感じが俺には落ち着いた。
しかし、店に入った直後ぐらいから体調が?だった。
途中トイレにも何度か行った。


家に着いてからはトイレが恋人になった。
お腹の弱い僕は、よくトイレが恋人になる…今日また復縁したのだ。「最終的に落ち着いたのがコイツでした」そんな言葉言いたくない、とりあえず汚い話しではあるが出すもん出して風呂に入り、速攻寝た。

あ、寝る前に体重を計ったら前日よりも1kg以上減っていた。
皆さん、宿便は意外に溜まっております。


目覚めたら、こんな時間…お腹は何かゴロゴロ言ってるが大丈夫そうだ。
良かった…。
ホントに良かった。

 

2007年11月28日(水) 8時09分
11月27日(火)
休み

朝9時に嫁さんを駅まで送る。
10時半、曲作り開始。
メロディにコードを付ける→構成を練る→ドラムパターンを練る→ドラムパターン打ち込み→ベースライン決め→ギターパート音色決め、フレーズ構成→録音…。


終わりは17時…。疲れた…。

太陽をつかんでしまった 

2007年11月23日(金) 17時44分
11月22日

18時に仕事を終える。そのまま名駅へ。

高島屋の時計台下で待ち合わせ。
僕が一番乗りだったようだ。
18時45分、坂本さん到着。
石川さんがなかなか来ないので先ずは二人で店に移動。
店はレジャックのアジアンキッチンに決めた。ビールを頼み、メニューをガッツリ頼む。
その後石川さん合流。仕事の話、恋の話、音楽の話…。

店を出た後はカラオケで二時間熱唱。楽しい夜になった。

RIVER 

2007年11月18日(日) 19時35分
お袋があと一年しか(命が)もたない…
という兄貴の連絡が来たのは3年前の1月6日。
まだまだ正月気分が抜けない時だった…。

3月に3日間だけ休みをもらい実家に帰ると
お袋は脳に出来たデカイ腫瘍の為に若干認知症のようになっていたが
いつもの様に明るく笑顔を振り撒いていた。

一番大好きな、そして僕の事をこの世で一番愛してくれた母さんが…
今、目の前に居る母さんがもうすぐ死ぬなんて…全く考えられなかった。

4月の終わり…病気の進行は予定よりも早く、集中治療室に母さんは入った…。
5月2日、また実家に帰り病院に行くと…
母さんは訳の分からない管を通されて、呼吸器を付けられ寝ていた。
一瞬、見ている景色が歪んでいくのが分かった。
見たことの無い母の姿…受け入れる事なんて出来なかった。涙を堪えた…。
母さんに何の感謝も出来ていない、親孝行だってしていない…。
まだまだ一杯話したい事もあるよ、まだまだ教えて欲しい事もあるんだよ…。
憤りと悲しみだけが僕の中に積もっていった。

名古屋に戻る日、恐らく母さんに逢うのはこれが最後だろうという気がしていた…。
僕は意識が無い母さんの手を握って
「頑張って頑張って、一杯幸せになるからさ…天国で見守っててよ?
頑張って生きてくからさ」 と言った。

すると意識の無い母さんは…かすかに僕の手を握り返して笑顔を浮かべた…。
涙を堪える事が出来ずに僕は泣いた…。
母さんは意識が無くても僕の事を心配し、愛してくれていたのだ…。
P R
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:☆煮物ころがし☆
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 誕生日:1982年
  • アイコン画像 現住所:愛知県
  • アイコン画像 職業:会社員
  • アイコン画像 趣味:
    ・音楽-シンガーソンガー
読者になる
2009年09月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる