30→31 

October 25 [Fri], 2013, 2:29
ルンバが動ける家、が30歳の目標だったのに、邪魔になって片づけてしまいました。
当分出番は無さそう。

さて、ショートカットも早一年、30歳はただただ子を中心に、シンプルに過ぎていきました。

胎児の時も含めて、成長のひとつひとつが興味深く、
確実に生きる力を獲得していく姿を、尊敬の眼差しで観察しています。

健やかであってほしいと他意無く願う、親というのはそもそも純粋な生き物である。
そして、相手がまっさらだから、こちらもつられてまっさらで向き合っていく
その繰り返しに、
うまく愛情をやりとりできずに傷ついていた、
小さい自分が癒されていくのを感じています。

シンプルに過ぎた、とはいえ、振り返ればそれなりにいろいろありました。
人生初のローンを抱え新居へ
技術士総監にまさかの合格
CD発売&レコ発ライブ
あ、そんなもんか?
旅行もお休みだったしな。
児童館や商店街など、街の中で知り合いが増えたのがけっこう嬉しいものです。
あとは、えらく適当だけど、食事を日々つくるようになりました。
キーボードが弾けるように、なりませんでした。

なんだか自分の歳なんてどうでもよくなってきたけど、
31歳はこんな日々をもう半分過ごして、何とか保育園に入れれば社会復帰、リハビリの一年かな。
減りすぎた体重を、体力をつけつつうまいこと戻す
人前で歌える機会がつくれたらラッキー
あわよくば1資格(まだ取るのか)

満たされた毎日に多く望むものはなくて、
目標というより、なんとか切り抜けたい、という感じ。
自己実現欲求は年々低下しているような気がして
いわゆる「意識の高い人」から遠ざかっていく。差も付いていく。
それでいいのか、という自問に、危機感半分、開き直り半分。
もともと、荒れ地を切り開いてきた人生なんかじゃなく、
変化をおそれながら、
目の前の一歩をひたすら踏んできたのだし、
わたしにとってはそれで十分戦いだ。

会社にはなるべく迷惑をかけないように、とは思うけど、
逆に、世の父どもは当たり前に働けてることをありがたいと思えよ、という気もしたりして
とにかくやれるだけやってみるとしか言えないのが正直なところ。

先のことを想像するのは難しいのだけど、
自分の子どもの頃を思い出してみると、
いつもひとりで食事をしていたのは、かなり大きくなってもやっぱり寂しかったので、
そこだけはなんとか出来るように、
家族と自分の生き方を、長いスパンで探ってみたいと思います。











旅と社会貢献について 

May 25 [Sat], 2013, 14:49
知ってるふりをしていた宮本常一を近頃読んでいます。
明治40年に生まれ、生涯のほとんどを旅に費やし、
民衆の暮らしをみつめ、膨大な記録を残した。
私の生まれる前の年に亡くなっている。

大学3年で門内プレゼミに入り、最初の卒論指導で、
「伝建地区を全部見て何らかの調査記録をつくりたい」と言ったことを思い出した。
卒論では、はした金の貯金を使い果たして20の地区を見て回った。人生で一番旅をした1年だった。
それから10年の間、今日まで伝建も離島も街並みもたくさん見た。
彼(や彼の父)が言うように、高い所に登ってみて、名物料理も食べてみて、
ありのままの暮らしの姿を写真に納めるよう努めてきた。

ので、当然ながら圧倒的な共感を持って彼の文章と写真に触れたわけだけれど、
・写真に対して記憶を記述していない
・暮らす人とほとんど話をしていない
・経験を社会に還元していない
という大きな違いに愕然としているわけです。

今、赤子を連れて(ぶらさげて)歩いていると、買い物先で必ず話しかけられる。
かわいいねー、何か月?、ぷにぷにだねー、お利口さんだねー
3年暮らしても顔も知らなかった商店街の店主さんが、だんだん顔見知りになってきた。
将来、子が大きくなったとき、「この街に育ててもらった」的な発言をしてくれたら、親としては万歳!だと思う。

人の親になり、人に支えられて生きていることを多少知って、
「だれかのために」と気張らなくてもいいんだけど
やっぱり社会に何かを還元して死にたいと思うこの頃です。

パブリックとプライベート 

April 25 [Thu], 2013, 20:59
身近な人たちが被災地や地域のために昼夜働きまくる年度末
あまりに社会性のない生活への焦りと
ひとりの命を引き受ける不安を
両肩に背負いながら毎日が過ぎる。

そうはいっても
夫や親兄弟や自分の命だって明日の保証はないわけで
腐るまい気負うまいと言い聞かせて
おっぱいとウンチとネンネのループの中に織り込まれた
おびただしい成長を興味深く観察しています。

性格的に赤ちゃん言葉とか使わないと思っていたけど
気付けばごく自然に喋っていた。
独り言のように話しかけるのは最初はいたたまれなかったけれど
多少のコミュニケーションが成立するようになって楽しめるようになってきました。

手の込んだ料理なんてしないけど
それなりに三食作って食べて、
生活らしいことをしながら
やっと少し気持ちに余裕が出てきたかなぁ。
すごーく前に研究室の後輩がくれた料理のレシピ本をやっと開いたよ。

この立場になって、
子育ては重大な社会の役割だと感じていて、
さらに相当に社会に支えられながら行うものだと知り、
公と私というのは見方の違いに過ぎないと思うようになった。

この先どう社会で生きていけるか、まだ全然見えないけど、
人を育てることと二足のわらじを履きながら
支えられた分の還元をしなければ、と思います。


産んでみて 

February 18 [Mon], 2013, 22:50
予定より2週早く産まれ、予定日には子は1割増え、親は2割減りました。

楽なお産(とはいえ人生の大仕事ではありました)だったこともあってか、
自分の感動より、人が喜んでくれることが嬉しく、
私より先に初だっこを奪った夫のニヤニヤ顔とか
電話口の両親の心底嬉しそうな声に
「良かったね」となぜか私が言う側だった。
これ以上の孝行は一生出来ないだろうな、と思った。

その時、になってしまえば本人は覚悟を決めて臨むしか無いわけだけれど
周りの人たちは、そわそわと心配するしかできなくて
だから
おめでとう、ももちろん嬉しいけれど、ほっとした、安心した、という声には
改めて大事に思ってもらっているんだなぁとじんときた。

今はお世話入門(オムツ・おっぱい・おふろ)がやっと板についてきて、
目の前のことにひたすら取り組んでいるばかりで疲れて眠くて
母の自覚とか、
産まれて嬉しい、私の赤ちゃん!
という気持ちはまだあまりない。
でもかわいいし、あったかいし、何より面白い。
そしてなぜか時々泣きそうになる。

この子の人生はこの子のもので、
どんな茨の道かわからないけれど
できれば人に愛されて生きてほしい。
その最初をわたしがプレゼントできるなら、
親というのは切なくも幸せな役割だな、と思う。

母になるまでのこと 

February 03 [Sun], 2013, 12:46
細胞があっという間に人の形になり、
3センチの身体で手足をバタバタさせているのを見た感動から、
自分の中に命を抱えているという不安に
ずっと付き添いながらここまできました。
それでもとても心穏やかに、この7ヶ月ちょっとを過ごせたこと
家族をはじめ、職場、友人、みなみなさまのお力添えのおかげです。

確実に個として始まっているのに
物理的に繋がっていて、たぶん
人生のどの時期よりも心身に影響を与えあう
不思議な期間。
世のお母さんはみんな繋がっていたのに、
世のお父さんは誰も繋がっていなかった、というのもなんだか不思議。
すべての人についているヘソは、
産まれる前に繋がっていた証拠であって、
膨らんだお腹にひっくり返って飛び出した自分のヘソを眺めては、
また不思議な気分になる。

親孝行な我が子は、
「この時期はこんなことがあるかも?」と
たまごクラブが言ってるタイミングより少し早く
胎動やら、母体の変化や、あらゆるマイナートラブルを起こしては
自分の成長を主張してきて、
毎日新しい発見とともに母としての実感を育ててくれました。
無事産めるかも分からないのに、と思うと
なかなかウキウキとベビー用品の準備もできなかったけど、
9ヶ月に入ったら自然と
「育むからだ」から「産むからだ」に変わっていって、
ちゃんと揃える気になれた。

無事産めるかの不安と、産んだ後やっていけるかの不安を足し合わせても、
「育っていく」感動の方が3倍は大きかったように思うから
これから無事産まれたとして、
その割合が同じかそれ以上なら、
きっとやっていけるんだろうと思っています。

あとは個人的なことを言うと(いや、全部個人的なことだけど)
会社員勤めを6年やる間に、
「自分の言葉で語る」という技術者としての生き方の原則が形骸化してきていることに
すごく行き詰まりを感じていて、
古い引き出しを開けてはモチベーティブを演出しているような状況だったけれど、
きっと否応なく何かが変わるんだろう。
母であることをウリに働く気はさらさらないけど
それでもこれから先、きっと今までと違う言葉を使うようになるのだと思う。

親たちを見ていると、勤め上げる、というだけでどれだけ立派か思い知る。
資格や評価ばかり先行しても
中身の伴わない自分には全く頭を抱えてしまうけど、
恥ずかしくても見せて歩くしかない背中に
責任を持って生きていこう。

そんなわけで、そろそろ産んできます。
こんなにだらしなくて本当にしょうがないわたしだけれど、
親になってみよう。
自信がない方が、真摯でいられることもあるだろう。

気にかけてくれてありがとう。
わたしはいつも今しか生きられないのに
今まで、に出会った人たちの眼差しに支えられて
こうして歩いていきます。

30 

October 31 [Wed], 2012, 0:03
29歳は、昨年の自分いわく、
「入社以来30までと掲げてきた近場の目標を、
一年前倒しであらかた達成し、おまけにもらった一年」でした。
実際は、家を買って、新婚旅行に行って、妊娠する、という
おかげさまでなんとまた、まぁ順調な一年でありました。

会社員を6年、10000時間をゆうに働いて
若手技術者に対する社会や会社の要請には
それなりに応えてきたような気がするし、
それに見合った収入もいただいてきましたが、
一時代の技術を担ったというような自負は全く持てず、
周囲を見てみると、
本気で社会と向き合ってきた人たちとは
もう取り返しのつかない差がついたなぁ、と思う。

そのことと、自分の人生が幸せかどうかは、
ほとんど、相関していなくて
「幸せになるために生まれた」なんてことは
やっぱりちょっと違うと思います。

20代の後半は、「麻のような風合いの30歳」を目指し、
自分を追い詰めないことをかなり意識して生きてきました。
大学を出たころには、30歳の私が
こんなに生きることが楽になっているなんて、とても思えなかった。
はじめて男性とお付き合いをした17の時から、ずっと思い悩んできた
家庭を持つ自分、を受け入れられるようになったのは、
20代最大の、奇跡的な成果でした。
月並みだけれど、今につながるあらゆる経験と出会いに、
心からありがとう、と思います。

振り返れば生きづらさばかり思い出される
いいことがあれば反動で悪い夢を見て、
ぜいたくをすれば罰が当たるのではと不安になる
まったく損な性格で、
ままごとみたいな人生を、
恥ずかしながらコツコツと生きてきました。
人に愛されることも覚え
ご飯をおいしく食べられるようになって
おなか一杯に幸せで
欲しいものが何も思い浮かばないくらいでも、
生まれてきてよかったとは一度も思えなかった。
そういう自分が恥ずかしくて、
楽しそうな人や、充実している感じの人を
不器用に、いっしょうけんめい真似してきたのだ。

無防備で空っぽで手ぶらだった思春期の私に
生きる意味を教えてくれようとしたあの人たちに報いたくて
「今、これが、楽しい、ということだ」と決めて
生きてきてよかった、と言えるようになった日から
もう一回り以上も生きた。
それでも
イキイキとか、自分らしく、とか
そういうことに心底うんざりしてしまう時もある。

あんなに迷って、
今だって後ろめたくないわけではないけれど、
自分の中で別の新しい人生が始まってみると
そのことが思いのほか純粋に幸せで、
生まれてはじめて、
生まれてきたことも悪くなかったと、
ぼんやりと思えるようになってきている。

それにしてもこんなことは、
私と社会の関係においてはまったくどうでもよいわけで
私が私の内面のためにどう思い悩もうとも
社会でどう生きるかはまた別のこととして選択していける
それって面白いことだなぁ、
とまたぼんやり思う。

30代の私には
また、いろいろなことが起こるだろう。
その運命に向き合ったり受け流したりしながら、
いろんな風に価値観に影響を受けていくのだけれど、
内面の私の経験が、家族を守ったり
社会の私の経験が、誰かに必要とされたり
そんな風に進んでいく、心が通うことに希望の持てる日々であってほしい。

あと、ルンバが自由に動けるように、
今度こそ床に(なるべく)物を置かないように頑張ります。

ブーメラン 

March 21 [Wed], 2012, 0:01
誰かが誰かを批判するのを聞いたり、
自分が誰かの愚痴を言ったりしていると
いずれ自分の中で巡り巡って消化されて
自分への批判として戻ってくる
そういう面倒な性格です。
自分がこうしていれば、あの人があんな風に批判されることもなければ、
あの人があんな風に不愉快な思いをすることもなかった、とか
言わないだけで、私もそう思われてるんだろうな、とか
なんてね、くだらない。
自分が世界の中心か、っていう。

そんなわけで、
みんなが忙しくて不機嫌になる年度末は
ふわふわ漂っている苛立ちが
すべて自分のせいで起こっているような
そんな精神状態になって非常につらい。
助け合ってなんとか一つの成果をまとめあげる達成感、とかもないではないけど
どちらかというと普段より孤独な作業になりがち。

でも今年はそれ以上に、
自分の成長のなさと、伸びしろの小ささに
本当にげんなりする。
新入社員の時に作った資料とか見ると
よくできてるんだ

いろんな業務を経験させてもらって
給料もいくらか増えたけど
当時うまくできなかったことは今もできず、
当時の根拠のない自信や仕事を楽しむ姿勢はどこへやら

古い引出しから古い気分を持ち出して
リクルーターとして話したり、新入社員への祝辞を贈ったりするのが
気が重くて仕方ない。

なかなか春めかない季節のせい、ということにしておこう。

ソーシャルキャピタル雑感 

February 16 [Thu], 2012, 22:57
会社で「ソーシャルキャピタル勉強会」なるものが開催されたので、感想メモ。

ソーシャルキャピタルを高めないと現代の知識人にはなれないのだそうだ。
人とつながり、橋渡しをして、必要な支援を獲得する。
それはわかる、でも、人と関わるのは疲れるし、面倒くさいものだ。
あと、自分に価値のある人とだけ繋がろうとしてしまいそうで、
値踏みしているみたいで、ちょっと違和感。 

グローバルなITビジネスと、過疎集落の交通確保という、
全く相反する話題が同じ言葉で語られるのが不思議で、興味深い。
ソーシャルキャピタルは、
グローバルでは自分の価値を高めるのに必要なものなのに、
ローカルでは利他の指標となる。

情報を集めたければ、発信していなければいけない。
これからの「有識者」はそうでなければいけないのかもしれない。
でも、発信することそのものが仕事になってくると、
生産に時間を費やしにくくならないか?
生産が仕事のコンサルタントはどうあるべきか?
みんな、そこまで器用でも社交的でもない。

みやじ豚のみやじさんは、発信が兄で、生産が弟、分業だ。ふたりでセット。
Facebookでネットワークのハブになるような人は、もはやほぼ公人に近い。
みんながそれを目指すのはおかしな感じがするし、うっとおしい。

会社のコミュニケーションを活性化して、もっといい仕事をしよう、ということに、
ソーシャルキャピタルなんて言葉が必要だろうか。
ソーシャルキャピタルの高い人が評価されるのだろうか。
そうではなくて、人にはそれぞれ、適性と役割があるのだから、
会社はそれをマッチングするのが役目じゃないか。

以上、90分ほどソーシャルキャピタルを聞きかじった雑感。
人とつながることで、ひとりではできないことが実現できる可能性は、確かに広がるだろう。
一方で、人とのつながりはその人の価値の一面ではあるけれど、魅力とは別だ。
いい仕事をするには、たぶん人とのつながりはとても重要だから、
内にこもった仕事ばかりしていると焦りを感じてくるのだけど、
いい人生は、つながりの多さでは測れない。
つながりばかり追いかけても、人間の魅力は伸びないもんねぇ。
つながりを大事にできる心があるかの方が、もっと大切なこと。
そこを勘違いしないように生きていきたい。

1月tweet 

February 16 [Thu], 2012, 22:50
1/2
スマホデビューしました。ずっと買うつもりだった、キーボード付きREGZAはやめて、allowsZにしちゃいました。手書きの認識がすごい!ので、タッチパネルの練習をしそこねています。しばらく遊べそうです。

1/4
お正月休みは、だいぶゆっくりできた。今日からフルスロットルで90日。とにかくやりきってから考えよう。

1/10
乗り切るための資料づくりに甘んじているのに、それすらままならない。気分転換にと景観の方々の話を聞きに東大へ。迷い、悩み、時に諦めながらも、愚直なまでに地域に対して誠実な姿勢に励まされる。同時に、自分の仕事にがっかりげんなりし、結果的にすごく疲れて帰ってきた。明日、またがんばろう。

「今つくろうとしている500年に1度の災害対応の防潮堤は、500年後には土累と呼ばれているかもしれない。」

1/13
9年ぶりにガンズを練習することになりそう。若さに任せた当時とは違うロックをつくれるだろうか。ライブハウスではなく、バーのロック。

1/15
http://yfrog.com/escjymfj
これであってる?(鳩のポーズ)

1/16
スカイツリーを見慣れた目で、久し振りに東京タワーを間近で見たら、意外に小さいな、と思ってしまった後、なんとなく、ごめん、と思った。

昨日は中高の同級生と半年ぶりに会った。30間近の4人で表参道でガレットを食べるという何ともオシャレなプランなのに、全員ほぼ?スッピンだった。「気の置けない」って素晴らしい。

1/18
最近、「こうした方がいい」と言うことはあっても、「こうしたい」と言うことがなくなった。内心どうでもいいのだとしたら、この働き方はすごく間違っているかもしれない。

1/19
予定は、入れるものか、入るものか、という直感的な感覚は、その人の生き方と何らかの相関がある気がする。

食堂でひとりで食事をしていた後輩が、きちんと手を合わせてから席を立ったのを見て、そんな風に生きたいと思った。私はいつも、人にどう思われるかばかり考えているから生きにくい。

1/20
家にひとりでいると、家中の電気をつけないと気が済まない。あと、なるべく我慢しているけど、散らかっていれば散らかっているほど安心する。困るけど。

1/21
部屋がまったく暖まらない。部屋でもダウン。

それにしても、夏には冬の寒さを忘れてしまうように、年度末は年度末でないときの働き方を忘れてしまう。

1/22
スマホの天気予報が、「雨時々止む」と言っている。

1/26
来年度業務のプロポーザルの担当者を検討していたところ、同期から課長宛てに「ぜひ僕を担当にしてください!」とメールがきた。なぜだか感動して涙が出た。「入れてくれたら頑張るけどどっちでもいいですよ」とか言っていた自分を反省。がんばろう。

データを読み、人と話し、問題点を抽出して課題を整理し、解決策を考える。得手不得手はあるけれど、これらの作業にワクワクできない人ではコンサルタントとして生きていくことは苦痛だと思う。くだらない外圧に対応する苛立ちを、コンサルできている時間の喜びではぐらかして生きるのだ。

トップはひたすら「べき」を語って嫌われればいいのであって、現場より弱気で逃げ腰のトップなんて何の意味もない。やれそうなことを、やれないかもしれないからと、やってみてもないのに引っ込めるなら、だいたいの調査検討はお金の無駄だわ。

1/27
狩野英孝さんと電話して、私がこれまで見た狩野さんの夢(過去3回の記憶)を伝える、という夢を見た。狩野さん引き気味だったな…。

議事録は大事派。会議の場での認識のズレを調整し、話についていけなかった部分を確認できる。後輩が書いた議事録はできれば手書きで、忙しくても必ず履歴表示で真っ赤に直す。自分で書いた方が早くても、そこに人を育てる基礎があると思うから。残念ながら、この愛は伝わりにくい。

1/29
久し振りに人前でロックを歌った。英語の発音がいいので、留学とかしたの?なんてよく言われるんどけど、実際の英語力とのギャップは半端ない。カッコ良く歌うためだけに、発音だけを、たくさん練習したんだよ〜

こづくりのことが脳裏にちらつく今、良くも悪くも仕事に集中できたこの5年間の貴重さに驚いてしまう。たぶん子どもの手が離れる頃には両親が老いるわけで、次に自分の都合を中心に生きられるのは、それこそ、老後、なんだろう。

女性が損だとは思わないけれど(むしろ人生の豊かさで言えば得なのかも)、男女雇用機会均等が進む中で、社会的にも生き物としても、男と女は違うのだということに気づきにくくなっていると思う。

就職する時は就職することで精一杯で、人生としてどう社会と関わっていくかまではなかなか考えられないけれど、「どうやったら長く働けるか」=「より社会の役にたてるか」、そのために何を身につけるか、本当はそれを考えないといけないんだろうな。

12月tweet 

February 16 [Thu], 2012, 22:43
12/1
かつての張り切っていた自分が一生懸命作った仕事を、自分でぐりぐりと踏みにじる継続業務。夜を徹して。苦しくて言葉も出ない。思考停止のままひたすらに積み上げ、積み上がったものに少しだけ安堵する。最後に残るのは責任感だと思っていたけど、今あるのは微かな良心のような気がする。

12/2
体裁や言葉尻を繕ってやり過ごすよりも、真摯に誠実に相手に向き合う方が1000万倍大切だ。向き合う気が無いのに、向き合う場を設ける意味がわからない。プロポーザルで取ったのに、提案もしてないことに壊れそうなほど労力を割いている。報われないけど、やり抜かなければ。

それはともかくとして、景観・デザイン研究発表会のパネルをつくった。参加型パネルだよ。

12/3
会社の前で待ち構えているタクシーに乗って「江古田まで、」と言ったら、「TSUTAYAでよろしいですか?」と言われた。よくご存知で。。。以前に乗せた新入社員が、家に着くまで「会社辞めたい」とずっと愚痴ってたらしい。みんながんばれ。

12/4
景観デザイン研究発表会、発表終了。期待したほど議論は盛り上がらなかったけど、みなさんに何かを感じて持って帰っていただけていればいいな。「面白かった!」という声はたくさんいただきました。

発表会おつかれさまでした。繁忙期のなか、身を削って、まわりの方々にしわ寄せしながら出した論文&発表ですので、ご意見感想たくさんいただければうれしいです。

12/6
終バス、運転手さんと密室二人きり

12/11
4連続ワークショップ(合宿込み)を終え、倒れ込むように6時間眠り、おもむろに起きて欠けた月を鑑賞後、さらに10時間。寝過ぎて頭が痛いけど、まだ眠れそう。山越えたご褒美にパーマをあてたら、ロッチの汚い方みたい。

12/13
そんな4連続ワークショップの中日、どさくさに紛れて家を買ってみました。入居は一年後。

12/19
博多ラーメンの麺の「バリカタ」のように、牛丼のご飯の硬さが選べるなら、「やわめ・つゆだく・卵」でおじやみたいにぐちゃぐちゃ混ぜて食べたい。

心の豊かさを、つい人と比べちゃってたり、羨ましがったり、どうもポジティブになれないなぁ、と最近思っていたけど、そういえばもともとそういう性格だった。しょうがないなぁ。

12/20
人の仕事を肩代わりして、自分の首を絞めて、あとから腹が立ってきた。やっぱり、何にしても、感謝を伝えるのは早ければ早い方がいい。「ありがとう」を期待して待ってしまった時の何とも言えない惨めな気分。今更ながら、葉さんごめんなさい。

倖田來未さんが妊娠して来年のツアーに穴を開けたことが、ネット上で「プロ意識がない」と叩かれていて、この社会では少子化にもなるわ、と思った。もう何年も、家庭の築きかたと自分の働きかたを、ずっと、ずっと考えている。

12/21
月末から対応していた、youthレタプレの社会人対談企画を担当していた学生に、超長文のメールを送ってしまってから、これは完全に「お局のお小言」だなと我ながら思う。でも、伝えないより伝えた方がいいのだ、と信じて寝よう。

12/23
実家で親の年賀状をつくり、心の病気レベル(遺伝性)に乱れた台所の片付け。ペットボトルを剥がし、紙パックを切り開き、ひたすらにビンをゆすぎ、無数のビニール袋を捨てまくる先に現れる、希望の床!!今年最後の親孝行。

後輩の結婚式二次会、好きなひらがなでマスを埋めるビンゴで「うえからまきこ」と書いて臨んだら、ぶっちぎり一番でビンゴ成立!ナノケアスチーマーをいただいちゃいました!最近乾燥しすぎて肌ムケてたので、めちゃうれしい。ありがとう☆

12/24
粟島のある三豊市のメーリングリストに登録したら、曽保みかんが当たった。完熟で、甘くておいしい。それにしても近頃くじ運がいいので、年明けにはジャンボが当たっていると思う。

12/26
何もかもが面倒だ。考えれば考えるほど面倒だ。多分考えるから面倒なんだ。もっと優しくない性格に育てばよかった。

12/27
ナノイーナイトスチーマー、いいと思うんだけど、一番の問題は、わたし、毛布を被って寝るタイプだわ。

12/28
竹芝を出て、羽田沖にて停泊中。椿の島、大島へ。年賀状は向こうで書きます。今年はなんだかとても疲れたので、一つの島で、のんびり2泊してきます。大晦日に戻ります。

12/29
宿の門松で、猫が爪を研いでいる。。。

12/31
上田家で年越し。すっかり、普通になじんでいます。ありがたいことね。もう寝ます。みなさまお世話になりました。2012年も、どうぞよろしくお願い申しあげます。



P R
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