世界のラグビー 

February 07 [Tue], 2006, 11:07
少し脱線して、世界のラグビーについて書きます。
ラグビーの起源やルールについては、いろいろな文献を参照ください。

ラグビーの強国と言われているのは、
シックスネイションズ(6カ国対抗)の、イングランド・ウェールズ・スコットランド・アイルランド・フランス・イタリア(以前はイタリアを除いた5カ国でした)。
トライネイションズ(南半球対抗)の、オーストラリア・ニュージーランド・南アフリカ
以上の9カ国である。

1987年に始まった、ワールドカップでも、オーストラリア2回、ニュージーランド1回、イングランド1回、南アフリカ1回と、すべて上のネイションズの国が優勝している。

また、現在のランキングは、
1位  ニュージーランド
2位  南アフリカ
3位  イングランド
4位  フランス
5位  オーストラリア
6位  ウェールズ
7位  アイルランド
8位  スコットランド
9位  アルゼンチン
10位 サモア
で、9位・10位以外はすべてネイションズに所属するチームである(イタリアは12位)。
ちなみに、日本はアジアでは、1位であるが、全体では16位である。

ラグビーはサッカーに比べ、世界的な人気はないが、ランキングに含まれる国は、95カ国を数える。

各国は、愛称で呼ばれることが多く、
ニュージーランド・・・オールブラックス
オーストラリア・・・・ワラビーズ
南アフリカ・・・・・・スプリングボックス
アメリカ・・・・・・・イーグルス
などなど(すいませんあとはあまり知りません)。
ユニホームのエンブレムのマークが、愛称になっているようである。

また、イギリスのナショナルチーム(イングランド・ウェールズ・スコットランド・アイルランド)を、ブリティッシュ・ライオンズと言い、滅多に見れない。

私が好きなチームは、オールブラックスです。

ラグビーと私 1 

February 06 [Mon], 2006, 13:24
今回はラグビーについて、書いてみよう。
学生の頃は、冬はアメフト・ラグビー・サッカーの大きな大会が楽しみであった。
(今でも見ますが、サッカーが多いです)。

最初は、明治大学の「松尾雄二」氏が好きで、新日鉄釜石を応援していました。
しかし、強すぎるのでV4あたりからは、逆にこのチームを破る相手は、出てくるのかという点に、興味が移っていきました。

そこで、登場するのが、林・大八木で大学選手権優勝した同志社大学である。関西在住の私にとって、早慶明を破って、優勝したこと自体うれしく、このころから同志社ファンになったのである。が、しかし、釜石の牙城は崩せずV3に貢献してしまったのである。

そして、登場するのが、スクールウォーズのモデルになった、伏見工業から入学する、「平尾誠司」氏である。
林・大八木・平尾で、翌々年から、大学選手権3連覇を達成するのである。
そして、日本選手権、かなり期待していたが、見事に3連敗。V7の引き立て役になってしまったのである。

松尾氏はV7を手土産に引退する。

その後、平尾氏が後継者となり、神戸製鋼が黄金時代をむかえるのである。

続く。

スーパーボウル 

February 02 [Thu], 2006, 17:50
言わずと知れた、アメリカ最大のスポーツイベント。
何もかもが桁外れのイベントである。
開催地域には400億円もの巨大な経済効果がもたらされるそうです。

1月の最後か2月の最初の日曜日に行われ、「スーパーサンデー」と呼ばれている。
また、その前の1週間は「スーパーウィーク」と言われ、全米の話題はほぼこれに集中する。

基本的なことであるが、スーパーボウルとは、全米プロフットボール協会(NFL)のナンバー1を決める試合である。
16試合のレギュラーシーズンを戦い、AFL・NFLの各地区(東西南北)の1位チームと2位チームで勝率のいい2チーム(各リーグ6チーム)が、トーナメント方式の決定戦を行う。

今年は、ミシガン州のデトロイトのフォード・フィールド(ドーム球場)で開催される。
AFCが、ピッツバーグ・スティーラーズ。
NFCが、シアトル・シーホークス。
である。

また、スーパーボウルに欠かせないのが、ハーフタイムショーである。
数々のスーパースターが出演したが、昨年は、ポール・マッカートニー。
今年は、ローリング・ストーンズ、である。
試合だけでなく、ハーフタイムも楽しめるのが、最大のイベントたる所以なのかもしれない。

マメ知識ですが、スーパーボウルの開催地は、大リーグのオールスターのように、持ち回りではない。また、ワールドシリーズのような、進出チームの本拠地でもない(1試合だから当たり前かな)。では、どうして決めるのか?
スーパーボウルは、出場チームにかかわらず、あらかじめ開催地が決まっている(確か3年先まで決まってます)。ただし、1月の平均気温がセ氏10度を下回る寒冷地では開催できないルールがあり(ドーム球場を除く)、また多数の観光客、報道陣などが一気に押し寄せるため、宿泊施設などインフラが整備されていることも条件となる。これらを満たす都市はあまり多くなく、ルイジアナ州ニューオリンズ(過去9回開催)、フロリダ州マイアミ(同8回)など、開催地は特定都市にどうしても偏ってしまうのである。

今年も、NHK−BSで生放送(NTV系で深夜録画放送)されます。
興味のある方は、観戦あれ。

ワールドカップサッカー フランス・日本、韓国大会 

February 01 [Wed], 2006, 16:50
この2大会に関しては、おそらく皆様の方が詳しく、実際現在も活躍する選手も多いので、うん蓄は辞めておきます。

といって、今までの大会について、私が詳しいかと言うと、そうでもないですがね。

ま、今年開催される、ドイツ大会を楽しみましょう。
何が楽しみと言えば、ブラジルと対戦できると言う点です。
ブラジルと対戦できるのは、予選では3カ国。決勝トーナメントに残ったとしても、あと4カ国(決勝まで行ったとして)。真剣勝負の場で、対戦できるのは、うれしいことです。

ただ心配なのは、消化ゲームにならないかってとこです。
ブラジルが進出を決めていれば、おそらく手を抜いてくるでしょう。彼らの最終目的は、予選突破ではなく、いかに決勝に進出するかですから。
逆に、日本も進出を決めていれば、気楽に見れるでしょうが(実際はそんなに甘くないでしょう)。

サッカーの話題は、しばらくお休みします。

ワールドカップサッカー アメリカ大会 

January 30 [Mon], 2006, 14:49
ヨーロッパ・中南米以外で開催された初めての大会である。

しかも、野球やアメフト、バスケット、アイスホッケーという4大プロスポーツを抱え、サッカーに関しては、まったくの不毛国と言ってもいい、アメリカでである。

開催国が決まった時点では、アメリカは本大会に参加したことがない。もし、イタリア大会に出場していなければ、予選なしで初出場なんて汚点を残したかもしれない。
(実を言うと,日本もフランス大会出場していなければ、このような事態になったのである)

しかし、既存の施設を使ったとは言え、器がデカイため、最高の観客数を記録したのである。

この大会から、勝ち点が3、になり、引き分け狙いの試合が減ったのである。
しかし、炎天下(ヨーロッパのゴルデンタイムに合わせたため)の試合が多いとは言え、ブラジル、ドイツ以外の強国は、予選リーグでかなり苦労した。取り分け、D・E・F組は、得失点、当該チーム同士の対戦成績など、際どかったのである(特にアルゼンチン・イタリア)。
サウジアラビアが、イングランド大会の北朝鮮以来、初勝利をあげ、決勝トーナメントに進出したのは、すばらしいことだった思う。

結果的に決勝に残ったのは、ロベルト・バッジオ率いるイタリアとロマーリオ・ベベットのFWがかみ合ったブラジルであった。
延長を含め、スコアレスのドロー。
PK戦により、ブラジルが4度めの栄冠に輝くのであるが。バッジオが最後PKを外し、結果が決まったのは、何か運命みたいなものを感じた。

今大会中には、マラドーナのドーピング違反による、追放処分。
終了後帰国した、コロンビアの選手がオウンゴールの理由で、マフィアに射殺。
など、後味の悪い出来事もあった。

ちなみに、日本代表の「ドーハの悲劇」はこの大会の予選である。
いまでも、思い出すのは、カズさえあのセンタリングに対して、反則してでも止めていれば、ってことである(それだけではないでしょうが)。

ワールドカップサッカー イタリア大会 

January 24 [Tue], 2006, 10:51
この大会の興味は、88年のヨーロッパ選手権を制したオランダが、優勝できるかと言う点でした。
フリット・ラインカールト・ファンバステン、当時最強だったACミランのオランダトリオ。クライフがいた当時以上の布陣でした。

かたや、マラドーナ健在のアルゼンチン。
リネカー健在のイングランド。
黄金のカルテットがいなくなったとはいえ、強国のブラジル。
闘将マテウス・リトバルスキー・ブッフバルトの西ドイツ。
バッジオ・スキラッチのイタリア。

この大会で、台風の目になったのが、アフリカのカメルーンでした。
1次リーグで、アルゼンチン・ルーマニアに勝利し(ソ連には大敗でしたが)、アルゼンチンとルーマニアが引き分けたため、1位通過しました。
のちに、出場国が増えたとき、アフリカ枠が増えたのも、カメルーンの活躍があったからだと思います。

また、この大会では死の組と言われた、Fグループでは、オランダが苦しみ、4つ巴になり、3引き分けでようやく3位で、決勝トーナメントに進出しました。

この結果、決勝トーナメントの1回戦で、ブラジルとアルゼンチン、オランダと西ドイツが対戦すると言う、悲劇(両チームにとって)が起りました。
結果は、前回大会決勝に進出した、アルゼンチンと西ドイツが勝利しました。
オランダの野望は、1回戦でついえたのです。

決勝は、準決勝で開催国イタリアを破ったアルゼンチンと、カメルーンを準々決勝で破り勢いに乗っていたイングランドをPK戦で破った西ドイツの、2大会連続の組み合わせでした。

結果は、ジンクスを破れず、西ドイツが3度目の優勝を果たしました。

ちなみに、日本はアジア1次予選敗退という、問題外でした。

ワールドカップサッカー メキシコ大会 

January 23 [Mon], 2006, 16:24
ここまでくると、よくご存知の方も多いかと思います(それでも20年前ですが)。

ご存知のように、マラドーナのよるマラドーナのための大会でした。
伝説に語られる、準々決勝のイングランド戦の「神の手ゴール」と「5人抜きゴール」。
準決勝の2ゴール。結局勢いで決勝でも、西ドイツを撃破しました。

しかし、ゲルマン魂には敬服します、84年ヨーロッパ選手権を制したフランスに雪辱し、2大会連続準優勝なのだから(ルンメニゲや闘将マテウスは好きでした)。

もうひとつ、書いておきたいのは、準々決勝のブラジル、フランス戦である。
おそらく、ジーコとプラティニの最後の真剣勝負であろう。
ジーコはこともあろうに、後半26分PKを外してしまう。かたやプラティニはPK戦で外してしまう。結局フランスが勝利するのであるが、今大会1番の名勝負だったように思う。

また、得点王のリネカーの名前が世界に知れ渡ったのは、この大会である。

今大会から導入された、2次リーグではなく、決勝トーナメントは、1発勝負の恐さを思い知らされる大会になったことであろう。
また、八百長がないように、予選リーグの同組の最終戦を、同日同時間開催にしたのも、この大会からである。

余談ですが、このメキシコ大会は、本来コロンビアで開催予定だったそうである。
出場国が増えたことと、コロンビアのサッカー界が麻薬組織に牛耳られていたことで、変更になったそうである。
代替地としては、カナダ・アメリカ・メキシコ・ブラジルが名乗りを上げたそうであるが、カナダはサッカーに対する土壌、アメリカは国が広大であるが故(後に開催するのですが)、ブラジルは準備不足、これらより16年前に開催した、メキシコに決まったそうである。

ワールドカップサッカー スペイン大会 

January 23 [Mon], 2006, 11:27
戦前の予想では、ブラジルがどの様な優勝の仕方をするのか?って大会であったように思います。
しかし、スポーツはやってみないとわからないし、神様はいたずら好きである。
黄金のカルテット(ジーコ・ファルカン・セレーゾ・ソクラテス)の全盛期、誰もが決勝に進出するであろうと思っていた。

それが、運の悪いことに、1次リーグでイタリア(3引き分け、辛うじて得失点差で進出)・アルゼンチン(これまた、ベルギーに敗れる)が2位になったことで、2次リーグ(今大会まで)、死のCリーグになってしまった。決勝トーナメントの椅子は各グループ1位のみ。

マラドーナ・ケンペス健在のアルゼンチン。
鉄壁の守備を誇るイタリア。
ファンはそれでも、信じていた。

ところが、今大会彗星のごとく現れた(私にはそう映りました)、ロッシのハットトリックで、撃沈。
ジーコ自身は、1度もW杯を手にすることは、なかったのです。

あとは、勢いでしょう。
プラティニのフランスも、ルンメニゲ・リトバルスキーの西ドイツも、止めることは出来ませんでした。

南米勢が、ヨーロッパでは勝てない神話は1度を除いて、引き継がれたのです。

ワールドカップサッカー アルゼンチン大会 

January 20 [Fri], 2006, 10:05
マリオ・ケンペスのための大会であったような記憶があります。

決勝は、アルゼンチンVSオランダ。

紙ふぶきで、ピッチが見えなくなるくらいの中、延長の激闘をアルゼンチンが制する訳ですが、はっきり言って、受験の真っ最中で、ケンペスの活躍以外記憶にないのです(だったら書くなって:笑)。

でも、後々ビデオなんかでみて見ると。
スペイン大会で、黄金のカルテットと呼ばれる、ジーコ・セレーゾがW杯デビューした大会でもあり、西ドイツではルンメニゲ、フランスではプラティニなどがデビューした大会でもありました。

ワールドカップサッカー1 

January 19 [Thu], 2006, 9:13
昨日は私がワールドサッカーに興味を持った、西ドイツ大会について少し書いたが、この4年に1度行われる、地球最大規模の祭典(オリンピックは都市単位の開催であるが、ワールドカップは国単位である)は、1930年のウルグアイ大会で幕を開け、1986年のメキシコ大会までは、ヨーロッパ・南米で交互に行われている(例外もありましたが)。

そして、18回中6度は開催国が優勝している。
ホスト国が有利なのは事実であるが、大会前の下馬評通りにいかないのも事実である。

また、開催国が優勝しない場合でも、ヨーロッパ開催では、ヨーロッパの国が、南米開催では、南米の国が優勝をしている。唯一の例外は、1958年大会スウェーデン大会の、ブラジルである。

優勝回数は、
ブラジル     5回
イタリア      3回
西ドイツ     3回
アルゼンチン  2回
ウルグアイ   2回
フランス     1回
イングランド   1回
加盟国200を超える中で、7カ国だけである。

ま、これぐらいにして、いろいろデータを見たい人は、下をご覧あれ、

http://members.jcom.home.ne.jp/wcp/WorldCupframe.htm


日本が優勝いや決勝に出場出来るのは、いつになることやら・・・



これがほし〜〜〜〜いのよ、みんな。