本当の誇り 

2006年12月19日(火) 19時36分
やっと、僕は本当の誇りを知りました。

やっと、一生をかけて本当にやりたい仕事がわかりました。

本当の誇りを知ったら、今度はそれを守り通さなくてはならないと思っています。

がんばっていきます。

今から東京へ行きます。

全てに感謝しています。

東京へ 

2006年12月18日(月) 21時33分
発つのは明日になりましたっ。汗

明日の夜 

2006年12月17日(日) 19時13分
明日の夜、東京に戻ります☆

mixiをやめます。 

2006年12月01日(金) 1時01分
ブログは続けますが、mixiは退会することにします。

いろいろなことを考慮してのことですが、「わかった気になってしまう。」という姿勢を避けたいというのが一番の理由です。

せっかくなら、直接会っていろいろ話がしたいよ!

楽しみがんばっていこう!!

歌声と涙 

2006年11月12日(日) 21時26分
パンクロッカー・甲本ヒロトさんが海外に生まれていた、もしくは海外で過ごしていた時期があったとしたらどうゆう人になっていただろうと思うことがあります。

あの歌詞は限りなく日本の美であり、同時にあの力強い歌声は日本社会の体質に対するアンチテーゼであるような気がします。そこが僕にはとても哀しく響きます。その底辺にあるのは愛だと思うからです。多くの学生が「リンダリンダーー」を知っている。

甲本ヒロトさんのロックンロールに対する内圧のエネルギー値は計り知れない。

僕はそれが中田英寿さんの最後の涙に通じているものがあるような気がします。

戦争を強行したアメリカという国のブッシュ大統領の支持が低下したというニュースが物語るもの。

プレゼント 

2006年10月30日(月) 21時16分
ここの休み間、ひたすら曲を作ってました。もう、作るよりしょうがないんです。(こんなこと言うと仙人っぽいのですが、というより実際仙人なのかもしれませんが。笑)僕は曲をかくことで宇宙と一体になれます。それは既成概念を外したところで、他の人の存在やその場の空気や温度といった世界と一体になることで、その実感がないと生きてる!って感じられないんです。だから、下手っぴでもなんでも、かかずにはいられないんです。

でも、曲をかいたあとに訪れる一過性のカタルシスのあとの、どうしても苦しい想いはやはり消えずにいました。どうしよう、と思っていた時に気づきました。

「人生は旅である。」と多くの方が言われます。
中田英寿さん、村山由佳さん、ジョン・C・マクスウェル――。

僕は、その「旅」の目的がわからないから苦しかったんだと今にして思います。

その「どうしよう」と思っていた時、前にこのブログでも書いたおじいちゃんの言葉を思い出しました。
――「僕はできるだけキレイな花を作って人にプレゼントしたいんだよ。」

そうか!’プレゼント’だ!
僕なりに言うならば、「人生とは旅であり、旅の目的はプレゼントすること。」です。
だから、’居場所’って具体的な場所のことじゃないと思うんです。

僕にとって’場所’はあまり意味を成しません。文化の違いとかはあるけれど、もっと大局的な視野で言うと。
いつも、向かう先は’誰か’がいてくれるところ。

そう考えてみると、今までの自分がいかに荒んでいたかがわかりました。

経済的に財を成したひとが主に「成功者」と見られていますが、その言葉は正確ではないと思います。
ビル・ゲイツさんの顔があれだけ柔和なのは、巨大な富を得たからというよりも、「寄付をする心」を忘れてないからだと僕は思います。そこを表面しか見ない方々が勘違いをしてしまう。

美しい笑顔を見せないで難しい顔ばかりしている「成功者」は僕、嘘だと思います。

’プレゼント’。
これだけは絶対に譲ってはいけないと思いました。

First priority 

2006年10月16日(月) 20時43分
かつて僕は、何年か生きてればいつかバーンとでっかい答えが出て、それからは絶好調!的になるのかと思っていたのですが、そうじゃないと今日思いました。

ひとによるとはもちろん思いますが、僕は「自分で考えてoutputして、まわりのひとの反応を見て、自分で判断して、何かを拾って、また考えてoutputする。」の繰り返しではないかと。(’何かを拾って’がツボです。)

大切なことはふたつ―ひとつは'autonomy'を持って自分で行動すること。もうひとつは大切なひとへの想像力ではないか、という気がします。

そしてそれら全ての大前提にあるのが、自分の人生における'First priority'を自分で決めることではないかと思います。そこからあらゆる行動が生まれると思うからです。(強いて言えば、ひょっとしたらそれが「答え」なのかもしれません。)

なんとなく伝えたいことだったので書きました〜。

ひとり de structure 

2006年10月08日(日) 0時18分
これから ’ひとり de structure’プロジェクトを開始したいと思います。

僕が作った構造体をアップしていくというものです。

今日はこんな構造体を作りました!これ、ホントは透明のロープが前に傾いたり、3次元的に動くのですが、それを撮影するのは難しかったので、平面で載せます。

’ひとり de structure’という言葉には、「ひとりで構造体を作る」という意味もありますが、同時に’de structure’には、’destruct’(=破壊する)という言葉のニュアンスも含めたつもりです。

僕は、もちろん過去の業績を残したひとには敬意を払いますが、基本的に既成のものがあまり好きではありません。だって・・・つまんないんだもんっ!笑 でも、その一方で人間にとって根源的に大切なことは昔からあまり変わっていないことも忘れてはいけないと思ってます。提示の仕方は、ひとによると思います。 僕は、全く新しいもので提示したいなと今は思っています。

今まであんまりクラシックには興味なかったのですが、今日はモーツァルトの音楽に感銘を受けました。

something about lives 

2006年10月06日(金) 20時22分
集団主義に依存している人に限って個人として活動している人が失敗した時に、その過失の責任を猛烈に批判してくるものだ。逆に個人として成功したときには、あまり賞賛しないか、まるでお祭りのように賞賛する。それはもちろん、一過性の賞賛である。そうゆうひとに限って、周りの評価が変わるとコロリンと姿勢を変えるものだ。一部のマスコミを見ればすぐにわかることだ。

彼らは個人として努力した人の道のりを理解しようという文脈を持っていないため、ハッとはしても、自分には関係ないと思ってしまう。こんな共産主義的な考えではもったいないどころか、危険だと言えるだろう。

集団主義に依存している人とは、談話はできてもフェアで刺激的なコミュニケーションは成立しない。

そうゆう人たちを黙らせるため、そうゆう人たちのイージーな評価に踊らされないため、カタルシスを得るため、自分自身を見失わないため、元気で冷静な自分自身でいるため、そして刺激的な人に出会えるためには大好きなことを追いかける努力を日々するしかない。’努力’というのは受験勉強のようなものではない。ここが、多くの人が人生に対する言葉の意味を混在してしまうツボだと思う。努力とはエキサイティングなものであるべきだ。

最悪な事態を断る権利は誰にだって、僕にだってある。しかし、日本という国の多くの部分を担うであろう多くの大学生は、この最悪な事態を断る権利を行使しないのだから、驚くべき、というか愚かと言うべきだろう。こんなに美しい国なのに。

最悪な事態とはなにか。それは、自分の感性や考えが正しいということを証明できないということだ。誰にだって感性はある。サザンオールスターズの「TSUNAMI」を聴けば、あぁ、自分の感性は美しいのだ、と多くの人は思うだろうし、それは間違いではない。しかし、問題なのはそのことを元気に、社会的に証明できないということだ。もちろん家庭内で愛情を育むことはできるし、それは本当に美しいこと。でも元気に社会的に証明できないと、満たされない充実感を家庭や身内での「談話」か、「趣味」によってやり過ごすくらいになると思う。証明する方法は、大好きなことの努力を続けて、スキルを磨くしかない。

なんでこんなことを長々と書いているかというと、自分が好きな友達たちが、10、20年後になって、「好きだった」という風になるのが哀しいという漠然とした(ひじょーにおせっかいな 苦笑)予感があるからです。別に啓蒙者などになりたいわけではないし、自分の今の実力からして説得力が殆どないのもわかってます。でも、もちろんたまにはグチだって言うけど、10年後、20年後になっても自分の好きな友達とエキサイティングな食事ができたらいいなぁ。

断っておくけれど、別に自惚れて「自分の考えが絶対だ!」的にこんなこと書いてるわけじゃないですヨ?もしかしたら他にもあるかもしれない。ただ、多くの人を見てきて、僕が感じる違和感を整理して言語化しました。そしてそれは言うまでもなく誰にでも可能なことだと思います。something about 'lives'です。ここでひとつ仮説を立ててみたいと思います。逆に言えば、個人的で好きな努力ができる対象が見つかれば、法律や経済的な問題が特にない限り、どんな国でも自分が好きな国を選んで基本的に楽しめるのではないかと。(もちろん、語学は必要だとは思います。)

(そしてこれは別に努力とはあまり言えないけど)今、構造エンジニアのピーター・ライスの自伝が最高です!

a statement 

2006年10月04日(水) 22時30分
珍しくマジメに書きます。(いや、いつも大体マジメなんですが)

僕は、うたぶを退部することにしました。その理由を説明します。

まず第一に、ピアノ伴奏者として引き受けたことは事実です。ただし、それは僕が入部した当日のことで、詳しい練習時間や、スケジュールなどを聞かされていない状態でした。しかし、引き受けた以上、努力はしました。そして、その後に起こった細かいスケジュールの変更のことや、やってみた結果、「これは間に合わない。」と判断したのが一番の理由です。そしてもうひとつ、本当は他に弾ける人がいるのに、「他に誰も弾けないからがんばってくれ。」などと言われても正直困ります。

決して仲たがいしたいわけではないのにね。うたぶのみなさん、僕は力になれなかったけど、文化祭成功させてください。

追記  この後、うたぶの方とは和解しました。言ってしまえば話し合いが足りなさすぎたことがコアな問題でしたが、突き詰めて言えば簡単に引き受けて、簡単に勘違いをしてしまった僕が悪かったと思います。本当にごめんなさい。
P R
2006年12月
« 前の月  |  次の月 »
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
最新コメント
アイコン画像junnosuke
» 本当の誇り (2006年12月26日)
アイコン画像ピンバ椅子
» 本当の誇り (2006年12月21日)
アイコン画像junnosuke
» mixiをやめます。 (2006年12月09日)
アイコン画像ゆみ
» mixiをやめます。 (2006年12月01日)
アイコン画像junnosuke
» プレゼント (2006年11月02日)
アイコン画像ピンバ椅子
» プレゼント (2006年10月31日)
アイコン画像junnosuke
» ひとり de structure (2006年10月13日)
アイコン画像まお
» ひとり de structure (2006年10月08日)
アイコン画像junnosuke
» 希望のわりばし (2006年09月25日)
アイコン画像ta-ji-
» 希望のわりばし (2006年09月23日)
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:lalalasrf
読者になる
Yapme!一覧
読者になる