Ancelme Selosseの教え
2012.04.27 [Fri] 09:09

◆Ancelme Selosseの教え

シャンパーニュに来たなら、彼に話を聞かない訳にはいかない。

今では常識にもなっているレコルタン・マニュピュランが
脚光を浴びていく中で、常にその円の中心にいた人物。


「Ancelme Selosse アンセルム・セロス」


つい昨年にはAvizeで売りに出た建物を買い取って改装し、
オーヴェルジュを始めたことも記憶に新しいかと思います。



約束の時間、ホテルのレセプションに行き彼を訪ねると、
向かいにカーヴで待っていて欲しい、とのこと。



気温の低い、今年の春。いつもより冷んやりとしたカーヴに入ると、
無造作に置かれた樽。

窓辺にはフランシス・エグリの赤ワインが置いてある。



背後から話し声を感じると、噂通りの自然体でアンセロムが現れた。



今回は彼のワインの買い付けが目的ではないので、東京のカヴィストです、
とだけコンタクトの時も言っていたし、今回も同じように伝えました。

手短に挨拶を済ませると、軽く振り向くだけで、
ついてきなさい、とも何も言わず、カーヴの奥へいってしまう彼。



ブルゴーニュのトネリエの樽が整然と並んでいる。
見るとすべてがフランソワ・フレール社ではないみたいだ。

よく見ると樽の上部の栓がしっかりはめられているものと
逆さにして、ただ被せてあるだけのものがある。

ワインがどういう状態か、いつも気にするんだ。
アルコール発酵が終わっていないものは逆さに、
マロラクティックに映ったものは下向きに。

よく、マロラクティックはどうとか聞くだろう。
私はカーヴにいくつかの風の通り道をつくっている。

寒い年と暑い年でそれは異なるし、
樽によっても異なる。それは自然が決めることで、
私の決めることではない。



と、ここからアンセロムは饒舌に語りだしました。

が、どう言葉にすればよいか・・・。
彼の言葉はフランス語が完全ではない自分には理解が難しく、
単語単語で汲み取っていくしかなかったので、
ここからは、おそらくこうだろう、という内容になります。

===================================================================
まず、葡萄栽培について。

人は何かをするときに数値的な考えをするが、
自然とはそういうものではない。

たとえば、葡萄の糖度、酸度、タンニン、
これは数値に置き換えることが出来るが、

ワインを飲んだ時に人が喜ぶこと、これは数値から導かれるものではなく、
私たちは栽培時、その葡萄がどういうコンディションなのか、耳を傾ける。

良いヴィンテージや、高価な価格のついたものをありがたがるのは
ただの感情であり、嬉しい、悲しい、つらい、という人間の感情も
また数値にすることはできない。

暑い年だ、涼しい年だ、うまくいった、いかなかった、
すべては良い悪いでなくそれが自然なことなんだ。

====================================================================

歩きながらカーヴの入り口に戻ると、
おそらくシュブスタンスのソレラの途中のタンクに登ると
ピペットでグラス一杯分のワインを抜き取り、

「飲んでみなさい」と一言。




=====================================================================
葡萄の栽培はパーセルによって違うのは勿論、畝ごとにも違う。
もっといえば、根の生え方によっても違うし、房ごとに違う。

だから私は2002年に、ビオディナミをやめた。
君は日本人だから、福岡正信氏と知っているだろう。
彼は素晴らしい人物だ。

ビオディナミに拘るがため、決められた日に決まられたことをする、
その世界で認められたものだけを使用し、対処していくことは、
視野が狭くなるだけで、自然とはそういうものではない。
=====================================================================




ここはAvize。外からはAvizeの風が舞い込み、
私が手に持っているワインは、この土地で生まれたワイン。

Avizeらしい酸の強さがあるかな〜?
セロスは樽が強いし、酸化的な香りのバランスはどうかな〜?

そんな分析は今、必要ないことだけは、
おぼろげに分かっていました。



=========================================================================
正しく育てた葡萄の粒は、傷のない皮に守られ、100%必要なものを含んでいる。
これを皮から取り出すだけだ。

自然界には花が咲き、キノコが生え、虫が住み、ウサギが住み、
太陽や光、水、空気、温度、湿度、様々なものがバランスして今、この現状がある。

葡萄を育てていくことは、その土地の個性をそのまま出してあげること。
アヴィズはミネラルのワインだ。

正しく育てた葡萄のつまったすべてが揃った果汁を抜き取ることができれば、
あとは私はなにもすることがない。

ついてきなさい。
=========================================================================

さらにカーヴの奥へと進み、地下深く続く階段を下りていきます。




壁際に並べられたラベルのないワインと、
たくさんの飲みかけの水?

??




======================================================================
フランスには多くのミネラル・ウォーターがある。
それぞれ生まれた土地でミネラルの種類も量も異なっている。

昔の修道士たちが首がら下げたタストヴァンがあるだろう。
暗闇のカーヴで修道士たちは何をしていたか。

目をつぶっても、彼らはそのワインがどこで出来たか
知ることが出来た。

彼らは色を見ていたわけじゃない。
土壌に含まれるミネラルを嗅ぎ分け、それを習慣にしていた。

タスト・ヴァンという言葉の意味は、そういうことだ。

ここではワインのミネラルを感じながら、それを考えてみるといい。
=====================================================================




ミネラル含有量も書いてある。4774mg・・・
たしかにミネラル(潮っぽい)の味がはっきりとわかる。。




ここにあるボトルはMesnil,Avize,Ambonnayの同じ年のワインで、
それぞれDosage量を変えている。

========================================================================
原酒は同じでも、ワインにリキュールが同じように馴染んでいくわけではない。
リキュールの量によってこのバランスだと香りがより膨らんだり、
少し増やすとクローズしてしまったり。

これもワインを見ながら、それぞれ決めていく。すべて状況によって異なる。
何グラムが良いか。数値が問題ではない。
========================================================================



これは何もしていない。
Dosage 0 g メニルの2006年だ。(リューディ・キャレル)

あとは徐々に増えるとどうなるか。







自分にはそこに違いがあることは確かに彼の言うとおりだ、と思いましたが、
もうこの時すでに、ただそのままを感じることしかできなくなっていました。

メニルはただメニルで、
アヴィーズはただアヴィーズとしてここにある。

私はただ、その土地の個性を
ワインにするだけだ。



ふと、オーベルジュに飾ってあった彼の後ろ姿の絵が
頭をよぎりました。

あとは考えなさい。

自分が何をすべきかは、皆違う。
自然はそういうものだ。

たぶん、この後ろ姿に、多くのヴィニュロンが影響され、
彼の背中を見てきたのだと思います。

今、各地で活躍する小さなシャンパーニュ。
ただ、その土地の声をワインに宿すだけ。

彼は何も教えない。私に弟子などいない。
そう言っていた記事を読んだことがあります。



Merci, それだけを言いました。
またひとつ、何かを考えるきっかけが出来たんだと思います。

ジャック・セロスのワインはこちらで御覧いただけます。