泣き言を書く、その先へ。

July 20 [Fri], 2012, 18:03
泣き言を書く、と言うことはすごく難しいことだと思う。
書く方は書いたことで溜飲が下がっても読む方はたまらない。
そう言うことはあちこちで散見したし、実際泣き言を書いたことで人間関係を壊してしまうことは私を含めてあちこちでいつもいつも起こってることだよね。
泣き言を書くこともそうだけど、悪口を言いちらすネガティブな発言を繰り返すこういうことがやたら周りでもあるから、なおのこと文章として残るものを見るとむらむらっと嫌気がさしても来るし、実体験を重ねて腹も立ってくるんだろう。
ネットの向こうの人は、実際どんな人なのかどんな環境にいてどんな生育歴があってどんなことが好きでどんなことが嫌いでどんな人と一緒にいてどんなことがつらくて実際それをわかり合うまでに時間がかかるし、おそらくはほとんど相手の人となりなんてわからないままで相手の文章を読むことになるんだろう。
だからなおのこと自分がもっている感情や実体験から得た意見が相手の状態を凌駕して表に出てくることになるんだろうなと思う。
大津のイジメ事件への世間の反応なんか見てみたらわかる。
実際意見している人たちは、事実なんかわかりもしないまま、自分の思いこみだけで行動してるだろう。
それでも、場を分かちあって、ここでならと想いを込めて、ここだからこそと書きたい、そんなときもある。
一件記事を消した。
いわゆるネガティブ記事だったから。
イイネをつけられて、消された形跡があった。
間違いだと思うけれど、読まれた方に申し訳ないなと思い、記事はやっぱり消した。
自罰的な性格は、どこからくるんだろう。
自罰的な感情は、救いがない。
どんなイイコトが起きてもいつも疑ってる。
悪いことはすべて自分がそこに存在していたからだ。
そう思ってしまうから、結局気が休まるヒマがない。
どう見ても、私など、落とし物が多すぎて、だから上手く生きられないという自覚があって、目の前に障害がそびえ立てば、がんばる気持ちより先にがんばれないかもしれない自分の方に嫌気がさしてしまう。
感覚があって、考えるアタマがあって、だからなおのこと自分のそのだらしなさに呆れてイヤになる。
泣いてなぐさめられてそれで立ち上がれるならそれでいいじゃないか。
もう、そろそろ、なぐさめられたって歩き出せない。
そんな時代が来つつある。
そんなで長生きしたって、意味ないとも思う。
手術する、と言うことはそこから先を生きると言うことなのだ、だから自分、そんなに生きていけるのかと、手術した事実を生きる力に変えられるのかと、自問自答してしまう。
手術が成功したらリハビリをがんばって元の膝よりもっと動きのいい膝を手に入れて高橋大輔みたいに私、テニスの試合に出ようと思う。
スキー、バッチテスト取ってみようかと思う。
自転車旅行にでてみようと思う。
市民マラソンに出てみようかと思う。
それくらいして、生きてももいいんじゃないか、手術後の自分。
手術準備のために、Waikmanにたくさん曲をいれた。
まだ本田美奈子を入れてない。
井上陽水も、KANも入れようかな。
山下達郎と、竹内まりやも。
Walkmanに曲を入れたら、うちにもともとあったドックスピーカーを持ちだして流してみている。
CDを入れ替えたりしないって便利なんだ、と今さらながら思う。
そうだ、WaikmanをAC電源から充電するための機械も買っておかなくちゃ。
入院中、充電やらなにやらで、電源が欲しいから、延長コードももっていかないといけないな。
それは教室にいっぱいあるから持ってきておこう。
ここから少しずつ生きていこう。
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