谷村新司 「ココロの学校」 岩手県奥州市「胆沢文化創造センター」

April 01 [Sun], 2012, 12:06



やっと水沢江刺駅に到着しました。

今までこの駅を通過したことはありましたが駅前に降り立った

のは初めてです。






駅前のモニュメントです。岩手と言えばやはり

コレですね。









こちらにもこんなモニュメントが

長閑な静かな街のようです。時間もないので取り合えず

タクシーでホテルへ向かいました。

地図ではすぐ近くに思えたのに意外に遠いところに

ありました。






ホテルの部屋から見える水沢の風景です。

一休みする間も無くすぐに又タクシーでコンサート会場の

「胆沢(いざわ)創造文化センター」に向かいました。

これが又とっても遠かったのです。






この日の再会をずっと心待ちにしていた

盛岡と仙台の友人達が一足先に到着していて会場の中で

待っていてくれます。心弾ませながら会館の中に向かい

ます。何と胆沢創造文化センターの周りは雪景色でした。









会館の前にはこの看板が








会館の前で待ちに待った友人との再会です。

笑顔いっぱいのお二人が出迎えてくれました。何年ぶりに

お逢い出来たかな

お一人は同じ岩手県の盛岡から、もうお一人は宮城県の

仙台から駆けつけてくれました。お二人とも今回の

東日本大震災で大きな被害を受けられた被災地県に

お住まいの方達です。この一年間は本当に大変な一年を

過ごされていたことと思います。長いこと生の谷村さんの

ステージは見ていないというお二人はこの日は笑顔が

溢れていました。久しぶりの再会に3人とも感激でした。

元気で逢えて良かったね

開場時間まで談笑し会場に入るとグッズ売り場がありました。






会場内にもこのポスターが貼ってありました。

この会場でのチケットは早くから完売状態でした。






この日のココロの学校のチケットです。

お二人はセンターブロックのナント最前列

めったにコンサートに足を運べないお二人が本当に

良い席で私まで嬉しくなってしまいました。

もちろんお二人は至近距離の谷村さんに舞い上がって

いました。お二人には笑顔が溢れ時には

涙が溢れ本当に素敵な時間を彼女達と共有出来て

嬉しかったです。私の席もセンターブロックの3列目の

通路側で歌いながらステージから下りて来られた谷村さんと

固い握手を交わすことが出来ました。もちろん最前列の

彼女達もしっかりと握手出来ましたよ

岩手県の胆沢で聴いた谷村さんの歌は又今までの会場で

聴く歌声とは違った響きがありました。震災遺児の支援の

為に石井竜也さんとお二人で作られた「風の子守歌」は

前日、そしてこの当日会場に向かうまでに見て来た大船渡や

陸前高田、気仙沼の光景が目の前に浮かんで来て

心に深く響きました。この歌が子ども達に支援の力と

なりますように






ココロの学校終了後谷村さんからCD購入の人に

直接手渡しと握手会があり私も今年の春のココロの学校

初参加だったので「風の子守歌」のCDを購入し谷村さんから

手渡して頂き握手もしっかり出来ました。

このあと友人達はそれぞれ盛岡と仙台に日帰りなので

余り時間もないので取り合えず私の宿泊するホテルまで

ご一緒にタクシーで向かいました。

彼女達が会場に向かう時に利用したタクシーを予約

していました。その運転手さんが大船渡のご出身で

お兄様は大船渡で現在もお住まいであの私の泊まった

ホテルのお近くに住まわれていたそうです。地震当日

あの巨大な津波が襲いお兄様は山のある高台の方に

逃げる時間が無く無理だと判断し、とっさにあの

大船渡プラザホテルの前にある商業施設「マイア」の屋上に

駆け上がり津波が建物を襲う中九死に一生を得たそうです。

その時の屋上にいる人達の様子はニュースの映像で

流れていたそうです。そんなお兄さんが水沢に住んでいる

その弟さんに助かったあと「大丈夫だったか?」と電話が

あったそうです。その運転手さんはそんな状況の中で

自分のことをすぐに心配してくれたお兄さんの言葉に

返す言葉も見つからなかったようです。家族の絆の

強さを思います。その運転手さんは高校生時代あの大船渡の

駅から毎日通学されていたそうです。

そんな思い出の駅舎も消えてしまい故郷の思い出や

風景を失った悲しみを口にされていました。

思いがけず水沢の地で大船渡ご出身の方と出会ったのも

又不思議なご縁でした。

ホテルに到着後30分余りでしたが二人の友人達と

感動を思い起こしながら話も弾みました。

又の再会の日が早く訪れることを祈りながら水沢江刺駅

に向かうお二人を見送りました。

東北への旅 5 大船渡から奥州市へ

March 29 [Thu], 2012, 21:49



大船渡に滞在した16日は私の誕生日でした。

たった一人で迎えた誕生日は今までで一番長く感じた一日

でした。誰にも故郷があり故郷はかけがえのない心の拠りどころ

です。想像もつかないような自然の脅威に襲われても

やっぱり故郷は一番愛すべき場所なんですね。

心が痛くなるような風景も現実のことでした。それを受け止めて

前に進もうとされている方達の復興への熱い想いを感じ

ました。でもその被害は余りにも甚大でこれからも

皆が心を寄せ微力でも継続的に支援していくことが

何よりも大切だと思いました。宿泊のホテルが取れなかった

ので大船渡での滞在は一日でしたが、大変だったけど

やっぱり訪れて良かったと思いました。ホテルの部屋から

見えるこの風景を、一日の出来事を心に刻んでいました。






翌朝ホテル近くの高速バス乗り場から仙台経由で

同じ岩手県にある奥州市に向かいました。

一関への路線バスも現在は出ているのですが朝5時過ぎの

出発だったのでちょっと無理があり高速バスで仙台まで

出てそこから新幹線で水沢江刺に向かうことにしました。












三陸沿岸のこの美しい風景に再び多くの観光客が

戻って来る日が早く訪れて欲しいと思う。












再び陸前高田付近を通過する。来る時は夜行バスで

丁度陸前高田を通る時は未明でカーテンも閉められて

いたので全体の風景が見えない部分もあったが帰りは

昼間だったので全体が見えた。本当に心が痛くなる風景が

続く。先ずは瓦礫の処理がはかどらなければなかなか

復興も進まないと感じた。遠くに水門が見えている。






ポツンと取り残されたような建物が残っていた。











あちこちで地盤が沈下している。大船渡でも同様だったが

満潮になると海水が溜まってしまう。












人影の見えない街に何時になったらここに住んでいた

人達が戻って来れるのだろう。。。と考えていたら

胸を締め付けられるようでカメラを向けた手が

止まってしまった。






再びあの「奇跡の一本松」のところに差し掛かった。





この街に緑が戻り再びここに住んでいた人達が住める街が

復興して欲しいと祈りにも似た気持ちだった。

この風景を忘れることはないだろう。






陸前高田を過ぎて気仙沼に入ったのだろうか。

漁港が見えて来た。この地も大きな被害を受けている。

余りにも広大な地域で津波の被害を受けていることを

実感させられる。









途中に雪景色も見えたがだんだん天気が崩れ

仙台に近づくにつれ雨模様になった。おまけに酷い渋滞に

なり仙台到着はかなり遅れる見込み。






高速バスは30分以上遅れてやっと雨の仙台駅前に

到着。ここから新幹線で水沢江刺に向かう。時間的に

余裕を持って計画を立てていてよかった。新幹線には充分

間に合う時間だった。久しぶりの仙台駅は沢山の人で

賑わっていた。









前回仙台を訪れた時谷村さんのコンサートの翌朝

ちょうどこの場所でバンドメンバーの林君にバッタリ

会って立ち話していたことを思い出した。









新幹線「やまびこ」で水沢江刺に向かう。

既に盛岡と仙台の友人が水沢江刺から「ココロの学校」の

行われる奥州市の「胆沢文化創造センター」で待ってくれている。

本当に久しぶりの再会です。









水沢江刺にやっと到着しました。








コンサート会場の開場時間まで余り余裕がないので

とりあえずホテルにチエックインする為タクシーに

乗りました。岩手は広いことを忘れていました。(-_-)

タクシーですぐだと思ったのに遠くて会場までは

更に遠かったのです。取り合えず無事到着出来

ホットしました。

東北への旅 4 東日本大震災1年後の大船渡の街を歩く 「出逢い、絆、復興」 おおふなと夢商店街

March 27 [Tue], 2012, 3:28






大船渡駅のあった線路の向こうに仮設の店舗がオープン

しています。そちらに行ってみることにしました。









皆の熱い想いがこもった「おおふなと夢商店街」です。





案内板です。色々な業種のお店が入っているようですが

まだ早かったので開店しているお店は訪れた時には

少なかったです。ピンクの商店街の看板が気持ちを明るく

してくれました。






滞在一日で私の出来るささやかな支援はこの地で

買物をしてお金を地元に落とすことくらいしか出来ません。

海産物を買いたかったので魚屋さんがあるかどうかを

探してみました。






朝市もやっているようですね。曜日によるのでしょうか。





通路の真ん中にベンチが置かれているのはいいですね。





一番端に魚屋さんがあるのを見つけました。





人が少しづつ増えてきました。





商店街をぐるっと廻って又魚屋さんの店舗のあるところに

行きました。






まだ準備中のようでしたがお声かけしたら中に入って

いいということでお店の中に入らせて頂きました。






まだこれから入荷している魚を並べて開店準備を

されるのですがお忙しい時間帯にも関わらず「そこで待っていて」と

店内にある小さな椅子を指差してくれました。

私は店内の様子や入荷している魚に関西では見かけない

魚もいるので興味深くてキョロキョロ店内を見回して

いました。準備をしながらご主人が再び店内に戻って来て

くれたと思ったら「これも何かのご縁だから」と

買って来て下さった缶コーヒーを私に手渡して下さったのです。

準備をしながらのご主人とまだそんなに話していないのに

その温かい心遣いに本当に嬉しかったです。

そのうち奥様も準備に来られ、ご主人が私を紹介して

大船渡に私が訪れた理由を説明されていました。

とても気さくな奥様で今度は奥様がコーヒーをたてるからと

コーヒーを入れて下さり「今頂いたばかりだから」とお断り

しようとしたのですが「こっちの方が美味しいから」と

カップに熱いコーヒーを入れて下さり又感激でした。




これはめかぶを刻んだものですがこれもあとで

送って頂いたのですがとっても美味しかったです。






ご主人や奥様と震災の時の様子やその後のこと等

色々お話を聞かせて頂いていました。店内のポスター等に

目をやっていたらビックリすることがありました。






私が何時も見ているNHKのテレビ番組「鶴瓶の家族に乾杯」

先日高橋尚子さんと二人が訪れたお店だったのです。






こちらはお孫さんが作ってくれたお店のポスターです。

これの下の部分にお二人がサインされていました。






こちらのサインが高橋尚子さん





こちらのサインが「鶴瓶さん」です。





お二人の色紙へのサインもありました。

お二人からきっと元気を一杯頂かれたことでしょうね。









色々な魚や海産物がいっぱいでどれを購入しようかと

迷いました。この籠に入っている魚も入荷したばかりの新鮮な

魚です。このコワ〜イ顔をした魚は何だかわかりますか?

そうなんです。鱈(タラ)です。これも買いました。

この他生きている毛蟹も沢山買いました。元気が良すぎて

逃げ出していました。海藻類や干物、筋子など沢山買うことが

出来ました。だんだんお客さんが押し寄せ店内はいっぱいの

人で活気付いていて嬉しくなりました。












こちらは色々な品を見せて頂いていた時に見たことのない

海草だったので奥様に食べ方をお聞きしていたらわざわざ

その場でゆがいて下さりポン酢で頂きました。歯ざわりがよく

とても美味しかったです。




こちらは購入したさんまのみりん干しです。柔らかくて

味も甘すぎずとてもおいしかったです。






「うえの商店」のご主人です。最後に登場して頂き

ました。本当に気遣いをいっぱいして下さり素敵な方

でした。実はお店で買物をしている間に奥様の知人が

買物に来られて話をしていたら何と2月の下旬に大船渡の

リアスホールで行われた谷村さんと石井竜也さんの

ココロの学校の無料での招待のイベントに参加された方

でした。ご自分は落選したけど急に行けなくなった友達が

ハガキを譲って下さったそうです。石井竜也さんがあんな

優しい方だとは思わなかったと言われていました。

谷村さんとの歌も素敵ですっかり元気をもらいあの

コンサート後は三日間くらい興奮してねられなかったと

言われていました。本当に支援して下さった皆さんの

お陰と感謝されていました。私が帰る時には名残を

惜しんで店の外まで見送って下さいました。

店主のうえのさんや奥様のお話では地震が起き

津波到達まで30分もあったのに誰もがあのような

巨大な津波が押し寄せるとは思わずすぐに逃げなかった

ことが悔やまれると言われていました。

又孫たちと一緒に暮らしていたのが仮設は同じところに

入れずバラバラなのが残念だと言われていました。

私が「仮設は寒くないですか?」とお聞きしたら奥様が

全国の皆のおかげで色んなものも準備されている仮設に

入れてそれだけでも有り難い感謝していると言われて

いました。皆さんの復興に対する熱い想いを肌で感じました。

うえのさんご親切にして頂き本当に有難うございました。

見知らぬ地でのご親切は本当に嬉しいです。






うえのさんを後にして仮設の店舗の中を歩いていたら

何やら賑やかな子ども達の声が。






陽射しが暖かくなって来たのでベンチに腰掛けて

休んでいたら女の子達が私の目の前に来て「後飛び出来るよ♪」と

元気よく飛び始めました。つい子どもたちと一緒に「1、2、3.。。」

と数え始めました。お名前は?何歳?等と話しかけたり

お喋りしていました。だんだん子ども達が寄って来て

私は久しぶりに保育している感じでした。(笑)









先生にお聞きしたら「今日はお別れ遠足なんです。」と

言われていました。そうだ毎年3月には子どもたちと

お別れ遠足に行っていたなぁ。。。と思い出して

いました。元気一杯の子どもたちと「さようなら」と

別れを惜しみました。









帰り道高台の避難場所になっている付近からの

今の大船渡の街の様子です。















この大船渡の街が少しでも早く復興出来ますように

心から願っています。そしてうえのさん、送って頂いた

毛蟹とっても美味しくて皆から大好評でした。

他のものも全部美味しかったです。

東北への旅 3 東日本大震災1年後の大船渡の街を歩く 「大船渡駅付近」

March 26 [Mon], 2012, 0:40



ホテル横の瓦礫です。粉塵と騒音の中復旧に向けて

懸命な作業が続けられています。












こちらも道路のかさ上げ工事が続いています。

先ず道路の復旧が急がれます。









大船渡の駅前から舗装されたこの道路は商店街が

あったのでしょう。標識が傾いたまま残っていました。






かさ上げはされたもののまだアスファルト舗装にはなって

いなくて車が通る度に粉塵が舞い上がります。もうもうとした

砂埃です。









あちこちでショベルカーが動いていますが

この辺りが大船渡線の大船渡駅があったところです。

駅の面影は何も残っていません。















さび付いた線路がここを鉄道が通っていた証です。








駅の傍のここに踏切があったのですね。





ここで線路がちぎれたような光景に胸が痛みました。








すっかり錆付いた線路に心が痛みます。

今回も大船渡を訪れようとした時鉄道が不通でどうやって

訪れたらいいのか随分調べました。何とか鉄道を再開して

欲しいと願わずにはいられませんが駅舎も全て流出している

状態でもともと赤字路線だったこの大船渡線の再開は

困難なようで地元の方の話では線路の通っている部分を

道路にしてバスを運行する計画案も浮上中だとか

遠方から訪れる場合は鉄道が通っているかどうかは

かなり重要なポイントで大船渡の早い復興を願う為にも

鉄道は絶対存続させて欲しいです。






近くにこのようなものが立てられていました。

横面にバーコードがついていてこの場所がどの位置になるのか

以前ここがどのような風景だったのかなど色々な情報が

読み取れるようになっていました。

私も携帯でバーコードを読み込んでみましたが色々な

情報を得ることができるようです。ただ映像は私の携帯

では容量が大きすぎて途中でやめました。

このあと線路の向こう側の仮設店舗のある方に向かって

みます。

東北への旅 2 東日本大震災1年後の大船渡の街を歩く 「ホテルから大船渡港へ」

March 24 [Sat], 2012, 1:49



高速バスの乗り場からかなり離れたホテルのある付近です。

向かって左側に残る真ん中が商業ビルの「マイア」手前が駐車場

のあるビルです。一見無傷のように見えますが津波が押し寄せ

ビルの中は濁流が渦巻き、何もありません。近辺に住む住民の方は

この向こうに見える山手の方まで逃げることが難しいと判断し

緑のテナント名が見えるこのビルの屋上に駆け上がって

押し寄せる津波から間一髪助かった方も多かったそうです。

私は見ていなかったのですがその時ビルの屋上で助けを

求める方達の映像がニュースで放映されていたそうです。

私の宿泊したホテルはこのビルの向こう側(山手側)にある

ビルです。山の見える手前の今は何もない空き地に

「大船渡駅の駅舎」がありました。全て流出しています。

このビルのある手前、山と反対側の方向に大船渡港があります。






向かって一番右側の建物がホテルです。やはり津波に襲われた時は

濁流に呑まれましたが流出は免れ残ったどのビルも低層部は

津波のつめ痕が痛々しく残っています。周りの賑やかだった

街並みや住宅も流出しています。






ホテルのある一角です。そこだけが残され使えなくなった

ビルや住宅の取り壊しが今も続いています。ホテルの隣も

瓦礫の山と取り壊しのビルの粉塵で凄いです。

前の道路は地盤が沈下している為今1mほどかさ上げして

新しく道路が作られていてここを走るトラックなどで

粉塵が舞い上がって歩くのもマスクが必要です。

マスクをしていても目に粉塵が入って痛くて大変でした。






こちらが宿泊した「大船渡プラザホテル」です。大船渡駅側の

こちらが正面だったのですが津波で使えなくなって営業を

再開してからは裏側からホテルに入るようになっています。

外装、建物内部とも現在は奇麗になっていますが一部はまだ使用出来ない

部分もあるようです。






奇麗になったホテル内のロビーです。まだ沿岸部も含めて

大船渡ではほとんどのホテルや旅館、民宿などが営業が

再開されてないのでこのホテルも営業は再開されている

のですがずっと先まで満室状態が続いていて(特に平日は)

私も諦めかけていたのですが急遽一室だけ私の誕生日の

日だけツインの部屋に空きが出来ツインのシングル使用で

連泊は出来ませんでしたが予約を入れることが出来ました。

帰る時にフロントでお尋ねしたら5月まではこのような

状況のようです。






ホテルのチエックインは午後3時からなので荷物を預け

天気も良かったので先ず大船渡港方面を歩いてみることに

しました。ホテルの周りにポツンポツンと幾つか

鉄筋のビルが残っていましたが使用可能な建物はほとんど

ありませんでした。






この川もきっと津波が遡っていったのでしょう。流されずに

残っていたこの家もそぎ取られたような痛々しい姿

でした。






道路の両側に黒く見えるのは土嚢のようなもので

あちこちの道路が今1mほどのかさ上げをする工事が

続いています。












大船渡港が見えています。湾になっているので対岸の

セメント工場が見えています。大船渡はこの工場が稼動

しているお陰でここで家屋の瓦礫などで出たものを

木のチップなどで処理することが出来、他の周辺の自治体に

比べて瓦礫の処理が早く進み復興のスピードも

やや早くなっているようです。






瓦礫が撤去された街並みの中にポツンと花が供えられて

いました。









ここに再び街並みが戻るのは何時に

なるのだろうか。。。















この家は何か商売をされていたような感じ、前の道路は

かさ上げされていたが住宅の建っている土地はかなり沈下

しているように見えた。






道路は茶色に見える沈下した部分から左側がかさ上げされている。

まだ工事中である。









大船渡港です。突堤の護岸はまだつめ痕の残ったままです。

















この日は穏やかな海でした。海沿いを歩きながら

立ち止まって海を見つめながらここで命を落とされた方の

ことを想い心が痛かったです。ご冥福を祈りました。

あの日から1年経った海辺に佇んで。












防波堤に沿って歩いて行くとセメント工場から帰って来る

ダンプカーでしょうか?もの凄い粉塵を巻き上げて走って

来ます。












途中に水門がありました。津波で大きく壊れていました。

ここから先は歩道もなくダンプカーが粉塵をまきあげて走り危険

なので再び大船渡港の岸壁に戻りました。















クレーン車を積んだ船やゴムボートも接岸していました。

ブルーシートが敷かれ何か引き上げているようでした。












レスキュー車や救急車もずっと待機していたので

もしかしたらまだご遺体が見つかっていない方の捜索が

続いているのかもしれませんね。












一日でも早く活気のある大船渡港が戻って欲しいと

願いながら大船渡港を後にしました。これから又反対方向の

大船渡駅付近に向かいます。

東北への旅 1 「岩手県大船渡市へ」

March 21 [Wed], 2012, 1:22



3月17日(土)に岩手県の奥州市で谷村さんのココロの

学校があり行く事にしました。せっかく東北地方に足を延ばすのなら

三陸地方沿岸の街を訪れて来たいと思っていました。

実は2月下旬に大船渡市で谷村さんがずっと企画を

温めていた被災地への無料コンサートが行われることになったの

ですが地元へのハガキの応募で応募者が多い場合は抽選と

いうことだったので地元の方に一人でも多く参加して頂き

たかったのとその為に各地でファンが支援してきたので

応募は遠慮しました。大船渡は谷村さんが40年前のアリス時代に

訪れられていた街でその時の様子を何時もコンサートのMCで

話されていたので訪れてみたい街だったのですが今回の

東日本大震災で甚大な被害を受けていたので少しでも

力になれることがあればと思いました。

最初の予定ではもう少し時間をかけて被災地を訪れたかった

のですが18日に急遽甥の結婚式が入り東北への旅は

諦めかけたのですが計画を縮小しコースも練り直して

かなり強行軍で何とか行って来ようと思いました。

そしてもう一つの大きな理由は16日は私の誕生日でもあり

一つの節目の歳でもありこれからの生き方、生きる意味を

被災地の中でしっかり向き合って考えてみたいと

思ったのです。何とちょうど出発する前日に三陸地方や

北海道沿岸にかなり強い地震の為津波注意報が発令され

これから訪れようとしている大船渡にも避難勧告が

出され住民が高台に避難している様子がテレビに映し出されて

いました。何時何が起こるかわからないことを覚悟して

いなければなりません。幸い被害もなく避難勧告も

解除されほっとしました。大船渡は駅舎も流されてしまい

大船渡線は不通の状態なのです。大船渡に向かう交通手段も

限られていて今回は池袋からの夜行バスのルートで

大船渡に向かうことになりました。宿泊先もほとんどのところが

営業休止に追い込まれ平日は特にずっと満室状態で

宿泊先の確保も大変でした。夕方京都駅を出発し東京に

向かいました。無事に大船渡までたどり着けますようにと

祈りながら。






東京駅に到着、寒かったのでここで温かい飲み物をと

さくらジンジャーを頂きました。おかげで身体が暖まりました。






山手線に乗り換え池袋に向かいます。








池袋駅西口の高速バス乗り場です。








沢山の方が寒い中大船渡や遠野に向かうバスを待っていました。

このバスルートがあることをNHKのドキュメンタリー番組で

知りました。






釜石、大船渡、陸前高田 方面への高速バス「釜石けせんライナー」に乗車し

これから大船渡へと向かいます。大きなリュックを担いだ方など

バスは満席です。






深夜の池袋を出発しました。このあとカーテンが引かれたので

外の様子はわかりませんでした。






大船渡までおよそ8時間少しかかります。まだカーテンは

開けられないのですがどの辺りまで来てるのか気になり

少しだけカーテンを開けてみました。少し空が明るくなって

来ています。夜行バスでは私はほとんど寝られません。









どうやら日の出のようです。





夜明けです。被災地を穏やかな朝の光が包みます。

でも明るさの中でだんだん見えてくる風景は。。。

おそらく時間的に見て気仙沼辺りのようです。












今はこんな穏やかな海があの日はあんなにも激しく

荒れ狂って凄まじい破壊力を見せていたのですね。












明るさが増すにつれあちこちにこんな風景が見えて来る。

陸前高田に入ったようだ。何もない街が消えている









朝日に照らし出され「奇跡の一本松」

はっきりと見えました写真より肉眼だとより大きく

はっきりと見える。幹の下の部分がみどりの布で巻かれたような

感じで保護され痛々しかった。でもたった一本だけ津波に

流されることなくあの場に残った。あの時の全てを見ていたのだ。

その姿がどれだけ沢山の人を勇気付けただろう。。。

何とか枯れることなく再生して欲しい















言葉を失うような心の痛くなる風景が続く。








ここにあった街はあの一瞬で消えてしまった











陸前高田市役所の仮庁舎です。プレハブの建物が

何棟か建っています。ここが陸前高田の高速バスの乗り場前に

なっています。何人かのボランティアらしい人が迎えの

車で移動して行きました。





















陸前高田市に隣接しているのが大船渡市です。

大船渡も津波により大船渡駅など広範囲の街並みが津波に

襲われました。















大船渡の碁石海岸の風景も美しいです。














大船渡港が見えて来ました。もうすぐ到着です。











やっと未明の大船渡の高速バス停に到着しました。

ここでどんなことが待ち受けているのか想像もつきませんでした。

長旅でした。とにかく無事に到着してよかったです。

今日から

March 15 [Thu], 2012, 3:06
少し北の旅に出てきます。今回も一人旅ですが

訪れたことのない街です。昨日から地震が続いているので

不安もあるのですが。元気に行ってきます。

帰ったらまた報告しますね。暫くコメント出来なくて

お許し下さいね。

寒さの中で凛と咲く庭のクリスマスローズ

March 13 [Tue], 2012, 22:40
そろそろ春の花たちが花を咲かせる準備を

始めたようですが、雪の舞う今日も寒さの中で

クリスマスローズが競って咲いていました。









花の表情は様々なのですが皆控えめでうつむいて

咲いてしまいます。






花びらの外側は少し濃い目の色でこの花も咲いている間に

花色が変化していきます。






ダブルホワイトは清楚でいいですねぇ。





こちらはシングルのホワイトで沢山蕾をつけています。

花はこぶりです。






こちらはブラック系のクリスマスローズです。

シングルですが今年は株も大きくなり沢山の花を咲かせて

くれました。






重たいくらい沢山の蕾がついていて次々と花を

咲かせていますがみんな下を向いていて表情が見えません。









ブラック系のシングルのこのクリスマスローズは花色も

深くてシンプルでとても素敵です。お気に入りのクリスマスローズの

一つです。

花が少ないこの時期、クリスマスローズは可憐さを競って

咲いています。まだこれから当分楽しめそうです。



久しぶりの「さぼうる」はやっぱり都会のオアシス

March 12 [Mon], 2012, 21:50
3月6日銀座の山野楽器本店のイベントで招待券と

引き換えに整理券をもらったあと用事を済ませるため

友人達といったん別れ谷村さんのミニライブは夜7時から

だったので友人と再び待ち合わせ、久しぶりに神保町の

「さぼうる」に向かった。一番の目的は何時も笑顔で迎えて

下さるマスターにお逢いする為です。






地下鉄を出てすぐに「さぼうる」が見えて来ました。

友人は既に到着しているようです。






先ずはこちらの「さぼうる」へ。マスターに久しぶりに

お逢い出来るかなぁ。。。と中に入るといらっしゃいました。

とてもお元気そうでこの日も笑顔で迎えて下さいました。






店内は結構混んでいたのですがちょうど私がお伺い

した時に何時も谷村さんが座られる指定席(笑)が

タイミングよくあいたのでマスターがその席に案内して

下さいました。ハイ、このさぼうるの中でも一番落ち着く席を

谷村さんはよくご存知です。






店内は沢山の席があるのですが隠れ家的な雰囲気で

余り周りの人を気にすることなくとても落ち着きます。






定番のいちごジュースを注文しました。

何故か郷愁を感じるような美味しさなんです。

友人も同じものを注文しました。






レンガの壁面には皆が思い思いに落書きをしています。

谷村さんと詩織さんが訪れた時の落書きも残っていて

流石に皆この上にだけは重ねて落書きしていませんが

周りにはファン仲間の名前も(^^ゞ






最近は長いこと落書きしたことはありませんが、残って

いました。私と友人の落書きも(笑)






マスターから差し入れのシャーベットをこの日も美味しく

頂きました。マスターのお心使いに感謝です。






そしてお腹も空いていたのでお食事をする為隣の

「さぼうる2」へ。マスターが案内して下さいました。

もちろんお目当てはこの「ナポリタン」です。ちょっと昭和の

時代の香りがします。






この日はお腹も空いていたので完食のつもりだったのですが

こんなに美味しいのに小食の私には多すぎたようで

半分くらい残してしまいました。

前は残さず食べられたのになぁ。(>_<)

ほとんど友人も食べ終えた頃に伝令が

再び「さぼうる」にもどりました。









マスターの配慮でこちらのコーナーでさぼうるでは珍しく

ホットコーヒーを頂きました。






温かい心も一緒に頂きとても美味しかったです。

素敵な時間を過ごした後銀座へと向かいました。

やっぱり「さぼうる」は都会の中のオアシスですね。

マスター何時も本当に有難うございます。次回お逢いする時まで

お元気でいて下さいね。

あの日、あの時私は 東日本大震災を心に刻む

March 11 [Sun], 2012, 16:00
一年前の2011年3月11日、前日の10日に千葉県の八千代市で

あった谷村さんの「ココロの学校」に友人とそのお母様とご一緒に

楽しい時間を過ごした後東京に戻って東京駅近くのホテルに

滞在していました。ホテルのチエックアウトも済ませ荷物を

ホテルに預け新幹線の乗車時間には早かったので銀座に出て

買物を済ませ銀座のカフェでお茶をしていました。

そしてあの時刻に突然大きな横揺れを感じました。満席だった

カフェの中も一瞬皆「地震だ!!」と思ったもののすぐに揺れは

治まるものだと思っていました。ところが揺れは治まらず

強さも増すばかり、、、皆から恐怖の声があがるようになりました。

私がいたのは2階だったのですが少しして店員さんが

階段を駆け上がって来て「すぐに避難して下さい!!」と

叫びました。皆いっせいに顔色を変えてコートや荷物を両手に

抱えたまま狭い階段を駆け下りて行きました。私はその時

「これは何時もの地震とは違う!」と恐怖感に襲われたものの

以外に冷静な自分がいました。こんな地震だからきっと

お店の中の火の元は止めてあるだろう、下の狭い店内に

皆で密集したり、地理に不案内な外に避難するより2階の

安全な場所(照明器具や家具の倒れてくるところ、窓際の硝子の

ある場所から離れる)で待機しようと思い、店員さんに

ここで待機します!と伝えました。私一人だけが残りました。

時間は長く感じましたが大きな揺れが一度収まった時に

店員さんが安全確認に来てくれたので、先ずはこの混乱時では

宿泊先をキープしなければと携帯で電話を荷物を預けたままの

ホテルに電話しましたが全く通じません。とっさに固定電話なら

繋がるかもと思い店員さんにお願いしてかけさせてもらいました。

幸運なことにその時だけ繋がったのです。路頭に迷わずすむと

思ったところでどんなにほっとしたでしょうか。

それから交通機関の全てストップした銀座から交番で道を

確認しひたすら東京駅を目指して人の流れに押されるように

歩き続けました。東京在住の娘から途中一度だけ「お母さん大丈夫?」

とメールが入りましたがそれ以後は一切連絡が取れなく

なりました。後日娘は何時間も歩き続けて深夜に自宅に

たどり着いていたことがわかりました。主人も京都から

電話をかけ続けてくれたようですが全く繋がらなかった

ようです。それから見た地震直後の混乱した東京の街の様子、

これが首都直下型の地震だったら、、、と思うとぞっとしました。





今日の我家に咲く梅の花です。長かった今年の冬

ですが今年も春を運んで来てくれたようです。

今日も朝からテレビの映像は被災地の様子を報道し続けて

います。「何も変わらない現実」とそんな中でも少しづつ何かが

変わっていっている様子に、厳しい状況の中で日々生活

されている方達の痛みを忘れてはいけないと思いました。

先の見えない不安を皆さん口にされていましたね。












我家の庭に咲き始めた枝垂れ梅の花です。

被災地にもこの春には沢山の希望の見える花

咲いて欲しいですね。












同じくあの東日本大震災で運命が変わってしまった

「コロ」です。コロは福島県のいわき市であの震災に遭遇

しました。地震で行方がわからなくなって放浪していて

1ヵ月後くらいに岩手県のいわきの保健所に収容されて

いたようです。あの寒い中どうやって生き抜いていたのでしょう。

餌も水も与えられない中きっと必死で生き抜いていたのでしょうね。

保健所の緊急シエルターに保護されていたコロは沢山の

方の愛の手を添えられて生き抜いてきました。

被災地で沢山の犬や猫たちがその行き先を失っていることを

知り、たとえ一匹でもその命が救えたらと思って

引き取ったのが「コロ」です。ネットで検索する中で

ご縁が出来、福島県のいわき市までボランティア仲間の

友人の助けを借りいわき市まで二日がかりで迎えに行きました。

津波の中泳ぎきって助かった犬もいたようで新しい飼い主

さんに引き取られていったようです。まだ沢山の犬や猫たちが

救いの手を待っています。私がお世話になった「いわき犬猫を捨てない会」

さんでも資金的な協力も含めて援助を募っています。

もし一人でもご協力を頂けたらと思います。ホームページの

アドレスも記しておきます。

http://www11.ocn.ne.jp/~hmp/index.html






コロが昨年7月に我家に来てから8ヶ月が経ちます。

庭を駆け回ったあとお気に入りのカウチにあごを乗せて庭を

眺めているコロです。震災から一年の今日の日を

元気で迎えられてよかったね。






今日庭に咲いていた私の好きなクリスマスローズの花です。

大震災で亡くなられた多くの方達のご冥福を祈って

この花を捧げます。安らかにお眠り下さい。
プロフィール
  • ニックネーム:akoako
  • 性別:女性
  • 趣味:
    ・ガーデニング-小さな庭で花作りを楽しんでいます。四季折々花が絶えないようにしています。野に咲く花はもっと好き♪
    ・旅行-旅行と言うより「旅」が好きです。海の見える風景は特に好きです。
    ・音楽-クラシックからポップス、ジャズ、童謡ジャンルを問わず心に響く音楽は好きです。言葉を大事にする谷村新司さんの歌は大好きです。
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