本日,秋田弁護士会では,
少年法改正に反対する会長声明を発表しました。
現在,国会に送られている法案は,@被害の重大な場合(死亡か死亡に比肩する傷害)に被害者ないしその遺族が少年審判を傍聴できるようにすること,A法律記録という訴訟記録を原則として閲覧・謄写できるものとする,という内容を持っています。
上記の会長声明はこの2点に反対するものです。
まず,Aの閲覧・謄写ですが,現在の法律のもとでも可能になっています。今回の改正は,今の法律が原則として閲覧・謄写はだめだけれど,必要性と相当性のある場合にはいいですよ,と言っている規定を,原則としてはよいですけれど,問題のある時はだめですよ,と原則と例外を逆転する規定です。
現状でも被害者側からの閲覧・謄写には配慮されている訳で,記録がプライバシーに関わることを考えるなら,改正の必要はないだろうと思います。
今でも被害者はメディアの取材攻勢を受けている訳ですが,原則として被害者の閲覧・謄写は大丈夫ですとすると,ますますメディアの取材を受ける結果にならないか,あるいは,少年の更生の見地からは伏せた方がよいのではないかという情報がどんどん漏れていく結果にならないか心配があります。
@の問題はもっと深刻で,少年審判のあり方が変わってしまうのではないかが危惧されています。
未成年者の場合,少年審判という形で大人の裁判とは違った形で処分が決められています。例えば,鑑別所というところで,心理テストをしたりといった専門的な調査をし少年の問題点を洗い出して,今後の少年の更生のために相応しい処分を決定するという流れになっています。
未成年者が未成熟な発達途上の存在であることは皆さんも理解できると思います。こういう発達途上の少年に問題の本質を理解してもらい,変わっていってもらいたいという視点があります。
そのため,少年審判では,審判官である裁判官も自分の幼少時代の経験を話したり,少年になるべく自分の言葉で話させたりすることで内省を深めてもらうということが行われています。
ところが,この場に重大犯罪の被害者の方がいたら,少年は自発的に内省を深めることができるでしょうか。審判官である裁判官が自分の経験談を話したりできるでしょうか。
おそらく,少年は萎縮し,裁判官としても人間的なぶつかり合いを避けるようになるでしょう。
しかし,それでは,どういう方向に成長していくかにまだ不透明な部分がある少年を良い方向に持って行くのは困難になります。
もちろん,一体何が行われたのかを被害者が知ることは重要なことだと思いますし,少年が被害者の声に向き合うことも重要です。しかし,少年審判が事件からあまり時間のない状態で行われることや,特に重大事件ではどうせ誰も自分のことは許してくれないという心理状態にある少年のことを考えると,このような場に被害者を関与させることは,被害者にとっても大きな負担になるのではないかと思います。
むしろ,被害者に対する配慮という観点からは,このような機会とは別に処分が決まってから少年が罪に向き合う段階で面会の機会を作るなどの制度設計の方が優れていると考えられます。
このような理由で,今回の法案には反対しています。
本当の意味での被害者保護ということで言うならば,もっと被害者の目線に立った改革のあり方があるのではないか,あまりに安易なのではないかと思ってしまうのが,少年事件を扱うことがある弁護士としての印象です。