ラパスで見つけたNYと日本 

August 07 [Sun], 2011, 23:49
4時間後に到着したラパスは、とっぷり日が暮れて真っ暗だった。

これから今夜の宿は見つかるんだろうか、と少し心配していると、
どうやら近くの席に座っていたオーストラリア人も同じ不安を抱いていたらしい。
一緒に探そうと、仲間ができた。

有難いことに、
同じバスにツアーガイドの仕事をしているおっちゃんが乗っていて、
親切にも どの辺りにホテルがあるのか教えてくれた。

そこで おっちゃんの言う通りその周辺にタクシーで向かい、
一軒ずつ今夜の空きがあるかホテルをまわることにした。


ここラパス、ボリビアの首都とはいっても
ペルーのクスコよりも規模の小さい街なので、
きっと英語は全く通じないだろうと予想していたのだが、
意外や意外、きっと運が良かったのだろう。
出会う人は大抵流暢な英語で対応してくれた。

だが、時刻はすでに夜の11時を過ぎており、
今夜泊まれるホテルはなかなか見つからない。

数件断られラパスの冬の夜にうんざりしてきた頃、
仲間となったオーストラリア人が適当なレストランに入り、
そこのオーナーにどこか心当たりがないか聞いてくれた。


すると、このオーナー、なんだか聞き覚えのある英語を話すではないか。

「英語、堪能なんですね。」と言うと、
「数年前までNYに住んでいたからね。」と。

なんと!!
この聞き取りやすいどこか落ち着くイントネーションはそのためか!
と急に親近感が湧き、一気に元気になる私。

クマンテの憎まれ口、
「英語となると急に張り切るよね・・・」もなんのその、
オーナーと二人で「♪New~ Yoooorrk~」と歌い 親睦を深めた。


歌いながらオーナーの案内についていき
勧められたホテルに空きがあるか聞いてみる。

すると答えはYES というから、
ますますオーナーに並々ならぬ信頼を寄せてしまう。

オーストラリア人もここに泊まることに決め、
ラパス初日は無事にベッドで眠れることになった。

やれやれ、と部屋に荷物を下ろし
何の気なしにTVを付けてチャンネルをカチカチしていると、
ここでさらに嬉しい出来事が。


なんと驚いたことにNHKが映るではないか!

クマンテと「おぉ~!」と感嘆の声をあげ、
大した内容でもないのに二人してしばらく見入ってしまった。

私とクマンテは一緒に日本のTV番組を見る、という環境が皆無なので、
二人でNHKを見るなんて、この上なく貴重な体験なのだ。


あのオーナー只者ではないな、という確信を抱きながら、
朝からの長時間にわたる移動に疲れていた私たちは
そのまま寝支度を整えて眠りに着いた。

出だしは好調、この調子で頼むよ、ラパス。

見収めチチカカ湖 

August 07 [Sun], 2011, 20:42


肌に冷たい風を受けながらボートに揺られること一時間半ほど、
太陽の島に到着した。



到着したはいいが、なんの知識も入れずに行ったものだから
どこに向かえばいいのか分からない。

とりあえず旅行者が島の登頂目指して階段を登っていくので、
ほうほう、そっちか!と後に続いた。

標高が高いので3段ほど登るとゼイゼイ息が上がってしまう。

肩で息をしながら進むと、水汲み場が登場した。



若返りの水と言われているらしく、水源がどこなのか不明だそうだ。

「いやいや、ちゃんと探せばすぐに見つかるでしょ。」などと
邪な考えを抱いている私には、きっと若返りのご利益などありはしない。

そう悟った私は、大した興味を抱かず先へと進んだ。



その後もひたすら続く階段を登ること数十分、この先に何があるのか。
不安になったので、すぐ近くにいる旅行者に聞いてみると、
あっさりと「いや、何もないよ?」との返事。

えぇー・・・。

どうやらあるのは、宿泊施設だけらしい。

一時間後のボートでコパカバーナへ帰る私たちに宿泊施設など用はない。
用がないと分かったなら、下るのみ。
踵を返して、ボート乗り場へと向かうことにした。

途中、段々畑が見晴らせる細道で、
先ほどの若返りの水を運ぶロバに出くわした。

タンクの水をちゃぽちゃぽさせながら無心に坂道を登るロバの表情が
毎日これを繰り返しているんだろうなぁと連想させて、
なんだか可哀そうだった。



のんびりと坂道を下り、ボート乗り場へ到着。
ぼーっと時間をつぶし、来た時に乗ったボートにまた乗って
「いまいちだったねぇ。」とクマンテと言い合いつつコパカバーナへ。


帰りのボート、なんと運転しているおっちゃんは、
居眠りしながら足でボートを操縦していた。


怖いよ、おっちゃん・・・。

太陽の島へのツアーで一番の見どころはここだったのかもしれない。


そして日も沈み始めたころ、本日最後の移動。

今朝よりもさらに窮屈なバスに乗り、
窓を少し開けてよどんだ空気を入れ替えながら、
ボリビアの首都ラパスを目指す。



さよなら、チチカカ湖。

ボリビア入国 

August 07 [Sun], 2011, 13:32
翌日、愛すべきプーノに別れを告げて、ボリビアに向かうバスに乗った。
今回のバスはそれほどいいランクではないので、ちょっと窮屈。

しばらく山道を走ると、国境に着いたらしくバスを降ろされ入国審査へ。



とはいっても日本人にとってボリビア入国というのはなんてことはない。
歯医者の受付のようなものだ。

パスポートをチェックされスタンプを押してもらい、いざボリビアへ。


向こうに見えるゲートをくぐれば、そこはもうボリビア。
通貨もソレスからボリビアーノに変わる。


再び同じバスに乗り込み、次の目的地はコパカバーナ。
コパカバーナとは、ボリビア側のチチカカ湖ほとりに栄える町で、
ここから“太陽の島”へと船が出ている。

今日の予定は意外とハードで、
プーノ→コパカバーナ→太陽の島→コパカバーナ→ラパスと
ほぼ一日中移動なのだ。


お昼頃に到着したコパカバーナで軽く食事を取ろうと歩いていると、
やけにテンションの高いペルー人男性と、
その友人らしき女性が近付いてきた。

警戒していると、男性は一人で「日本人!大好き!!」とか言って
かなり舞い上がっているようだ。

どうやら日本の音楽とアニメをこよなく愛しているらしく、
好きな曲や歌手を次々に挙げてくれた。
が、マイナーすぎて分からないものがいくつかあった。
すごいぞ、ペルー人。

彼曰く、
「日本は憧れの国だ。全てが高いから、行くなんて夢のまた夢だけど
でもいつか必ず行ってみたい、僕にとっては夢の世界なんだ。」と。

自分の国をそんな風に思ってくれるなんてなんて嬉しいのだろう、と
お昼ご飯探しも忘れて、彼らと一時間以上話しこんでしまった。

ペルー男性は私たちの動画を撮らせてほしいと言い、
日本語でワケのわからない自己紹介をした動画を撮られるハメに
なってしまった。

だが撮り終えた後に、テンションのメーターが振り切れてしまい
「やったぁー!!」とジャンプしてガッツポーズする彼の姿を見ると、
「そんなもん撮ってどうするの?」などとは聞けないのであった。

喜びのあまりジャンプしながらガッツポーズを決めるなんて、
アニメの中でしか見たことがない。

彼はきっと、アニメから生きていく術を学んでいるのだ。
それがこんなに実生活に活かされているなんて、アニメの申し子である。

彼の今後のアニメ人生に 幸あれ。

ちなみにその時にメールアドレスを聞かれて交換し、
「おぉ・・・日本人のメールアドレスっ!!
 本当にありがとう!絶対に連絡するから!」と言っていた彼だが、
3ヶ月が過ぎた現在、未だに何の連絡もない。

きっと興奮のあまり手が震えて、上手く送信ボタンを押せずにいるのだ。
毎日「今日こそ送るぞ…っ!」と意気込んではあと一歩が踏み出せず、
ため息とともにパソコンを閉じているに違いない。

それならば私は待とうではないか、彼の勇気を。


嵐の様に彼らが去った後、
私たちはしばし呆然と立ち尽くして圧倒されていたが、
「そ、そうだ、お昼ご飯…」とフラフラ歩き始め、遅めの昼食をとった。



さて、ボリビアに入った途端、トイレは目を見張るほど劣悪化した。
もちろんペルーも清潔ではないけれど、
ボリビアはまずトイレが有料で、
お金を支払うにも関わらず、とんでもなく不潔なのだ。

便座には座れたものじゃないから、
空気イスか、便座の上にしゃがまなければならない。
水洗だけど水は流れないので、用を足した後に
外の大きな土管に貯めてある雨水をバケツですくい、
それをトイレに流さなければならない。

こんな状況で気持ちよく用が足せるわけがない。
先ほどまで感じていた尿意など、見事に消え去っていく。

公衆トイレがこの有様なんて、家のトイレは一体…などと
考えるのも恐ろしい。

便座が暖かくなったり、勝手にフタが開いたりする
日本のトイレを目の前にしたら、
ボリビア人は何というのだろうか。

インターネットが発達して、日本人と同じように
GoogleやFacebookを利用しているのに、
生活水準にこれほど差があるなんて
違和感を感じずにはいられなかった。



下半身にも違和感を感じながら、
ボートに乗り込みいざ向かうは太陽の島。

プーノ良いとこ、一度はおいで 

August 06 [Sat], 2011, 21:51
プーノに戻った我々は、さっそく今夜の宿探しに取りかかった。

この南米旅行中、同じ都市に滞在していても、
私たちはあまり連泊というものをしなかった。

別に強いこだわりがあったり神経質なわけではないのだけど、
お湯がちゃんと出ないとか、
排水溝がすぐに詰まってバスルームがプール状態とか、
ヒーターがなくて「はぁ、ホテルに戻るの憂鬱。」とか、

大抵どこもため息ついちゃう理由があって
宿をちょこちょこ変えていたのだ。


さて、この日の宿探し中、我々はとあるホテルの看板に釘付けになった。



なぜならそのホテルの名前は、その名も偉大な「マンコカパック・イン」
そう、あの英雄の名を借りたホテルだった。

「…おいおい、マンコカパックだけでも充分卑猥なのに、インって…。
……泊るしかないな、これは!」と、即決で、

いざマンコカパック・インにインしたわけである。

部屋を見せてもらうと、意外や意外、ちゃんと整っていて、
お湯もしっかり出る。

これなら合格だ。
さすがマンコカパック、ヤツならやってくれると思っていた。

「泊まります」とオーナーに伝えると、
「それがいい。なんせ他にも日本人が3人ほど泊まっているから、
仲良くするといいよ。」と言うではないか。

さすが日本人、同じような思考回路を持ち合わせている。

実際泊っていた日本人旅行者と話したところ、
やはり決め手はこのホテルの名前だったと皆が口を揃えて言った。
それでこそ日本人だ。
日本の未来は明るい。


さて、マンコカパック・インの一室で、今日の夕食を相談。

たまにはネットでも参考にしてみるか、と
ネットで評判のいいレストランを検索してみたところ、
良さそうなお店を見つけたので夜の街に繰り出した。

日本人の口コミではないし、所詮ペルー国内では、ということなので
大した期待もせずに赴いた。

おしゃれな店内の、ピザを焼く石釜の近くに通される。



次々に鮮やかな手さばきで焼かれるピザを見ていると
注文しないわけにはいかない。

せっかくペルーなので、とアルパカ肉のソテーも頼んでみた。
随分なチャレンジである。

そして、テーブルに並べられる料理。



とんでもなかった。

とんでもなく美味しかったのだ。

ペルーの料理のレベルに慣れて舌が飢えていたから、とか
あまり期待していなかったから、とか
いろいろ美味しさを倍増させる理由はあるかもしれないが、
でも、それらを考慮しなくても、びっくりする美味しさだった。

レストランの料理でこんなに感動したのは人生初だ。

チャレンジしたアルパカ肉にはブルーベリーのソースがかけられていて
繊細な味が広がる。
これまで生野菜は衛生面が怖くて避けていたけれど、
ここのは見るからに新鮮で、ウサギのようにモシャモシャ食べた。

こんなに心もお腹も満たされる食事というのは滅多に出逢えない。

クマンテと、「メニューに載っている料理、全部食べたい!」と
二人で感動しきりだった。

目の前に美味しい料理と、
それをさも幸せそうに頬張る人がいるというのは、何ともいいものだ。


やはりプーノはいい町だった。
金柑を見つけたときの私の直感は正しかったのだ。
これは、ますます金柑に感謝せざるを得ない。

そんなプーノとも、早くも明日でお別れ。
これほど去りがたい町がこれまであっただろうか。

明日はバスに揺られて、いよいよボリビア入国。

心浮き立つウロス島 

August 06 [Sat], 2011, 0:19
風邪にやられてしまい、しばらく放置しておりました。
気を取り直して、再会ー。




チチカカ湖に浮かぶウロス島とは、葦のような植物を重ねて
大小様々な島を作り、その上で人々が生活しているという未知の世界だ。

草を束ねて重ね島を作り、さらにそれが浮くなんて、
まさにワンダーランド。

しかも、このトトラという植物、
浮くだけでなく、家や船を作るときにも使われ、
果ては食べられるというからすごい。



食べて良し、建てて良し、浮かせて良し、
さらには住んで良し、乗って良し、
これを万能と言わずしてなんと言う。



透き通るように晴れた空が眩しい中、港へ行きボートに乗る。

今回は珍しくツアーに参加することにした。
私たちは自分で手配して旅を進めるのが好きなので、
ツアーにはあまり親しみがないのだ。



ツアーガイドは強烈なスパニッシュ訛りの英語を話す人で、
それに慣れるまでにはしばらくの時間を要した。

プーノが遠くなった頃、ボートの屋根に登ってみる。





こうしていると、ここが世界一標高の高い湖だと忘れてしまう。

しばらく進むと、ウロス島が見えてきた。



意外にも、想像よりしっかりした造りの島が並んでいる。



まるで地面にワラが敷き詰められているだけのように見えるけど、
掘っても掘ってもトトラしか出てこないというから不思議だ。



ツアーごとに島が決まっているらしく、目的地の小ぶりな島へ。

ウロス島とは、集落ごとに一つずつ島を持っていて、
小さいものは数人、大きいものでは学校もあるという。



ツアーガイドがチチカカ湖やウロス島について説明してくれた。
もちろん説明の際にはトトラを棒として使う抜かりなさ。

この辺りではマスが多く捕れること、島が浮く仕組み、
島の造り方、トトラの試食などなど、ツアーの醍醐味である。




一通りの説明を受けた後、島の中を自由に見せてもらった。


見張り用の高台、made by トトラ。


高台から見える お隣の島。
こちらの島には池が作られている。
マスがこの中で放流されているのだ。



何かをお料理するおばあちゃんとおばさん。
使い古されたお鍋や壺に、生活感を感じる。



なんとも不相応な、太陽光電池。
聞けば、フジモリ前大統領からの寄贈品だとか。
こんなにミスマッチな光景も珍しい。



排泄は、このボートに乗って少し離れたところに行くらしい。

・・・雨が降ったらどうするの?
突如腹痛に見舞われたときに他の人がボートを使っていたら・・・?
など、謎は深まるばかり。




クマンテが前回の南米旅行で来られなかったから
どうしても見たい、という要望のもと実現したウロス島見学だったが、
予想以上にとても興味深く、楽しい一日となった。

「ね、行ってよかったでしょ?」と誇らしげにクマンテは言うが、
確かに行ってよかった。


ただ、行く前より帰ってきた後の方が
ウロス島の謎は深まってしまった。

一週間ほど住んでみたら、
私もトトラで人形くらいは作れるようになるだろうか。
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日本で保育士をしていたある日、新しい自分を求めて習い事を始めることに。
当時興味のあった「英語」と「太極拳」で迷うものの、太極拳の毎朝6時からという過酷な条件に断念。
この選択が私の海外生活につながるなんて、人生って分からなくておもしろい。
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