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November 25 [Sat], 2017, 23:23
もう確実に誰も読んでいないここに、書き留めておく。

結論は、
「やりたいことだけをやって生きていくことは出来ないかも知れない。
でも、やりたいことは、全部やろう。」


10月、何度目かに、仕事に殺されかけた。
実際死んでいないわけだから表現としては多少オーバーであることは承知しつつ、
それでもやっぱり、毎日朝の4時まで働く、というのは少なくとも寿命を削る作業だとは思う。

で、いよいよ真剣に転職を考えている。が。
いままで転職を出来なかった理由は
「逃げた記憶をつくりたくないから」だ。
何かやりたいことがある、というような前向きな理由でする転職と、
労働環境が劣悪だから、という後ろ向きな理由でする転職では、全然違うのではないかと思うのだ。
それで言うと、今回もやはり後者になってしまうだろう。
ただ、そんなことを言っているうちに死んでしまっては意味が無い。

ということで、職を変えることを前提に、
今回の転職を「夢を叶える」ためにすることにしよう。

では、僕が見ていた夢ってなんだろうか?
ここは同じペースでだらだらと書くと非常に長い話になる。
つまるところ、やっぱり僕は、表現者でいたいのだ。
表現者でいるために生きている、とも言えるかも知れない。
表現者でいられない人生は、駄目だ。無いに等しい。

表現の方法は勿論色々ある。
作詩、作詞、作曲、編曲、音楽のプロデュース、小説、ブログ、歌、ギター、ドラム、ナレーション、などなど...。
僕が思いつく僕が出来ること/したいことだけでもこんなにある。

で、だ。
「表現で食っていくかどうか?」ということを改めて考えてみる。
すると、別に表現で食っていくかどうかは大した問題ではない、ということに気付く。

自分のしたい表現だけで食べていけるのであれば、それは幸せだろう。
でも、商売をするということは、
お客様の欲しいものを提供する、という形でしか対価を得られないのだ。
僕が食うに困ったときには、
お金を下さる方に対して、「何でも好きなように作りますのでお金を下さい」ということになるだろう。
(それでお金がもらえるかは、別の話だけれども)
で、果たしてそれは「表現をする」ということになるのか?という問い。
答えは問いを投げかけた瞬間にもう決まっている。

と、するならば。
やるべきことは非常にシンプルだ。
「表現をする。やりたい時に、やりたい場所で、やりたい人と、やりたいように。」

別に常にギターを持たなくてもいい。
歌に固執しなくてもいい。
歌詞だけじゃなくて曲も書きたければ書けばいい。
小説を書きたいなら書けばいい。
まだ技術はないけど、絵を描きたくなったら、写真を撮りたくなったら、そうすればいい。

大切なことはいくつもあるけど、抜粋すると下記だ。
 ・ 表現することをやめないこと。
 ・ やりたいことのチャンスを自分で作ること。

まず僕が直近でやるべきことは、
自分の表現者としての活動をまとめられる場所をつくること。
現代にはインターネットがある。
音も、絵も、文字も、全部そこに載せられる。
そしてそこに、どんどん表現成果物を加えていく。

やりたいことだけをやって生きていくのはきっと難しい。
だって僕らには衣食住の環境が必要だから。
でも。
それは何も、「やりたいことが出来ない」理由にはならないのだ。
やりたいことは、全部やろう。
そのためには、いくらでも時間がある。

何者でもない僕はそれでもいつも何者かになりたくて、
そのために表現者であることは、必要不可欠なのだ。

もう一回。
やりたいことは、全部やろう。

今夜は 

December 21 [Wed], 2011, 23:54
今夜は久しぶりに安らかに眠れそうだ。嬉しい。
おだやかな時間があればあとは頑張れる。
だからこそ分からなくなることもあれば、大人になってく自分を感じるけど。
良かった。

ラブソング 

December 18 [Sun], 2011, 23:39
家とバイトの往復。
明日は試験だし内容も分からないWebテストだ。
いつの間にか勉強も出来なくなってるし、声がまた出なくなってしまった。
唯一これだけは、と誇ってたものも案外もろかった。
大切なのはどう思われるかじゃなくてどう思うかだと思う。
誰がどう思うかを100%信じることは出来ない。それどころか、知ることすら出来ない。
自分の思いはよく分かる。ノイズはあるけど、磨いていけばひとつのことに行き着く。
それが自分の希望にそっていれば良かったけど、思ったよりも自分の意志は薄弱だった。
不毛だろうが叶わなかろうがそんなものぶっとばしてやるって覚悟がなきゃ何一つ成し遂げることはない。
すりきれてもなお愛せよ。存在を求めるなら、付いてくるものも全部受け入れて。

美味しいお茶を飲む為には、血のにじむような忍耐と、それを忍耐とも思わないくらいの希望観がなければいけない。そこを抜かしてお茶だけ飲んでるようなやつ、飲もうとするやつは本当のお茶の味を知らないまま終わるんだろう。
お茶が飲みたい。
本当に美味しいお茶が飲みたい。

おだやかな暮らし 

December 18 [Sun], 2011, 1:48
晴れた日曜日をおだやかに過ごせたらそれだけでどんなに素晴らしいことだろう。本当にそんなものが欲しいだけなのに、というか、「だから」なかなかそれはうまくいかない。それは実に簡単に与えることが出来るものだから。
それでもすべきことはなくしたものを恨むことでも、折れた骨を悔やむことでもない。

ここ数日、自分の中での気分の差が激しい。
何をしても動悸が激しくて、今日一日を正常に生ききるのに疲れてしまうときと、無感動な時。
誰かに話を聞いてもらいたいけど、めんどくさがられて離れられてしまいそうで怖い。
付き合いきれない、と言われてしまいそうで怖い。一人で何とかしなくては、と思う。
何にしろ最終的には自分で起き上がるしかない。ぬるい手のひらに甘えたら何も変わらない。
ぬるい手のひらに甘えることは、前に進むことではない。

出来もしない約束をするなよ、とはいうけれどそれは少し違う。
約束は、まずする。それも出来もしない約束じゃなきゃ意味がない。約束もしないで出来ることなら約束する必要はない。
約束もなしに何かを成し遂げることなんて出来ない。人には心があって、それには起伏があるから。
だから絶対に約束は守る。
守れない約束はするべきじゃない。
約束は約束を守れるかどうか自体が大切で、約束の内容なんて約束を守る為に存在するのかもしれない。

師走だからバタバタしたいの 

December 10 [Sat], 2011, 1:11
昨日から今日にかけてLocal Blue Sheepsの萌ちゃんとゆたかとコルクバードのたいすけとバンドワゴンのしばと過ごした。下らない話と下らないことをしていただけだけど、これまであまりそういう機会に恵まれなかったのですごく楽しかった。

Local Blue Sheepsの企画に誘ってもらった。オルタニカの時もそうだったけど、企画に誘ってもらえるって言うのはすごく嬉しいことだ。企画者としての気合いが分かるだけに、そこに関わらせてもらえることを本当に光栄だと思う。こちらもLBSを企画に誘った。お互い二つ返事で、半ば合同企画のような流れになった。
両日来て頂けた方にお互いがお互いの曲をカバーした2曲入りのCD-Rを配る、ということでLBSの曲をカバーすることに。

一番やりたいことをやっている上でこういう風に仲間が出来ていくのは嬉しい。

1月15日の企画は絶対楽しい日になる。
色んな人とその空気を共有出来たら良いな、と思う。

楽しいライブをするということにそれとなく反抗していたけれど、楽しいのはいいことだ。
ただ、惰性と習慣で楽しむのは違うな、と思う。
決まったリズム、決まったリアクション、定義して漏れてなくした感情。
人との関わりの中に自分を探して、求められてる感じに気持ちよくなってる。コミュニティはそうやって回る。というかそれこそがコミュニティをコミュニティたらしめているんだろうな。

筆が止まった。
今日はもうやめにする。

Eric Clapton and Steve Winwood 

December 03 [Sat], 2011, 0:59
今週の月曜日はハナレグミを観て、今日はEric Clapton and Steve Winwoodを観て来た。
ここ二つのライブは本当に楽しかった。久しぶりにライブを観て楽しいと思った。
ああいうライブがしたい。
というかあれよりもっと魂掴まれてどっかもってくようなライブがしたい。
自分をもっと意識しなくちゃいけないと思った。
来い!と思った時に来て、相互に作用するような、その場の空間に出来上がっていくまさしくライブな感じが欲しい。
練習量に比例しない部分をもっとつきつめたい。
つまり、練習してなんとかなることは早くなんとかしなきゃいけない。
十代のトキメキみたいなものが必要だ。

就職活動 

December 02 [Fri], 2011, 1:59
就職活動が始まった。
12時になった途端に各種リクルートサイトの回線がパンパンになったらしい。
何をそんなに焦っているんだろう。
無抵抗に就職活動を始めて、右も左も分からないまま大企業に勤めたところで、いつか何かもっと根本的なことに気付くんじゃないか、というのはおれの思い上がりだろうか。
猶予が欲しいな、と思うものの、例えばあと一年与えられたところで何も変わらないだろうな。
自分を何かに押し込んでやっと分かることもある。
行動あるのみだ。
ただなんというか、何をしていても罪悪感を感じるここ最近の自分の心だけもう少し上手く調整してあげたい。
何か一つ決めて一生懸命やってないと何やっててもそうなる。
でも一つに向かうと他が見えなくなる、というか見ないようにしている。
スイッチの入ったときの集中力は受験勉強には本当に役に立ったけど、俯瞰の出来ないこの性質が例えば客商売には全然向かない。
それを自分の特徴ととらえてそれに合うところにいくのと、自分を曲げて環境に適応していくのとどっちの方が先々良いんだろう。
どっちも出来るようになればいいんだろうけど、そういうハイブリッドなのはある意味中途半端に感じるなあ。
自分の集中力は好きなんだ。変えたくないところではある。使い方を変えれば良いのか?
何にしろ「向き不向き」とか「才能」とかを言い訳にはしたくないな。やりたいことがあれば出来るように努力すべきだし、向いてないならその分多く努力すべきだと思う。
まあとにかくこの生活サイクルを抜け出すべきなんだろう。

ワウ 

November 23 [Wed], 2011, 1:00
ついにワウを買った。いくつか試奏したけど結局Cry Babyにした。
たまたま500台限定の赤いモデルが出てたからそれにした。
別に赤の方がかっこいいって程でもなかったけど、同じ値段ならちょっとでも珍しい方がお得感があったから。「限定」の効用>0だということが分かった。

ワウが欲しいと思い始めたのは一年くらい前。今使ってるオーバードライブと、マルチの空間系エフェクタを買ったあたりから迷ってはいた。
元々Stevie Ray Vaughanとか大村達身のうねうねしたギターの音に憧れて何度かワウの試奏はしてみたんだけど、やった結果、特に達身の場合それは主に左手の指の高速ビブラートから繰り出されてるということに気付いて、じゃああんま意味ないわ、って思って購入にはいたらなかった。

最近またちょっと興味が湧いて試奏したものの、やっぱりイマイチ今の自分で使える自信がなかったんだけど、3ピースの編成において、足でリズム感を出せるっていうのはそれだけでもフレーズの幅とかが広がるなあと思って購入。とにかく買って鳴らさないと使い方も分からない。
基本的に、お洒落な感じでチャカポコ鳴らすのではなく、リードの時に演奏に迫力をつける感じになると思う。激しいのが欲しい。

そしてケースも買い替えなくちゃいけなくなった。
ついでにDD-7も欲しいんだけど、それも結構値が張るのでどうしようか・・・。それこそ使いこなせる気がしない。
久しぶりに御茶ノ水とか行ってみるかなぁ。
今のギターを買う時に巡って以来行ってない気がする。
もしかしたらラインセレクターとかも買った方が良いのかもしれない。パワーサプライとかも。

そして改めて聞いてくるりのアンテナはものすごいアルバム。その時のライブ映像もかなりすごい。
この4人の時期のくるりの映像をYouTubeを見ると大体「この時のくるりは最強だなあ・・・」というコメントと「いつまでもそんなこと言ってるなよ、今のくるりもいいだろ」というコメントがある。
おれもこの時のくるりは最強だと思うけど、そういうコメントにはどっちにもなんとなく反抗したくなる。

昔、mixiで、The Beatlesコミュニティで「John Lennonは殺されて当然」みたいなトピックが立ってた。
今調べたら記事がまだあったから載せとく。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=58549154&comm_id=515
トピックを立てた人
「30年も前に射殺された間抜けなキチガイ左翼なんかどうでもいいんですよ。

何で彼が殺されたか知っていますか?

偽善者だからですよ。

あの頃の彼はまさに英雄チャップマンの愛読書『ライ麦畑でつかまえて』に出てくる口だけのインチキな大人だったからです。

世界をキチガイ左翼の魔の手から救った英雄チャップマン様を今も苦しめ続けるオノヨーコも射殺されればいいんですよ。

クズが死んだ。それだけです。 」

ビートルズコミュニティだからそれに対して「ジョンが殺されて当然なんていうお前が死ね」という意見が圧倒的多数。
他のどのコミュニティでもそうだったけど、コミュニティは基本排他的で(ていうか排他的だからコミュニティなのかも知れないけど)どういう言い方であれ、そのアーティストの悪口とかを少しでも含んでいたら叩かれる。
その雰囲気自体に嫌気がさしていたおれはなんとなく「お前が死ね」派に反抗したい気持ちが先に来た。
多分そういう考えの人が「トピ主みたいな考え方も面白い」とか「色んな意見があっていい」とか「アンチはアンチで良い」みたいなことを言い始めた。
折衷案みたいな感じで「殺されて当然なんて人はいない!でもそんな意見を聞けてよかった。」的なのも出て来た。
みんなが自分が一番のジョンレノンの理解者っぽい感じで壮大に語り始め、管理人の責任が追求され、I love John!の書き込みが連続して削除要請が増してどんどんみんなが勝手になってきた。
全てに反抗したい気持ちで悶々としつつどこかで楽しんでトピックを追っていたら
「気持ち悪い!人に死んで当然とか死ねとかいっちゃいけないんだよ!その意見に対して『面白い』とかいって理解度の高さをアピールしてるやつも気持ち悪い!」
みたいな書き込みがあった。(今見たらなくなってるけど)

なんだか、意見なんていうのは相対的なものなんだなあと思ったときだった。

おれは結局他人と同じことを言いたくないだけだし、一人で闘いたくもないんだろうな、と思った。
自分の意見が本当はなんなのか、その時にちょっと分からなくなった。

今だってみんな意見を自分の状況に合わせて取っ替え引っ替えしてるように思う。
「こうしたい」っていう感覚があって、それを説明する理屈をつけているくせに、理屈が先にあって、「だからこうしたい」って言っている。しかもそれを自分で本気にしてるからタチが悪い。
大人になるとみんな「筋が通らないこともあるさ」とか「よくあることさ」とか言って平気で曲がったことするよ。
それでいいのか。
昔は良かったとか言って愚痴ばかり言って自分に誇れない今を生きるのか。
それでいいのか。
正論に負けるなよ。びびってないでもっと全力で来いよ。
すりきれてもなお愛せよ。
始まれよ、何度だっていいから。

当たり前のことかもしれないが 

November 16 [Wed], 2011, 13:27
記事を書くとその日だけ閲覧数が増えるのね。
「新着記事」とかのコーナーから飛んでくるのかな。
おれはそんなコーナー見たことないけど、あるんだろう。

今日はこんなにいい天気なのに明日の中間試験の勉強をする。
井の頭公園にでも行って何かを書いたりしたいものですね。
そんな生活をしたいと思ったら一番最初にするべきことはなんなんだろう。
やっぱり好きなタイミングに好きなこと出来るようにそんなに特にやりたいことがない時にちゃんとやるべきことは終わらせとくことなんだろうか。
今回のことに関しては日々勉強してれば前日に焦ることもないわけだから。
でも端から見たらこんな天気のいい日にここで勉強しているのもそれはそれでドラマチックかも知れない。
とりあえず今は勉強しなくちゃ。

カウント 

November 12 [Sat], 2011, 2:00
1日1日をカウントして生きているのに少し疲れて来た。
けど、本当は何も感じなくなるのが一番怖いのかもしれない。
いつか暗闇の中で闇雲に手をのばした先に、ずっとそこにあったものになりたい。

何にしろ自分で自分を誇れるよう、今をちゃんと生きていこう。それがどういうことなのか具体的に見えてこないけど、昨日も言ったように、まずは手に取ったものを最後までちゃんと。
またいつか、苦しいほど没頭することが出来るだろうか。
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