12月4日授業中 

2007年12月05日(水) 12時58分



10月17日・24日課題 

2007年10月25日(木) 10時17分
 テルナテ島は、モルッカ諸島のひとつの島であり、オランダ植民地時代を通じて、物流交流の拠点として栄えた。  その島は、スルタンが支配していたことから、イスラム教国家であったと考えられる。しかし、香料などの資源が豊富であったため、長きにわたって、欧州各国から支配の対象となってきた。1512年に最初のポルトガル人が来航し丁子の独占的販売権を、1521年にはスペインによる香料の独占契約を結んだ。その後、オランダが支配に名乗りをあげ、ポルトガルやスペインとの争いを経て、そこを支配下に置いた。ナポレオン時代に統治が揺らぐこともあったが、ウィーン会議を経てオランダによる支配が復活。そこで、ナツメグと丁子の木の根絶に関する協定を結んだ。  1827年にテルナテ農業委員会が発足。丁子、ナツメグ、綿花などの植え付けを行った。しかし、これは資金不足・ジャワ戦争、コレラの影響などで有名無実化した。  その後、テルナテでは、タバコ、鹿の角、天然ゴムなどの輸出を盛んにおこなった。しかし、スルタン統治の廃止、自然災害、疫病などの厳しい歴史にさらされた。  現在、テルナテ島は島全体でコタテルナテ県を形成。西半分がプラウテルナテ郡、東半分が、北テルナテと南テルナテの各郡に分けられている。うち島の中心部である南テルナテは、植民地時代のオランダの管轄区にあたり、周辺の島々からの移住者・華僑やキリスト系の島民が混在している。そこは、文化が多様であることに加え、近代的かつ社会的開放性も強い。  しかし、1999年の11月に騒乱が発生、そこでテルナテ、ティドレ両島から1〜2万人のキリスト系・中華系の島民が島からの脱出を余儀なくされた。  このように、数々の支配の歴史を重ねてきたテルナテ。資源や香料が豊富で、交易拠点として栄えた一面もあるが、1999年の騒乱のように、その多様性からくる民族的・宗教的対立も現実に起きており、発展と支配の歴史が、こうした問題を生み出している。

10,3課題 

2007年10月13日(土) 10時43分
 赤塗りしてある部分がTambak点在地である。  見てみると、ジャワ島の各所にTambakが点在していることが見て取れる。特にジャワ島北側に多く見られる。  しかし、ジャワ島すべての海岸沿いに存在しているわけではなく、ジャワ島の中央部には、それほど見られないのも特徴として挙げられる。

Partial truth(部分的真理とは) 

2007年10月13日(土) 10時22分
Partial truth(部分的真理)は、任意の事象について、それはその他のすべてのケースについて一般化することのできる「全般的真実」ではなく、あくまでその一部や特例に過ぎないが、しかし「部分的真実」としては存在するという意味の言葉だ。

  これは言い換えると・・・

「科学的研究は現実の正確な把握を目的としておこなわれるが、そこで提示される現実は(全知の神にみえているような)「生の事実」などではない。それは特定の概念図式にもとづいて解釈(あるいは研究)をすすめるなかでたちあらわれてくるのであり、現実を把握するには特定の概念図式に依存する必要がある。」

ここでいうところの「特定の概念図式の上にだけ成り立つ真理」がPartial truth(部分的真理)。

数学的には多値論理、論理学的は真理の複数性、いま時の言い方をするとファジー論理などはPartial truth(部分的真理)の近傍にあるものだろうか。



日常会話の中では?

以下で説明する(A)(B)両面を含んだ言葉だ。
すなわち、否定的な意味合いでは「虚実が混然一体となったいい加減な話」→(A)位の意味、、肯定的な意味合いでは「一面の真理」→(B)位の意味だ。従ってPartial truth(部分的真理)とは、一面の真理を含んではいるが虚実が混然一体となったいい加減な物言いを意味するということになろう。

7,11課題 

2007年07月18日(水) 17時10分
 最先端技術を駆使した農業は、時として農産物の大量生産を生み出す。しかし、それは後に深刻な土壌汚染を生み出すこともある。
 ビデオでも取り上げられていたが、いくつか例を挙げてみる。インド・パンジャーブ地方では、最新の近代農業を推進し、一時的に記録的な食糧増産に成功した。しかし、行き過ぎた農業は、インドの土壌に塩害という深刻なダメージを与えた。アメリカのテキサスでも、センターピボットを利用した穀物の大量生産を試みた。しかし、過剰な水の吸い上げは水不足や土壌汚染を引き起こし、収穫量は増加するどころか半分まで減少する結果となった。
 そして、カザフスタンでも1954年に「処女地開拓計画」を銘打って、3000万haもの大開拓を進めた。灌漑のための貯水池を核爆発で作るなど大規模農業を展開したが、1960年代には風食が発生し、もはや小麦が育たなくなっていた。
 これらのような、環境を配慮しない無責任な食糧増産計画は、一時的にはうまくいっても、のちに大きなしっぺ返しを食らうことになった。
 多くの飢餓民が存在する現代世界では、確かに食糧増産はとても重要な課題である。しかし、化学肥料や農薬を大量に利用するなど、環境に配慮しない食糧増産計画は、結局のところ失敗に終わることが多い。
 土壌を汚染せずに大量に食物を生産することは、とても難しいことである。それを達成するには、高度なバイオテクノロジーが要求される。
 その中で、食糧増産につながるとして注目されているのが、遺伝子組み換え技術である。確かに、この方法をとれば世界飢餓の解消につながっていくかもしれない。
 しかし、これもまだ安全性の面で多少の問題がある。しかも、将来的に人体や環境に悪影響を及ぼす可能性もはらんでいる。過去の過ちを繰り返さないためにも、遺伝子組み換え技術は、安全性の問題が解決されるまで使われてはならないだろう。
 では、食糧増産にもはや打つ手はないのだろうか。
 安全な食料の増産を成功させるには、それぞれの地域にあった品種を利用した作物の栽培をしていくことが何よりも大切である。少品種を世界各地で生産するのではなく、多品種をそれぞれ適した地域で生産していくことが重要である。それが、土壌保全や環境保全につながり、結果として食物増産にも結びついていくだろう。そして、企業・行政・現場の農業従事者が提携をして、地域に合った農業を推進していくことが、これからの農業・食糧増産問題を解決する上で大きなポイントになるだろう。これから先の、環境に配慮したバイオテクノロジーの開発に期待したいところである。

6月20日課題 

2007年07月03日(火) 18時17分
 今回観賞した映画、「タクシードライバー」では、1970年代のニューヨークの社会構造が描き出されていた。そこでは、ニューヨークの社会的荒廃、そこに生きる、主人公トラビスの数々の葛藤や、腐った社会への反抗などが描き出されていた。
恋心を抱いていたベッツィを、ポルノ映画に誘ってしまった結果、彼女に振られたトラビス。大きな挫折を味わった彼は、感情をぶつける相手を、選挙戦を戦っていたパレンタイン上院議員にぶつけようとした。
 銃を購入し、パレンタイン暗殺に向けて体を鍛え、銃を手入れし、イメージを膨らませていくトラビス。また、彼は荒廃したニューヨークを、自分の力でどうにかしようと考える。
 行動に出たトラビスは、パレンタイン暗殺を実行しようとしたが、シークレットサービスに見つかり、これは未遂に終わった。しかし、売春宿で、マシューやその関係者を殺害した。自らも負傷したものの、彼は後に、「小さな英雄」としてマスコミにたたえられるに至った。
 
 トラビスは、荒廃したニューヨークを、銃などの暴力手段で解決しようとした。いっぽう、パレンタインは、大統領という地位と権力を駆使し、政治的権力を利用してそれを克服しようとした。彼らの考え方は対照的である。権力という意味では、パレンタインのほうがはるかに上であり、ニューヨークを再生するにおいても、彼のほうが可能性は高いだろう。しかし、権力で何とかしようとするパレンタインのやり方は、トラビスには気に食わなかった。その前の場面で「公権力に頼らずに物事の解決をすべきだ。」と言っているように、トラビスは、政治権力や警察権力を抜きにして、自己の力でニューヨークを荒廃から救おうとしたのではないだろうか。
 そして、「公権力に頼らないニューヨーク浄化」を目指してトラビスがとった行動というものが、売春組織の襲撃であった。当時、社会的荒廃を生み出す要因のひとつとなっていた売春。トラビスは、売春少女のアイリスを「紐の手」から救出し、売春から足を洗うように説得した。その後、自らも傷を負いながら、売春組織を襲撃した。ニューヨーク浄化を目指した彼の行動は、結果として賞賛を得るものになった。ここに、トラビスの正義感が見えた。彼なりのやり方で、社会的荒廃物のひとつを排除したのだ。
 社会的荒廃は、これらの場面以外でも、しばしば見られた。ニューヨークの街での売春婦の横行や、黒人少年による投石など、ここには多くのニューヨークの「恐怖」の部分が描き出されていた。アメリカ、ニューヨークの華やかさの裏の一面が見え隠れしていた。

 多くの場面で、ニューヨークの社会的荒廃が印象的に描写されていたが、この映画はその部分だけを伝えようとしたのか。
 最後の場面でトラビスが、タクシーの客として乗ってきたベッツィをミラー越しに睨みつけた場面があった。ベッツィは上級階級の人間であったが、ここでも彼にはその階級への反感・憎悪の念があった。
 ストーリー上、このシーンは必要なかったのかもしれない。売春婦を襲撃し、賞賛された時点で、物語はとりあえずの終結を迎えている。しかし、この映画の監督はラストシーンにこのシーンを取り入れている。ここで、トラビスのような下層階級の人間と、ベッツィのような上級階級の人間の格差、溝をこの場面で風刺している。
 ラストシーンにこの場面を持ってきたということは、私は、当時のニューヨークの社会的荒廃だけでなく、「当時のアメリカにおける格差・格差間に眠る断絶」という側面をも、観る者に伝えようとしたのではないか。しかも、ただ単に描写するのではなく、観る者に強く印象付けたかったのではないか。私にはこのように思われた。
 

6月6日課題 

2007年06月13日(水) 11時40分
 イギリス君主制政治と権力装置

 この課題について検討する前に、まず君主制政治とヴィクトリア朝についての説明をする。
 君主制政治とは、君主が支配する政治体制のことであり、君主である王が国の最高権力を持つ体制のことをあらわす。また、ヴィクトリア朝というは、ヴィクトリア女王が在位した時代(1837年〜1901年)のことを指す。産業革命の影響で経済が成熟し、イギリス帝国最盛期の時代であった。
 バジョット以前の時代では、立法・行政・司法の三権分立の原則を特徴に求めていた。これは、モンテスキューらの思想に基づいている。
 その後、バジョットは、憲法の有効性を二つの部分に分解した。「威厳を持った部分」と「機能する部分」に分けられ、前者には国民の感覚に訴え、憲法への畏敬を表するような演劇的要因を、後者には現実に国家を支配する有用的要因を求めた。そして「演劇的要因」は主に君主が担い、「有用的要因」は主に内閣が担うと考えた。
 
では、下の地図を分析してみる。まず、この地図ではテムズ川の上部に中枢機関が多く置かれている。この地図では、権力中枢が一定の区域に集中していることが見て取れる。
 ウエストミンスター寺院周辺には、バッキンガム宮殿やビッグベン、劇場密集地帯にあるPiccadilly Circusなど、演劇的要因である「魅せる」機関や建造物が集まっていた。また、この地域より少し北に目を向けると、コベントガーデンや英国博物館といった劇場要因の建物がある。少し、地図の真ん中の部分に目をやると、王立裁判所など、王の管轄するような機関が見られる。
 このように、この地図の地域にはイギリス王権の中枢と見られる建物が密集している。王のいるバッキンガム宮殿の周辺に、バジョットの言うような王の担う「演劇的要因」を
持つ機関を集中させた。当時の王の権威は、この区域を中心にして存在していたことがうかがえる。 


5月16日課題 

2007年05月22日(火) 17時51分
下の図はCharlestonの18世紀末の火災保険図である。赤く塗られた建物は、木造よりも耐火性に優れるレンガ造りの建物である。
 この地図を眺めてみると、地図の左下の部分にレンガ造りの建物が多いことが見て取れる。耐火性に強い建物がこの部分に多く集まっていることを見ると、との部分に主要な建物があるように思われる。またこの部分はcooper river沿いにレンガの建物が多いことも見て取れる。
 また、1、21、48番の道沿いにレンガ造りの建物が多い。特に48のmeeting street沿いには裁判所やセントミハエル英国国教会派教会など主要と思われる建物が多く見られ、これらは共にレンガ造りとなっている。また、右下のF,EDRRAL,GREENの部分にもレンガ造りの建物がいくつか見受けられる。
 これらから、都市の主要部や、主要道路、公共の主要建造物の近辺の建物はレンガ造りの建物が多いことがわかった。
 他方、そのほかの部分に目を向けてみるとレンガ造りの建造物は少ない。58のking street沿いや新独立派教会の建物などはレンガであるが、先に述べた地図左下部に比べると、レンガ造りの建造物の割合は大きく減る。


※WebCT上の火災保険図を使ってしまいました。申し訳ありません。これからもっと画像処理技術を向上していけるように努力します。




5月9日課題 

2007年05月15日(火) 16時21分
 18世紀といえば日本近海に外国船が出没し、中には難破する船も現れた時代である(イタリア人シドッチと新井白石の『西洋紀聞』(1709〜1715)。当時太平洋にはスペイン領のメキシコとフィリピンの間には通商路が開設されていました。メキシコ銀貨は南海(中国〜東南アジア)における国際通貨でした。18世紀の50〜80年代といえば平賀源内や解剖学の杉田玄白、農学の青木昆陽、海防論の書『海国兵談』(1790年代に寛政異学の禁に抵触)の登場する時期です。
 当時北米大陸の領有をめぐり英仏が覇権争いを展開しており、ブーケンヴィルとクックの活躍は七年戦争後の太平洋海域における西洋列強の覇権争いを予告する一つの事件であった。当時の地誌はそれに参加した科学的探険家たちによって担われていました。

 当時わが国は江戸は金本位制でしたが、大阪や博多・長崎はかつての南海交易との関係で、銀本位制(銀行・銀座)の下にあったのです。16世紀や17世紀における日本列島は鉱山開発ブームでしたが、これはこの南海(南蛮)交易との関係で、理解すべき内容を含んでいます。江戸初期における日本の貨幣制度は貴金属類の流出で何度か崩壊の危機に直面しています。

 わが国の伝統的地誌(図会類を含む)の編纂は17〜19世紀を通じて盛んに行われていました。その問題は別途検討してみることにしましょう。

 講義の中では西欧列強による初期資本主義のグローバルな拡大と海外情報のヨーロッパにおける関心の高揚、かかるブームを受けて地誌(旅行記や航海期を含む)形式のユートピア文学の流行、ユートピア願望が新大陸への彼らの移住を促したことにふれた。

 アダム・スミスの『道徳情操論』と新大陸における労働力調達を考えておこう。

 ユートピア文学との関係で18世紀の歌劇『フィガロの結婚』(モーツアルト)の荒筋を検索しておこう。支配者と被支配者の立場の逆転をおもしろおかしく描写しています。これは市民革命に繋がる思想の流行を取り入れた結果なのです。ロココ風―これがモーツアルトの時代の西洋社会(裕福な自営業者=ブルジョワジーが担う)の新しいムードだったと文化史の教科書は書いていますが、それを可能にしたのはアジア・アフリカ・ラテンアメリカの経済支配の進展でした。

 観察対象を詳細に捉え、それをデータ化する凄まじい情報。その片鱗は博物学者たちが残した動物や植物の挿絵(細密画)からも十分に感じられます。絵画の形式も聖書を題材とした歴史画に代わり、風景画や地図など写実的なもの(科学的なもの)が登場するのです。本来地図は地誌の挿入資料として作成されてきたものでした。

 Trivialism(細叙法。一種のレトリック=説得のための表現戦略)。ダニエル・デュフォー『ガリバー旅行記』はその典型をなす経済小説。ロビンソン・クルーソーの冒険というユートピア小説の同様

 当時の西欧の都市には植物園・動物園・民族展示館などが盛んに作られていますが、それは植民地経営と連動したことだったのです。民族展示館は異国の珍しいものを、植物園はプランテーション経営の栽培作物学的サポート機関だったのです。ブーケンヴィルの一行はあのタヒチ島でサトウキビの新品種を発見したと指摘しましたが、彼らの活躍は植民地経営における技術革新(旧大陸の労働力と旧大陸の生物資源とをユニークな形で結びつける=シュンペーター流にいえば「経済発展とは新結合を遂行すること」を文字通り)を実践することと直結していたのです。


 参考文献
 伊東光晴ほか『シュンペーター 孤高の経済学者』岩波新書
 川勝平太『文明の海洋史観』中公叢書1997.139-217頁
 R.A スケルトン『図説 探検地図の歴史』原書房 1992
 アダム・スミス『国富論』中公バックス 世界の名著37


4月25日課題 

2007年05月01日(火) 16時54分
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