手打ち、とくれば 

October 29 [Sat], 2005, 0:06
うどん、そば。
そして、HTML。
ここをはじめて半年しかたたないけれど、
ずいぶんと遠くへ来たもんだ、と感じる。
自分の生きている様を俯瞰できたとしたら、
同じところでチョコチョコとやっているのかも知れないけれど、
目の前しか見えないものだから、
やっぱり遠くへきたもんだ、と思う。

移住はもう済んだし、
さらに西むく可能性もまだ孕みつつ、
とりあえずは新しい暮らしに芯を持ちたい、と思い、
そんな訳で、にしむくの巻は「完」と致します。

そして、手打ちとくれば、HTML。
やってみました!
なにしろシロウトによる手打ちなので、
チープ感は否めませんが、
手作りの我が家へお引っ越し。

ここで出会ったのも何かの御縁。
御覧頂ければ、これ幸いなり。

シュウ゛ァンクマイエル映画祭 

October 10 [Mon], 2005, 16:51
葉山の神奈川県立近代美術館、シュウ゛ァンクマイエル展
同時に「映画祭」として、5つのプログラムで短篇集、長篇の上映があり、
短編集を見た。
「映画祭」のワリに、会場の電気も付いたままで、
なかなか集中できない上映スペースだったけれど、
長篇以外は見たことなかったし、おもしろかった。

ヨーロッパのアニメーション作品の音の使い方がとても好きなんです。
センスいいよなぁ。
「オトラントの城」という作品の音楽が、特にグッときた。
「オトラント城奇譚」というゴシック小説を題材としたもので、
古文書の挿し絵たちが操り人形の様に動くんだけれど、
胡散臭さとグロさを、とても美しいものでもって昇華する、
それでいてクスッ。という絶妙なバランス。

映像の他にも絵や造形作品などの展示もあって、
操り人形の糸について、ここに生きている私達もまた糸によって操られている
といった内容のコメントや、
既視感と未知の入り交じる妄想地図について、
この世界が絶望的であるなら、新しい別の世界をつくる他に方法はない、
なんていうコメントや、
そういうところを汲み取って、
うっかりこちらが意味づけしそうになるところを、
グロテスクでちょっとエロで笑える妄想世界の生き物が、
ベロっとなめてさらっていってしまう、そんな感じ。

石鹸信仰 

October 04 [Tue], 2005, 12:56
知っていますか、この輪っか。
はじめて見たのは散歩途中の雑貨屋。
「へぇー!洗剤使わないでいいのか。」と、興味を持った。
・・・でも、まてよ。
チラシの中の、アメリカのママが嬉々として洗濯をするイラストのポップさや、
Q&A形式で進められる商品説明の、答のあまりにも頼もしい様に、
なんかアヤシーんではないか、との疑いも浮かぶ。
悲しいけれど、「地球にやさしい!」とか「毎日飲んで免疫力アップ!」とか
(「世界の貧困を救う」とか。)そういうおいしい文句には、
反射的に「やばいんじゃあないのかね、それ。」と、まず構えてしまう。
そんな訳でこの輪っかのことも、そのまま忘却のかなた。

が、それから半年ほど経って、最近、縁あって共同購入。
目に見える効果は実はあまりないけど、別に問題もないみたい。
普段からシャンプーや洗濯、食器洗いには石鹸を使ったり、重曹や酢を使ったり。
しかし、上には上がいる、っていう表現が適切かどうかは別として、
知らないことがたくさんあるなぁ。
「洗い物には泡ブクブク」の頭があったから、やっぱりまだ半信半疑。

「理性のゆらぎ」という本のことを思い出した。
日本の科学者が、サイババとインド占星術に出会う。
サイババというと、物質化現象ばかりが取り沙汰されて、
あのトリックはどういうことか、なんて話になってしまうのだけど、
著者は実際にサイババに会い、インド占星術を目の当たりにして、
これまで脈々と続いている科学信仰をちょっと立ち止まって別な視点から捉えてみる。
指から灰が出てくるとか、初対面の人の過去を言い当てるとか、
そんなのありえない!だって科学的に考えて・・・と、なるけど、
例えば私たちが普段盲目的に信じている麻酔だって、
麻痺した感覚が、しばらくして再び戻るのが何故か、まだ解明されてないそうだ。
盲信は危険というのはどちらにも言えることではないか。
自分の既知の領域を超える何かに出会ったとき、
フタをしないで受けられるニュートラルな状態でいたいと思う。
変に知った気でいるとなかなか難しいんだけど。

さて、ちょいと飛躍しましたが、結論はというと、
ランドリー・クリーンリング、今のところいいみたい。

へぇー。この輪っかがねぇ・・・。

母にべんとう 

September 30 [Fri], 2005, 11:50
最近、家の近くのコミュニティーセンターで習い事を始めた母。
突然、えんもゆかりもない町へ越して来て3か月、
心細い気持ちで上がったり下がったりの繰り返しの日々の中、
ようやく自分の場所づくりのとっかかりを見つけたようだ。
今日は午前中から出かけ、そのまま午後まで、とのことで弁当持参。
頼まれてもないし自分でできるけれど、
ヨカッタヨカッタという気持ちもあり、今朝は私が母の為にお弁当を作る。
妙なこども扱いで彼女はいやがるが、
「気の合う友達はできるかしら、楽しくお昼は食べられるかしら。」
と、子に弁当を持たす母親気分。

「はじめて子供におべんとう持たせたときのこと、覚えてる?」
「そりゃあ、覚えてるよ。まだ新米主婦でなんともつたない弁当だったよ。
しかも、○○(長女)ちゃんが偏食で困った。」
なんてことを話しながら、おにぎりを握る。

私は末っ子なので、輝ける新米ドキドキ弁当は経験できなかったけれど、
ベテラン母の弁当持って出掛け、いろんなところで食べた。
特に高校時代はいろんなところで。
通学途中の神社でつい「ふぅ。」と腰掛けてしまい、そのまま食べたり。
学校を素通りしてそのまま街に行って、
平日の昼間、すいてる映画館の中で食べたり(確か映画はジュラシックパーク)。
当然、授業と授業の合間に学校で食べているだろうという母の想像を、
かなりの頻度で私は裏切った。
けれど、その時の後ろめたさ(後ろめたく思ってたんだろうか。)は
都合良く風化し、あんなとこでもべんとう食べたなぁ、という楽しい思い出ばかり。

もう時効だろうから、母に言ってみよう。
ああ、そうだったの、くらいの反応だろうか。
それともひどくがっかりさせたりして、
いや、叱られるかな。

ホワイトバンド世界一周 

September 28 [Wed], 2005, 0:49
今日ひとから聞いた話。
なんだかブームになってるらしいホワイトバンドだけれど、
実際身に付けていると、一言申したい人々がたくさんいるようで、
いろんなこと言われるそうだ。
もちろん賛否両論入り交じる訳だが、
その中で「本物が欲しいけど、売り切れちゃっててなかなか手に入らない」
というのが、ちょっと驚いてしまった。

日本では、ホワイトバンドが一部ブランド化されてしまっていて
キモチワルイ。
この運動自体は世界各地で展開されていて、
世界のホワイトバンドのプロジェクトのサイトを見てみると、
そのバンドそのものをまるでネット通販宜しく「商品」のように掲げている国は
あまり見受けないように感じた。
あんな、へんてこな雪ん子マークのついたゴムバンドみたいのじゃなく、
ミサンガのように、シンプルに白いリボンにメッセージが書かれているものとか。
意思表示の象徴として身につけるのならそれで充分ではないか。
確かに「本物」のホワイトバンドは貧しい国の雇用確保という意味で
外国でつくりフェアに取り引きしているらしいけれど、
なんだか先に「商品」ありき、という感じで、どうも薄っぺらだ。

このプロジェクトについて語る自分の言葉を持ってない人は、
身に付けていると、反って恥ずかしい、ということを自覚したほうがいいと思う。

見えざる敵と戦う 

September 25 [Sun], 2005, 23:09
昼間、机の上で作業をしていて使っていたメジャーが、落ちた。
落ちたのは知っていたけれど、そのままにしていた。
そのままにして、片付けるのを忘れてしまった。

夜、再び机の上でパソコンやら本やらナンヤラカンヤラ・・・
ふと、視界の端で妙な動き。
昼間、落ちてさかさまになって、
まぁ生き物っぽく見えなくもない姿になっているメジャーに、
栗(猫)の警戒警報が最大級のレベルで鳴った模様。
ゆっくり慎重に、角度を変えながら、
触りた・・い・のに、あとちょっとのところで、臆病風がピュー。
手をそぉー・・っと出しては慌てて引っ込めて、ちょっと逃げる、の繰り返し。
その間、当然のことながら落ちてさかさまのメジャーは無言のまま。
私から見れば、噛み付く気配の微塵も感じられないのだけれど、
栗よ、何にそんなに怯えることがあろう。

家でずっと飼われている猫は、時々こうやって、
野生の勘のチューニングをちょっとずらしたような行動をとる。
何もない穏やかな午後、突然、全身はりねずみのように毛を逆立てて、
家の端から端をX往復ダッシュとか。

「猫っていったい何考えているんだろう」と考えるのは
しょうもないと保坂さんが書いていたけど、
やっぱり考えてしまう。
何が見えていて、何のにおいを嗅いで、
どんな一日の始まりで、そしてどんな終わりなんだろう。
もともと夜行性だし1年で何歳も歳とってしまうし、
1日の始まりや終わりの感覚なんてないのかもしれないけど、
例えば、皆が寝静まったあとひとりメジャーと戦っている時、
例えば、そよそよと風に吹かれて窓の外を眺めている時、
その時その小さな体に流れているもの(感情、と呼んでいいものか)、
を想像するだけで、
いろんな気持ちになれる。
いろんなところに連れて行ってくれる。


   「・・・・・・・・。」

雨を乞う 

September 25 [Sun], 2005, 0:05
楽しみにしていたハナレグミの小金井公園フリーライブ
・・・しかしこの天気。
昨日から天気予報の降水確率を何度も何度も見て、
何度見ても、どう考えても雨降るよねぇ・・・
と、一緒に行くはずの母と今朝になっても、
どうしようどうしようと、うじうじしていた。
結局、雨ガッパ着てライブを楽しむヤングさを
持ちあわせてない私たちは、行かないことに決めた。

なのに、気になる空模様。
雨が降らないんである。
自己中まるだしで、アメアメフレフレ、と空を見上げる。
(ライブに行っている方及びやっている方には申し訳ない)
はっきりしない空では、あきらめがつかない。

・・・と、そんなことをしててもしょうがないし、
今日は一日読書、と決めた。
せっかく三崎に住み始めたので(という理由、になっているかな)、
いしいしんじさんの本を読んでみよう、と
先日買った「麦ふみクーツェ」を読むことにした。

ここのところ、
現実世界そのまんま、のような物ばかり好んで読んでいたので、
久しぶりに「物語」を読んだ気がする。
なんとなく、ガルシア・マルケスにも通ずるような、
滑稽さと悲しさと嬉しさがないまぜになった、
とっても品のある、おとぎ話。
さらさらさら、と降り出した雨の音をうすぼんやり聞きながら、
物語に、すっぽりと包まれる。

満月おすし 

September 19 [Mon], 2005, 19:59
友人に声をかけてもらい、
展示会のオープニングで料理を出させて頂いた。
自宅でせっせ仕込み、
当日は行商人宜しく登山リュックとでかバスケットで青山へ。
満月夜空をイメージしたライスカナッペ、秋の野菜チップ、
うさぎの焼き印をしたお月見だんごなどなど。
提供していただいた鎌倉彫のお盆、
急きょ作ってもらった燭台など、名役者が揃い、
十五夜お月見会。
器や燭台が作れてしまうって羨ましいなぁ。
それもすこぶる美しく。

帰りもまた背負って、下げて、ガタゴトてくてく、家路につく。
普段は真っ暗な海外町で、
つやつやの満月を拝む。

しょうゆの注ぎ口のところが 

September 15 [Thu], 2005, 19:57
今週末、「雪乃福」の展示会のオープニングパーティーで、
料理を担当することになった。
木を扱う人と、カナモノを扱う人、の展示会。
十五夜の室礼でおもてなし。

料理で使う器を「木の人」の方が提供してくれるとのことで、
鎌倉のお宅を訪ねた。
ちゃんと聞いてはないので、細かなことは書けないけど、
おじいさんの、そのまたおじいさんも・・・と代々続く鎌倉彫りの作家。
その、由緒あるお宅は鎌倉の八幡様のほど近く。
ずいぶん前に一緒に遊んだこともある友人でもあるのだが、
今回は遊びに来たわけじゃあないし、会ったのはもう10年?近く前なので、やや緊張。
持って行ったおおよその料理の案と、実際の器を照らし合わせて、
じゃあ、これでいこう、と言う感じで打ち合わせ自体はさくさくと。

・・・と、なんだか話の流れで、
いくつかの銚子を目の前に、
家の人がそれぞれの水切れの良さのチェックを始めた。
昔の人が作ったものと、現役作家の作ったもの。
現役作家である友人曰く、
「醤油さしが尻もれしているのを見た父が、
『昔の人だってちゃんとしたものが作れるのに』と言っていた。」
家訓のように、大切に扱われた父の言葉。
そうか。
道具のデザインというのは、そんなところまで計算されているのだな。
そうした先代の厳しい目でもって、
代々、伝統技術が受け継がれていくのですね。

感動、感心。

よく、急須などに透明のチューブがつけられてるけど、
あれってなんか、自信ないからついてるのか。
もれちゃうかも、っていう。
ズルイなー。

うちに帰ってから、我が家にある、注ぎ口のある道具の水きれをチェック。
美しい、とまではいかないが、まぁ、合格。

見る目が変わる 

September 09 [Fri], 2005, 21:14
桜の樹の下には屍体が埋まっている!
(梶井基次郎/桜の樹の下には)

ペンギンと私の足下には、このバード岬で死んでいった
過去数百年、ひょっとしたら数千年分のペンギンの死体が分厚い層を成している。
・・・ヒナの六割強が巣立ち、三割弱が「地層」となる・・・
(上田一生/ペンギンの世界)

遠いうみの向こうに旅に出ている友達に、つづいているここの海。
(50storm report)
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