自作バックボーン 実装テスト(インフレータブルカヤック) 

May 11 [Mon], 2015, 1:29
自作バックボーンを装着し
初の水上テスト。
結論から先に言っちゃうと

めちゃくちゃ速いし安定する!これらのシリーズのカヤックを持ってる人は自作などセコいことせずバックボーン絶対買った方がいい。人生変わる!お手製でこれだから本物はさぞ安定感あることだろう!欲しい、欲しいぞ本物が!

まあそう言ったところで伝わらないし
そもそもこんなニッチな話題に興味を持つ人があまりいないから
軽い気持ちでレポートします。

その前に前回の制作時からの変更点。(前回の自作編ページはこちら

あの時は一番底にバックボーンを敷き、
その上にウレタンマットを敷きました。
だけどウレタンマット出したり入れたりするの面倒なのでウレタンの上にバックボーン入れました。
こんな感じ。

海外のadvancedelementsのようつべにラグーンのバックボーンインストール動画があったので見てみたら同様に入れてました。

ただしエアマット系統のエアフレーム系はエアマットの下に入れてました。

これはおそらくキールの威力を増すための対策なのでしょう。これからやってみようという方がいたらこの点はご注意下さいませ。それではレポート始めます。
---------------


場所は北風に強い将監川。しかしこの日は生憎西風6m。
西の端からエントリーするやいなや早速風でおもいっきり流される。

水面はすっかり荒れ果て所々に白波が現れている。
殆ど漕いでいないのにエントリーポイントが遥か彼方。
僕はこの時漕いで戻ることを諦めた。
風裏を見つけながら適当に釣りをし次の橋まで流されあとは陸路を歩いてエントリーポイントまで戻ろうと決めた。

そんな感じで流され続けたのだがどうやら肝心のバックボーンがよく効いている!
もちろん風に逆らうことは出来ないのだが、風を受け止めてカヤックが踏ん張っているのがよくわかる。
バックボーンがない場合、
インフレータブルカヤックはほぼ水面に浮いてるだけの細長い浮き輪であるが
バックボーンを装着した場合は船底に長い張りだしが現れ水中に刺さる。
いわゆるキールの役割になる。
陸上でカヤックをひっくり返して確認した感じだと僅かしか張り出していなかったのであまり期待していなかったのだが実際に乗ると体重でポールがたわみ、かなり水中まで刺さっている感じがした。
そのお陰で流され方がこんな感じになり

安定した操船につながった。
バックボーンなしだとこれまではこんな流され方

であった。

この違いは大きい。
実は昔ゴムボートを乗っていた時も同じ問題に直面したことがありその時はサイドにパイプイレクターで自作したスタビライザーを設置して対応した。
効果は上々だったが知人から「某国の工作船」のようだと呼ばれたように正直あまりスマートではなかった。
しかし今回の改造はカヤックのシルエットを変えずに同じ効果が現れたのでスタイル評価はまあまあかと。

そんなこんなで次の橋まで流されるのだが
諦めて陸路帰還を選択する前に一度風に逆らって遡上してみることにした。
進路を見ると先ほどよりも水しぶきが増えてた…

風も勢いを増してたので気持ちポジションを前目にし
風の抵抗を減らすために前傾姿勢をとりパドルを動かした。

諦めていたのに結構な速さで前進してる…

これには少し感動した。向かい風との角度を幾つか試したところ
真っ向から立ち向かうのではなくやや斜めに進んだ方がスピードが伸びた。
詳しい理屈は上手く説明できないけどおそらくヨットが向かい風に対して進む原理と同じだと思う。
この原理を生かすためにもやはりキールが重要なんだと思いました。

実際の速度は測ってないからわからないけど明らかにバックボーンあった方が速いです。
比較動画作りましたので見て判断してください。見ても伝わりにくいですが…


「ただの棒でこんな違うか」という驚きと発見が出来て良かったです。
しかし何故キャプテンスタッグはこれを販売しないのでしょうか?
ナチュラムもカヤックとこれをセットにして販売すればいいのに…
エアフレームワンでセット販売すればかなりいいと思うんですけどね。パドル+ライフジャケットのセットをやめてバックボーン+インフレータブルカヤックのセットを販売すれば「2艇目に…」なんて人もいるかも。いねぇか(笑)

ちなみに僕はワンピースロッドを持っていく時以外は車ではなくバイクでカヤックを運びます。手作りバックボーンはキャンプ用ポールをベースにしているので収納もコンパクト。標準装備のバッグに収まるのでスッキリです。バイク掲載時はこんな感じです。

パドルやらポンプやらを足しておよそ19kgでしょうか。タンデムより軽いので取り回しもさほど苦になりません。
僕はオフ車ですが一番適してるバイクは今は絶版ですがホンダのPS250だと思います。

パッセンジャシートを立てると巨大な荷台がありますがさらにオプションで荷台があるみたいです。
この広さとビクスクならではのローポジション、さらには高速も乗れるというスタイルはかなり気になります。復活販売しないかなあ。買わないけどw

最後におまけを。強風の中、ワームずる引きほっとけメソッドで1匹釣れました。




Advanced Elements Backbone DIY

バックボーンを自作する(インフレータブルカヤック) 

April 29 [Wed], 2015, 23:38
昨年の夏、ノリでインフレータブルカヤック(アドバンスドエレメンツ・ファイヤフライ2)を買った。

僕はバス釣りを趣味程度たしなんでいるが、そのついでにいくつかの浮かぶ乗り物を乗り継いできた。
その遍歴は、

アキレスゴムボート→ゴムボ+ハンドエレキ→Vハルアルミボート+エンジン+フットコン→O型フローター

である。
ゴムボートで味を占めた僕は徐々にステップアップしアルミフルセットまでたどり着いたのだが
準備が面倒で年に1回行くかどうかという出不精になってしまった。
釣りのために装備を手厚くしたのに結局釣りにいかなくなるという本末転倒に陥る。
まさに無駄の長物となってしまい結局、大事に使って下さる方に諸々お譲りし、釣りから足をあらった。

しかしあのバス釣りが持っている男性の狩猟本能を刺激する遊びが止められずフローターを入手し
再び竿を握る。

しかしO型フローターは機動力が乏しいし、水面を泳ぐシマヘビは怖いし、さらにはカミツキガメが襲ってきたらどうしようなどetc..ありまして
結局釣りから足が遠のいていった。

そんなある日カヤックなるものが釣りに使えることを知る。

リジット、ファルト、インフレータブルといろいろ種類があるが、面倒じゃないかもという理由で
とりあえずAdvanced Elementsのインフレータブルカヤック・ファイヤフライ2を買った。

カヤックのセッティングはどんなにのんびり作っても15分、電車やバスでも移動できるし、
バイクにも積めるので再び釣行回数が増えた。

O型フローターより機動力が格段に上なのでまあまあ満足していたが、
ゴムボート時代にも感じたことがるフワフワ感によって釣りが雑になっていると感じた。
少しでも直進性や剛性を上げ、なんとか水を掴むことができないかと調べたところ、
どうやらバックボーンなる部品が純正で作られていることを知る。
http://www.advancedelements.com/backbone.html



販売店を調べたが国内での取り扱いはないみたい。
しょうがないのでUSのAmazonでカートに入れたが海外発送に対応していなかった。
その他の海外サイトで購入しようと思ったが関税やらなにやらが加わると$100は超えそうだ。

どうみても「ただの棒」のために$100を払うのはちょっとお財布的に抵抗があったので
手持ちの資材を物色し自作してみることにした。

まずキャンプの時に使うタープ用ポールが使えそう。
棒は単管パイプやイレクターパイプを使えば簡単に揃うが、それでは荷物がかさばる。
タープ用ポールは分割できるので収納性が犠牲にならない。よってこれを使うことにする。

次にメインチューブとの接合部分。
候補として考えたのが、
・塩ビのまな板を熱処理して曲げる
・塩ビのチリトリ
・しゃもじ
この3つを考えたが剛性・手間・人に見られた時の「なんだこれは!?」感を考えると
なかなか踏み切れない。
そんな時自宅倉庫を物色していると昔ゴムボートの非常用に用意していたオールが見つかった。
なんともちょうどいい曲線具合。剛性に少し不安はあるがこれを使うことにする。

自作バックボーンの作り方は超かんたん。
ポールとオールをアルミバンドでつなぐたげ。(訂正:切ったパイプの内径がパドルの柄と同径だったのでそのままぶちこみました)

太さがちょっと足りない感じがするので100円ショップのプールスティックで補強。

もしもパドルが流出したとき、スペアパドルとして意味があると自分に言い聞かせ、
貧乏臭さい負い目を取り除く…

完成品はこちら。


取り付けた画像はこんな感じ。


この上に標準装備のウレタンマットを敷きます。


底から見るとこんな感じ。


底がなんとなくセンターキール化しました。カヤック全体がなんとなくかっちりしました。

分割したときの大きさもコンパクトなので
バッグに収まります。

実際の使用感レビューは
こちら
http://yaplog.jp/kurach/archive/61


Advanced Elements Backbone DIY

三年寝太郎埋蔵金(7)〜フランシスコ・ザビエルがやってきた〜  

March 10 [Tue], 2015, 23:30
石見銀山を尼子経久に乗っ取られ、仕方なく自陣の長門国厚狭に戻った清恒。大陸から呼び寄せた禅僧の皮を被った精錬技術者コンビ宗丹と桂寿も一旦厚狭に身を寄せる。
そこでこのクソ坊主コンビにいびられながら鉱山技術と精錬技術を身に着けていく清恒。
なんと短期間ながら厚狭の盆地で鉄穴流し(かんなながし)と呼ばれる砂鉄採集方法を完成させる。
ちゃっかりその手柄を横取りしようとするクソ坊主コンビ宗丹と桂寿。
その頃清恒の君主、大内義隆の元に南蛮人一行がやってきた。

1550年11月、小汚い恰好でやってきた南蛮人一行の長はフランシスコ・ザビエルと名乗った。

フランシスコ・ザビエル

聞くとキリスト教を布教にやってきたとか。
異文化交流に積極的な大内義隆ではあったがあまりに小汚いザビエルにちょっと引いてしまう。
クソ坊主コンビ宗丹と桂寿はこの小汚い同業者を恫喝します。

宗丹「なんやこのクソガッパ、おんどりゃようそれで坊主のしのぎやっとるのーワレ!?」

ザビエル「ス・ス・…スイマセ〜ン…・ワタシタチハ、シッソニフキョウシタクコノカッコウヲオユルシクダサイ…(質素に布教したくこの恰好をお許し下さい)」

桂寿「やかましいワレ!質素ゆうて懐に入ったら手のひら返して侵略するんのは見え見えじゃ!コラ!」

ザビエル「オー・ノー!スイマセン!」

大陸から来た宗丹と桂寿はなぜか大阪弁みたいな言葉がしゃべれるようになっていた(笑)
さらに恫喝の手を緩めない。

宗丹「なんじゃ、クソガッパ!殿さまに謁見すんのに手ブラかコラ!?」

桂寿「んな舐めた真似しやがってオリャッ!五体満足でこの国から出さんぞ!!」

ザビエル「(号泣)スンマセン、ツギハカナラズオタカラモッテキマスノデ、ユルシテクダサイ(次は必ずお宝持ってきますので許してください)」

おそらくザビエル一行は質素な布教活動をアピールポイントにし、キリスト教を布教する作戦を立てていた。そのためあえて地味で小汚い恰好にしていたんだろう。しかし文化遊び大好き大名の大内義隆はそんな小汚いクソガッパ神父に興味を持つはずがない。さらにキリスト教は同性愛に厳しい。大内義隆はかなりの男色化(ホモ)だったからこれに激怒した。

大内義隆「このクソガッパ、同性同士の愛に口を挟むとは何事ぞ!冷泉さん、殺ってオシマイ!」

冷泉隆豊「はっ」

もはや絶体絶命のザビエル一行。殿の怒りをかってしまい大ピンチ。宗丹と桂寿に必死に命乞いをします。

ザビエル「(号泣)オー・マイ・ガーッ!オー・マイ・ガーッ!カナラズタカラヲモッテキマス!(必ず宝を持ってきます)」

宗丹「うるせぇコラ!」

ザビエル「(大号泣)コーレーデーカンベンネ※★○§刀。!!!(今はこれしかありません、ご勘弁を!)」

ザビエルは必死に手持ちの荷物から命乞いになりそうなお宝を探した。僅かばかりのゴールドの欠片がありそれを清恒、宗丹と桂寿に見せた。それを見たクソ坊主コンビの態度が一変した。ほんの僅かなゴールドなのにすごく重い!その質量に清恒も驚いた。純度が高いのだ。

宗丹と桂寿「ザビエル様、お次はいつおみえになりますか?」

さすがクソ坊主コンビ。手のひら返しが早い!金の嗅覚が凄すぎる。

大内義隆「何?何?ナニ?同性愛を批判してんでしょこのクソガッパ。さっさと殺っちゃって!」

宗丹と桂寿「殿。この者達は桁違いの財をもたらす可能性がございます。ここは我々に免じてご容赦を。」

おい、君たち本当に銭ゲバだね。けっきょく大内義隆はザビエル一行を釈放した。

あのゴールドの純度に驚愕した清恒。ザビエルの同行者からどのようにしたらあの純度の金を精製できるか聞いてみた。しかし布教家一行の中に金の精錬に詳しい者はいなかった。しかしいくつかの事実が判明した。
それは、
■この時代の日本人が粗銅だと思っていた鉱石に実はかなり金が含まれている事
■南蛮流の鉄の吹き方が存在する事
■諸外国は日本から安く粗銅を買っている事

これらに気が付いた清恒(クソ坊主達も)はこの分野がとてつもないポテンシャルを秘めていると確信した。金を大量に造る事が出来れば世の中は変わる。少なくとも主君の大内義隆は大喜びする。何としても南蛮人ルートで新たな鉄の吹き方を聞き出さなければならない。これは宗丹と桂寿も同意見。まずはザビエルが再度お宝を持って謁見するのを待つが、同時に国内にいる南蛮人ルートを調査するために一人泳がすことにした。

ザビエルの布教活動に熱心に耳を傾けていた琵琶法師がいた。彼の名はロレンソ了斎。

ロレンソ了斎

全国に布教をしたいロレンソ、全国の南蛮人情報を集めたい清恒。両者の思惑が一致した。
彼を全国に泳がし南蛮人脈を構築することにした。

続く


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三年寝太郎埋蔵金(6)〜鉄穴流し(かんなながし)〜  

February 14 [Sat], 2015, 21:31
前回の石見銀山争奪戦は、一時は大内義隆が制圧し量産体制を整えたかに思われたが守り切れず尼子経久に奪われてしまった…

銀量産の秘密兵器であった大陸から呼び寄せた禅僧コンビ、宗丹と桂寿。彼らも尼子氏には加わらず文治派の大内義隆のもとに一旦避難。とりあえず後の三年寝太郎である平賀清恒と共に長門国厚狭でしばし過ごすことにした。

厚狭には清恒が沓嶽山に開発した鉱山があった。
鉱山のプロフェッショナルである宗丹と桂寿はこのシロウト鉱山が気になったので容赦なくダメ出しした。

そうたん「この鉱山ダメアルね」
けいたん「ドシロートのシゴト」
清恒「なっ!なっ!何がダメじゃー!」
そうたん「効率わるいアルね、骨折り損のくたびれ儲けアルね」
清恒「儲け儲けってお前らほんとに僧侶か!このクソ坊主!」

清恒は鉱山を作りはしたが所詮シロートに毛が生えた程度の知識しか持っていませんでした。
ここは謙虚になってクソ坊主から技術を教わることにしました。

清恒「すまんかった、このクソ坊主、じゃなくて、宗丹殿と桂寿殿」
そうたん「ナンダネ、ソノ態度。技術をベンキョウする気アルアルカ?」
けいたん「ヤルキハ態度にシメソーネ」
清恒「すいませんでした!」

厚狭にある沓嶽山の鉱山は大した鉱山ではありませんでしたがこれをモデルにして宗丹と桂寿は鉱山の採掘から錬金までの技術を清恒に教えました。

そうたん「自然に手を加えるのではナク、自然を活かしナサーイ」
けいたん「そうすれば道は開けマース」
と禅の僧侶らしく禅問答ぽい意味不明な教えを混ぜながらレクチャーする宗丹と桂寿。
ただ教わるのではなく頭を回転させながら勉強したのが良かったんでしょう。清恒は覚醒します。

清恒「自然を活かし、自然を活かし、自然を活かし、活かし、活かし、いかし、いかしいかし・・・・閃いたっ!

清恒はさっそく閃いた方法を実践することにしました。
これまでは採掘した鉱石をその場で削り山の木を燃やして鉱石を融解し金属を取り出していた。それを思い切って崩した土石を厚狭川にそのまんま流してみた。
そうすることにより鉱石は流れで砕け、鉄を含んだ砂鉄は重いため川の曲がり角や河口の洲に残留する。それを船で集めて河口の鍛冶場に集め集中的に融解し金属を取り出した。


そうたん「清恒ヨクヤッタ。俺タチノ手柄ダ」
けいたん「オマエノ物ハ俺タチノモノ」
清恒「いやいや君たちただ禅問答をかましてただけだから!」

この方法は後に【鉄穴流し(かんなながし)】と呼ばれる中国山陰地方で大規模に行われた砂鉄採集方法である。

清恒も宗丹も桂寿もノリでここまでやっているのでこの後土地に与える影響のことなどまったく考えていなかった。

続く
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三年寝太郎埋蔵金(5)〜VS尼子経久!石見銀山争奪戦〜 

February 04 [Wed], 2015, 1:19
武田信玄の埋蔵金がなぜ山口県山陽小野田市厚狭に埋まっているのか?その謎をちょっとずつ。
第五回、はじまります。今回は強力な外国人助っ人が登場。
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平賀清恒(後の三年寝太郎)は冷泉隆豊の屋敷がある長門国厚狭で少年期を過ごし、その際に小規模ではあるが鉱山を開発した。その功績が認められ主君の大内義隆から三千石を給うこととなった。

まさか土木関連の才能が開花するとは。その運はまだまだ続く。

大内義隆のお父ちゃんである大内義興は博多の商人・神谷寿貞が船上から石見の山を見た際、神々しく輝く山を見て放った一言、

「なんだ!あの光っている山は!!」


通称【光る山発言】を聞きつけ、調査を支援しなんとあの有名な石見銀山(世界遺産)を発見したのだ。


大内義興

この石見銀山の銀が世界の銀の3分の1を占める時代がくるのだからとんでもないドル箱なのに、大内義隆ときたらお茶や歌に気を取られてライバルの尼子経久に乗っ取られてしまった!

尼子経久

せっかくの父の偉業をなぜそう易々と台無しにしてしまうんだ!
銀が取れれば懐が潤う。懐が潤えばお茶もお椀も歌も建築も(男色!?)も堪能し放題ということに今更ながら気が付いた義隆は本気を出し再度石見銀山の奪還に成功!
趣味のためならめちゃくちゃ仕事が出来る男、義隆。さらなる生産に拍車をかけるために海外から技術者を呼ぶことに。博多の商人・神谷寿貞に頼んで大陸から宗丹と桂寿を招き、海外の銀精錬技術である灰吹法を石見銀山に持ち込んだ。
これは実はかなりすごい偉業だ。世界から見た日本の価値を一気に上げたといっても過言ではない。しかし義隆はそんな名誉には無関心。銀をたらふく集めて第二の銀閣寺を萩に建造し税の限りを尽くしたお茶をそこで飲むことばかり考えていた。その銀製錬のために大陸から招集した宗丹と桂寿の技術はやっぱりすごかった。灰吹法により純度の高い銀を大量に製錬するこに成功。義隆大喜び。あれを建てよう、あれを買おうなどと皮算用がはじまるが、そんな至福の時間も長くは続かなかった。

銀の製錬に夢中になりすぎて周りが全く見えていなかった義隆。
防御の詰めが甘くまたまた尼子陣営に銀山を奪われてしまうのです…

続く
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三年寝太郎埋蔵金(4)〜周防国にて大内義隆に仕える平賀清恒〜 

January 29 [Thu], 2015, 1:03
武田信玄の埋蔵金は、山口県山陽小野田市厚狭に埋まっている。

前回の昭和時代から再び戦国時代に時を戻します。
三年寝太郎こと平賀清恒、信濃から長門へ?なぜ?
長い話をちょっとずつ順番に説明しております。
第4回、始まります。
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海ノ口城を武田晴信(武田信玄)に討ち落とされた平賀玄信。
その次男である平賀清恒(後の三年寝太郎)はまだ幼年・少年なのでとても信濃国を復興する力などない。
よって姉の嫁ぎ先である周防国の冷泉隆豊のところでお世話になることになりました。

冷泉隆豊が仕える大名は大内義隆。評価はイロイロですがかなり有名な大名であります。
出世よりも文化保護!実はゲイ?!などなど変な噂がいっぱいありますが
堅実に領土を拡大しておりやろうと思えば出来るヒトみたいです。
冷泉隆豊がとっても忠誠心が高いお人だったので清恒も当然ながら大内義隆に仕えることになりました。

大内義隆

家柄がよい清恒はお勉強と武術を仕込めば充分家臣になれる素養があるのでみっちり育てられることに。
まずは冷泉隆豊の塚之原城がある厚狭の緑ケ原で少年時代を過ごした。

そのころ清恒は小さな手柄を立てました。

後の寝太郎伝説が語り継がれる厚狭地方。まだこの頃は荒地であり耕作には不向きの土地でした。
よって農作には限界があるなぁと思いながら過ごしていた清恒だが、塚之原城の横を流れる厚狭川の風景が幼年期を過ごした千曲川と似ていることもあり、川に流れる石・砂鉄で活路を見いだせないかと考えた。
名だたる山々から水が注ぐ千曲川の流れを見て育った清恒は山や石を見抜く能力が長けていたのかもしれません。

厚狭川を挟んだ対岸にある沓嶽山に石がゴロゴロしていたのでこれを川に落としてそこから流して運び、平野で加工するという採石方法を開発。いい具合に鉄も含まれていたのでプチ鉱山を開発することに成功した。

沓嶽山に鉱山があったなんて
「近世防長銅山分布表」に載ってたという噂話しか
聞いたことがないのだが
google earthでみるとまさかのハゲ山が!
もしやここに埋蔵金が?!


鉱石で功績を認められた清恒。これにより大内義隆より三千石を給うこととなった。
まあ知将、武将というより土木奉行的な才能が開花したそんな年頃でありました。

続く
三年寝太郎埋蔵金(5)〜VS尼子経久!石見銀山争奪戦〜


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三年寝太郎埋蔵金(3)〜隠蔽された厚狭毛利家の古文書〜  

January 25 [Sun], 2015, 23:30
三年寝太郎埋蔵金の真実を暴くこのシリーズ。現在2話まで書きました。

まず武田信玄の埋蔵金が山口県厚狭にあると宣言し、
その厚狭に伝わる三年寝太郎がどうやら埋蔵金の話と関係あるらしいよ、と
おとぎ話のようなプロローグをぶちかましました。
そして三年寝太郎の正体である平賀清恒の生涯から話を書き始めました。
その清恒が信濃国から周防国に落ち延びたところまで書きましたが
続きを書く前に割とエンディングに関わる話を言っておきます。
まだ第三話なんですが、大事な話なのでちょっとだけ。

ザックリ言うとこの埋蔵金伝説は長州藩の面目を守るために隠蔽されました。

武田信玄の埋蔵金が三年寝太郎によって厚狭に埋蔵された史実は
誰も聞いたことがないと思います。そんなスキャンダラスな話はもちろんですが
三年寝太郎伝説すらかなりあやふやなんです。

それは文献がほとんどないからです。

平賀清恒が生きたといわれる時代、1550年あたりであれば
誰かが何かを書き残せると思いますけどね。

落ち武者的な事情で身分をあかせなかったから三年寝太郎は伝説として語り継がれている説がありますが
本当にそうでしょうか?

そんなワケないですよ。少なくとも実際に堰を作り野原を農地にしたんだから野武士だろうが落ち武者だろうが
立派に祀りますよ、普通は。

なのに筋の通った文献が見つからない。たいていは古くからある寺院・武家などに住んでいる
ちょっとお勉強できる人が歌なり俳句なり日記を書いてくれるんだけど。

調べてみると……
そう、あったんですよ!そんな一門が!
山口県厚狭に!
まさに三年寝太郎伝説の地に!

それは厚狭毛利家といわれる毛利氏の一門だ。
詳しくはWIKIで見てください。
厚狭毛利家WIKI


毛利家家紋


厚狭毛利家家紋 立ち沢瀉

厚狭毛利家は十四代の毛利一彦氏が太平洋戦争でお亡くなりになり家系が途絶えました。

一彦氏は赤紙が届いた後、厚狭毛利家の重要古文書の保管方法をどうするか非常に悩んでいました。
赤紙が届いたのが昭和19年で非常に戦況よくない頃ですよね。
あまり時間がないのでとりあえず中学の同級生である長府に住んでたS村氏に預けました。
そして一彦氏はそのまま戦地から帰ってくることはなかった…。

S村氏は一彦氏の無茶振りに困ったが、大事な古文書を山口県史編纂所に預けた。
その後古文書は山口県文書館→山陽小野田市立厚狭図書館に寄託された。
という、古文書にとっては幸せな扱いを受けながら現在に至る。

「だから何?じゃあ借りてきて古文書見てみれば?」と言われればその通りなんですが
おそらく見たところで歴史的な新発見はないでしょう。

なぜならこの古文書の埋蔵金に関わる重要な箇所は隠蔽されているから。

「誰が?何のためにそんな事すんだよ!」という質問はまた話がすすめば
何れお話しましょう。今日のブログでは隠蔽がマジかも?と思ったエピソードを紹介します。

厚狭毛利家の墓所と墓碑は洞玄寺というところに現在もあります。
昭和30年ごろのそこの住職さんが中心となって山口県文書館から山陽小野田市立厚狭図書館に
厚狭毛利家の古文書を移管しよう!という活動を始めたころの話です。
移管にあたり、住職は厚狭毛利家ご後室の許可をとろうとしました。しかしご高齢のご後室の
陰に隠れてなかなか事を穏便に運ぼうとしない人物がいました。
その人物はなんと毛利一彦氏から直々に厚狭毛利古文書を託されたS村氏だったのです。
住職は古文書の移管にはノリノリだったので引くに引けず粘り強く交渉しました。
その時S村氏が住職にこう言い放った。

「君たちは眠れる虎を野に放とうとするのか、それならばそれなりの責任は必ずとらせるぞ」

何なんだ!!!そのプンプン匂うセリフは!!!!
しぇしぇしぇのしぇ----!!!!!!これはもうきな臭い!!きな臭い!!ぜったい何かあるわああああああぁぁぁぁ!!!!!
-----------------------------
以上が厚狭毛利古文書の隠蔽を私が確信したエピソードである。
「ホンマか?適当な事言ってんじゃねーぞ!」と思うでしょ?
それがちゃんとした文章で残ってるんです。
山口県文書館による
昭和53年3月1日発行の文書館ニュース第12号
にその経緯が載っていますので気になる人はリンク先からPDFを見てくださいね!
ただし隠蔽の発覚を快く思わない組織にこのブログが見つかるとリンク先を削除される可能性がありますのでお早目に(んな事はマズない笑)


続く
三年寝太郎埋蔵金(4)〜周防国にて大内義隆に仕える平賀清恒〜



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三年寝太郎埋蔵金(2)〜信濃国で生まれた寝太郎こと平賀清恒〜 

January 13 [Tue], 2015, 23:30
武田信玄の埋蔵金と噂されている金は、現在山口県山陽小野田市にある○厚狭○○○の○にある一坪前後の
○の地下に埋まっている。

なぜそこに埋められているか説明していこう。

その前にお約束をいくつか。

私の興味は埋蔵金を掘り起し獲得する事のみである。
埋蔵金となるまでの経緯を説明する最中に沢山の人物、複数の地名が登場し、
様々な出来事が起きます。それらが真実であったかどうかは
私にとって重要ではありません。よって説明に齟齬が生じるケースはあると思う。
なるべく文献などを確認しながら把握できている年号を添えて
史実と照らし合わせながら話をすすめますが
「それ違うじゃん」などと言って話の腰を折らないでいただきたい。
なぜなら出来る限りキーワードをまき散らし、多くの人に発掘のチャンスを与えたいからだ。
この場で重要な情報を公開しながら
世間の反応を観察し、あらたな埋蔵金情報を獲得したいと思っている。
(最後の最後に私が発掘する!)
よって私の考察を一通り述べるまではどうか炎上するほどの攻撃はご容赦いただきたい。
それが見つかったら必ず報告しますから。
それと私の話の途中で埋蔵金の在処がわかったとしてもゼッタイに法律を無視した発掘をしないでね!
家宅侵入罪とか占有離脱物横領で逮捕される可能性がけっこうあります。
その不法発掘の場所が私の話とリンクしてたら私は容疑者になっちゃいますし
なにより地権者に迷惑がかかります。なのでそこんトコは何卒よろしくです。
もしも埋蔵金を確信しちゃって掘りたくなった場合はちゃんと地権者、警察、文化庁などに相談してくださいね。

それでは話をはじめましょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

後に三年寝太郎様と呼ばれる人物は、
戦国時代の武将・平賀玄信の次男として1525年ごろ信濃国佐久郡平賀城にて生まれた。
三年寝太郎伝説って山口県厚狭地方で伝わる話なのに主人公は長野県(信濃国)生まれなのです。

その名は平賀清恒。

浅間山と八ヶ岳に挟まれた恵み豊かな土地で
清恒は幼年・少年時代を過ごしました。
その頃お隣の甲斐国は武田信虎がブイブイ言わせており駿河国もグルとなって遂に信濃国に攻めてきた。
1536年の暮れに武田信虎は8千の兵を率いて2千の兵が立て籠もる海ノ口城を侵攻。
執拗な武田信虎の侵略に平賀玄信は粘り強く海ノ口城を死守。
36日間攻め続けたが城は落ちなかった。結局真冬の訪れと共に兵を撤退。
海ノ口城は守られた……




と思ったが、武田信虎の息子の武田晴信(後の武田信玄)が
少数の兵を率いて海ノ口城を奇襲!!!

初陣だったのにさすが天賦の才に恵まれている武田晴信。
この奇襲に成功し海ノ口城は落城しました。

まだ幼年・少年であった平賀清恒は家を復興できず
姉が嫁いだ周防国の冷泉隆豊のところでお世話になることになりました。

そうです。周防国は今の山口県にあります。
すこし三年寝太郎埋蔵金に近づきましたね。

続く
三年寝太郎埋蔵金(3)〜隠蔽された厚狭毛利家の古文書〜


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三年寝太郎埋蔵金(1)〜武田信玄の埋蔵金は山口県にあった〜 

January 06 [Tue], 2015, 1:29
まず結論から話そう。

武田信玄の埋蔵金と噂されている金は、現在山口県山陽小野田市にある○厚狭○○○の○にある一坪前後の
○の地下に埋まっている。

この○がある山口県厚狭地方では「三年寝太郎伝説」が語り継がれている。
三年間働かずダラダラ寝て過ごしていた男がある日突然わらじを大量に持って金山に出かけ、
古いわらじと無料で交換し、靴底にたまった土から金を採種して財を成した。
その金で地元に堰を建てて農業の発展に貢献したとかなんとかそんな伝説が語り継がれている。
詳しくはウィキペディアの三年寝太郎で。

この伝説話はフェイクである。真実を隠すための作り話に過ぎない。
真摯に語り継いでいる地元の方々には申し訳ないのだが
この伝説話は近い将来忘れ去られるだろう。
武田信玄埋蔵金が実は厚狭地方に埋蔵していたという伝説こそが
新たな観光資源になる。

なぜ現在語り継がれている三年寝太郎伝説が作り話と断定できるのだ?と突っ込む人がいるかと思いますが、
地元で長く暮らしている人は薄々感じていると思う。
寝太郎音頭、寝太郎饅頭、寝太郎4区(地名)、寝太郎祭り等々。
それらの言い伝えや地元の地形・風土・文化に触れれば触れるほど
私は三年寝太郎伝説には幾つかの矛盾があることに気づき、いつしか作り話(フェイク)と断定していました。

まず断定する理由を一つ。

【作り話と断定できる理由その1】
作ったとされる堰がしょぼい

三年寝太郎が建てたといわれる堰がいまだにあるのだが
かなりチープ!
小さな川を堰き止めただけでドヤ顔する寝太郎様って一体何なの。
同時代に高松城を水責めにした黒田官兵衛と比較したら実に小さな話だ。
堰き止められた厚狭川はただの小規模な2級河川であり、しかも
堰がある場所は対岸まで投石できるくらいの幅しかない。
そんな堰建造が偉業とはとても思えない。無理矢理偉業に仕立てる事で真実を隠しているのではないか?
よって私は寝太郎伝説は作り話と断定する。

【作り話と断定できる理由その2】
船とわらじを用意する大金あるならその金で堰造れよ!

そのままである。船とわらじを用意し、寝太郎は佐渡に向かった事になっているが
それにはかなりの大金が必要だ。
そんな大金があれば前述したしょぼい堰なんて簡単に建てられる。
じつにわかりやすい嘘である。

【作り話と断定できる理由その3】
佐渡金山はまだ発見されていないのでは?

伝説によると船に大量のわらじを乗せて佐渡まで行き、
金山で働く人たちのわらじと新しいわらじを交換して帰ってきたことになっている。
しかし佐渡金山が発見されたのは1600年前後であり
寝太郎のモデルといわれている大内氏家臣の平賀清恒の時代にはまだ発見されていない。
平賀清恒は大寧寺の変(1551年)の後、厚狭に落ち延びたといわれている。
金山発見前の佐渡で働く人はまだいないはずなので、そもそもわらじを回収することなど出来ない。
他の金山だったのでは?という可能性はある。
ちょうどその時代に石見銀山(世界遺産)を巡る争奪戦が近隣の武将たちの間で繰り広げられていた。
石見銀山は平賀清恒が落ち延びた厚狭と非常に近い距離にある。

佐渡金山と語り継がれていたのは実は石見銀山だったのでは?
という可能性はある。
しかし平賀清恒は大寧寺の変(1551年)の後、厚狭に落ち延びたという史実を信じるならば
大内氏の元家臣が他陣営に乗っ取られた石見銀山に再度近づいたとは考えにくい。
よって金山(もしくは銀山)で働く人たちのわらじを持ち帰った説は作り話だと思う。

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あらためて伝説話の現実的な箇所のみを抜きだし文章にすると、

〜生き延びた元家臣が落ち延びた村で小規模な河川に堰をつくり灌漑をおこなった〜

となる。毒にも薬にもならないどうでもいいストーリーだ。
ではなぜ作り話でカモフラージュさせ現在まで語り継がれているのか?
いったい何が隠されているのか?

語り継がれるってことはいくつかは事実なんです。
堰が出来たことは現物があるので事実である。
厚狭という地方で語り継がれている事も事実。
じゃあキーワード「金」と「佐渡」って一体?

その謎は、
・平賀清恒の父・平賀玄信が武田晴信(後の武田信玄)に敗れたこと
・武田信玄は最新の鉱山開発技術や鉱石洗練技術を取り入れていたこと
・大久保長安が不正な蓄財をしていたこと
・徳川家康が毛利輝元を長州藩に減封したこと
これらの出来事が関係している。
結果的に金が埋蔵されることになる。

そして時代は移り変わり幕末の長州藩。
この埋蔵金が倒幕の騒動に巻き込まれていく。

次回はもう少し掘り下げて説明していこう。

つづく
三年寝太郎埋蔵金(2)〜信濃国で生まれた寝太郎こと平賀清恒〜



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虫の知らせとは 

October 12 [Wed], 2011, 17:23
虫の知らせだったのか、偶然なのか。
ただの偶然を虫の知らせって事にしたいだけなのか。

すこしだけ不思議なことがありました。

それは今年の3月に入ってすぐの事でした。

私は3/19に福島県の箕輪方面にスキーに行く予定でした。
そのため2月の初旬ごろに楽天トラベルで宿を予約していました。

いよいよ3月に入り、徐々にスキーのテンションがあがり始めた矢先に
突然腕時計が止まった。

愛用の時計は自動巻きのOMEGA SEAMASTER。

ネジを巻いても振っても一瞬動くだけで使えなくなってしまった。
オーバーホールから1年くらいしかたっていないのに。

自動巻き時計の不調はすぐに直さないと深刻な故障に繋がるケースがあると
聞いたことがあったのですぐ修理に出すことにした。
オーバーホール以上の修理になるだろうと思い結構な出費を覚悟した。
よってスキー旅行をあきらめることにした。

さっそく楽天トラベルのページを開き、予定していた宿をキャンセルした。
幸いにキャンセル手数料は発生しないポリシーだった。

キャンセルが完了し、ふとOMEGA SEAMASTERを見るとナント
針が動き出しているではないか!

これをみた嫁はとっさに何かの知らせに違いないと言い始めた。

「雪崩がおきるかも、クマがでるのかも、そして地震が起きるかも…」

嫁はスキーが下手だから元々旅行に乗り気ではなかった。
だから時計が再び動き出したことによって修理の出費を回避できたため
もう一回宿を予約しなおそうとした私を牽制するために
そんな意地悪を言っているんだなと思った。

いつもなら私はここは引かず強引に
宿をゴリ押しするところだが
なぜか嫁の言葉を素直に受け入れスキーをあきらめることにした。


それから数日後の3.11、嫁の勘は当たった。


何かの力が足止めさせたのか。それともただの偶然か。

ちなみにSEAMASTERの裏に刻印されている絵は
海の守護神・シーホース。
私が行こうとしたところは雪山なので直接関係はなかったが
津波を暗示していたのかもしれない。

とか思ったりするけど、私はまったく幽霊や超常現象を信じない。
全ての不思議な現象は科学と心理学で解明させることが出来ると信じています。

よってなぜ時計が止まったかを知るために結局オーバーホールに出すことにしました。

その結果わかったことは
なんらかの湿気が時計に入り込みグリスを固めたらしい。
そのため自動巻きが一時的に固着したようだ。

しかし300m防水のこの時計にいったいどのように湿気が入ってきたのだろうか?
時計屋にはそこを教えて欲しかったのだが、目的は修理なのでそれ以上は聞かなかった。

以上が、私が体験した虫のしらせかなと思う出来事でした。

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P.S
そして8月の終わりに今度は嫁の使っていたOMEGA SEAMASTERも
突然止まってしまいました・・・

こちらもオーバーホールに出したところやはり湿気でグリスが固まっていたらしい。

結論として私たち夫婦(特に腕)は湿っているということになりました。

まあ乾いている夫婦よりはいいのかもしれません。




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