くにとう靖、全力の演説
May 16 [Sun], 2010, 23:36
■5月16日(日)お決まりですが、一番疲れ切った状態でステージに上がりました。
田植えなどご来場の皆さんの苦労、お越し頂いた方々に全力でお訴え。
昨日は、私の決起大会に多くの皆さんにお越し頂き、大変感謝し、お礼のしようがありません。
本当に有り難うございました。
私は小さい頃、医師であり地域医療に奉仕した父親を見て、人の為に仕事がしたいと考えるようになったのです。
小学校の頃でした。
世の中は政治で動いていると感じたのが中学校の頃でした。
将来政治の道に進みたいと思ったのが高校生の時でした。
東京の大学時代、相沢英之元国務大臣と平林鴻三元郵政大臣にお会いしました。
大阪の銀行時代米子に帰り、市会に出るにはどうすべきか、県会議員に聞いたのが25歳の時でした。
私は10年前に当時郵政政務次官・常田の秘書となりました。同時に石破茂前農水相の西部事務所も兼務しました。
これ以降、私はこの米子で政治活動をして参りました。
議員秘書ということで、国会議員の仕事、県会議員の仕事、西部の市会・町会・村会議員の方々と仕事をさせて頂きました。
官僚と話し、県の職員と話し、市の職員と話し、南部町や大山町の職員とも話しました。
さて、皆さんどこの職員さんが市民に対する奉仕の意識が低かったと思いますか?
答えは何と、ここ米子市だったんです。
全員とは言いませんが多くの人にそう感じ、失望感を抱きました。
お金が無いのは分かりますが、問題を解決しようと思わない姿勢には問題があります。
もし、私が市議になれましたら、職員の意識改革、民間の意識を持ってもらう為、人材交流等積極的に進めます。
米子を夢や希望の持てる街にしたいのです。
しかし、子供たちにツケを残さない為に財政再建は続けていきます。
私は5つの政策を挙げていますが、特に2つ。
一つは医療・福祉です。米子は病院・医院は多いのですが、高度医療、特にガンの治療に対しては、
山陰は遅れています。ガン死亡率は、全国平均と比して悪い。
腫瘍内科医というガンの薬を専門に扱う医師は米子に一人であり、
非常に遅れている現状なんです。
私は5年前に親友をガンで亡くしました。ガンに対し、強い憎しみを持っています。
「大切な人を守る」ガンに強いまちを作ることが私の使命と思っています。
米子にガン専門病院を、民間のPFIの手法も取り入れながら作りたい。
ガンになっても米子に来れば助かるかもしれない、そんな街にしたい。
福祉、このような景況ではいつ仕事が、会社が無くなる事になるか一触即発です。雇用対策を、セーフティーネットを確立させないと。
もう一つは観光・環境です。
米子は観光は何も無いと言われます。米子城再建運動とか皆生に水族館を作るとか、崎津工業団地にアウトレットモールを作るとか、これも民間の資本も頂きながら真剣に考えていかなければいけません。
中海を綺麗にしていきましょう。環境に力を入れることで観光にも繋がります。
あと農業対策・企業誘致・米子版事業仕分けを書いておりますが、私だけの案ではなく皆さんの意見も必要です。
したい事はまだまだたくさんあります。
ただそれには、来月の選挙で勝たなくてはなりません。
私は議員秘書という経験はありますが、小中学校とこの米子で育っていない為、高校からの同級生しかいません。
非常に苦しい戦いをしていますが、あと一歩の所まで来ました。
最後ですが、昨日お集まりの方が頼りです。
誘われて来られた方も話を聞いて頂いて、私を当選に導いて下さる方と信じています。
私をどうか米子市の未来を作る最適任者と信じて頂きたい。
これから残り20日しかありません、昨日お渡しした後援会のしおり、皆さんから紹介頂ければ、可能な限り本人が挨拶に伺います。
どうか私に仕事をさせて下さい。そして皆さんと一緒に米子市を変えて行きたいんです!!
どうか最後の最後まで、くにとう靖を宜しくお願い致します!!
くにとうを勝たせて下さい。
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