自立と自律 

2006年08月15日(火) 3時36分
早く親元から離れて自立したいという言葉を聞いたことがあると思いますが、自立とはそもそもなんだろう?親の監視下から逃れて自分勝手に生きたいという風に悪意を持てばそう聞こえそうな一文・・・もちろん、そうじゃない人が多数だと思いますが。

一般的には経済的に一人で生活していけることを自立していると言うのでしょうか。もしくは親離れ子離れといった精神的な自立もありますね。

自立とは今まで受けてきた恩恵を少しでも返していけるようになる状態のことだと思っています。仏教の言葉に「知恩、感恩、報恩」というものがあります。まずは、自分が親に生命をもらったという肉体的な恩恵、今まで育ててくれた肉体的な恩恵と、自分の基本的な考え方を作ってくれた(人間の心を育んでくれた)精神的な恩恵。この二つの恩恵を感じることができて、報いることができるようになったとき、初めて親からの自立ができていると言えるのかなと思います。命のバトンで言えば自分が受けてきた恩を次の世代、すなわち自分の子供にしてあげることが最大の報恩なのではないかと現段階では思います。(私は、まだ全くできていませんが・・・)

また「ジリツ」という読みには自律という言葉もあります。自らを律する。
独慎(どくしん)という言葉があり、自律には必要不可欠だと以前、教わったことがあります。
たとえば、履物をそろえる。扉を必ず最後まで閉める。トイレやお風呂は綺麗に使う。
当たり前のことだけど、誰も見ていない自分ひとりの時にどれだけ自分の行動を慎むことができるか、それが自律の心につながり、ひいては自立にもつながってくるのではないかと思います。

道徳の教科のことを昔は、修身といいました。中国古典の『大学』では「修身斉家治国平天下」と言っており、国家が治まる元は一人ひとりの自律、自立が大切なのだなと今日、書きながら考えました。

人間、人と人の間に生きる 

2006年08月15日(火) 3時07分
人の幸せは人との間で生まれるものだと思います。
なぜなら人は理性を持ちますが、生まれたばかりの赤ん坊には、まだ人間の心はしっかりと形成されていません。精子と卵子が出会い1つの細胞が生物の進化をたどるように十月十日で生まれてくるように、人の思考も人類の長い精神生活の過程を教育やしつけという形を通して形成されていくものだと思います。

教育は、人類が培ってきたものを伝えるために必要不可欠なものなわけですが、なぜか知育に重きがおかれて徳育がおざなりになっているとしかいいようがない教育の現状がある気がします。
別に現代日本の教育制度についてあれこれ述べるつもりはありませんが、それぞれの価値観を尊重しましょうといったそれぞれの価値観はどのように形成されたものなのでしょうか。

人の本性は、「人心危うく道心これ微かなり」という言葉がものすごく言い表していると思います。人にはそれぞれ生まれ持ったいい心(道心)というものもあるが、教育をせずにほおって置くと利己心に傾きやすい性質があると数千年前の中国の先哲は既に喝破しています。

で本題に戻ると人の幸せは人との関係にあるというのも人が人としての心を持って幸せを感じることができるのも教育の賜物であると言えるでしょう。生理的な快楽は動物でも求めますが、幸せとはもっともっと奥が深いのではないでしょうか?

どういう人と関係を持つかで人の生き方は非常に影響されます。そして、意識していればどのような環境にいても自分を向上させることができると思います。絶えず自らを省みて精神的に向上しつづけられるよう努力していきたいです。

そこで思う格言は、「和して同ぜず」

起業がしたいっ 

2006年07月28日(金) 0時41分
起業は学生のころから考えていました。人生前半の目標です。でも会社を作って発展させることを人生の目標にはしたくないですね。

多くの人に支えてもらって支えていけるような会社は作りたいですけど、あくまで自分自身にとって会社を経営することは通過点というか人生の大目標の一つの側面に過ぎないって思ってるんです。本当に自分が人生でやりたいと思うことを見つけれたり、自己の使命というかこの世に生まれてきたのはこのためなんだと思えるような出来事に巡りあえた時のために、時間的にも経済的にも独立していたいと思ってます。そのためには自分のビジネスを持つのが一番だと思ってます。


堅い話になっちゃいましたけど、結局スポーツ選手や作家さんや資産家の人たちを除いて大多数の人は、自分自身の労働力しかお金を得る手段がないですよね。(ここらへんは金持ち父さんの影響を受けてるのかも・・・w)


私ならこれで世の中に貢献できる。この分野なら私に任せてくださいと胸を張って言えるものを40歳までに作りたい。

仕事でも一流、人間としても一流、一流の人生を目指して…

最近気をつけていること 

2006年07月26日(水) 17時19分
道徳的な生き方がしたい。兼ねてからずっとそう思っています。別に人にほめられたいからとか尊敬されたいという動機ではないです。私の尊敬している人がそういう生き方をしているから・・・

楽に生きる道はいくらでもあるとは思うんです、たとえばお金。たとえば人間関係。たとえば仕事。易きに流れれば、どうってことないのに、何が本当にいいことなんだろうとか、何が本当に正しいことなんだろとか、本当に人に優しくするためにはどうすればいいのかなんてことを考えはじめるときりがないんですよね。

また正しいことをするためには、正しい知識が必要になるわけで、正しい知識には単なる知識にとどまらない倫理的に正しい人の生き方につながるものがたぶんに含まれていると思います。西洋の哲学者が言った「知徳一体」という言葉が思い出されます。

まだまだこれからいろんな経験をして、いろんなことを勉強して、一歩一歩積み重ねて行きたいです。

自分への言い聞かせ 

2006年07月20日(木) 0時10分
他人の幸せを素直に祈れますか?日常で祈ってますか?
自分の本当に素直な飾らない気持ちと向き合うことができていますか?
見栄や虚勢や嘘が入っていない気持ちを他人と共有できますか?
夢を持っていますか?あなたの希望はどのくらい膨らんでいますか?
まやかしじゃない本物を見つけていますか?
人のがんばりを素直にみとめれますか?
人の悲しみを悲しむことができますか?

いまは情報がありすぎて、嘘がありすぎて、欲が強すぎて大切なことに気付かなくても生きていけるし、楽しめる、ごまかせる。

でも何十年、いや何年間か積み重ねれば自分が使ったこころが自分を作りあげてることに気付くはず、自分の持ってるものじゃなくて自分がしてきた過程が大事という人は多いけど、そこにどういう気持ちを込めてきたかが一番大切なんじゃないだろうか。

本当に大切なことを当たり前だと思っていませんか・・・?

全部、自分に言い聞かせの言葉。ストレートで自分自身を見つめる言葉たち

「動機と目的と方法と誠をつくす」 迷ったときには立ち戻る格言です。

幸せになりたい。 

2006年07月18日(火) 2時12分
幸せって何だろう?幸せになるためには何をすればいいのだろう?
今がんばっていることは、本当に幸せになるための正しい努力なのだろうか?

無駄なことは人生で何一つないよ、なんて言葉を聞いたりするけど、
努力のベクトルが間違えば、自分が望んだほうには決して向かない。
確かに大きな大きなスパンで考えたときには、経験として生きてくるのかもしれないが、
それでも、正しい努力を積むに限ると思う。なぜなら人はそれほど、強くないし、
命も能力も限られた中で努力しているのだから・・・

本当のゴールを模索しながら正しい努力のベクトルあわせを常に行う。
でも大きくずれているベクトルには、それなりの決断と方向転換が必要になるのではないかと思う。

幸せってどういう状態? 

2006年07月11日(火) 23時21分
幸せだなぁ〜って感じる時ってどんな時でしょう?
恋人といるとき?おいしいもの食べてるとき?何かを達成したとき?

ほんとさまざまですよね。人それぞれ幸せのツボはいろいろと違うとは思いますが、幸せだと思っている時、実は二つの大きなファクターが存在しています。

1つは こころ 2つめはそのこころを引き出す 対象
幸せを感じるこころとそれ引き出すモノの二つが合わさって初めて人は幸せという状態になれるのかもしれません。


では、幸せな気持ちを引き出してくれる対象ってなんでしょう・・・?(ちょっとコネコネしてきましたね)

Do と Have と Be
@Do 何かをしているときに幸せと感じる

食べる、読む、触れる、見る、話す、聞く、歩く、スポーツするなどなどたくさーんありますねっ。
試合に勝つや何かを達成するといったことも主体的に何かをした結果得られるものなのでこの分類に入るのかもしれないですねっ。

AHave 何かを所有していることによって得られる幸せな気持ち

お金を持っている。何かを集めている。ブランドものが好きっ。などなど、人は何かを所有することによって、何かしら満足している気持ちがあるんじゃないかな?

BBe 誰かや何かが”いる・ある”ということ。

家族の存在、恋人の存在、尊敬する人や憧れの人、そして・・・自分自身のいのち。
DoやHaveとはちょこっと質の違う、幸せの種のカタチ。


この三種類の分類は、きっちりと分けれるものじゃなくて当然いろいろとかぶってくるとおもいます。
ほんの一例に過ぎないので、こんな風に考えられない?ってのがあったらぜひコメントしてくださいませ^^

次は幸せを感じるこころについて書いてみます。ではまたつづきは今度〜♪

古典を読むことの大切さ 

2006年07月10日(月) 19時36分
あなたが本屋さんに行くとして、そこに並んでいる本の何冊が十年後本棚にならんでいるのでしょうか?ましてや100年後となれば、大ベストセラーであってもほとんどないのではないかと思います。
たしかに、ベストセラーは面白い本が多いし、世間の流行にもついていけるかもしれない。でも、逆に私たちの祖先や世界の先人たちが100年いや1000年と守り伝え、後世の子孫たちに読ませたいと残してきた本もたくさんあるのです。


古典は本当に読むのが難しいものが多いです。特に中国古典や西洋の哲学的なものは、本を普段読んでいる人でも理解するのが困難なことも多いでしょう。でもベストセラー100冊読むより、たとえば四書五経のひとつで古典中の古典である「大学」を人生の節目などに繰り返し繰り返し読むほうがはるかに人生のためになるのではないかと思います。


私は、松下幸之助や坂本竜馬、上杉鷹山などに憧れ、尊敬していますが、私が尊敬している人物たち(特に幕末から明治にかけての偉人など)が身につけた教養を習得することは、今の学校教育がほとんど教えていないものばかりなので私たち現代人にとっては非常に敷居が高いのかもしれません。


たとえ書き下し文や翻訳本であったとしても、誰かがまとめたベストセラーよりは原典を自分で読み解くほうがはるかに自分の実力になるし、さらなる古典を読む下地を作ることができるのではないかと私は考えています。


中国の格言曰く、
「経を以って、経を説く(けいをもって、けいをとく)」

原典をもって学ぶことが重要という意味です。

ぜひ古典を一冊読んで見てはいかがでしょうか?きっとあなたの人生のよりどころとなるしっかりとした本に巡りあえるのではないかと思います。(しかし、最初の一冊は非常に重要なので慎重に選んだほうがいいです。それだけ影響力がある本が多いということですけど・・・^^;)

ブログ開設 

2006年07月10日(月) 7時01分
大学時代の友人に触発されてブログを作ることにしました。
きっかけになった友人は、料理やお菓子のプロになっていて
大学時代とは見違えるように成長してました。(失礼・・・笑)

女性としての魅力もさることながら、人間としての魅力に満ち溢れてて
ほんとにいい刺激になりました。

このブログがほんの少しでいいから多くの人の考え方、心の使い方の種に
なってくれればと思っています。


今までいろいろな人に支えられて、たくさんの勉強をさせてもらった恩返しとまでは
行かないとは思いますが、教わったこと、学んだことを少しずつ書きとどめていければ
なにより自分にとって一番の宝物になると思います。


なにぶん、飽きっぽい性格なので、定期的に更新することすら間々ならないと思いますが、
気長にお付き合いくださいませ
P R
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