3.11節目の話

March 12 [Mon], 2012, 1:41
3月11日の夜から名古屋にて、東日本大震災を受けて、これから何をすべきなのか、自分たちに何ができるのか話し合う会に参加してきました。
人数はさほどいませんが、岐阜、愛知の大学生を中心に、一般の方も数名みえました。

そこで、実際にボランティアに行った何人かの方から、直接話を聞くことができました。

実際に行った方の話を直接聞くのは、実は今回が初めてでした。その中のある男性が言ってみえた言葉が印象的で忘れられず、改めて震災を考えなおすきっかけになりました。



「復興、復興って言うけどね。僕は現地に行ったとき、....正直に言うと、復興なんて絶対無理だと思ってしまったよ。」

「復興を諦めて、逃げた人も、やっぱり大勢いるんだから。」


この言葉は...
私は、これが本音だと思いました。
これが、実際に被災地に行った人の言葉なのだと思いました。

世間には「頑張ろう日本」や「復興」の文字が溢れかえっているけれど、なんだかその言葉たちだけが、現実を置き去りにして、無理に前だけ向いているように思えてしまいました。
もちろん前を向くことは大切だけれど、やはり「復興」の言葉を叫ぶだけでは何も変えられないのだと感じました。


また、「被災地の方は本当に優しくボランティアの私達を迎えてくれました。」と話す方がいる一方、その男性は「ボランティアに何が解る。」と言われたとも話してみえました。

この言葉にも納得しました。被災者の方が感じる思いと、被災していない私達が感じる思いは、絶対に一緒にはならないから。それが悲しみであっても、悔しさであっても。



3月11日。
地震が起こった瞬間は、私は神戸にいて、GIの部会中で、揺れも何も感じなかった。
その時携帯のニュースで地震のことを知って、宮城で大きな地震があったみたいだねって話してて、そんな軽い気持ちでいたから、家に帰ってテレビをつけたときは本当にびっくりした。
あの津波も火災も、現実味が全くなかった。


それからしばらくたって、部活で震災のこと調べたり、復興への募金企画でポップコーン販売したり、短冊にメッセージを書いた七夕飾りを送ったりした。
街頭にも募金箱が溢れてた。

でもそれらが、月日が流れるにつれ、だんだん消えていったのも事実。
自分の意識が薄れていったのも事実。



ある女性が言ってみえました。
「ボランティア活動が、一回きりで終わってしまうのが怖いんです。」

確かにボランティアの数は、だんだん減っているのが現実です。



一年の節目を迎えたことで、少なくとも私は、改めて震災のことを見つめ直すきっかけになりました。(もちろん節目なんてなくとも、毎日毎日向き合っている方は大勢いるのですが...。)


私はこれからの一年を、どう海外に向けるか必死だったのに。
内に目を向けるなんて考えもしなかった。
日本にいても、やらなきゃならないことは、できることはたくさんあるはず。


微力でも、それは無力じゃないから。
もしそれらが「ボランティアに何が解る。」と言われ続けようと、例え偽善で行われたとしても、行動しないことには何も進まない。



地震大国の日本で、誰もが被災者になりえたこの震災。

私にも出来ることを探さなきゃ。
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