5月12日 

2007年05月12日(土) 20時33分
5月12日は私にとって、とても大きい日です。
昨年の今日、私はカナダに旅立ちました。カナダに留学をしたことは私の人生にとても大きな影響を与えました。

今日、たまたま娘さんがカナダに留学をしたという方と話をしました。
チャイニーズの家にホームステイしているとか、今度シアトルに行くかもしれない、とかの話を聞きました。娘さんのメールがとても楽しくて、メールを読んでいるお母さんもカナダにハマっている様子でした。
とても、楽しそうに娘さんの話をしているお母さんはキラキラしていて、
「私もいつかカナダに行くわ
と、言っていました。

何だか、とーってもうらやましくなりました。

カナダ大好きな私。

もう一度、行ってみようかな。

5月だね。 

2007年05月11日(金) 12時34分
超lazyな私が全然ブログを更新しないまま、すごい日数が経ってしまいました
以前の情報では、アルバイト生活を紹介しましたが、あれから私の生活もいろいろ変化しました。

まず、1月24日から3ヶ月間学校に通い始めたのです

私って、学校が好きなんだなあ、って思いました。カナダでも日本でも学校に通ってるんですから。
学校というのはパソコンの学校です。ハローワークがやっている「職業訓練」というもので、失業手当をもらいながら、就職につながるための知識を身に付けるものです。国がやっているので、受講料は無料なんです。職業訓練の情報はカナダで出来た友達に教えてもらいました。失業手当がすぐにもらえるのと、苦手なパソコンが得意になれるかなと思い、受講しました。

ここで失業手当のワンポイントレッスン
失業手当というのは、会社を辞めてから1年以内なら受給できます。しかし、自己都合で辞めた場合、受給まで3カ月の待機期間があります。そして、就業期間より私の場合は3カ月間支給されます。私は昨年の5月付で退社したので、今年の5月まで受給資格があります。そして、11月に帰国し、その後、ハローワークに失業手当の申請をしたので、3月までは待機期間で、5月まで受給の予定でした。しかし、職業訓練を受講すると、待機期間は解除されて受講と同時に手当てが支給されます。しかし、3カ月の学校修了と同時に受給も終わります。人によっては、受給が続く人もいますが、大概の人はそこで終了なのです。

学校に通うと、アルバイトは続けられなくなります。なので、2つ掛け持ちしていたバイトは辞めました。1ヶ月間という短い時間しかバイトは出来ませんでしたが、周りの人には恵まれて、年齢差もあったのに、友達もできました。
アルバイト最後の日には写真を撮りました。バイト連絡ノートには、私へのメッセージもあってすごく嬉しかったです。バイト先を後にした時には、涙が出そうになりました

               バイトのみんな 



コレクトコールのかけ方 

2007年03月11日(日) 21時33分
オリバーとの電話が終わり、充実感と共に
「ちゃんと、返金してくれるかな〜
と、少し不安な気持ちでした。
そして、私はもう一つ不安なことがありました。

私がかけた電話は本当にコレクトコールで無料なんだろうか…

NTTに問い合わせてみたところ…

何と、料金が発生していたのですっ

私、コレクトコールのかけ方、フリーダイヤルと同じだと勘違いしてました。
KDDIに問い合わせたところ、番号によっては、直接ダイレクトにコレクトコールになる場合もあるが、FIDOに教えてもらった番号だと、オペレーターにつないでコレクトコールの承認をもらってかけるのだとか…。

おーーまいがっ

今までかなりFIDOに電話しちゃってるよ…。オリバーとは1時間も話してるよ…。

まあ、オリバーはそれも含めて料金を調整してくれたので、FIDOとはその件のことは交渉せずに、こちらもちで払うことにしました。

私としたことが…、まだまだ勉強不足ですねーーー。かなり、悔やまれます。でも、自業自得です。言い勉強になりました。

いいのか!?オリバーっ!! 

2007年03月11日(日) 21時11分
また、そこから電話料金の話になり、どんどん話が複雑になってしまいました。
彼は、「とても話が混乱してきた。今二人の間には混乱があるね。シンプルにデポジットと1、2月の請求と150ドルを返金するよ。」
私:「でも、この電話は無料なはずだから・・・」
オリバー:「君はお金要らないの
私:「いや、欲しいけど・・・」
(笑い)
(笑い)
オ:「じゃあ、このお金が無料かどうか分からないから、12月分は100ドルにしておくよ。」
私:「
そんなんでいいのかっていうか、オリバーにそんな権限あるのかオリバー、疲れちゃったのか
私:「いつ返金してくれるの
オ:「今」
私:「今3月27日じゃなくて
オ:「そう、今」
私:「・・・分かった。」
オ:「きちんと理解してるかい

オリバーの言っていることは理解していると思うんだけど、オリバーのやろうとしている事が日本人の感覚から理解しがたくて、つまってしまいました。話の流れから、私があまりにも英語が理解できないので、シンプルに理解できるように、処理を合理的に調整しているんだと感じました。

私:「ごめんなさい。私、きちんと英語できなくて
オ:「謝らないで。君は英語できるよ。君の言っていることは理解できるよ。」

オリバー、いい人でした。こんなに会話で大変な思いをしているのに、私のつたない英語をほめてくれて、とても嬉しかったです

1週間前の今日、あのまま英会話を諦めないで良かった、って思いました。

そして、オリバーとの会話が終わりました。トータル1時間話しました

1時間の国際電話英会話レッスン 

2007年03月11日(日) 17時38分
3月11日(日)。
前日の夜2時に寝て、超ネムネムの状態でしたが、オペレーターに言われた
6時
に電話をかけるべく、5時半に目覚ましをかけ、5時50分に起きて、またブツブツとセリフの練習をして、国際電話をしました

取り次ぎの男の人が出て、一通りの質問をされ、それは難なくこなし、解約の部署に転送されました。そこで取り次がれたオペレーターの名前は「オリバー」という男の人でした。最初は少し聴き取りにくい英語でしたが、だんだんと彼の英語に慣れてきました。もちろん、難なく会話をしていたわけではなくて、何度もお互いに聞き返しながらでした。(特に私が…
彼曰く、私がカナダで解約を申し出たときの担当者(名前言ってくれたけど、聴き取れなかった…)の記録によると、やはり私の契約は継続されているとの事。なので、契約を解約したいこと、そして、デポジットを返して欲しいことを伝えました。
彼は「今日本に住んでいるよね。今後はカナダに戻るつもりはないの」と、聞きました。

・・・今思うと、私はカナダで解約の電話をした時にも同じ事を聞かれ、その時には、「戻るかどうか分からない。」と正直に言ったような気がします。だから解約されていなかったのかもしれません。

しかし今回は、またカナダに行くかもしれないなんて事を言ったら、また解約できないと思ったので、「NO」と、答えました。実際、また行きたいですけどね…。行くかもしれないし…。
そして、解約の処理とデポジットの話は終了。デポジットは3月27日に返金されるとの事。

そして、ここからが大変。12月と1月(そしておそらく2月も請求されているはず)の請求は支払わなければならないのかの話です。
1月と2月に関しては無料だよ、と言われましたが、実際請求されています。しばらく調べた後で、この分は返金すると言ってくれました。手違いだからとか説明してくれましたが、聴き取れませんでした。しかし、12月は通話料だから料金は発生する、と言われました。それは理解できますが、150ドルも使った覚えは無いから、明細書を送って欲しいと言いました。日本には郵送できないということなので、カナダの知り合いの住所を調べました。ここらあたりの会話は、本当に大変で私も何度も繰り返し質問して、彼も本当にとってもゆっくりゆっくり話してくれました。それでも、意味が分からないことがあって、私は何度もつまりました。知り合いの住所を調べている間に、彼は、「他の言語を話すオペレーターに代わろうかそのオペレーターにかければ簡単だよ。」と、言ってくれました。「何時にかければいいのか」と、時間の話をしていたら、彼は、「この電話自体にお金がかかっているし、時差もあるのに申し訳ないから、12月分の請求の150ドルも返金するよ。」と、言いました。

・・・あれ
これってコレクトコールじゃないの

英会話へのリベンジ 

2007年03月11日(日) 14時19分
私は、契約の話をメールで対応してもらおうと思っていました。「電話したけどリスニングが出来なくてうまく話せなかった。」と言えば、何とか対応してくれると思ったのです。

でも、そういうことをする自分が嫌いでした
そうしたら、私の英語力は本当にダメになると思いました。半年間カナダに行って得てきたものを自ら捨てる気がしました。そして、英語力ももちろんだけど、ネイティブスピーカーと電話に対する恐怖心も問題であると感じました。それを取り払わないと、ずっとずっと私の英語力は伸び悩んだまま、偏った英語力しか身に付かないと思いました。そして、自信も失ったままです。

もう一度、電話をしてみることにしました。それでも、うまく話せなかったら、メールで対応してもらおう、と思いました。

うまく会話できるように、英語のDVDを真剣に聞きました。洋楽のディクテーションをしました。やはり、これまでの努力不足は否めません。日本語に囲まれた生活。英語を訓練することから逃げているくせして、難しい契約や請求の話をしようとした私は甘かったんです。だから、会話できなかったんです。

時差の関係で平日の電話は難しいので、3月10日(土)の朝11時に電話しました。もちろん、その前にブツブツ英語のセリフを練習しました。

オペレーターが出ました。名前や電話番号など聞かれました。以前聞かれていたから、予想できていたので、そこはスムーズに会話できました。請求書のことだったので、請求書の部署に電話を転送されました。そこでは、どことなくフランスなまりの男の人が出ました。聴き取りにくいのですが、とても優しく対応してくれました。ちなみに彼も、他の言語のオペレーターに代わろうかと、聞いてくれたような気が・・・(定かではないですが)。
彼との会話で、私の契約が解約されていなくて、一時中断の状態になっていることがはっきりと理解できました。しかし、その部署では解約は出来ないとのこと。また解約担当の部署は業務が終わっているとのことだったので、また明日電話してほしい、と言われました。
時間を聞くと、イースタンタイム(日本時間)で、土曜日の午前10時から午後6時までに電話してとの事。
・・・
今、土曜日の午前11時ですがと言うと、時差の計算をしてくれました。
「では、日本時間の日曜日の朝6時にかけてね。」
と、言われました。
「朝の6時から何時までにかければいいんですか
と、聞いたら、もう時差の計算が面倒になったらしく、
「6時にかければ、事はうまくいくから。」
・・・(本当に朝の6時で大丈夫なのかこの人・・・)
「朝の6時はそちらの何時ですか
「6時にかければ、事はうまくいくから。」
もう、時差の計算が嫌になったらしく、私もこのオペレーターを信じて、とにかく朝の6時に電話しようと思って、電話を切りました。

でも、その後、達成感がありました。一応先週よりもきちんと会話できていたのです。先週諦めないでよかったーーーって思いました

号泣 

2007年03月11日(日) 13時59分
電話を切りました。

すっごい涙がポロポロ出てきました

外国人との会話が出来ない。
自分の英語力が落ちている。
自分の英語力に自信が持てない。
私は英語が出来ない。
英語での会話を諦めた自分が情けない。

すっごい、悔しい

本当に泣きました。私、自分の英語力にほんの少し自信を持っていました。でも、こっぱみじんに砕け散りました。私の英語力なんて、全然使い物にならない。契約の話が出来ないならまだしも、簡単な生年月日などですら聴き取ることに時間がかかってた。

自信喪失、自分の実力を思い知り、自分自身に腹が立ち、情けなく思い、悔しく思いました。

かなり、泣きました。本当に悔しかったんです。

自信喪失… 

2007年03月11日(日) 13時11分
3月4日(日)。
FIDOに電話をする前、自分の伝えたいセリフをブツブツ英語で練習しました。さらに国際電話のコレクトコールのかけ方をネットで調べました。…が、検索下手な私は、いまいちよく分からなかったので、とりあえず教えてもらった番号に「010←国際電話の番号」を付け、国番号を付けて電話しました。
めっちゃ緊張しました。番号を押しても通話のボタンが押せずに切って、を繰り返しましたが、とうとう意を決して電話しました

プルル…

FIDOのオペレーターの男の人が出ました。比較的聴き取りやすい英語なのに早くて、久しぶりのネイティブの英語にテンパって彼の言っていることが全然理解できません
彼は、エリアコード、電話番号、郵便番号、生年月日という単純なことを聞きましたが、それすらも理解するのに時間がかかりました
その後、私は契約が切れているのに請求が続いている状況を説明しました。彼はそれに対して説明してくれましたが、聴き取れません。何度も繰り返して話してもらいました。でも、分からなくて…。オペレーターも半ば呆れ気味でした。さんざん話して、どうやら私の契約が「保留」になっているらしい、ということがぼんやりと分かりました
しかし、このぼんやりとしか理解できていない状況で彼に何をお願いすればいいのか、どうすればいいのかどうにかしてほしいんだけど…。それをうまく英語で話せません。彼も私のつたない英語を理解しようとし、また英語が聴き取れない私にゆっくり説明してくれましたが、私はもう全然理解できないのです

ものすごい、テンパりました

彼もお手上げ状態で、「他の言語のオペレーターに代わろうか」と、言ってくれましたが、日本語を話すオペレーターがおらず、結局彼と英語で話すしかありませんでした。彼といろいろ話しましたが、なかなか会話がクリアにならず、彼は「月曜日にもう一度かけてはどうか」と、提案しました。FIDOの就業時間も終わりに近づいていました。

「すごい迷惑をかけている・・・全然理解していない私に嫌気がさしてる・・・ため息つかれた気がする・・・」

そう勝手に感じた私は、「もうダメだ」と思って、「分かった。ありがとう。」と、伝えました。
彼は、「今までの僕の言ったこと、理解してる
と、聞いてくれましたが、私は自分の英語力に完全に自信をなくし、英語でコミュニケーションを取ることに恐怖を感じ、「もう一度ゆっくり言ってください。」という事も怖くて、また彼に説明を繰り返させたところで、その英語を聴き取る自信もありませんでした。そして電話での英語の会話を諦めてしまいました

メールで何とか対応してもらえるようにE−MAILでお願いしよう。と、思ったので、

電話する気もないのに
「とにかく、月曜日に電話すればいいんだよね…?」
とだけ確認し、電話を切りました。

身に覚えの無い請求… 

2007年03月11日(日) 11時37分
私のクレジットカードの利用明細に、身に覚えのない請求がありました。その請求元は・・・

FIDO

カナダで使っていた携帯電話会社からでした。
11月11日限りで契約を解約し、50ドルのデポジットが戻ってくるはずなのに、デポジットが戻ってこないどころか、12月に約150ドルの請求があったのです。ちなみに携帯の料金は前払いで、11月分の支払いは終了していました。
早速、クレジットカード会社に問い合わせたら、
「VISAに問い合わせたが、個人情報なのでお客様から直接電話で問い合わせていただきたい。」との事…で、国際電話番号を教えてくれました。

・・・「国際電話はお金がかかるし、お金に関する細かい話を、英語でしかも電話では・・・
と、思った私は、デポジット代と、利用料金の約200ドルをあきらめることにしました


しかし、翌月にも約10ドルの請求があったのですっ
「私の契約は解約されていないのかっ
と、思ったので、FIDOに連絡を取ることにしました。
ちなみに、もう一度請求書をよく見直してみました。FIDOは、基本料金は前払いで通話料金は後払いになっていることが分かりました。なので、11月に解約しても、12月に通話料金のみの請求がくるのは「あり」ですが、それにしても、たったの11日間の利用にしては、150ドルは高過ぎます。

リスニングが苦手な私は、電話をすることにひどく抵抗がありました。なので、E−MAILでFIDOに問い合わせました。英作文は好きなんです
しかーし、カナダの会社にしては早く返信をしてきてくれたFIDOでしたが、その類の問い合わせには、電話でしか対応できないとの事…。コレクトコールでかけてくださいと、電話番号を教えてくれました。
このままほうっておくことも出来ないので、泣く泣く電話をすることにしました。

Nouvelle France (バンクーバー回想記) 

2007年01月20日(土) 16時50分
その後、昨日迷って行けなかった「ノートルダム大聖堂」に行きました。静かで、荘厳な感じでした。椅子に座ったら眠くなりました。


そこで興味深いものを見つけました。
地図にフランスとカナダ東部の地図が並んでいて、フランスには「FRANCE」、カナダ東部には「CANADA」ではなく、「NOUVELLE FRANCE:新しいフランス」と書いてあるのです。
それに、ケベック州の深い歴史を感じました。


実際、ケベック州はもともとフランスの植民地でした。そこにイギリスが後から入ってきた土地です。しかし、イギリスに占領されている間も、ケベック州はフランス語を話しフランスの文化を守ってきました。カナダがイギリスから自治を獲得した後も、ケベック州の人たちにはイギリス的なカナダ西部から独立して新しいフランス語圏の国を作りたがっている人が多くいました。しかし、複数の住民投票で僅差で過半数に満たず、カナダから独立しなかったのです。
ブリティッシュコロンビア州のバンクーバーからケベック州であるモントリオールの空港そしてケベックシティに来ました。すると、言葉や看板は途端にフランス語です。ケベック州の車のナンバープレートには、「Je me Souviens :私は忘れない」という、言葉がついています。「フランスの気持ちを忘れない」という意味なのです。













同じカナダなのに、バンクーバーとは全然違います。別の国に来た印象でした。
そのフランス文化を固守している地域で、いくらフランス語が話せないからといって、フランス語で挨拶されているのに、英語で挨拶し返していることが、ケベック州の人たちにとって、とても無礼である気がしてきました。(でも、フランス語で挨拶すると、ずっとフランス語を話されるそうです。)それでも彼らはお店に入る観光客に、「English or French ?」と聞いてきてくれます。英語しか話さない観光客には英語で話しかけてくれます。フレキシブルに対応してくれるのです。そんな歴史を知り、そして彼らを見ると、彼らは複雑な歴史を持ち、複雑な心境の中、「カナダ」という国にいるんだ。と思いました。
また同時に、カナダという国が、イギリス文化を持つ「西側」とフランス文化を持つ「東側」が、中東のように内戦を繰り返すことなく、いくつかの混乱はあっても、一つの国として、お互いを尊重し合っている国であるように感じました。
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