あまりにも激変 

2005年12月17日(土) 1時38分
■この半年、いろいろありました。
■職場が異動しました。ちょっと昇進しました。
■近しい人とは別れが近づく気配です。
■すっかり自分の生活が乱れ、プライベートはがたがたになり、芝居が全然観られなくなっています。
9月以降唯一観たのがパパ・タラフマラ『HOG』。チェルフィッチュもポツドールもオールツーも青年団もあれもこれもどれもそれも行けずじまいでした。
■しかしそろそろ落ち着いた!今月より再開ですよ!!

今の問題 

2005年09月14日(水) 0時18分
■月曜日、せっかく予約できたポツドールの「S高原から」を泣く泣くキャンセル。会社員だからな、わたし、一応。上司主催の食事会のほうを優先せざるを得ない。自分が情けない。
■そして問題となるのはまだ五反田団しか見ていないのに、もう9月後半になってしまうということだ。

雨の帰り道 

2005年09月12日(月) 0時28分
■雨の日曜日、公休日だったが、アルバイトへの登録手続きのため午後のみ出勤。雷が鳴ったときはまだ店におり、少しあがってから家に帰り、また降り始めた頃には外にいたが歩いて出たので特になんと言うこともなく、雨とうまく付き合えた一日だった。
■歩いて髪を切りに行く。その後投票所に行こうとして、歩きだったため近道をしようと普段通ったこともない道を大体の見当だけで歩いていたら、田んぼの真ん中で行き止まりになってしまい、それでも進もうと草をかきわけてみるものの、なんだか死体を発見してしまいそうな恐怖に突然襲われ、あまりにもリアルに恐怖が迫ってきたので逃げるようにアスファルトの道に引き返し、恐怖を追い払おうとウォークマンを耳に当ててみると、中に入っていたのは銀杏ボーイズの「君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命」であり、さらには『東京』から曲は始まり、「ポツリポツリと環七沿いを 濡れてはなるかと下唇かんで」の歌詞が、状況はまったく違うのに妙にはまっていて、文字通り濡れてはなるか!と思いながら歩いた。投票所につく頃には「われわれ 日本人は 米しかくわねえぞ!」とつぶやいてた。
■昨日で書店員は引退。明日からは文房具屋に異動します。

はい、3度目 

2005年08月23日(火) 1時02分
■もう、ほんとうに更新できない。書けば書くほど誤作動。すぐページが飛んですべてがパアです。昨夜は5回で断念、今日も3度目を迎えました。
■仕事は来月からがんばります。今月は遊ぶと心に決めました。
■月の初めにマレビトの会の『王女A』を観ました。理解しようという意識が自然と薄らぎ、ただただ言葉の洪水に心地よく身をゆだねていたら終わっていました。エステーティシュな意味での美とガップリ四つに組んだ演劇を久々に観たと思います。近頃は演劇だけでなく、いろんな芸術が美よりもおもしろさ、新しさ、を提出することに方向が向かっていて、美学的な意味での美を扱うことがとても懐かしく、やはり美は否定できるものではない、と感じました。五反田団の前田さんによる、「使い道はないんだけど造作が美しくて捨てられない、何か不思議なもののような演劇」という表現が言い当てていると思いました。終演後、後ろを振り向いたら宮沢章夫さんが座っていました。

8月 

2005年08月01日(月) 3時12分
■とうとう8月になった。気持ちを入れ替えてかからなくては負けてしまう。何にだ。夏にだ。暑さに比較的強い私は、決して夏は嫌いではないが、苦手なものがひとつある。それはクーラーだ。今年も6月から体調は崩れっぱなしの壊れっぱなし。いつもふらふらしている。うちの職場の冷房のつよさったらちょっとした高原なみなのだ。炎天下から訪れるお客様に合わせてあるので仕方ないといえば仕方ないが、とてもじゃないけど半そでではいられない。真夏にカーディガンを羽織っているのは、どう考えてもおかしいよ。チェルフィッチュの「クーラー」みたいな水面下の戦いをしたいところだが、圧倒的多数がクーラー派なので、なかなか戦いを挑めないでいる。

脳がちぎれるのではないか 

2005年07月19日(火) 23時46分
■この一週間の出来事。
■月曜日 店。
■火曜日 店。
■御茶ノ水で研修。
■飯田橋で研修。 
  この日までは完全に仕事モード。同僚と飲みながらこれからの店のあり方まで話す。
  研修会で学んだことをいかに店でいかせるか、ホテルに戻ってからも黙々とレポートを書く。
 だが、研修終了後いそいそと紀伊国屋ホールへ。燐光群『上演されなかった三人姉妹』を見る。先月見た『ニッポニアニッポン』とあらゆる意味で対照的であった。ロビーに張ってあったあるお知らせが、すべてを物語っている。銀座に泊まってみる。
■吉祥寺でニブロール『3年2組』。ああそう、こういうものが観たかったのだよ。一気に思考が演劇へと偏る。仕事なんてどうでもよくなってしまう、やばい。
■その後4日たったが、頭が戻らないよ。

風邪悪化中 

2005年07月11日(月) 23時58分
■夏休み気分が盛り上がる中、一人風邪をひく。熱がさがらずうんうんうなる。
■一週間の出来事。仕事でISOTに行く。シュレッダーにキャスターは必要ないと思う。
■上野のLAPINという喫茶店につれていってもらう。素晴らしい店だ。
■ニッポン硬貨の謎がおもしろい。
■朝八時にヤマト運輸に起こされる。
■土田英生『相対的浮世絵』の戯曲を納めた本をやっとみつける。通販を申し込む。

■今週は研修、そしてニブロール。吉祥寺シアターが楽しみ。中央線沿線を一日ぶらり旅をする予定。

暑かったり、寒かったり 

2005年07月05日(火) 1時51分
■変な天気が続く。バイク通勤の私は、今日も雨に濡れながら仕事に行く。歩いていけない距離ではないが、歩いていったら遅刻する時間にしか起きられないのだ。そして連日の雨に濡れて風邪を引いたようである。
■職場はまた不穏な雰囲気。私の異動に続き、後輩もどうやら都内の玉突き異動に放り込まれるようだ。別にそれはいい。仕事なんだからしょうがないし、私にとっても後輩にとっても外の世界を知ることはきっとプラスになる。いつまでも飼い殺されていてはいけないのだと思う。だがしかし私が許せないのはそれに便乗したある行為だ。
■私の仕事に対する考え方というか、「いい仕事」の基準というのは、個が出過ぎない、というところにある。「私がいないとこの仕事はまわらない」「あの人がいないと店が動かない」そんなのは、たった一人で営業してる個人商店ならいざ知らず、現実問題、どんな店でも会社でも事実としてはありえない。もしそう思っている人がいるとしたら、まちがいなくそれは幻想だと断言する。じゃあ置き換えがきいてしまうそんな役割しか(あえてしかと書くが)自分が担えないのだとしたら、個人の価値をどこに求めればいいのか、何を基準に仕事ができるできないを判断するのか。答えはひとつ、非常にシンプルに、置き換えがしやすくなるシステム作りをする能力があるかないか、だと私は考える。
■だから、「私がいないと仕事がまわらない」→「ほかの人にも理解できるシステム作りができていない」→「仕事ができない」ということになってしまう。だから、これみよがしに「私がいないと」を連発する人は、イタイなあ、と思う。自分の価値をさげてしまうよ。自分じゃないといけないこと、ほかの誰にもできないこと、そういうのはですね、家庭生活とかで実現してほしいんです。
■私のこういう考え方は、今に始まったことではなかったと、院生活が破綻したのは必然だったと、最近やっと思えるようになった。

暑い 

2005年06月28日(火) 1時01分
■急に暑くなった。職場では夏の課題図書が明日から始まる。もう夏だ。
■近頃体調が思わしくなく、自分の体がよくコントロールできていない。また自律神経か。私は中学生の頃に自律神経失調症と診断され、その後高熱が続いたり急に戻したり、あまり自分の体とうまくつきあえなくなった。二十歳を過ぎた頃から落ち着いたものの、ストレスがたまるとまた同じ状態に陥ってしまう。今は、仕事で普段と違うことをやっているので、その環境の変化が原因なのだろう。
■金曜日に、青年団企画『フェードル』を観に埼玉県富士見市へ行く。朝から出かけて、特に観るべきところもないであろう町をぶらぶらする予定が、すっかり寝過ごしてしまい家を出たのが午後四時。上野、池袋を経由して鶴瀬駅についたのが開演時間ちょうどの7時だった。タクシーで向かい、劇場に入ったのは開演後まもなく。3分くらい遅刻してしまい、一場はほぼわけがわからない状態で観劇。ギリシャ悲劇をもとに18世紀に書かれたこの戯曲は、構造としてはまったく昼メロ的なもので、それを厳かに演出しているのがどうも厳しい感じがした。そして、フェードルが自分の罪をすべて一族の血の呪いのせいにしているのが、どうも責任転嫁にしか見えず。今この戯曲を上演することの意味が、感じられなかった。何故今、フェードルナのか、それを観たくて3時間かけて出かけたのだ、私は。平田オリザ氏を客席で見かける。どこでみかけても居心地の悪そうにしている人だと思う。会場で岩波から出ている原作を買い、帰りのバスの中で読む。
■岩崎裕司『最高の戯曲』を読む。玉手さんの人物描写に惹かれる。人は常に劇的なものを期待しながら生きてしまいがちだが、逆に、劇的なものを内側に抱えている人は、日常に埋没することを欲すると思う。私は別にいわゆる劇的なものはもっていないが、いかに日常に入り込むかをいつも考えていることと、何か関係はあるか、と考える。
■ユリイカ7月号演劇特集を買う。まだぱらぱらと読んだだけだが、内野儀先生の遊園地再生事業団に寄せた文章がいいあてている、と思った。

ミリオンダラー・ベイビー 

2005年06月14日(火) 0時36分
■チェルフィッチュ岡田さんのブログに影響されて、近所の映画館で『ミリオンダラー・ベイビー』を観る。遊びに来ていた母と一緒にいったのだが、母はリアルタイムでマカロニウエスタンをやっていたイーストウッドを知っており、昔から飄々としたところがあってね、と開演まで母の思い出話を聞く。
■岡田さんの書かれていた件のシーンにいたるまでに、すでに号泣。
リングからおろさなかったことを後悔し、リングにあげなかったことを後悔し、自分の後悔から出た行動が常に悲劇を生んでしまう。リングを降りることが、リングに上がることになったスワンク。イーストウッドはいつリングをおりられるのだろう?
母と私、二人とも泣きました。泣かない女はやはりいないのかもしれない。
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プロフィール
りこ
■職業 文房具屋
■趣味 芝居を観る
■最近読んだ本
  青山真治『死の谷’95』(群像7月号)
■最近観た芝居 
  五反田団『ニセS高原から』(こまばアゴラ劇場)
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