親の心子知らずとおじいちゃんの死

November 19 [Mon], 2012, 18:58
先日札幌の文学館でごんぎつね展というのをやっていた。
ごんぎつねという物語は、昔は必ず小学校の教科書に載っていたそうだが、現在は教科書に掲載されていない。
人間にいたずらしていた子狐ごんが、いたずらを恥じて、人間にこっそりと、クリや松茸を毎日届けていたが、あるとき、村人兵十が、いたずらをしに狐が現れたと思い、ごんを鉄砲で殺してしまう。
狐を殺してから、ぱったりとクリや松茸が届かなくなったことで、兵十はその狐が届けたくれていたという事に気づき、ごんに申し訳ないことをしたという、悔やむに悔やみきれない話。
このごんぎつねの作者新美南吉は、ごんぎつねを執筆する直前に、母親を亡くしており、母親が南吉のことを思っていたということを死んでから気づいたそうで、その経験から、名作ごんぎつねが出来上がるというわけだ。
先日、おじいちゃんが亡くなった。
おじいちゃんが体が調子悪くなった時、子どもたちは誰もおじいちゃんを引き取らなかった。
結果施設に入ることとなり、それ以来めっきり弱り果て、先日87歳で亡くなった。
私も29歳で父を亡くしているが、子と言うのは、親の死が近づくと、何故か悲しみよりも、憎しみが先に出てくる。
冷たくされた経験、暴力を振るわれた経験、我慢させられた経験などが記憶によみがえり、なぜだが、親を恨んでしまう。
かつて織田信長が、亡き父の位牌に灰を投げつけた話は有名だが、きっと、親の死を知るということで親への憎しみを思い返したのだろう。
昨日、おじいちゃんの家に行き、遺品の整理をしていた。
そうすると、おじいちゃんが20歳の頃から、ほとんど欠かすことなく書かれた日記が出てきた。
そこには、事細かに、その日の出来事やニュースなどがびっしりとLOVERS サクラ書き込まれている。
我々孫にとっては、いつも優しいおじいちゃんで、好かれていたが、息子、娘たちからは、嫌われている父親であった。
ところが、日記を事細かに読んでみると、かわいがっているように見えた孫の話はほとんど日記には書かれていなかった。
書かれていたのは、わが子のことばかり、だれが、結婚した、なぐさめの電話をくれた、遠くで暮らす子どもたちの健康を気遣い、どのような対処をしてきたのか、そんな内容ばかり日記と言うよりも、子供の成長の記録であり、60歳を過ぎた子どもたちであっても、わが子への気遣いは最後まで変わらなかった。
日記は、昨年の11月まで書かれており、施設に入る直前まで書かれていたことがわかる。
日記は、昭和の初期の物価や文化、出来事なども事細かに書かれているので、ちょっとした歴史の資料としても価値があるんじゃないかって思ってみていた。
以前に、中学生が親を刺し殺したニュースがあった。
中学生は、ケチで親が自分のことを憎んでいると、証言していた。
ところが、親の遺品の中に、中学生名義の預金通帳があり、かなりの金額残高があったそうだ。
その話を聞いた中学生は、本当に親に申し訳ないことをしたと、反転素直に反省したそうだが、やはり、親の気持というのは、子には中々伝わらないというのが、どこの親子でも共通のことなのかもしれない。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:ku0gg43nw8
読者になる
2012年11月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
最新コメント
ヤプミー!一覧
読者になる
P R
カテゴリアーカイブ
http://yaplog.jp/ku0gg43nw8/index1_0.rdf