バイオリンの夢 

September 01 [Thu], 2011, 21:28
「わかんないんだよおっ!もう、全部!」

そう叫んで彼女は僕めがけてケースにつけていたストラップをちぎって投げた。


高校の時にはバイオリンで大学に行き、自分の好きなことを好きなだけ音楽にしたいと言っていた彼女。受験に失敗し1年間浪人していた間に、心理学を学んで「音楽療法」という形で音楽と生きていこう、と決めた彼女。

「好きな音楽を、好きなように音楽で、好きなように……したかっただけなのに」
「なんで完璧でないといけないの?なんで表現を求めるの?」
「スランプとかじゃないよ…もう、弾けない。」


ずっと、不安だったんだろう、不満だったんだろう。自分の実力が目に見えないことが、このまま続けて、そして、その後でどうなるのか、どうなれるのか。

「好きな曲も、弾けなくなっちゃったよう。『好きだった曲』にしたくないのに!好きなッ!曲なのにッ!」
「『好きな』…バイオリンなのに…。」


もう、やめてもいいと思った。これ以上、彼女の姿をみていられなかった。もう、もうやめてその張り詰めた糸を切ってしまいたかった。
そしてそれは、僕にとって何度沸き起こった気持ちなのだろう。


だから僕はその気持ちごと素直にそのまま君に伝わるように泣きじゃくったままの君を抱き締めた。




でも…多分君はやめない。惰性でも意地でもなく続けていく。君は音楽が『好き』だから。




「っぐ……、ひっ………ぐ」


泣きながら君はバイオリンのケースに腕を伸ばす。
そして僕の腕の中にいるまま、バイオリンを抱き締めるんだ。


君はまだこれからも不安になることがあるのだろう。…いや、あるんだ。
そうして何度苦しくて、不安に押しつぶされそうで、声をあげて泣いても、君は弾き続ける。


ねえ、今弾くことが出来ないなら無理に弾くことはないんだ。そして無理に弾かないこともないんだ。
弾くにしても、弾かないにしても、絶対に忘れないで欲しい。

「君が何のために弾いて、そして何のために弾かないのか」

それさえ心の中にあれば、きっと君はうつむいても、ひたむきになれる。


そしてもうひとつ忘れないで、僕が応援しているのは「君の夢」じゃなく「君」だってことも。




そう、考えて、僕はもう一度彼女を抱き締める。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:hukijin
読者になる
2011年09月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる