尾崎豊

March 17 [Wed], 2010, 23:32
詩のボクシング代表の楠さんのブログを読んでいたら、
下記のメールが紹介されていた。
文章内の東京代表は私のことで、尾崎豊とたとえてくださり、嬉しかったです。
尾崎豊は同い年で、私が精神科病棟入院時に亡くなり、
詩の題材にもしている。
ただ好きか嫌いかというと、微妙なところで、
ぶざまでも、生き残っている人の方に興味がある。

■■■■■■■■

滋賀大会代表の木村泰崇選手から下記のメールが届きました。

昨年の全国大会の、たとえば東京代表、たとえば神奈川代表のパフォーマンスを見ていて聞いていて、つくづく思ったのですが、「詩のボクシング」というイベントを、それが「自己表現」、自我の壁、自我の殻を打ち破っていく場としてとらえた時、ある意味マックスに、リミットに達しているというか、もうこれ以上におのれの魂を他者に向けて開いていくスタイル、スタンスはあるのだろうか?もう「詩のボクシング」個人戦もある意味「果て」までいってしまったのではないか? ……という気がしてしまったぐらいでした。

それだけ私にとって、昨年の東京代表と神奈川代表のパフォーマンスはインパクトのあるものでしたし、心が震えるものでしたし、この感動、このショックは、一昨年の全国大会では味わえないものでした。東京代表の朗読を耳にしながら私はあの尾崎豊のステージを思い出していて、また、神奈川代表の朗読を耳にしている時はあの中島みゆきのステージを思い出していました。

楠氏が10年「詩のボクシング」をやってこられて、その10年という歳月、10年という歴史が、この「自我の飛翔」というか、「自我の爆発」をステージ上に結晶させたのではないか、そんな思いを抱きながら、朗読者のパフォーマンスに耳を傾けていました。

詩を書く人間にしろ散文を書く人間にしろ、つまるところは、おのれの魂をいかにして他者の前に開いていくか?というその一点に入り込んでいくところがあるように思います。そのベクトルの中において、ある意味、昨年の「詩のボクシング」の全国大会の個人戦は、もうリミットまで達してしまっていたように思えてなりません。

だから、楠氏は、ベクトルを「団体戦」へと移行しているのではないか?そこから「新しいもの」を発見しようとされているのではないか?私には、そんな気がしてなりません。

滋賀大会は、今年はムリですが、来年は、必ず「第6回」を実現させたいと思っています。12月に、ほんじょう氏と居酒屋で「これからの滋賀大会に向けて」の二者会談を行い、「第6回」に実施を誓い合いました。来年、また、よろしくお願いします!      

滋賀 木村泰崇
  • URL:http://yaplog.jp/koware/archive/823
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プロフィール
  • ニックネーム:月乃光司
  • 誕生日:1965年2月3日
  • 現住所:新潟県
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高校入学時から対人恐怖症・醜形恐怖症により不登校になる。引きこもり生活、通算4年間を過ごす。24歳よりアルコール依存症になる。自殺未遂、アルコール依存症により精神科病棟に3回入院。27歳から酒を飲まない生活を続ける。自伝的小説「窓の外は青」(新潟日報事業社)を平成13年に出版(新潟市民文学奨励賞・新潟出版文化賞受賞)。新潟日報にて「心晴れたり曇ったり」5年間連載。 ネットラジオ「月乃光司のハート宅配便」司会を務める。新潟薬科大学応用生命科学科非常勤講師。

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