インフルエンザ 

2005年04月06日(水) 4時20分
母親がインフルエンザにかかった。
病院に乗せていったり、母の分もご飯を作ったりもした。

俺には症状が出ない。なんでだろう?
坑鬱剤を服用して2日目だが、気分が楽になったような気がする。
踊るさんま御殿を見て大笑いもした。
かなり久しぶりにこれだけ笑った気がする。

先日母親が吐いたのが
俺のせいじゃなくインフルエンザのせいだったと思い
ほっとしたからかもしれない。

それと今日はそんなに負い目を感じずに過ごせたからかも。

母親はほとんど寝ていたので
一緒にほとんどTVを見なかった。
偉い人を見なくてすんだ。


すまちゃんがちょっと慣れてきた。
あ、いいニュースみつけたじゃん。
ナイス俺。

過去10 

2005年04月06日(水) 4時11分
2005年、3月。

28歳。

仕事ができない。
全く使えないやつになっている。
自分が前に、
この人ってほんと何やってもだめなんだろうな
と思っていたタイプの人間に
自分がなっているのがわかる。

俺はもう終わってしまったんだ。


どうしよう、どうしよう

しんじまえばいい、しんじまえばいい



会社に行きたくない。

死を考える。親の悲しみを思い描く。
自殺を選ぶことは一生ないと結論が出る。
俺は自殺するくらいならどうにかして生きていくタイプだ。
しかし自殺を考えたことも事実。

俺はもう終わった。

それが死にたくなるほど悲しい。


親にまた出社してないことがばれる。
親の前で泣く。激しく。

俺はもう終わったのだと。
貴方たちの息子は、もう終わったのだと。




退職して、実家に戻る。

過去9 

2005年04月06日(水) 3時58分
2005年、1月。

28歳。

12月にほとんど出社しなかった俺に対し
会社は全ての事情を聞いた上で
俺に温情をくれて1ヶ月のみの減給
そして本社工場勤務にしてくれた。

また整備に戻れる。

アパートを借りて、一人暮らし。

きとんとやらなきゃ。
しっかりやらなきゃ。
ちゃんとやらなきゃ。

だけど

寝る前、起きたとき、夢の中。
まだ支店長がついてくる。
気が付くと考え始めている。
自分で気が付くほど、頭に血が上るくらい支店長への怒りがこみ上げる。


なだめる方法。
支店長の頭に斧が突き刺さるシーンや
支店長の乗った車が爆発するシーンを思い描くと落ち着く。
支店長の毎日飲む酒に何か薬品を混ぜることとか
支店長の車に何か細工をすることとか
三陸支店に火をつけることとか。


本当にぎりぎりの線で、実行してなかったと思う。


そして、仕事ができなくなっていた。
以前は1時間で終わったことが
2時間3時間かかる。
問題点がわからない。

だけど、2ヶ月もあれば以前工場にいた頃のレベルまで
戻ると思っていた。
勘を取り戻せると思っていた。

過去8 

2005年04月06日(水) 3時41分
2004年、冬。

27歳。

6月くらいからもうずっと、起きている間は支店長のことばかり考えている。
今まで付き合ったり好きだったりした女について
その頃考えていたのなんかより遥かに支店長のことを考えている。

支店長と話したくない気持ちはどんどんエスカレート。

いつの間にか仕事の目標が支店長と話す言葉をなるべく減らすことになり
いつの間にか生活の目標が支店長と話さないことになった。

そしてとうとう11月、それまでもずっとあった頭痛がひどくなる。
本能の目標が支店長と話さないことになった。

12月。
生命の目標が支店長と話さないことになる。
2日間をクッキー5枚のみで過ごしてでも支店長に会いたくない。
どんなに腹が減って、どんなにのどが渇いても
支店長に会うよりは部屋から出ずに飢えていたほうがましだ。

12月は頭痛を理由にほとんど出社せず。

親にこのことが知れ、母親がまた倒れる。

ボスコで一緒に働いていた菅原さんと度々連絡をとる。
夏以降たまに電話をくれ、バイク業界に戻ってこいと誘ってくれる。
そして12月に入ると、本格的に自分が今いる店にこないかと誘ってくれた。

三陸で11月までがんばれたのは
いつかは東京のバイク屋に復活する
そんな希望があったからだ。

ただただそれのみが
将来への唯一の光だった。

そして12月、両親との話し合い。

東京のバイク屋にまた行かせてくれ。

行くなら完全に縁を切って、病気の母も見捨てていけ。



そして、10年想ってきた夢を諦めた。
28年間で一番泣いた。

過去7 

2005年04月06日(水) 3時30分
2004年、夏。

27歳。

三陸支店は、支店長含め営業2名、整備2名、事務員1名の計5名。

支店長は車両販売部所属のため、サービス部の整備2人には口を出さない。
実質三陸支店は営業に関して
俺と支店長だけ。

5月にはもうとっくに支店長とは仲が悪くなり嫌いになっていた。
そして三陸町も。

5時半には飲み始めていて
俺が報告する頃にはもうかなり酔っ払っている。
昼間から意味不明の指示なのに酔っていたら本当に最悪だ。
酔っていなくても俺の発言は全否定。
初めて出会うタイプだ。理屈は通じない。
整備の2人と話すと怒る。
孤独。
仕事が終わっても職場の2階。
支店長は11時くらいまで1階の事務所で飲んでいる。
2階のトイレは支店長が水を止めているため
1階のトイレしか使えない。
仕事が終わって2階の部屋に一度戻ると
支店長が寝るまでトイレもご飯もがまんする生活が続く。

ネットでの交流のみが唯一の救いに。

過去6 

2005年04月06日(水) 3時22分
2003年、2月。

27歳。

突然営業への転属を申し付けられる。

思えば過去何度とおまえは営業向きだと親に言われてきた。
実際言われたかどうかはあやふやだけど
整備よりそういったホワイトカラーを希望している空気があった。
少なくとも俺はそう思っていた。

転属の内示があってから、正式な転属までの2週間考えた結果
入社後1年間は契約社員扱いという会社のシステムを考え
9月までの半年、営業をやってみて
だめだったら契約更新及び正社員登用を辞退しようと思った。

営業になったほうが親が喜ぶと思った。
外回りの営業ってのはもしかしたら面白いかもしれないと
おもったりもした。

そして、三陸へ。

過去5 

2005年04月06日(水) 3時12分
2004年、1月。

27歳。

本社工場での仕事も慣れ、かなりいろいろ任されるようになった。
自分でもそれなりに仕事が早く、使えるやつだと思っていた。
人間関係も良好。
ただし親父のアパートに間借りして住んでいたが、
親父は酔うとまれにだが
どうせおまえなんかが整備した機械なんてすぐ壊れるんだろう
といったようなことを直接口にする。
会社で役にたってないだろ?
と言われて3日間口をききたくなかったことも。

そのうち必ず転勤があると思っていたので
もし盛岡勤務でもアパートを自分で借り、親父と別で住めば
このままL&Fに勤めて定年を迎える、そんな気がしていた。
それでいいと思っていた。

過去4 

2005年04月06日(水) 2時56分
2003年、夏。

26歳。

実家から通える仕事を探す。
関東に帰ることは、考えないようにした。考えると疲れる。
心を殺して、自分の希望はなるべく抑え
無表情に生きていこうと思った。

でも、やはり整備が好きだ。
本当は「関東」「バイク」「整備」の3項目が全て当てはまる仕事が希望だが
せめて整備だけでも、と仕事を選ぶ。

トヨタL&Fが実家から車で2分ほどの距離に営業所を出し
エンジニア2名募集、とハローワークにて閲覧。

トヨタグループなら「安定性」とかに関しても
親も悪く思わないんじゃないだろうか。
周りにもいい会社に入ったねと言われるんじゃないだろうか。

しかし相談したら、どうも整備だとやはりいい顔をしてくれない。

昔、整備で生きていきたいと言った時
今後整備などの肉体系職業はどんどん条件悪化し
雇用も減り
営業やそういったホワイトカラーでないと将来性はない、と
親父に反対されたことがある。

最近この考えは変わったような感じで話していたが
その頃はまだ親父はブルーカラーは嫌いだと思っていたし
実際自分の息子がそうなるのはなんとなく嫌がっていたと思う。

しかしフォークリフトの整備をやってみたかったし
何より
おまえなんかがトヨタに入れるはずがない
といった親父の態度に対して意地もあったのかもしれない。
むしろそっちのほうが大きかったような気がする。
結局トヨタの看板ってのはやっぱすごい。

9月、トヨタL&F岩手に入社。

過去3 

2005年04月06日(水) 2時48分
2003年、夏。

26歳。

仕事をしていないことはとっくに両親にばれ、
実家に戻ることに。

母親はメニエール症候群で倒れる。

さと子に、
おかあちゃまが死んだらおんちゃのせいだからね
と泣きながら言われる。
その一言で実家に戻ることを決めた。

母親は
とりあえず一度戻って、また落ち着いたら東京なり神奈川なり
戻ればいいんだ
と言ってくれた。

後からそんなこと言ってないって話になってもめたが
よく考えれば信じた俺がバカ。
そんなことができるはずもなく。

過去2 

2005年04月06日(水) 2時43分
2002年、冬。

25歳。

仕事につかずに半年、貯金も使いきり室木にも金を借りてる。

電話が鳴るたびにおびえる。
この頃から口癖のように独り言が出てくる。


どうしよう、どうしよう

死んじまえばいい、死んじまえばいい


とにかく現実から逃げるのに精一杯。
でもまだ心の中ではどうにかなると思っていた。
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