私の誕生日
2010年12月15日(水) 7時47分
早朝4時30分にドイツ人の兄ちゃんと黙々と朝食を摂り
薄暗く霧が立ち込める中、出発。
何やかんやでマチュピチュ入場。
一目散にワイナピチュを目指しワイナピチュ入場口に到着したのが6時45分。
7時にゲートオープンだよと教えてくれたイタリア人の兄ちゃんとゲートオープンまでしばし談笑。
コカの葉っぱ噛みまくってて面白かった。
このワイナピチュ登山が思いのほかハーーーード!
前日の疲れが残ってたのとリンパの痛みが増していたのとで
余計につらかった。
それにしても、誰もそんなこと言ってなかったよ?やせ我慢か??
同じペースで登ってたカリフォルニア出身のおじちゃんは、何度も何度も
「オーマイガーー!」って言ってたし。
私は休憩を何度も挟みつつ1時間20分くらいで登頂。
霧がかかってマチュピチュは良く見えない・・・。

でも、しばらくすると・・・霧が晴れてきた!!

しかもマチュピチュが良く見える席が空いた!!
すかさず移動し、ずーーーっと見てた。


1時間以上見てたかも。
でも全然飽きない。まだまだ見ていられる。
でもマチュピチュを見る時間も残しておかないといけないし
後ろ髪を引かれつつ下山。
マチュピチュもガイドブックを見つつ、くまなく散策。




楽しかったな〜。
インカ帝国の文明って自然を知り尽くして
自然を味方につけてるって感じがした。
よく知らんけど。
スペイン軍に見つかることなく、インカ帝国滅亡から400年が過ぎ
ハイラム・ビンガムに発見されたマチュピチュ。
この地を捨ててインカの人々は何処に行ってしまったんだろう??
そんな事を考えていたとき、あるフレーズが浮かんだ。
「土に根を下ろし、風とともに生きよう。
種とともに冬を越え、鳥とともに春を歌おう。」
宮崎ファンならわかるはず。
じゃあ、宮崎さんはそう考えたってことかな。
マチュピチュでひっそりと生活をしていた人たちが
こっそりと地上に下り、生活してるのかも。
シータがラピュタの正当な王女だった様に
インカ帝国の王家の血も実は絶えてなかったりして・・・。
わぁ〜わぁ〜。
で、
夜はカレーパーティーしてバーに行ってピスコサワー飲んで
ケーキが出てきて
わ〜〜♪
って感じで楽しかった。
スペイン語でバースデイソング歌ってもらったの初めてや。
ホンジュラス人・アメリカ人・ドイツ人・コロンビア人・日本人という多国籍メンバーが
祝ってくれました。
皆、貧乏パッカーなのに奢ってくれて、嬉しいやら申し訳ないやら。
実に心温まる最高の誕生日でした。
おわり
薄暗く霧が立ち込める中、出発。
何やかんやでマチュピチュ入場。
一目散にワイナピチュを目指しワイナピチュ入場口に到着したのが6時45分。
7時にゲートオープンだよと教えてくれたイタリア人の兄ちゃんとゲートオープンまでしばし談笑。
コカの葉っぱ噛みまくってて面白かった。
このワイナピチュ登山が思いのほかハーーーード!
前日の疲れが残ってたのとリンパの痛みが増していたのとで
余計につらかった。
それにしても、誰もそんなこと言ってなかったよ?やせ我慢か??
同じペースで登ってたカリフォルニア出身のおじちゃんは、何度も何度も
「オーマイガーー!」って言ってたし。
私は休憩を何度も挟みつつ1時間20分くらいで登頂。
霧がかかってマチュピチュは良く見えない・・・。

でも、しばらくすると・・・霧が晴れてきた!!

しかもマチュピチュが良く見える席が空いた!!
すかさず移動し、ずーーーっと見てた。


1時間以上見てたかも。
でも全然飽きない。まだまだ見ていられる。
でもマチュピチュを見る時間も残しておかないといけないし
後ろ髪を引かれつつ下山。
マチュピチュもガイドブックを見つつ、くまなく散策。




楽しかったな〜。
インカ帝国の文明って自然を知り尽くして
自然を味方につけてるって感じがした。
よく知らんけど。
スペイン軍に見つかることなく、インカ帝国滅亡から400年が過ぎ
ハイラム・ビンガムに発見されたマチュピチュ。
この地を捨ててインカの人々は何処に行ってしまったんだろう??
そんな事を考えていたとき、あるフレーズが浮かんだ。
「土に根を下ろし、風とともに生きよう。
種とともに冬を越え、鳥とともに春を歌おう。」
宮崎ファンならわかるはず。
じゃあ、宮崎さんはそう考えたってことかな。
マチュピチュでひっそりと生活をしていた人たちが
こっそりと地上に下り、生活してるのかも。
シータがラピュタの正当な王女だった様に
インカ帝国の王家の血も実は絶えてなかったりして・・・。
わぁ〜わぁ〜。
で、
夜はカレーパーティーしてバーに行ってピスコサワー飲んで
ケーキが出てきて
わ〜〜♪
って感じで楽しかった。
スペイン語でバースデイソング歌ってもらったの初めてや。
ホンジュラス人・アメリカ人・ドイツ人・コロンビア人・日本人という多国籍メンバーが
祝ってくれました。
皆、貧乏パッカーなのに奢ってくれて、嬉しいやら申し訳ないやら。
実に心温まる最高の誕生日でした。
おわり




