「キャタピラー」と「ポロポロ」
August 22 [Sun], 2010, 11:58
「キャタピラー」と「ポロポロ」
話題の映画『キャタピラー』(若松孝二監督)を観て、「なんだか面白くないなあ」と思いながら帰ってきた。「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」を撮った若松孝二が、今度は「反戦映画」を作ったというので、期待して観に行ったら、何だか演説を聞かされているような映画だった。
日中戦争で手足を失い「芋虫」のようになった夫・久蔵(大西信満)が「生ける軍神」となって、勲章とともに帰ってくる。それを迎えた妻・シゲ子(寺島しのぶ)は、その姿を見たとたんに驚愕し、家を飛び出し、「あれは久蔵さんじゃない」と泣く。しかし、生きている久蔵の食事と排泄物の世話をするようになる。そうするうちに、久蔵は性交をせまるようになっていく。
こう書いてくると、「何だ、江戸川乱歩の『芋虫』じゃないか」と思う人も多いだろう。ところが、映画のクレジットには江戸川乱歩のことは一切出てこない。タイトルの「キャタピラー」は、たしかに芋虫という意味だが、そんなことは辞書を引かなければわからない。なぜ、江戸川乱歩を伏せるのかが不思議だ。
『芋虫』という短編は、「芋虫」になった夫と妻が人目を避けて暮らし、一組の女と男の愛と性、介護と虐待などの姿を描く。そこにはエロティシズムの問題も入ってくる。それを70年近く前に書いたのだから、江戸川乱歩の天才ぶりが伝わってくる作品だ。
しかし、それはあくまでも短編なのである。『キャタピラー』は、短編にしかならないようなテーマを長い映画にした。そのため(だと思うが)に、女と男の個的な物語の中に日本国家を割り込ませた。
久蔵の寝ている部屋に飾ってある昭和天皇とその妻の写真が、何度も繰り返し大きく映される。シゲ子の「軍神の妻」ぶりを描こうとして、久蔵に軍服を着せてリヤカーに乗せて村を歩くシーンも何度かある。そして終わりの方には、敗戦へ向かう日本が歴史の教科書にように説明される。広島・長崎への原爆投下、昭和天皇の敗戦の「詔勅」といった具合だ。何だか8月15日になると毎年のようにテレビで流れる番組のようで、観ている私はややウンザリした。
またセックス・シーンはあるのだが、シゲ子が久蔵の世話をするシーンは少ない。シゲ子が久蔵の口にお粥やご飯を持っていくシーンはるが、その食事を作っているシーンはない。尿瓶にたまった小便を捨てたりするシーンはあるが大便の処理をしたり、汚れたオムツ(を使っているのだろうが、映画ではわからなかった)や寝間着を洗濯するシーンはない。そこも不思議だった。
こういう具体性をすっぱり省略し、将校だった久蔵が中国で女性をレイプするシーンが何度も回想される。ここも具体性がないので、久蔵の物語としてではなく、監督や脚本家のメッセージ(「反戦」だと思う)だけが伝わってくる。やはり、若松孝二の演説映画なのである。
戦争のことを、個人にそくして語るということで思い出したのが田中小実昌。ベッドの脇に置いてある文庫本の中に「田中小実昌エッセイ・コレクション6自伝」(大庭萱朗編、ちくま文庫)がある。南伸坊描く軍服を着ている田中小実昌の似顔絵が表紙になっている。この本は前にも読んだことがあるなあと思って読むうちに、この本に収められてる自伝的エッセイ(初出は『不純異性交遊録』と『ああ人生ストリップ』というタイトルだった)をもとに、田中小実昌は『ポロポロ』(中央公論社)を書いたんだと分かった。
田中小実昌(1925−2000年)といっても、もう知らない人の方が多いかもしれない。丸顔でベレー帽をかぶって、よくテレビ(といっても「11PM」など)や映画(ポルノ映画など)に出ていた。酔っぱらってテレビに出ているのを観たこともあり、その楽しそうな酔っぱらいぶりに、こういう人もいるんだなあと思ったことを覚えている。
私は、こういうフワフワと好い加減に生きている人のファンであり、自分もそうなりたいと思っている。田中小実昌は復員してきてから大学に籍は置くが、ストリップ劇場で働いたり、進駐軍の将校クラブのバーテンをしたり、テキヤの子分をやったりしている。どれも成り行き任せというのがすごい。戦争に行くときも死ぬことなど考えもしなかったし、「さきのことなど、考えなかったというのは、考えようにも、考えられなかったのだろう」という(『自伝』331ページ)。
『ポロポロ』は、表題になっている「ポロポロ」以外は、田中が初年兵として中国戦線で体験したことを書いた短編集。兵隊物語と言えるかもしれない。しかし、とても不思議な兵隊物語だ。兵隊物語といっても、戦闘シーンは出てこない。入営して訓練もほとんどないまま、5日後には南京郊外に送られた若い兵隊たちの話なのだ
「北川はぼくに」は、歩哨に立った時にどこから来たのかわからない同じ初年兵を撃ってしまった北川が、そのことを「ぼく」に話すという物語のようでもあるし、そうともいえない。北川のことだけではなく、南京についてすぐに南京脳炎にかかって「名誉の戦死」を遂げた道田たちのこと、「戦争が負けた」ことをあたりをはばかる声で伝えた「ホネ猿」というあだ名の福田のことも書かれている。丘陵を飛んでいくノロのこと、粘液便でキャラメルがくっついたようになっている軍跨のこともある。というように、要約できない物語なのだ。『ポロポロ』は、戦争の悲惨さや軍隊の暴力性を描いている訳ではない。わかりやすい文章で、田中の身のまわりに起こったことを書いている。だから読みやすいのだが、同時にわかりにくいところもある兵隊物語なのだ。
そして何より驚くのは田中小実昌のような人も軍隊に行っていたことだ。旧制中学を出ているというので、いやいや幹部候補生の試験を受けに行き、試験官に「何が得意か」と訊かれ、「歌です」と答え、「歌ってみろ」と命令されて李香蘭の「夜来香」(イェライシャン)を歌い、怒鳴られて追い返された、というのだ(『自伝』120〜122ページ)。これは反戦思想ではなく、「軍隊ぎらい」というか「真面目嫌い」、「優等生嫌い」なのだろう。
もう一人、この人も軍隊にいたのかと私が驚いたのは、先代の林家三平。この人にも「銃を持たずに戦場にのぞめるか」と上官に問われ、「大将は銃など持たんで、戦場に行くんであります」と答え、たちまち鉄拳が飛んだという話がある(春風亭柳昇『与太郎戦記』、ちくま文庫、158ページ)。
田中小実昌や林家三平の話を知り、戦争や軍隊が嫌だという気持ちを、国家とか天皇とかいうものへの反感としてだけえがくのではなく、世間からは「ナマケもの」「与太郎」と言われるような人間の生き方としても表現していくことも必要だなと思った。私も戦争や平和のことを話すと、どうしても「キャタピラー」のように演説になってしまう。そうではなく、のんびり生きることや笑いながら生きることが平和に結びつくという話も大事なことなのだ、と改めて考えた8月だった。
(8月18日に、シアターキノで観ました)
話題の映画『キャタピラー』(若松孝二監督)を観て、「なんだか面白くないなあ」と思いながら帰ってきた。「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」を撮った若松孝二が、今度は「反戦映画」を作ったというので、期待して観に行ったら、何だか演説を聞かされているような映画だった。
日中戦争で手足を失い「芋虫」のようになった夫・久蔵(大西信満)が「生ける軍神」となって、勲章とともに帰ってくる。それを迎えた妻・シゲ子(寺島しのぶ)は、その姿を見たとたんに驚愕し、家を飛び出し、「あれは久蔵さんじゃない」と泣く。しかし、生きている久蔵の食事と排泄物の世話をするようになる。そうするうちに、久蔵は性交をせまるようになっていく。
こう書いてくると、「何だ、江戸川乱歩の『芋虫』じゃないか」と思う人も多いだろう。ところが、映画のクレジットには江戸川乱歩のことは一切出てこない。タイトルの「キャタピラー」は、たしかに芋虫という意味だが、そんなことは辞書を引かなければわからない。なぜ、江戸川乱歩を伏せるのかが不思議だ。
『芋虫』という短編は、「芋虫」になった夫と妻が人目を避けて暮らし、一組の女と男の愛と性、介護と虐待などの姿を描く。そこにはエロティシズムの問題も入ってくる。それを70年近く前に書いたのだから、江戸川乱歩の天才ぶりが伝わってくる作品だ。
しかし、それはあくまでも短編なのである。『キャタピラー』は、短編にしかならないようなテーマを長い映画にした。そのため(だと思うが)に、女と男の個的な物語の中に日本国家を割り込ませた。
久蔵の寝ている部屋に飾ってある昭和天皇とその妻の写真が、何度も繰り返し大きく映される。シゲ子の「軍神の妻」ぶりを描こうとして、久蔵に軍服を着せてリヤカーに乗せて村を歩くシーンも何度かある。そして終わりの方には、敗戦へ向かう日本が歴史の教科書にように説明される。広島・長崎への原爆投下、昭和天皇の敗戦の「詔勅」といった具合だ。何だか8月15日になると毎年のようにテレビで流れる番組のようで、観ている私はややウンザリした。
またセックス・シーンはあるのだが、シゲ子が久蔵の世話をするシーンは少ない。シゲ子が久蔵の口にお粥やご飯を持っていくシーンはるが、その食事を作っているシーンはない。尿瓶にたまった小便を捨てたりするシーンはあるが大便の処理をしたり、汚れたオムツ(を使っているのだろうが、映画ではわからなかった)や寝間着を洗濯するシーンはない。そこも不思議だった。
こういう具体性をすっぱり省略し、将校だった久蔵が中国で女性をレイプするシーンが何度も回想される。ここも具体性がないので、久蔵の物語としてではなく、監督や脚本家のメッセージ(「反戦」だと思う)だけが伝わってくる。やはり、若松孝二の演説映画なのである。
戦争のことを、個人にそくして語るということで思い出したのが田中小実昌。ベッドの脇に置いてある文庫本の中に「田中小実昌エッセイ・コレクション6自伝」(大庭萱朗編、ちくま文庫)がある。南伸坊描く軍服を着ている田中小実昌の似顔絵が表紙になっている。この本は前にも読んだことがあるなあと思って読むうちに、この本に収められてる自伝的エッセイ(初出は『不純異性交遊録』と『ああ人生ストリップ』というタイトルだった)をもとに、田中小実昌は『ポロポロ』(中央公論社)を書いたんだと分かった。
田中小実昌(1925−2000年)といっても、もう知らない人の方が多いかもしれない。丸顔でベレー帽をかぶって、よくテレビ(といっても「11PM」など)や映画(ポルノ映画など)に出ていた。酔っぱらってテレビに出ているのを観たこともあり、その楽しそうな酔っぱらいぶりに、こういう人もいるんだなあと思ったことを覚えている。
私は、こういうフワフワと好い加減に生きている人のファンであり、自分もそうなりたいと思っている。田中小実昌は復員してきてから大学に籍は置くが、ストリップ劇場で働いたり、進駐軍の将校クラブのバーテンをしたり、テキヤの子分をやったりしている。どれも成り行き任せというのがすごい。戦争に行くときも死ぬことなど考えもしなかったし、「さきのことなど、考えなかったというのは、考えようにも、考えられなかったのだろう」という(『自伝』331ページ)。
『ポロポロ』は、表題になっている「ポロポロ」以外は、田中が初年兵として中国戦線で体験したことを書いた短編集。兵隊物語と言えるかもしれない。しかし、とても不思議な兵隊物語だ。兵隊物語といっても、戦闘シーンは出てこない。入営して訓練もほとんどないまま、5日後には南京郊外に送られた若い兵隊たちの話なのだ
「北川はぼくに」は、歩哨に立った時にどこから来たのかわからない同じ初年兵を撃ってしまった北川が、そのことを「ぼく」に話すという物語のようでもあるし、そうともいえない。北川のことだけではなく、南京についてすぐに南京脳炎にかかって「名誉の戦死」を遂げた道田たちのこと、「戦争が負けた」ことをあたりをはばかる声で伝えた「ホネ猿」というあだ名の福田のことも書かれている。丘陵を飛んでいくノロのこと、粘液便でキャラメルがくっついたようになっている軍跨のこともある。というように、要約できない物語なのだ。『ポロポロ』は、戦争の悲惨さや軍隊の暴力性を描いている訳ではない。わかりやすい文章で、田中の身のまわりに起こったことを書いている。だから読みやすいのだが、同時にわかりにくいところもある兵隊物語なのだ。
そして何より驚くのは田中小実昌のような人も軍隊に行っていたことだ。旧制中学を出ているというので、いやいや幹部候補生の試験を受けに行き、試験官に「何が得意か」と訊かれ、「歌です」と答え、「歌ってみろ」と命令されて李香蘭の「夜来香」(イェライシャン)を歌い、怒鳴られて追い返された、というのだ(『自伝』120〜122ページ)。これは反戦思想ではなく、「軍隊ぎらい」というか「真面目嫌い」、「優等生嫌い」なのだろう。
もう一人、この人も軍隊にいたのかと私が驚いたのは、先代の林家三平。この人にも「銃を持たずに戦場にのぞめるか」と上官に問われ、「大将は銃など持たんで、戦場に行くんであります」と答え、たちまち鉄拳が飛んだという話がある(春風亭柳昇『与太郎戦記』、ちくま文庫、158ページ)。
田中小実昌や林家三平の話を知り、戦争や軍隊が嫌だという気持ちを、国家とか天皇とかいうものへの反感としてだけえがくのではなく、世間からは「ナマケもの」「与太郎」と言われるような人間の生き方としても表現していくことも必要だなと思った。私も戦争や平和のことを話すと、どうしても「キャタピラー」のように演説になってしまう。そうではなく、のんびり生きることや笑いながら生きることが平和に結びつくという話も大事なことなのだ、と改めて考えた8月だった。
(8月18日に、シアターキノで観ました)
- 最近観た映画 |
- URL |
- Comment [0] |
