「キャタピラー」と「ポロポロ」

August 22 [Sun], 2010, 11:58
「キャタピラー」と「ポロポロ」

 話題の映画『キャタピラー』(若松孝二監督)を観て、「なんだか面白くないなあ」と思いながら帰ってきた。「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」を撮った若松孝二が、今度は「反戦映画」を作ったというので、期待して観に行ったら、何だか演説を聞かされているような映画だった。
 日中戦争で手足を失い「芋虫」のようになった夫・久蔵(大西信満)が「生ける軍神」となって、勲章とともに帰ってくる。それを迎えた妻・シゲ子(寺島しのぶ)は、その姿を見たとたんに驚愕し、家を飛び出し、「あれは久蔵さんじゃない」と泣く。しかし、生きている久蔵の食事と排泄物の世話をするようになる。そうするうちに、久蔵は性交をせまるようになっていく。
 こう書いてくると、「何だ、江戸川乱歩の『芋虫』じゃないか」と思う人も多いだろう。ところが、映画のクレジットには江戸川乱歩のことは一切出てこない。タイトルの「キャタピラー」は、たしかに芋虫という意味だが、そんなことは辞書を引かなければわからない。なぜ、江戸川乱歩を伏せるのかが不思議だ。
 『芋虫』という短編は、「芋虫」になった夫と妻が人目を避けて暮らし、一組の女と男の愛と性、介護と虐待などの姿を描く。そこにはエロティシズムの問題も入ってくる。それを70年近く前に書いたのだから、江戸川乱歩の天才ぶりが伝わってくる作品だ。 
 しかし、それはあくまでも短編なのである。『キャタピラー』は、短編にしかならないようなテーマを長い映画にした。そのため(だと思うが)に、女と男の個的な物語の中に日本国家を割り込ませた。
 久蔵の寝ている部屋に飾ってある昭和天皇とその妻の写真が、何度も繰り返し大きく映される。シゲ子の「軍神の妻」ぶりを描こうとして、久蔵に軍服を着せてリヤカーに乗せて村を歩くシーンも何度かある。そして終わりの方には、敗戦へ向かう日本が歴史の教科書にように説明される。広島・長崎への原爆投下、昭和天皇の敗戦の「詔勅」といった具合だ。何だか8月15日になると毎年のようにテレビで流れる番組のようで、観ている私はややウンザリした。
 またセックス・シーンはあるのだが、シゲ子が久蔵の世話をするシーンは少ない。シゲ子が久蔵の口にお粥やご飯を持っていくシーンはるが、その食事を作っているシーンはない。尿瓶にたまった小便を捨てたりするシーンはあるが大便の処理をしたり、汚れたオムツ(を使っているのだろうが、映画ではわからなかった)や寝間着を洗濯するシーンはない。そこも不思議だった。 
 こういう具体性をすっぱり省略し、将校だった久蔵が中国で女性をレイプするシーンが何度も回想される。ここも具体性がないので、久蔵の物語としてではなく、監督や脚本家のメッセージ(「反戦」だと思う)だけが伝わってくる。やはり、若松孝二の演説映画なのである。
 戦争のことを、個人にそくして語るということで思い出したのが田中小実昌。ベッドの脇に置いてある文庫本の中に「田中小実昌エッセイ・コレクション6自伝」(大庭萱朗編、ちくま文庫)がある。南伸坊描く軍服を着ている田中小実昌の似顔絵が表紙になっている。この本は前にも読んだことがあるなあと思って読むうちに、この本に収められてる自伝的エッセイ(初出は『不純異性交遊録』と『ああ人生ストリップ』というタイトルだった)をもとに、田中小実昌は『ポロポロ』(中央公論社)を書いたんだと分かった。
 田中小実昌(1925−2000年)といっても、もう知らない人の方が多いかもしれない。丸顔でベレー帽をかぶって、よくテレビ(といっても「11PM」など)や映画(ポルノ映画など)に出ていた。酔っぱらってテレビに出ているのを観たこともあり、その楽しそうな酔っぱらいぶりに、こういう人もいるんだなあと思ったことを覚えている。
 私は、こういうフワフワと好い加減に生きている人のファンであり、自分もそうなりたいと思っている。田中小実昌は復員してきてから大学に籍は置くが、ストリップ劇場で働いたり、進駐軍の将校クラブのバーテンをしたり、テキヤの子分をやったりしている。どれも成り行き任せというのがすごい。戦争に行くときも死ぬことなど考えもしなかったし、「さきのことなど、考えなかったというのは、考えようにも、考えられなかったのだろう」という(『自伝』331ページ)。
 『ポロポロ』は、表題になっている「ポロポロ」以外は、田中が初年兵として中国戦線で体験したことを書いた短編集。兵隊物語と言えるかもしれない。しかし、とても不思議な兵隊物語だ。兵隊物語といっても、戦闘シーンは出てこない。入営して訓練もほとんどないまま、5日後には南京郊外に送られた若い兵隊たちの話なのだ
 「北川はぼくに」は、歩哨に立った時にどこから来たのかわからない同じ初年兵を撃ってしまった北川が、そのことを「ぼく」に話すという物語のようでもあるし、そうともいえない。北川のことだけではなく、南京についてすぐに南京脳炎にかかって「名誉の戦死」を遂げた道田たちのこと、「戦争が負けた」ことをあたりをはばかる声で伝えた「ホネ猿」というあだ名の福田のことも書かれている。丘陵を飛んでいくノロのこと、粘液便でキャラメルがくっついたようになっている軍跨のこともある。というように、要約できない物語なのだ。『ポロポロ』は、戦争の悲惨さや軍隊の暴力性を描いている訳ではない。わかりやすい文章で、田中の身のまわりに起こったことを書いている。だから読みやすいのだが、同時にわかりにくいところもある兵隊物語なのだ。
 そして何より驚くのは田中小実昌のような人も軍隊に行っていたことだ。旧制中学を出ているというので、いやいや幹部候補生の試験を受けに行き、試験官に「何が得意か」と訊かれ、「歌です」と答え、「歌ってみろ」と命令されて李香蘭の「夜来香」(イェライシャン)を歌い、怒鳴られて追い返された、というのだ(『自伝』120〜122ページ)。これは反戦思想ではなく、「軍隊ぎらい」というか「真面目嫌い」、「優等生嫌い」なのだろう。
 もう一人、この人も軍隊にいたのかと私が驚いたのは、先代の林家三平。この人にも「銃を持たずに戦場にのぞめるか」と上官に問われ、「大将は銃など持たんで、戦場に行くんであります」と答え、たちまち鉄拳が飛んだという話がある(春風亭柳昇『与太郎戦記』、ちくま文庫、158ページ)。
 田中小実昌や林家三平の話を知り、戦争や軍隊が嫌だという気持ちを、国家とか天皇とかいうものへの反感としてだけえがくのではなく、世間からは「ナマケもの」「与太郎」と言われるような人間の生き方としても表現していくことも必要だなと思った。私も戦争や平和のことを話すと、どうしても「キャタピラー」のように演説になってしまう。そうではなく、のんびり生きることや笑いながら生きることが平和に結びつくという話も大事なことなのだ、と改めて考えた8月だった。
(8月18日に、シアターキノで観ました)

昔の映画

August 08 [Sun], 2010, 21:04
 なぜ昔の映画を観るのだろうか。どう考えてもあまり積極的な理由はない。歳を取るにつれて新しいものへの関心が弱くなっているというのが、一番の理由だろう。怖いもの見たさ」というか、チャレンジするという気持ちが弱くなってきているのだから、恐ろしい。
そして、若い俳優の名前は全く覚えられないし、どの顔を見ても何だか同じように見えるのだから、この人が出ている映画を観たいと思うことが少なくなっている。
 だから(と言えるのかどうか自分でもはっきりしないが)、昔の映画を上映していると、つい観に行ってしまう。よく知っている俳優が出てくるし、話し方もゆったりしているので聴きやすい(とくに女性の話し方が今と全く違うのに驚くが、これが実生活を反映しているかどうかはわからない)。もう一つの理由は、風景の変貌を「確認」するためかもしれない。映画館の側も、観客の高齢化に対応して何とか客を増やそうと考え、昔の映画を上映するようになっているのかもしれない。私は、近くにレンタルビデオ(DVD)屋がないので、昔の映画を観るにしても映画館だけが頼りだ。
 この数カ月で観たのは、「昭和の名女優・若尾文子」特集(蠍座にて)で、「越前竹人形」(吉村公三郎監督)、「赤い天使」「清作の妻」(ともに増村保造監督)、「しとやかな獣」「女は二度生まれる」(ともに川島雄三監督)、「シネマの風景フェスティバル」(札幌東宝プラザにて)で、「白痴」(黒沢明監督、原節子・三船敏郎ら出演)、「赤いハンカチ」(舛田利雄監督、石原裕次郎、二谷英明、浅丘ルリ子ら出演)、「ギターを持った渡り鳥」(斎藤武市監督、石原裕次郎、浅丘ルリ子、宍戸錠ら出演)、「網走番外地」(石井照男監督、高倉健、南原宏二、丹波哲郎ら出演)、「悪女たち」シリーズ(蠍座にて)で「果てしなき欲望」(今村昌平監督、渡辺美佐子、殿山泰司、西村晃、小沢昭一、加藤武ら出演)、「痴人の愛」(増村保造監督、安田道代、小沢昭一ら出演)である。どれも1950年代から60年代の映画だ。公開された時に観たものはない。いつだったか忘れたが「果てしなき欲望」を観たことがあるくらいだ。
 印象に残ったのは、「果てしなき欲望」と「清作の妻」。
 「果てしなき欲望」は敗戦の時に埋めたモルヒネ(時価6000万円)を手に入れようと、男女5人組がひたすらトンネルを掘りまくるスピィーディーな展開のアクション映画で、いま観ても面白い。出ている役者はみんな今村昌平好みの役者だ(そして私も好きだ)が、この映画では愚連隊(これは死語かも)の若者を演じる加藤武のオーバーな演技がいい。この人は顔つきが怖くて、声もガラガラしているのでこういう役はピッタリ。気の合わないニセ教師(小沢昭一)をいじめるシーンなどは印象に残る。
 「清作の妻」は、1924年に村田実監督でつくられた同名の映画を増村保造が再映画化したもの、脚本は新藤兼人。佐藤忠男が、その両作品を紹介し、「徹底した反戦思想」と紹介している文章(『スクリーン労働論』)を読んだ記憶があるので、前から気になっていた映画だった。清作(田村高廣)という村の模範青年と一緒になった女性(若尾文子)が、清作の再出征を止めようとして、夫の眼にかんざしを刺すという話。増村・新藤は、そのラストを村田監督のものと大きく変えた。そのラストシーンからは、夫を戦場に送らなかった自分を誇るのでも恥じるのでもなく、あたり前の生き方として受け入れている感じが伝わってくる。ただ、若尾文子演じる女性が、その後の生き方で、「清作の妻」としてではなく自分の名前を取りもどしていくのかはわからないのだが。
 今回観た作品を並べると、増村保造のものが多いことに気づく。ただ、「清作の妻」以外のものはあまり印象に残っていない。「痴人の愛」は、小沢昭一がマジメに演技しているのだが、それが「痴人」とは逆に陰惨なイメージしか伝わってこなかった。同じ小沢昭一が「しとやかな獣」では、髪を金髪に染めてニセ外人歌手を楽しそうに演じるのが良かった。同じ映画で丁寧なもの言いをしながらモラルなど無視する山岡久乃も印象に残った。
 しかしそれよりも、日活映画での浅丘ルリ子が印象に残った。太り始めた石原裕次郎が思い入れたっぷりに「赤いハンカチ」を歌うふぬけた作品「赤いハンカチ」でも、「渡り鳥」シリーズの第1作「ギターを持った渡り鳥」でも、浅丘ルリ子は美しい。年上の友人(日活アクション映画のファン)が電話のついでに、浅丘ルリ子をモデルにした林真理子の「事実に基づいたフィクション」のことを「こんなことまで書いていいのか」、そして石原裕次郎追悼イベントには一切出ない浅丘が大原麗子の葬儀で読んだ弔辞がすばらしかったこととなどを延々と話してきたことがあった。その時は、何でそんなにこだわるのかよくわからなかったが、今回、きちんと映画(それも大画面)で観て、その気持ちが少しだけわかった。

「ビューティフル・アイランズ」(監督:海南友子)

July 25 [Sun], 2010, 12:30
「ビューティフル・アイランズ」(監督:海南友子)

 とても静かなドキュメンタリー映画。ナレーションもなく、声高に自分の主張を述べる人たちも出てこない。ツバル・ベネチア・シシマレフという3つの島に住む人たちの暮らしと海や川、運河、氷などの風景などの美しい映像が流れる。この暮らしと風景が大きく変わろうとしていることが、静かに伝わってくる。そこに説得力がある。
 中でも印象に残ったのが、今世紀中に島そのものが沈むと言われているツバル。ここでは、海岸線が迫ってきているだけでなく、高潮になると(映画ではよくわからなかったが)地中からも水が湧きでてくる。「世界で最初に沈んでしまう島」として世界中に知られるようになったが、そこに住む人たちは、「自分の島が沈むことない」と語る。
 たしかにそうだ。何千年もの間、海からの恵みと共にあった暮らしが、その海によって消失してしまう。そんな不合理なことを受け入れろ、と言う方が無理なのだ。だから、そんな恐ろしい、遠くからやってくる「予言」は聞かないようにして、ふだんの暮らしを続けていく。
 この映画は、その暮らしぶりを描いている。一つの家に大家族で住み、学校にのんびり通い、週に一便しか来ない飛行場の滑走路を使ってみんながバレーボールなどで遊び、入江で泳ぎ亀をつかまえたり、夜になると島の人たちが集まってみんなで唄や踊りを楽しむ。この映画で描かれるツバルは「楽園」のようだ。人と人のつながりが社会をつくる、というあたり前のことが伝わる。
 その暮らしを捨てざるを得ない日が来るだろう、その時になったら、この人たちはどうするんだろう、と「地球温暖化」の知識をもつ私は考える。自分の身に起こることではないからだ。
 この静かなドキュメンタリー映画は、「地球温暖化の原因は、日本に住むあなたの責任でもあるんですよ!」などと主張しない。映像と人びとの話から感じてください、という新しいスタイルだ。たしかに、この映画ではそのスタイルがうまくいっている。
 しかし、と古い世代のアクティビストである私は思う。観客の感性や想像力にすべての判断を委ねてしまうドキュメンタリー映画とは何だろうか。もちろん、自分の主張を前面に出したプロパガンダ映画は私も嫌いだが、映画の中で、地球温暖化に関するデータやその原因について、ほとんど触れないというのは何故なのだろうか。「この映画を観ればわっかてもらえる」という自信なのか、「言葉は信じない」という一種のニヒリズムなのか?
 この映画を観る1カ月ほど前に、「ブルー・ゴールド:狙われた水の真実」というドキュメンタリー映画を観た。こちらは、水をめぐる知識を満載し、誰が水を狙っているのかについて出てくる人が語る・語る、という映画で、確かに疲れてしまうところもあった。
 ただ、民主主義と言うものがまだ機能するとしたら、そしてそれが人間の「感性」だけでなく「理性」のようなものにも依拠するのだとしたら、私たちは言葉を発しながらお互いの考えを理解・誤解しあうしかないのかもしれない。
(2010年7月22日にシアターキノで観ました)

「ハーツ・アンド・マインド:ベトナム戦争の真実」(1974年、監督ピーター・ディヴィス)

July 20 [Tue], 2010, 11:12
「ハーツ・アンド・マインド:ベトナム戦争の真実」(1974年、監督ピーター・ディヴィス)
 月並みな言い方だが、「ハーツ・アンド・マインド」は衝撃のドキュメンタリーである。1974年につくられたものだが、いま観ても、心に焼きつくようなシーンに溢れている。娘や親、兄弟姉妹を殺されたベトナムの人たちの怒りと嘆き、米軍と南ベトナム軍に家を焼かれるのを見つめている村人たちのあきらめと憤懣、最前線の塹壕で「早く帰りたい」とつぶやく若い米兵の絶望。
 しかし、このドキュメンタリーが優れているのは、衝撃的なシーンの対極にある人たち、つまりベトナム最前線には決して行かず、自分は安全な場所にいて「ベトナムへの介入は間違っていなかった。戦術が悪かったのだ」と言い続ける米国のエリートたち(大統領や最高司令官、学者など)の姿を紹介していることだ。なかでも「東洋では人口が多いから命の値段が安い」というウェストモーランド司令官の発言は、いま観ると「ここまで言っていいのか」と驚くが、当時のアメリカ白人の意識としてはあたり前だったのかもしれない。
 映画に登場するベトナム帰還兵の多くは、ベトナム人を「グーク」と呼び、同じ人間だと思っていなかったという経験を語っている。映画では「グーク=アジア人」と訳していたが、これだと「グーク」がもつ人種差別主義のニュアンスが出ない。そして、あらゆるアジア人(日本人も当然含まれる)が「グーク」と呼ばれているという事実も伝わりにくい。
 1960年から1年、海兵隊員として沖縄にいた政治学者のダグラス・ラミスは、その10年後に沖縄を訪ね、黒人GIと沖縄の人たちとの話し合いに出た時のことをこう書いている。沖縄の人たちの受けている人種差別主義の一つとして「“黄色い野郎(グーク)”という侮蔑の言葉があった。会合でこの言葉についての説明があった時、沖縄の人たちはこの言葉を知らないようにみえたという事実は、少なからず私たちを驚かせた。(中略)グークとは“黒ん坊(ニガー)と同じような侮蔑の言葉で、あらゆるアジア人を指し、沖縄、日本、韓国、ベトナムその他のアジアのどの地区でGIたちがつねに使っている言葉なのだと、われわれは彼らに説明しなければならなかった」(「沖縄―十年の後」:『イデオロギーとしての英会話』、晶文社、1976年、25ページ)
 人種差別主義は、軍隊と戦争、そして植民地主義を貫く原理である。オブラートに包んで「社会的政治的」な問題であるかのように話す司令官から、もっと直接的に「人間扱いしなくてもいい」と話す一般兵士にまで、この考えが浸み込んでいることが、この映画からはっきり伝わってくる。この人種差別主義は、今も米国が戦争をする時の一つの原理であり、イラク戦争ではイラク人を「ハジ」と呼ぶことでイラクの民間人を非人間化したと言う(と反戦イラク帰還兵の会・アーロン・グランツ「冬の兵士:イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真実」(岩波書店、2009年)。
 もう一つ考えさせられたのは、「学者」の役割だ。この映画には、ロストウがインタビューされている。今では知る人も少ないが、ロストウと言えば、一時は「発展段階論」の提唱者として日本でもよく知られた経済学者である。『経済成長の諸段階:一つの非共産主義宣言』は、「低開発国が共産主義の甘言と誘惑」に負けずに、資本主義としての途を進むための経済モデルを示したものとされるが、その本質は、サブタイトルが示すように反共イデオロギーである。
 ロストウは、いかにも学者らしく温厚そうに受け答えするが、「共産主義がなぜアメリカにとっての脅威なのか」という根本的な質問をされ、ムッとして「そんな初歩的なことを聞くなら、インタビューはやめる」と言う。その後、気分をとり直して話し始めるが、それは「ソ連がスプートニクを打ち上げた頃から世界中に共産主義を打ち立てる運動が広がった」というもの。しかし、この謀略説というか「共産主義脅威論」が、「ドミノ理論」という名前でアメリカのみなならず、世界に広がっていく。ロストウは、このドミノ理論を擁護し、ベトナム戦争についても「アメリカの介入は正しかった」と言いきっている。ベトナムの最前線から最も遠いロストウのような人が、何の反省もなく、死者の姿も声も無視して、戦争や自分の「理論」の正しさを語る。
 私はこの映画を観るまで、ロストウを近代経済学者としか考えていなかった。彼の本を同時代的に読んだ訳ではないので、ベトナム戦争と結びつけて考えることができなかった。私の頭の中では、「発展段階論のロストウ」でしかなかった。ロストウを同時代的に知っている人にとっては、彼がベトナム戦争を積極的に正当化するのはあたり前のことだ、というのが共通認識なのかもしれない。
 「近代化」や「発展段階論」は、形を変えて、今も経済理論や開発理論の中に生きつづけている。その説をとる学者は、戦争や紛争が終わった後の社会における「平和構築」や「開発」について語るかもしれないが、イラク戦争やアフガン戦争など米国が主導し日本も参加した戦争について、自らの立場を語ることはまずない。
 「中立」かつ「客観」的に見える理論の背後にあるものを、見とおす知識や分析と直感が大切だなあ、と改めて思った。
(7月6日に「蠍座」で観ました)
 

自分たちの劇場を持つ―「幸せはシャンソニア劇場から」(監督クリストフ・バラティエ)と「戦う演劇人−戦後演劇の思想」(菅孝行)

October 21 [Wed], 2009, 20:15


 「幸せはシャンソニア劇場から」は、1936年〜37年のパリを舞台に、不況で閉鎖されたシャンソニア劇場を、そこで働いてきた裏方たち(照明・緞帳・舞台美術など)や出演者(コメディアン・ダンサー・歌手など)が占拠し自主管理するというお話。ダンス・シーンはほとんどないけれど、きれいなメロディーの歌が何曲も出てくる歌入り物語。たしかに幸せな気持ちになる。
 フランスの歌と言えば「シャンソン」ということになるのだが、私の中ではシャンソン=越路吹雪とか岸なんとか、というイメージしかなく、さようならというかんじだった。でも、この映画での歌はどれもいい。出てくる俳優もみんな魅力的。でも何だか物足りなかった。
 1936年は、その前年1935年にコミンテルン(モスクワで結成された共産主義インターナショナル)が反ファシズム統一戦線という戦術をとったことを受けて、フランスで第一次人民戦線内閣が成立した年。同時に、スペイン内乱、ドイツやイタリアだけでなくフランス(だけでなくヨーロッパ中)でもファシスト運動が広がり、党員数が数万になった年でもある。
 この映画でもファシストと人民戦線(社会主義者やアナーキストなど)のぶつかりあいが背景となっている。働く人たちが自主管理したと言っても、最初はショボイ出演者(とはいえ、ここで演じられる芸には思わず失笑してしまう)ばかりでどんどん客足が遠のいていくの。そこに歌姫(ノラ・アルデゼネール)が現れ、仲間の中で恋や裏切り、再開など色々あって、最後にはみんなでミュージカルをやるようになり、劇場は大人気になる。このミュージカル・シーン(いくつものシーンが短くつながる)が一番華やかで楽しい。衣装も舞台も「さすがパリ!」(何がパリかよくわからないけれど)。
 劇場が絶頂に達した時に、ある事件が起きる。映画は、その後の劇場を描かず、戦争が終わって再び華やかになった劇場とパリを描いて終わる。したがって、ナチスによるパリ占領、ヴィシー政権(ナチスによる傀儡政権)についても一切描かれない。というより、この映画は30年代だけを描くために作られたのだろう。だから、ナチス支配下のパリが描かれていないから物足りないというのではない。
 なぜシャンソニア劇場をつぶしてはいけないと思ったのか、誰が劇場をどうしても再建したかったのか、そこの描き方が私には物足りなかった。
 裏方を長く勤め劇場を愛する主人公(ジェラール・ジュニョ)や売れないコメディアン、マルクシスト(のふりをする)の照明係の3人が中心になって劇場を再建しようとする姿は、たしかに描かれている。シャンソニア劇場はパリの市民が歌と踊り、コメディを楽しむ場所だというのもよくわかる。
 しかし、ファシストが勢力を広げている時代の中で、それと無縁な(またはファシズムを笑い飛ばす・揶揄するような)芸が演じられる場を維持していくためには、お金だけでも思想だけでもない、核のような思いがあるのではないか。
 そんなことを考えたのは、頭のどこかで「戦う演劇人」のことを思い浮かべていたからだ。
 菅孝行の「戦う演劇人」は、「幸せはシャンソニア劇場から」とは正反対の視点から、つまり劇場を維持することに熱意を注いできた三人の演劇人・演出家−千田是也、浅利慶太、鈴木忠志−に焦点をあてて、日本の戦後演劇を描く。私は、三人の演出したものを観たことがないが、それでもこの本は面白く読めた。「演劇は世界を変える運動」だという、どうにも信じがたい「大ボラ」のような仮説を、菅孝行はこの3人を相手に正面から論じている。
 菅が選んだ三人は、「公共性の高い劇場をつくり、その運営を担った」劇場人でもある。千田は俳優座劇場、浅利は四季劇場、鈴木は水戸や静岡など地域の公共劇場、と独占使用できる劇場をつくった。劇場という建物だけでなく、そこにつくられる文化的コミュニティーが大事だと菅は言う。
 「文化的コミュニティ」という何だか固いが、1931年にドイツから帰った千田是也は「異なった多くのジャンルの芸術家や芸人がより集まって作る、歌も踊りも見世物も、場合によってはサーカスも一体となった大劇場演劇」を構想していたという。それは、新劇だけでなく、前進座や映画俳優、エノケンも参加するようなものだったようである。
 しかし、千田は、同時に「日本プロレタリア演劇同盟」の責任者でもあったので、左翼への弾圧によって逮捕される。そして、戦前の新劇(左翼演劇)そのものが解体させら、千田は一切の表現活動を禁じられる。れていく。ちょうど「シャンソニア劇場」が自主管理で運営され、絶頂期を迎えようとしていた時期のことである。
 だから、「シャンソニア劇場」が、翼賛の時代=体制に同意していることを示さなければ弾圧される時代に、どんな歌や芸、見世物、コメディを上演していたのか、気になって気になってしかたがない。
(10月1日にシアター・キノで観ました)
 

「人生に乾杯!」と「狼」

August 15 [Sat], 2009, 8:25
「人生に乾杯!」(ガーボル・ロホニ監督、2007年)と「狼」(新藤兼人監督、1955年)

 老夫婦が強盗する映画だというので、「人生に乾杯!」を観にいったら、とても面白かった。舞台はハンガリー。
 81歳になる偏屈な夫は、共産党時代に運転手をしていた時の褒賞としてもらった古いソ連製の車(チャイカ)を大事にしている。70歳のおっとりした妻は、娘時代に親からもらったダイヤモンドのイアリングを宝物にしている。二人は年金暮らしをしているが、それでは暮らしていけず、アパート代も電気代も滞納し、ついに電気を止められる。滞納した「公共料金」を支払うために、妻は宝物を手放す。
 これに怒った夫は愛車を動かし、郵便局に行き、窓口の女性にピストルを見せながら、ていねいに話し、強盗をする。警察の捜査に協力するはずだった妻も、夫と一緒に強盗をするようになる。この老夫婦の話に、二人を追う警察官カップルの話がからみながら、ストーリーが展開する。強盗の話とは言っても、どこかノンビリしている。
 面白かったのは、81歳の老人が運転するチャイカ(元共産党員が運転するソ連車)に、ゴツイ警察官が運転する新しい車が、いつも逃げられてしまうこと。そして、老夫婦の強盗に共感した老人がデモをしたり、マネをして強盗して堂々と捕まったりすること。
 二人の「ていねいな強盗」ぶりを観て思い出したのは、新藤兼人のこと。もし新藤兼人がもう少し若かったら、こういう作品をつくっていたのではないか。何しろ、日本でも高齢者の犯罪(と言う程のものか)が増え、2008年度は過去最高になったという。とくに女性の高齢者による「万引き」(と言っても数千円くらい)が増えている。老人と犯罪、貧困とくれば、どう考えても「狼」を撮った新藤兼人ではないか。
「狼」も、普通に暮らしている人たちが、やむにやまれず、現金配達をする郵便車を襲い、金を奪うという話。1950年代の東京近郊が舞台。解雇や失業によって保険外交員と5人組(女2人、男3人)はみんな人が良すぎて保険の契約が取れないため、6か月目で解雇される。それぞれにどうしてもまとまった金が必要な事情があるので、ついに強盗を計画する。この強盗たちの「礼儀正しさ」は、「人生に乾杯」の老夫婦をはるかにしのぐ。郵便車の運転手を峠の上で解放する時に、きちんと謝罪し、ここがどこか、どっちの方へ行けば峠の茶屋があるかを教え、おまけに帰りの電車賃まで渡すのだから。
 もちろん若き日の新藤兼人作品だから、話はかなり深刻で、殿山泰司が演じるダメ親父の妻(この女優が誰か、わからない)の悪態ぶりが唯一面白いと言えば面白い。ちなみに、主人公役の5人は、殿山泰司の他に、菅井一郎、浜村純、乙羽信子、高杉早苗。この他にも、日本映画の名脇役がたくさん出ている。
 もう一つ、敗戦後10年経っても戦災の跡が色濃く残る風景と東京近郊(立川や厚木など)の道路標識が英語で書かれていること、高杉早苗の一家が住む引揚者アパートらしき所の廊下で住人たちが炊事をしている風景も印象に残った。
 私は「正しい泥棒」の話が好きだから、今こそ「鼠小僧次郎吉」の登場を、と思う。「人生に乾杯!」は、老人が「正しい泥棒や強盗」をするようになったのが、今の時代だということを教えてくれる。日本でも、老人版「鼠小僧」(形容矛盾ですが)の映画ができないだろうか。
(8月13日に、シアター・キノで観ました)

「冷たい月を抱く女」「マンハッタン」「世界中がアイ・ラブ・ユー」「セレブリティ」

August 09 [Sun], 2009, 0:25
 狸小路をボーッと歩いていたら、ビデオ1本100円のワゴンセールをやっていた。「おっ、100円だ」と思い、何か掘り出し物はないかと思いながら探し始めた。でも、ほとんどがどうでもいい映画で、とくに日本映画はまともな映画がなかった。レンタルビデオがDVDに変わったから、要らなくなったビデオがたたき売りされているのだろうけれど、どうして東映や松竹などの日本映画が売られていないのかなあ、と不思議に思った。
 もちろん洋画にも掘り出し物がある訳ではないけれど、何本か「おお!」というのがあった。4本買ったうちの3本がウディ・アレンの作品。
 「冷たい月を抱く女」(1993年)
 これは二コール・キッドマンの悪女もの。タイトルがひどいけれど、原題はmalice=犯意かな。原題の通り、優しそうで美しい大学の学長補佐の妻(二コール・キッドマン)が、愛人の優秀な医者(アレック・ボールドウィン)と組んで、自分の体を犠牲にしながら、人をだまし、殺すという話。まじめな夫(ビル・プルマン)をだます時の二コール・キッドマンが良い。二コール・キッドマンの映画だ!というので買ったのだけれど、グゥイネス・バルトロワも出ている(がすぐ殺されてしまう)ので、二人のファンである私としては大喜びだった。
 「マンハッタン」(1979年)
 ウディ・アレンが40代の時につくった黒白の映画。マンハッタンの夜景で始まり、マンハッタンの遠景で終わる。音楽はガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」。売れないテレビ作家アイザック(ウディ・アレン)が、17歳の恋人(マリエル・ヘミングウェイ)に愛されながら、同世代のインテリ(頭でっかち)女性メリー(ダイアン・キートン)と恋に落ちる。マンハッタンに住む男と女には、いろいろなことがあるという話。映画の背景に映る、セントラル・パークや近代美術館などマンハッタンの風景が素晴らしい。
「世界中がアイ・ラブ・ユー」(1997年)
 「やった!」と思って家に帰ってから、観てみると「吹き替え版」だった。ウディ・アレンの作品を吹き替えようという発想が理解できないが、これはミュージカル仕立ての喜劇だから歌の部分は当然のことながら英語のままなので、そこを楽しむ。吹き替えによって魅力が半減したとはいえ、これが素晴らしい喜劇だということはよくわかる。ニューヨークの四季を描きながら、そこに住む金持ち(アッパー・ミドル)の暮らしぶりを喜劇仕立てで伝える。資産家の娘で民主党左派の人権活動家(ゴールディ・ホーン)とリベラルな弁護士(アラン・アルダ)、資産家の娘の元夫で弁護士の友人(ウディ・アレン)が、ベネチアで理想を追う人妻(ジュリア・ロバーツ)を口説いたり、ふられたりする。何しろいろいろあるからストーリーは入り組むのだが、登場する人はみんな歌い踊る、ショーウィンドウのマネキンも死人も。この音楽もいい。
 タイトルの「世界中がアイ・ラブ・ユー Everyone Says I Love You」は、マルクス兄弟の映画のテーマソング。そして映画の後半では、パリのシネマテーク(らしきところ)でのグルーチョ・マルクスの格好(ひげと葉巻)をした人たちが集まるクリスマス・パーティで、「キャプテン・スポールディング万歳」をフランス語で歌い踊るシーンが出てくる。このシーンだけでもこの映画を見る価値はある。
「セレブリティ」(1998年)
 これはレオナルド・ディカプリオの映画だ。ウディ・アレンは監督するだけで、登場しないのだが、才能のないライター(リー・サイモン)が、映画スターやスーパーモデルといろいろあったりする。このライターのつまらない脚本に興味を示す人気絶頂の自己中心アイドル・スターを演じるのがレオナルド・ディカプリオ。恋人とのいざこざでホテルで大暴れし、そのままボクシングを観に、才能のないライターを連れてアトランテッィク・シティに行き、コカインを吸いながら、乱交パーティを持ちかける。このおバカなスター役をディカプリオは見事に演じている。

赤ちゃん教育

May 13 [Wed], 2009, 21:23


 とても有名なハリウッド喜劇。ハワード・ホークス監督、ケーリー・グラントとキャサリー・ヘプバーンが主演する。前から観たいみたいと思っていたところ、ようやく劇場で観ることができた。予想通りとても面白く、何度か大笑いした、他の観客は静かだったけれど。
 これは一途な恋の物語というか、朴訥な博物館勤務の学者デイビット(ケーリー・グラント)をわき目もふらず射止めようとする、自己中心の極みのようなかわいい女性スーザン(キャサリー・ヘプバーン)のお話。
 明日が結婚式のデイビットは、ゴルフ場で初めて会ったスーザンに散々な目にあい、こんな女と二度と会うものかと思うのだが、スーザンは「もうこの人と!」と決めてしまったものだから、怖いものはない。そこに豹が登場し、犬も登場し、4年間探し求めていた恐竜の骨は届くわ、豹がもう一匹現れるわ、犬は骨を盗むわ、で大騒ぎ。
 ずぶぬれになっても、ハイヒールの足が取れても、スーザンは何かあるとデイビットのロイド眼鏡(おわかりですか)をはずし、「あなたメガネをとると素敵」とうっとりしてしまう。とにかく、キャサリー・ヘプバーンのわがまま・自己中心ぶりと、ケーリー・グラントの朴訥・優柔不断ぶりが素晴らしい。
 5月9日に蠍座で観ました。

「キャラメル」(監督ナディン・ラバキー)と「ウィメン・イン・ストラグル」(監督ブサイナ・ホリー)

April 22 [Wed], 2009, 22:20
 レバノン映画、そして監督も出演者もほとんどが女性の「キャラメル」は、不思議な魅力にあふれた映画でとても面白かった。
 ベイルートのエステサロンで働く3人の女性と常連客、その近くで仕立物屋をしながら姉と暮らす老女性が主人公。みんな悩みを抱えている。妻子ある男と別れられないラヤール、自分が同性に惹かれるセクシュアリティだということに気づいているリマ、恋人に自分が処女でないことを告げるべきかどうか悩んでいるニスリン、CMタレントになろうとして毎日エステに通いどうやって自分を若く見せるかばかりを考えるジャマル、「ボケ」始めている姉と自分の暮らしとで揺れるローズ。
 日本映画で悩みという「人知れず」という陳腐な形容詞がつくことが多いが、この映画で描かれる悩みはそれとは違う。主人公たちは、お互いが何で悩んでいるかを知っていて、何とか悩みを解決できないかと手を差し伸べようとする。いつもエステサロンに集まる4人はとくにそうで、結婚直前のニスリンを病院に連れていきある手術まで受けさせてしまう。だからといって、問題が本当に解決はしないのだが・・。
 「おせっかい」だなあと思わないわけでもない。しかし、家族や親族のつながりが強く、愛情があふれ(すぎ)ている社会の話だ、と言いきってしまうこともできない。一人一人の悩みは違って当然なのだが、それを「個人」の悩みで終わらせないようにしようと主人公たちが動いてしまうところがこの映画の魅力なのだ。
 このエステサロンに集うのは女性だけなのだが、一人だけ男性がやってくる。エステサロンの前の交番にいて、ラヤールをいつも見ている警官だ。この警官はとてもやさしく丁寧な言葉遣いで交通違反を注意する。そして、エステサロンから出てきた時は、髭をそりおとしている。ここには、レバノン社会の男性に対するメッセージがある。エステサロンは女性たちが男性や家族の目を気にせず自分をさらけ出すことができる場所だ。男もこだわりを捨てればそこに仲間入りすることができるよ、ただし誰にでも優しくできる男なら、というメッセージだ。

 この映画を見て、2年ほど前の2007年6月に札幌で上映した「ウィメン・イン・ストラグル」のことを思い出した。この映画を監督したのは、ベイルートから南へ200キロほど離れたパレスチナ・ヨルダン川西岸に住むブサイナ・ホーリーさん。映画の上映と合わせて彼女も来日し講演を行なった。
 「ウィメン・イン・ストラグル」は、イスラエルに占領され、攻撃され続けているパレスチナに生きる女性たちの話だ。政治犯として捕まったことのあるパレスチナ女性4人が自分たちの過去と現在を語る。話される内容も、自分たちが関わった爆弾闘争、刑務所での拷問、パレスチナの現実、という政治的な話がほとんどだ。しかし、その話は、家族や土地への愛、性と暴力、恋人との別れなどと切り離すことができない。この映画に出てくる女性たちは、「人に話せない悩み」というよりももっと深刻な傷をもち、それを何とか解きほぐそうとする。そうしても、問題は本当に解決しないかもしれないが、そうせざるをえない。そこが、「キャラメル」が描く女性たちと共通するところだ。
 「キャラメル」の舞台となったベイルートも、何度もイスラエルによって攻撃されている。1975年のレバノン内戦の影響は今も強く残っている。「キャラメル」は、そのことを直接には語らない。しかし、映画のところどころに、社会の抑圧性が浮かび上がる、と私のような頭の固いオヤジは考えてしまう。女性たちの抱える問題が本当に解決されるのは、イスラエル国家の不正義が終わる時なのかもしれない。
 「キャラメル」はエステサロンという官能的な場所を舞台にし、キャラメルというドロドロした素材を使って、女性たちの姿を描いた。それが成功している。一度しか行ったことがないけれど、ベイルートはたしかにそんな妖しさがただとっている街だった。
(4月16日、シアターキノで観ました)

キューバ映画のこと-「ハローヘミングウェイ」

March 19 [Thu], 2009, 22:59

 1月31日から2月6日にかけて、札幌のディノスシネマで「キューバ映画祭 in サッポロ2009」が開かれ、15本の作品が上映された。そのうち14本が札幌では初公開だった。
15本のうちで私が観たのは、「レボルシオン革命の物語」「ルシア」「低開発の記憶」「危険に生きて」「ハローヘミングウェイ」「エルベニー」の6本。私はそんなに忙しくはないのだが、それでも時間をやりくりして映画館に通うのは、なかなか大変だった。
 私がキューバ映画を初めて意識したのは、10年ほど前(だったかな?)に東京で開かれた「ラテンアメリカ映画祭」(これ正式な名称を忘れてしまった)で、「ハローヘミングウェイ」を観た時だ。映画が始まってすぐに、主人公のラリータ(アメリカの大学に行きたい女学生)が学校へ行く前に髪をとかしたりしながら、「ヤ・ヤヤーヤ、ヤヤヤヤヤ」というイントロで始まる「悲しき16歳」をスペイン語で歌うシーンで、もうまいってしまった。それ以来、この映画は「ヤ・ヤヤ、ヤヤヤヤヤ」の映画として、私の記憶に刻みつけられ、もう一度観たいなあと思っていた。
 その後キューバ映画を観ていなかったのだが、二〇〇五年に札幌で公開された「永遠のハバナ」を観て、感動してしまったのだが、その時に初めて、この映画の監督フェルナンド・ペレスが「ハロー・ヘミングウェイ」の監督でもあることを知った。そして、こんなにすごい映画をもっと多くの人に観てもらいたいなあと思ったので、こんな感想を書いたことがある。

「映画を観終わってしばらくしてから、感動がジワーッと広がった。これは「夢見ること」についての映画だ。人は希望がなくても、夢をみることができるのだろうか。映画は、ダウン症の子どもとその家族、鉄道の修理工、靴屋のおやじ、香水工場で働く女性など、ハバナに生きる人たちの日常をていねいに描く。監督は「ハロー・ヘミングウェイ」を撮ったフェルナンド・ベレス。
 なにしろセリフがほとんどないのだから、まずそこに驚く。ナレーションもない。街に流れる音、台所から聞こえる音、ラジオやテレビの音と美しいバックグラウンド・ミュージック。ハバナに住む人たちの何げない毎日で聴こえる音だ。
それが素晴らしい。キューバ映画だから、サルサが聞こえる、ラテンのノリでみんな楽しく歌ったり踊ったりする、と思ったら大間違い。そうしたシーンはほとんどない。そこが素晴らしい。朝起きて、ご飯を食べて、自転車に乗って仕事や学校に行って、家に戻って自分の好きなことをする、そんなシーンが続く。
 ダウン症の子どもと父親が指で影絵をつくって夜を過ごすシーンが印象に残った。こんなすごい映画をつくるキューバの底力を感じる。「ハロー・ヘミングウェイ」を札幌でも上映しようね、みんな。」http://www.d6.dion.ne.jp/~korekara/eigamitakaku/20051012.html
 
 だからキューバ映画祭が札幌で開かれ、その上映作品の中に「ハローヘミングウェイ」が入っていたのがとてもうれしかった。今回観なおしても、この映画が「ヤ・ヤヤ、ヤヤヤヤヤ」の映画、つまり「悲しき16歳」の映画であるという印象は変わらなかった。
 この映画は、革命前のキューバを舞台に、アメリカの大学へ留学したいと願う主人公のラリータ(ハバナ近郊の農村に住む、隣がヘミングウェイの別荘)が、それをあきらめることになる数か月を描く。その過程で、彼女は恋人とはじめてキスをし、母親がシングル・マザーであったことを改めて知り、祖母の愛情に気づき、アメリカへ留学しようとする他の学生たちがハバナの一流校で学ぶ中産階級の子どもであるという現実に気づく。
未来への希望と不安、恋人への愛と嫉妬、家族の支えといさかい、自分自身への自信と捨て鉢な気持ち、などなど、「青春」という時代に多くの人が持つほとんどの問題や感情が、この映画には詰まっている。アメリカへ行っていい仕事に就きたいけれど、恋人や友人が関わる独裁政権を倒す運動にも心惹かれるロリータの青春と、新しい社会を恋い焦がれたキューバという国家の「青春」を重ねて考えてもいいかもしれない。
 前に観た時には、ロリータに留学を勧めた英語の教師に対してあまり印象を持たなかった、何しろ見るからにスペイン系でメガネをかけたインテリ女性だったので。しかし、今回観なおして、その印象が変わった。ロリータの学校で反独裁のビラをまいた学生たち(そのリーダーはロリータの恋人)がパトカーで連行される時、それに一緒に乗り込んだのが、この教師だった。この教師だけでなく、ロリータにヘミングウェイの本を読み聞かす古本屋の老店主など、こういう脇にまわる大人たちの描き方もいい。
 そしてラブシーンの撮り方も良い。薄暗い古本屋で、老店主がヘミングウェイを読んでくれている時に、ロリータは恋人とキスをするのだけで、そこも良いシーンだった。
 そんなに長い映画ではないし、お金もかかっていないけれど、とても丁寧に作られている。これは、今回観たキューバ映画にも共通している。大金を投じれば良い映画ができるという訳ではないという、あたり前のことを思い出させてくれたキューバ映画祭だった。他の映画については、機会を改めて・・。